侵入窃盗

2023-09-05 19:18:13 | 刑事実体法

【例題】Aは、金品を盗もうと考えて、Vの居住する住居の窓から居室内に侵入した。

(case1)Aが居室内に侵入した直後、室内に居合わせたVに現認されたため、Aは窓から室外へと逃亡した。

(case2)Aが居室内の備え付けてあったタンスの引き出しを開けてその中を探索していたところ、Vに現認された。

(case3)Aが居室内の備え付けてあったタンスの引き出しを開けてその中にあったサイフを懐中にしまったところ、物音に気付いたVが居室内に入室した。Aが逃走しようとしたところ、Vは所持していた金属バットでAを殴打した。

 

[未遂の成立時]

・住居への侵入:窃盗目的をもって住居に侵入しただけでは窃盗の実行の着手があったとはいえず、財物を物色(※)した時点で実行の着手が認められる(物色説)(最二判昭和23年4月17日刑集2巻4号399頁[養蚕室への侵入事案])。□佐伯26

※ここでいう「物色」の定義を厳密に論ずる見解は見当たらないから(たぶん)、日常用語と同意義だと理解されているのか。

※もっとも、実行の着手が肯定されたものとして、「電気器具商である被害者方店舗内において、所携の懐中電燈により真暗な店内を照らしたところ、電気器具類が積んであることが判つたが、なるべく金を盗りたいので自己の左側に認めた煙草売場の方に行きかけた」事例(最二決昭和40年3月9日刑集19巻2号69頁)、「物色のためタンスに近寄った(≠物色そのもの?)」事例(大判昭和9年10月19日刑集13巻1473頁)がある。これらを整合的に理解しようとすれば、[a]物色説にいう「物色」の外延はかなり広い(「引出を開けて中を捜す」までの行為は要求されない)と考えるか、[b]「物色」は実行の着手の十分条件にすぎず、「物色」に至らなくとも占有侵害と密接した行為であれば足りると考えることになろう。□佐伯26-7、川合271-2

・倉庫への侵入:窃盗目的をもって倉庫に侵入する例では、物色説よりさらに前倒しされ、倉庫への侵入前の時点で実行の着手が認められている。□佐伯27-8

 

[既遂の成立時]

・他人の支配内に存する財物を、自己の支配内に移した時に窃盗既遂罪が成立する(取得説)。取得したといえるか否かは、財物の大小、搬出の容易性、占有者の支配の程度等の事情から決定される。□佐伯31、川合275-6

・侵入窃盗の場合は、財物を屋外に持ち出せる状況にした時点で既遂となろう。反対に、障壁で囲われているような場所では、障壁外まで財物を持ち出した時点で初めて既遂になろう。□佐伯31-3

 

[罪数処理と量刑]

・仮に住居に侵入した時点で窃盗の犯意がなくても、侵入後に窃盗(未遂)を行えば、住居侵入罪と窃盗罪の牽連犯となる。□佐伯48

・牽連犯の処理として、住居侵入罪(長期3年)と窃盗罪(長期10年)のうち、重い刑のみ(長期10年)で処断される(刑法54条1項)。

・もっとも、侵入窃盗は窃盗類型の中で重いものと扱われ、被害弁償をしても起訴されることがある。他方で、前科がなければ執行猶予も見込めるか。□情状Ad196、報告集46

 

[盗犯等防止法による正当防衛の特則]

・昭和初期に頻発した「説教強盗」に対応するため、「盗犯等の防止及び処分に関する法律」が制定された。□橋爪469

刑法
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
 
昭和五年法律第九号(盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律)
第一条 左の各号の場合において、自己又は他人の生命、身体又は貞操に対する現在の危険を排除するため、犯人を殺傷したるときは、刑法第三十六条第一項の防衛行為ありたるものとす。
一 盗犯を防止し、又は盗贓を取還せんとするとき。
二 兇器を携帯して、又は門戸牆壁等を踰越損壊し若しくは鎖鑰を開きて、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶に侵入する者を、防止せんとするとき。
三 故なく人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶に侵入したる者、又は要求を受けてこれらの場所より退去せざる者を、排斥せんとするとき。
2 前項各号の場合において自己又は他人の生命、身体又は貞操に対する現在の危険あるに非ずといえども、行為者(の)恐怖、驚愕、興奮又は狼狽により現場において犯人を殺傷する至りたるときは、これを罰せず。

・正当防衛の特則:刑法典が定める正当防衛一般に対し、侵入盗などに対する正当防衛は成立要件を異にする。

[1]防衛目的の限定:正当防衛一般では、防衛を目指す法益(=急迫不正の侵害にさらされている法益)に限定はない(刑法36条1項)。対する特則では、まず「窃盗犯や住居侵入犯への防衛」に限定され(盗犯等の防止及び処分に関する法律1条1項各号)、しかも、窃盗犯等への防止の際に「生命、身体、貞操」への現在の危険が生じた場合に限られる。それ以外の法益(財産など)が危険にさらされただけでは足りない(大判昭和9年4月2日刑集13巻370頁)。□橋爪469

[2]防衛手段の緩和:正当防衛一般では、防衛手段が「やむを得ずにした行為=必要最小限度(相当性)」に制約される。対する特則では、(法文上では特に明示はないが)相当性は要求されるものの、刑法36条1項が規定する相当性より緩やかなものまで許容される(最二決平成6年6月30日刑集48巻4号21頁)。つまり、本来は過剰防衛となる程度の殺傷に至っても、特則によればなおも正当防衛の範囲内とされることがある。□橋爪469-71

・誤想防衛の特則:特則が列挙する状況下(窃盗犯や住居侵入犯との対面)において、客観的には「生命、身体、貞操に対する現在の危険」がないにもかかわらず、恐怖等によって危険があると誤信して侵入者を殺傷した場合、当該殺傷行為は不可罰となる(盗犯等の防止及び処分に関する法律1条2項)。法文上は「誤信」が明記されていないが、特則の適用には誤信が必須となる(最二決昭和42年5月26日刑集21巻4号710頁)。誤想防衛一般であれば過失犯の成立が残るが、特則では過失犯も成立しない。□橋爪471-2

 

[常習犯の加重類型]→《常習累犯窃盗》

・常習として侵入窃盗を犯すと、加重類型である「常習特殊窃盗」(盗犯等の防止及び処分に関する法律2条各号)や「常習累犯窃盗」(盗犯等の防止及び処分に関する法律3条)に該当する場合がある。

 

川合昌幸「第235条(窃盗)」大塚仁・河上和雄・佐藤文哉・古田佑紀『大コンメンタール刑法〔第2版〕』[2003]

橋爪隆「第36条(正当防衛)」西田典之・山口厚・佐伯仁志編『注釈刑法第1巻総論』[2010]

第一東京弁護士会刑事弁護委員会『量刑調査報告集5』[2018]

菅原直美ほか『情状弁護Advance』[2019]

佐伯仁志「第235条(窃盗)」西田典之・山口厚・佐伯仁志編『注釈刑法第4巻各論(3)』[2021]

(参考)

団藤重光「第235条」団藤重光編『注釈刑法(6)各則(4)』[1966]

井田良『講義刑法学・各論』[2016]

井田良『講義刑法学・総論〔第2版〕』[2018]

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