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yokonohananikki's blog

花と遊ぶ。

ゆるーいつながり

2018-08-29 20:53:21 | 小さなエッセイ

ガーデンで咲いていました。

けど、この花の名前が思い出せません。

いつもなら、ネット中を駆け回って、探すのですが、

今日は、うん、この花知ってるし、と

思い出すまで、待っていただこうと思いました。

たぶん、時間がかかります。

 

今日は、ガーデンや種花広場のめんばーさんとのお付き合いの話を

書こうかな、と思っています。

 

まず、ガーデンの仲間は、わたしを入れて4人。

5人になることもあるけど・・・。

相棒さんと、力持ちさんと私は、

毎朝、7時すぎくらいに、ガーデンに行きます。

花に水を遣り、草を抜き、休憩をして、お茶を飲みます。

かってのゲートボール仲間で、もう20年を超える間、

いっしょにいるわけです。

もう一人、運び屋さんは、お寝坊で、

早朝のゲートボールなど、来れるわけもなく、

今でも、用事がないとやってきません。

私個人としては、運び屋さんと一番古い友だちでしょう。

夜中のウォーキングも、3年くらい続きましたしね。

 

今、相棒さんは、「人」の付き合いで悩んでいるらしいのです。

運び屋さんから、女性会の会長を引き継いだものの、

自分の思うように、人は動いてくれない、と言うことでしょうね。

「そんな偉くなるからや」と笑うのですが、

引き受けた以上は、とことんやらないと気が済まない質だから、

しんどいやろなあ、とも思っています。

 

どうしたら、もっと楽になるのかな、と傍で、考えるのですけどねえ、

やってみる以外、方法はないかも・・・。

 

 

種花広場の場合は、実質的な責任者は私です。

いつ種を播いて、いつ出荷するかは、

みんなと相談しながら、決めていきますが、

そのほかのこと、

例えば、「9時ごろから始めるよ」

例えば、「今日のメンバーさんは、なんにん?」

「今日の仕事は、何をしようか」

一応の決まりは、あるのですが、

8時半に来ようが、9時半に来ようが、

その人の都合のいい時間に来て、

仕事さえしてくれれば、

(もっと言えば、来てくれた人が、仕事をしたという実感をもってくれれば)

いいわけで、

今日は暇やから、当番と違うけど行こう、と来てくれたら、大歓迎だし、

「わたし、セル上げするのが好き」と言うメンバーさんには、

その仕事を優先的に回します。

まあ、メンバーさんの”わがまま”で、仕事をしてもらってるということかな。

 

で、わたしの一番の仕事とは、雑用です。

だから、なんでもできるけど、しょっちゅう、ポカをして、

みんなに助けて貰ってる。

 

まあ、そんな”助け合い精神”で、運営していけるのも、

8年ほどの年月がかかりました。

 

相棒さんは、まだ、始まって数カ月。

あっちこちで、ゴツンするのも仕方ないかもしれません。

けど、見ている方は、やっぱり、手を差し出したいのですけどねえ、

まだ、まだ、その手は、見えないでしょうし・・・。

 

「無理すなよ、自分だけで、責任被るなよ」

いつも、後ろから、応援しているからね・・・。

 

 

 


娘にはじめて読んであげた絵本

2017-04-25 21:06:10 | 小さなエッセイ

娘に初めて読んであげた本は、

「いない いない ばあ」

いない、いない・・・と次のページをめくると、猫や、クマや、ねずみや

動物たちが「ばー!」て顔を見せてくれる。

大好きで、ボロボロになってしまいました。

子どもが生まれるたびに、本を新しくしました。

もう、大きくなったし、だれも見てくれないけど、

また、新しく1冊買いました。

今度は、孫のために、と思うのですが、

誰も、結婚してくれないのでねえ、

本棚で、隠れています。

 

 

 


生きるということ。死ぬということ。

2017-03-03 23:27:22 | 小さなエッセイ

今日、病院で、MRIの検査を受けました。

先月、ちょっと倒れたことがあって、

救急車に乗せられて、病院に連れてこられたことがありました。

その時に、CTの写真に、

胸部に癌の疑いがあるというので、

今日の検査になったのですが。

 

検査の間中、いえ、今朝起きたときから、

「もし、癌だったら、どうする?」

この答えを考えていました。

やはり、死ぬというのは、怖いものでしょうし、

癌は、その早道でしょうからね。

 

けど、考えは、やっぱり、ひとつでした。

「治療は要らない」

切ったの、張ったので苦しむのは嫌だし、

(何しろ、痛みで、簡単に失神する人ですから)

もっと言えば、「この生というものから、卒業できるチャンスだし・・・」

70年も生きてきたら、十分だろうと。

 

手を抜いて生きてきたつもりはないし、

結構楽しい日々もあったし、

それでも、記憶の減退や、体力の限界を感じるのは、

「よく頑張りました🌸」って、言うことのような気がするのです。

 

ただねえ、

悲しませるだろうなあ、と思えば、

これを子供たちに説明できる自信は、ないですよね。

できるなら、最後まで、

花と付き合っていたいし、

彼らのように、老木が倒れるように死んでいきたいと、

まあ、そんなことを考えていました。

 

いや、この文章を読んでいたら、まるで、癌を宣告された見たいですが、

診断は、

「とりあえず、良性の腫瘍があります。

転移の心配はいりませんが、

大きくなるようだったら、切りましょう」

そんな話でした。

つまり、今のところ、死ぬ予定は、無くなったということなのですが。

 

けど、いい経験でした。

「死ぬこと」を突きつけられて、考えられたこと。

そうですねえ、ちょっと、怖くなくなりました・・・。

 

いえ、まあ、人間の弱さは、100も持っているのですから、

本当の土壇場になったら、どんなにわめくか、わかりませんけど。

 

これは、花日記ではありません。

ひょっとしたら、削除するかもしれませんが、

それでも、考えたことを書いておきたかったのです。

読んで、ご不快に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

サラッと、読み流してくださいね。


ガーデンで生きるということ。死ぬということ。

2016-06-15 20:59:24 | 小さなエッセイ

花の話しではありませんので、スルーしてくださって結構です。

朝、ガーデンで。

力持ちさんの叫び声が聞こえました。

猫が1匹、死んでいたのです。

ここには、何匹かの猫がやってきます。

木があり、草が生えていて、

適当な空間と、隠れるところがあります。

一番過ごしやすい場所でしょうね。

わたしたちは、エサをやることはありませんが、

遠くから、エサを置きにくるオバサンがいます。

ただ、邪魔にしたり、追いかけたりはしません。

リコもね。

共存できたら、それでいいと思っていました。

 

先日、しばらく姿を見なかった「チチウシ」と呼んでる猫が、

喧嘩に負けたのでしょう、あっちこっち怪我をして戻ってきました。

それでも、おばさんが置いていったエサを食べていたので、

そんなに心配していなかったのです。

一昨日、毛もボロボロで、すっかり痩せて、丸くなって寝ていました。

「これは、アカンかも」

けど、野良ですから、捕まえることはできません。

翌日には、姿を消して、私も、忘れていました。

そして、今日、隅っこで死んでいました。

 

うちの猫、ナツより、1年早くここで、生まれた猫。

小さなころは、走り回っていました。

母猫の教育が良かったのか、

人が近づくと、サーっと逃げてしまって、絶対捕まらない。

この兄弟猫も、そうでした。

ガーデンでは、お互いに、干渉はしない、そんな不文律ができていました。

 

あの怪我をして帰ってきたとき、無理やり捕まえていたら、

病院に連れていってたら、

一瞬、そう思いましたが、

チチウシは、生まれたところまで帰ってきて、死んだのです。

いえ、死ぬために帰ってきたのかもしれません。

4年ほどの命でしたが、

チチウシなりに、思うままに、生きたのでしょう。

それで、良かったのではないかと、思い返しました。

 

いつか自分にもやってくる死。

それを受け入れるのに、ためらいがないように、

1日、1日を楽しんで生きていたいとおもう。

役に立とうなんて思わない。

名誉が欲しいとも思わない。

ただ、素直に、1日を過ごしていけたらいいなと。

 

そうやねえ、私の場合、やっぱり、花があったらそれでいい、

ということになりますか・・・。

 

追伸

チチウシは、欅の木の下に

埋めてやりました。

ガーデンに眠るのが一番いいだろうと思ったのです。

 

 


ダリア アルウィン

2014-08-20 20:37:33 | 小さなエッセイ

花がなくて、しばらくお休みしていました。

いや、落ち込んでいたのかなあ。

むかし、昔って、10年ひと昔っていうから、2昔くらい前。

ゲートボールで遊んでいたことがあるんですよね。

おばあちゃんたちのお手伝いをするってことだったんだけど、

楽しんでいましたよねえ。

おととい、連絡がきたんです、

「○○さんが、先ほど亡くなられたよ」 て、 相棒さんから。

相棒さんも、力持ちさんも、みんな、ゲートボールのメンバーだったですよ。

今は、○○さんの娘さんとお付き合いがあるんですけどね。

 

突然でもなかったけど、

まだまだ生きていてくれると、のんきに思っていた。

だって、○○さんの笑顔を思い出すと、

とっても、幸せな気分になる人だったから。

 

悲しむ気持ちより、

あの時の「第一ゲート、通過!」だとか、

カツンッとボールの当たる音だとか、

「大丈夫、大丈夫、負けへんから」 とか、

おもしろかったんですよ、あの時代。

その中でも、冗談言って、笑わしてくれて、

いや、反対に、辛かった子供のときの話さえ、

「子守にやられて、

おうちの人がご飯食べてるときに、

赤ん坊をおんぶしているとき、

お腹が空いてね、

赤ん坊の頭、ゴツンと殴って、よけい泣かせて、怒られた」

なんてことを、話してくれたけど、

そんなときも、笑っていましたっけ。

そんな、思い出が脳裏を駆け巡って、

お通夜、お葬式を終えて、

やっぱり、ちょっと、寂しい。

101歳だもの、十分生きたよね。

もうすぐ、私たちも追いかけるから、

それまで、こっちで楽しんでからね。

 

秋風が吹くと、思い出すことが多くなりました。

歳をとるって、別れることが多くなるよ、って

誰かに言われたけど、

思い出が重なっていくということでもありますよね。