くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

狼おとこ(12)

2022-02-20 19:41:16 | 「狼おとこ」
「……」
 グレイは黙ったままだった。オモラのことを言っているのはわかっていた。オモラのことを、それとなく批判しているのも。
 オモラがしている仕事のことは、あの楽しかった夕食の時、はじめて聞かされた。まさか自分が雇われるなんて、夢にも思っていなかった。オモラの真意がわかると、不安の種がむくむくと大きくなった。しかし、山のことなら知っている、そう胸の奥で囁く声があった。自分の奥にいる、もっとたくましい、自信に満ちた自分の声だった。
 ぼくは、その声を信じてきたんだ。グレイはそう思った。いままで、ずっとそうして生き延びてきたんだ。間違っちゃいないさ。きっと……。
 山を下りる直前、立ちあがったカッカがぽつりと、
「――おかみさんがおまえを雇った理由は、おれにはわかる」
 と、そう言った。
 グレイは、昨夜からの降って湧いたような幸運が、信じられなかった。心のどこかで、奴隷として売られるのでは、そんな暗い想像を抱いていた。しかし、それも余計な詮索だとわかったいま、どうしておかみさんがぼくを――という疑問が芽生えていた。
 だが、グレイは訊けなかった。理由を知っているらしいカッカにも、問いかけることができなかった。いつか、どうしても正体を明かさなければならない日が来る。いつまでもお世話になることなど、所詮できないことなのだ。なら、お互いの傷をさらけ出すような真似は、しないほうがいいではないか。グレイはそう考えながら、森を、登ってきたのとは別のルートで、ゆっくりと下りていった。


 小屋に戻ると、オモラが一人で待っていた。ほかのみんなは、もう午後の作業に出かけたようだった。オモラは、カッカに山の様子を二、三たずねると、グレイに言った。
「グレイ、食事を済ませたら町へ行って、リチャードの鍛冶屋から、頼んであったやつを取ってきてくれないか。馬車代はほれ、ここにあるよ」と、オモラは前掛けのポケットから、何枚かの硬貨を取り出した。
 グレイはお金を受け取ると、「はい、わかりました」と言って、自分のポケットにしまった。
 着替えをすませ、そそくさとグレイは食事に向かった。カッカは自分の家から持ってきたサンドイッチを紅茶で流しこみ、オモラは前掛けを取ると靴を履き替え、薪割りだ、と気合をかけて外に出て行った。


 グレイは町へ向かう道を、パンを頬ばりながら小走りに駆けていた。町のはずれからもいくらか離れているため、行きも帰りも馬車というわけにはいかなかった。よく知りもしない土地で、ゆっくりしていたのでは日が暮れる、そう思って、食事もそうそうに飛び出してきたのだった。
 町へは、思っていたより早く着いた。それでも、午後に入った陽は遠く見える山並みの上にかかり、もうそろそろ落ちかかっていた。
コメント
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