今日はエッセイを書いてみたいと思いました。
エッセイ とは、形式にとらわれず,個人的観点から物事を論じた散文。
随筆や散文,小論、論説なんかも入るかな。
そんな難しいことわからないから、
思うままに、書いてゆきます。
毎日、買い物の帰り道は、この線路の側を走ります。
ここは、大阪駅の貨物駅。
梅田ターミナルと言うのかな。


線路は、ここから、北に続いてゆきます。
この上にも、阪急電車が走っています。
神戸へ、宝塚へ、そして、京都へ。
この線路は、トンネルをくぐって、日本中に貨物を運んでいます。
ううん、京都からは、関西空港へ、和歌山・勝浦に、特急も走っているのです。
でも、この景色が好きなのは、
yokoの子供時代の遊び場だったからです。


かっての子供たちは、暗くなるまで、外で遊んでいたものです。
この鉄道の下を抜ける地下道の坂を、
ローラースケートの音をジャラジャラ鳴らして、滑っていましたし、
その向うは、倉庫が立ち並んで、見知らぬ、ちょっと怖いような新しい世界でした。
けれど、このどこまでも続く線路の中は、
子供の好奇心をかきたてて、未知の世界に飛び込むところでした。
(当時は、柵も金網もなかったので)
大人に見つからないように、線路の上に立つと、
「どこまで続いてるんだろ」
「東京!」
「博多!」
「仙台!」
知ってる限りの名前を叫びながら、北に向かって歩いたものです。
途中で、空の貨物車を見つけると、
中に潜り込んで、隠れたりしました。
貨物が牛だったりしたことがあって、
「モウォー」と耳元で鳴かれて、飛び上がったこともありました。
動き出して、あわてて、飛び降りたこともあったし、
中には、
「中津まで、乗ってゆくか?」
と、抱き上げてくれる鉄道員のオジサンもいたんですよ。
今では、とても考えられないけれど、おおらかだったんですね。
鉄道は、秋田にも、横浜にも、長野にも、名古屋にも、
九州にも、続いているんですよね。
もう、この線路に立つことなんてできないけど、
毎日、眺めていると、
やっぱり、この向こうに知らない世界があるのが
うれしくて、懐かしくて、心の写真をパチリッと撮っているのです。
エッセイ とは、形式にとらわれず,個人的観点から物事を論じた散文。
随筆や散文,小論、論説なんかも入るかな。
そんな難しいことわからないから、
思うままに、書いてゆきます。
毎日、買い物の帰り道は、この線路の側を走ります。
ここは、大阪駅の貨物駅。
梅田ターミナルと言うのかな。


線路は、ここから、北に続いてゆきます。
この上にも、阪急電車が走っています。
神戸へ、宝塚へ、そして、京都へ。
この線路は、トンネルをくぐって、日本中に貨物を運んでいます。
ううん、京都からは、関西空港へ、和歌山・勝浦に、特急も走っているのです。
でも、この景色が好きなのは、
yokoの子供時代の遊び場だったからです。


かっての子供たちは、暗くなるまで、外で遊んでいたものです。
この鉄道の下を抜ける地下道の坂を、
ローラースケートの音をジャラジャラ鳴らして、滑っていましたし、
その向うは、倉庫が立ち並んで、見知らぬ、ちょっと怖いような新しい世界でした。
けれど、このどこまでも続く線路の中は、
子供の好奇心をかきたてて、未知の世界に飛び込むところでした。
(当時は、柵も金網もなかったので)
大人に見つからないように、線路の上に立つと、
「どこまで続いてるんだろ」
「東京!」
「博多!」
「仙台!」
知ってる限りの名前を叫びながら、北に向かって歩いたものです。
途中で、空の貨物車を見つけると、
中に潜り込んで、隠れたりしました。
貨物が牛だったりしたことがあって、
「モウォー」と耳元で鳴かれて、飛び上がったこともありました。
動き出して、あわてて、飛び降りたこともあったし、
中には、
「中津まで、乗ってゆくか?」
と、抱き上げてくれる鉄道員のオジサンもいたんですよ。
今では、とても考えられないけれど、おおらかだったんですね。
鉄道は、秋田にも、横浜にも、長野にも、名古屋にも、
九州にも、続いているんですよね。
もう、この線路に立つことなんてできないけど、
毎日、眺めていると、
やっぱり、この向こうに知らない世界があるのが
うれしくて、懐かしくて、心の写真をパチリッと撮っているのです。