まもなく今週終わり。
すんません。ほとんど仕事しなかった・・・。
一昨日の続きになりますが、例の活字の話。やっと分かりました。
小石川の印刷博物館の中に「印刷工房」という常設展示のブースがあって、一昨日板橋に運び込まれていたのは、そこで使っていた活字を何かの理由で一時避難していたらしいです。ギっちゃいけなかったかな。でももう遅いや。
作業の人がいない時を見計らって、ひみつ階段も下りてみました。私も今回初めて知ったのですが、工場の地下にはかなり広大なスペースがあります。なんせこのあたりは昭和7年に作られたままですから、今ではぞの全貌も分からなくなっているのではないでしょうか。写真を撮ろうと思ったのですが暗くてうまく写りませんでした。
↑これは「ひみつ階段」の手前で下ろされる直前の活字の木箱
活字は地下の「ひみつ工場」の脇にある「ひみつ倉庫」に積み重ねられています。ちなみにここは活版の紙型が山のように保管されていました。「活版の紙型」が何か分かる人はかなりの印刷ヲタクか、さもなければただの年寄りですね。
工程で説明すると、活字を並べて組版した後(植字)、完成した活字の並びを一旦厚紙に押し付けて型を取ります。凹型です。で、印刷用の凸版を作るのはこの紙型に溶けた金属を流し込んで作ります。
この紙型を取っておけば、何度でも増刷できますからね。その後の時代のポジフィルムに相当するものですが、私が入社した1984年で既にほとんど終わりかけてる方法でしたね。
←紙型の山
ひとつひとつに本の名前が書いてあります。「日本テレビ 熱中時代」とか書いてありますね。いつごろや?
すんません。ほとんど仕事しなかった・・・。
一昨日の続きになりますが、例の活字の話。やっと分かりました。
小石川の印刷博物館の中に「印刷工房」という常設展示のブースがあって、一昨日板橋に運び込まれていたのは、そこで使っていた活字を何かの理由で一時避難していたらしいです。ギっちゃいけなかったかな。でももう遅いや。
作業の人がいない時を見計らって、ひみつ階段も下りてみました。私も今回初めて知ったのですが、工場の地下にはかなり広大なスペースがあります。なんせこのあたりは昭和7年に作られたままですから、今ではぞの全貌も分からなくなっているのではないでしょうか。写真を撮ろうと思ったのですが暗くてうまく写りませんでした。
↑これは「ひみつ階段」の手前で下ろされる直前の活字の木箱
活字は地下の「ひみつ工場」の脇にある「ひみつ倉庫」に積み重ねられています。ちなみにここは活版の紙型が山のように保管されていました。「活版の紙型」が何か分かる人はかなりの印刷ヲタクか、さもなければただの年寄りですね。
工程で説明すると、活字を並べて組版した後(植字)、完成した活字の並びを一旦厚紙に押し付けて型を取ります。凹型です。で、印刷用の凸版を作るのはこの紙型に溶けた金属を流し込んで作ります。
この紙型を取っておけば、何度でも増刷できますからね。その後の時代のポジフィルムに相当するものですが、私が入社した1984年で既にほとんど終わりかけてる方法でしたね。
←紙型の山
ひとつひとつに本の名前が書いてあります。「日本テレビ 熱中時代」とか書いてありますね。いつごろや?
熱中時代、懐かしいですね。本放送は1978年。教師編はDVD化もされてるんですね。ちょっと驚き。これって刑事編もありませんでした?奥さん外国の人だったような。
あと、うちの社にも秘密部屋ありますっ!入社10年目に初めて教えてもらった。階段の踊り場の脇が壁じゃなくって引き戸だなんて気がつかないよママン(笑)。なんとそこも紙型室。あと銅販にフィルム転写したみたいなものも山ほど。古新聞も山ほど。ぜ~んぶ半年くらい前にガッツリ整理してしまいましたが…。
見事なホストぶりっ・・・・って偶然です。
熱中時代についてはほとんど知らないのです。水谷豊の奴だということくらいかな。んで、番組で一緒だった外人の人、ベッキー? と結婚したんだよな。
で、出版社にも紙型があるんだー。
そういう秘密部屋とかの伝統が生まれる下地のない産業、建物からすると、ちょっとかっちょいいぞ。
せいぜいもう読み取る機械の無くなった記憶媒体とかが、出て来て笑っちゃうくらいです。こういうものは、いちばん古ければ価値と言うか意味がありそうだけど、中途半端なのはダメですなぁ。
うちらの業界ではかつてのボストンの Computer Museum 今ならカリフォルニアの Computer History Museum 位に行かないと昔の面白いのは無いのかも。(あとは、いろんな企業が余裕のある頃に作った資料室とかかな。富士通なんかでもむかーーーしのコンピュータが撮り合えず動くようになってたりして、それはそれで面白いです))
印刷博物館のチケットは次回お届けに入れておきます。忘れたら持参する。