「行くぞ」と、カッカはグレイの準備ができるのを見計らい、扉を開けた。グレイは、小屋の中ではわからなかったカッカの顔を、はじめてしっかりと見ることができた。
グレイは、はっと息を飲んだ。カッカのがっしりと四角い顎から喉の下にかけ、太く長い傷跡を見つけたからだった。
目の前の広く大きな背を見ながら、グレイは歩いていった。カッカの顔に刻まれた傷が、脳裏から離れなかった。暗い思い出が蘇ってきた。火で焼かれ、刃物で切り裂かれ、ムチ打たれる人々。その中を必死で逃げまどう、自分。
道が険しくなるにつれ、グレイはいつのまにか荒い息をついていた。まるで、追ってから逃れる逃避行のようだ、とそう思っていた。
やがて、二人は目指す沢に到着した。
「これが、三つ目の沢だ。よく覚えておけ」
カッカはそう言うと、沢沿いに上流へ上っていった。さらさらと、おいしそうな水音が聞こえてきた。足元には、下草に混じって、たくさんの小さな花が黄色く咲いていた。いくつもの若木が細長い幹を地中から伸ばし、青々とした葉を茂らせていた。二人はときおり岩をまたぎ、倒木を乗り越え、沢を渡り、木々の間を縫うようにして、さらに上へと登っていった。
カッカは小さな支流が注ぐ二股にたどり着くと、グレイにその奥を指差し、この上だ、と注意をうながした。
そこからは、さらに険しい道が続いた。もはや沢沿いには歩けず、森に分け入らなければならなかった。下草は人の背丈ほどもあり、急な傾斜をかき分けながら進む顔へ、ムチのような一撃を加えた。
グレイは慣れない山を、カッカの後を追うように懸命に登っていった。そしてとうとう、山の頂にたどり着いた。
山頂は、下草もあまりなく、ただ見上げるような大木が、でんと周囲にそびえ立っていた。からりと晴れた空の下、グレイは大きく息をついた。荒くなった息も次第に落ち着いてきたが、玉のような汗は、何度拭っても額に浮き上がってきた。
カッカは、眼下に見える山々の様子をうかがっていた。一箇所だけではなく、場所を移しながら、時間をかけ、念入りに見入っていた。
「よし、次はここだ。決まりだな」
カッカは自分に言い聞かせるように、うんとうなずいた。
「よし、しばらく休むぞ」
手袋をはずしながら、カッカはグレイに微笑んだ。強面の男が見せる、どきりとするような笑顔だった。膝に手を突きながら、つらそうに立ってがまんしていたグレイは、疲れ切った者が見せる、まるで精気のない笑みで答えた。
「おまえ、なんで山仕事なんかやる気になったんだ」と、松葉のたくさんついた枝をナイフで払い、それを下に敷いて座りながら、カッカは訊いた。
「ぼくは――別にどんな仕事でもよかったんです」
「しかしそれにしちゃ、あまりに半人前だ。職人のところで見習いをするならまだしも、いきなりおれ達のところに連れてきて新入りだなんて、そりゃ渡り職人にすることだ」
グレイは、はっと息を飲んだ。カッカのがっしりと四角い顎から喉の下にかけ、太く長い傷跡を見つけたからだった。
目の前の広く大きな背を見ながら、グレイは歩いていった。カッカの顔に刻まれた傷が、脳裏から離れなかった。暗い思い出が蘇ってきた。火で焼かれ、刃物で切り裂かれ、ムチ打たれる人々。その中を必死で逃げまどう、自分。
道が険しくなるにつれ、グレイはいつのまにか荒い息をついていた。まるで、追ってから逃れる逃避行のようだ、とそう思っていた。
やがて、二人は目指す沢に到着した。
「これが、三つ目の沢だ。よく覚えておけ」
カッカはそう言うと、沢沿いに上流へ上っていった。さらさらと、おいしそうな水音が聞こえてきた。足元には、下草に混じって、たくさんの小さな花が黄色く咲いていた。いくつもの若木が細長い幹を地中から伸ばし、青々とした葉を茂らせていた。二人はときおり岩をまたぎ、倒木を乗り越え、沢を渡り、木々の間を縫うようにして、さらに上へと登っていった。
カッカは小さな支流が注ぐ二股にたどり着くと、グレイにその奥を指差し、この上だ、と注意をうながした。
そこからは、さらに険しい道が続いた。もはや沢沿いには歩けず、森に分け入らなければならなかった。下草は人の背丈ほどもあり、急な傾斜をかき分けながら進む顔へ、ムチのような一撃を加えた。
グレイは慣れない山を、カッカの後を追うように懸命に登っていった。そしてとうとう、山の頂にたどり着いた。
山頂は、下草もあまりなく、ただ見上げるような大木が、でんと周囲にそびえ立っていた。からりと晴れた空の下、グレイは大きく息をついた。荒くなった息も次第に落ち着いてきたが、玉のような汗は、何度拭っても額に浮き上がってきた。
カッカは、眼下に見える山々の様子をうかがっていた。一箇所だけではなく、場所を移しながら、時間をかけ、念入りに見入っていた。
「よし、次はここだ。決まりだな」
カッカは自分に言い聞かせるように、うんとうなずいた。
「よし、しばらく休むぞ」
手袋をはずしながら、カッカはグレイに微笑んだ。強面の男が見せる、どきりとするような笑顔だった。膝に手を突きながら、つらそうに立ってがまんしていたグレイは、疲れ切った者が見せる、まるで精気のない笑みで答えた。
「おまえ、なんで山仕事なんかやる気になったんだ」と、松葉のたくさんついた枝をナイフで払い、それを下に敷いて座りながら、カッカは訊いた。
「ぼくは――別にどんな仕事でもよかったんです」
「しかしそれにしちゃ、あまりに半人前だ。職人のところで見習いをするならまだしも、いきなりおれ達のところに連れてきて新入りだなんて、そりゃ渡り職人にすることだ」