罪数論入門

2021-07-26 18:18:40 | 刑事実体法

旧記事の全訂版。

 

[単純一罪]

・現在の通説は構成要件標準説を採り、「1つの構成要件によって一回的に評価されるものが一罪/数回の評価を要するものが数罪」と区分する。構成要件が1つだけ充足されている場合を、講学上、「単純一罪」と呼ぶ。□井田580

・この評価は「法益侵害の数」を基礎に据えつつ、構成要件に規定された態様も踏まえて決する。例えば、AがVの所持するカバンを窃取した場合、仮にこのカバンの中にBの所有物が含まれていたとしても、構成要件が予定する占有侵害は1回であるから1個の窃盗罪のみが成立する。□井田577-8

・ただし、「同一機会に被害者を複数回殴打する」例のように、直感的に単純一罪と処理されているが、厳密には包括一罪と言いうるものもあろう。□小林憲356、井田580

 

[法条競合]

・1つの行為が複数の条文に該当すると思われる場合、解釈によって適用条文が決定される必要がある。□小林356-7

・(1)吸収関係:強盗罪と窃盗罪(→強盗罪のみ成立)

・(2)特別関係:業務上横領罪と単純横領罪(→業務上横領罪のみが成立)

・(3)択一関係:横領罪と背任罪(→横領罪のみ成立)

 

[包括一罪]

・単純一罪とも言い難いにも関わらず、実質的な当罰性評価の観点から一罪として扱われる一群がある。最高裁判例も「包括一罪」との呼称を用いている。

・もっとも、包括一罪と処理されるものの内実はさまざまであって統一的な理解は困難であるし、論者による整理も一様でない(たぶん)。□小林憲363

・・・(1)狭義の包括一罪:構成要件が同一の法益侵害に向けた数種の行為(α、β、γ・・・)を予定している場合で、それら数種の行為を一連のものとして行った場合は包括一罪と評価される。例えば、逮捕行為と監禁行為はいずれも刑法220条の構成要件を満たすが、「逮捕→監禁」と連続して行った場合は、包括して監禁罪のみが成立する(最大判昭和28年6月17日刑集7巻6号1289頁)。□井田586、小林充163

・・・(2)集合犯:そもそもの構成要件が、複数の行為を一罪と扱っているもの。常習賭博罪のように同種の行為の反復を予定する常習犯、わいせつ物販売罪や無免許医業罪のように業としての複数の行為を予定する職業犯・営業犯がある。□小林憲363-4、井田580、小林充163

・・・(3-1)接続犯:時間・場所・被害者が同一である場合、実質的には単一の構成要件が予定する不法と責任しか実現されていないので一罪しか成立しない。古典的な例として、「同一の倉庫から、約2時間の間に、米俵3俵ずつを、3度に分けて窃取した事案」では、3個の窃盗罪が成立するとも言いうるが、実質的には単一の構成要件が予定する不法と責任しか実現されていないとして、結論としては1個の窃盗罪のみが成立する(最二判昭和24年7月23日刑集3巻8号1373頁)。前述の「同一機会に被害者を複数回殴打する」事案も、接続犯の一種ともいえようか。□小林憲363

・・・(3-2)接続犯の延長として、近時、注目する最高裁判例が出ている。[a]多数の被害者(通行人)から募金を詐取した事案において1個の詐欺罪(包括一罪)を認めた事案(最二決平成22年3月17日刑集64巻2号111頁)がある。検察サイドからは、この論を採ることで1回の行為ごとの被害の特定が不要となる。[b]一定期間内に同一の被害者に同態様の暴行を反復して一定の傷害を負わせた事案について1個の傷害罪(包括一罪)を認めた事案(最一決平成26年3月17日刑集68巻3号368頁)、がある。ここにおいても1回の行為と各被害の間の因果関係の証明が不要になろう。□小林憲364-6、井田585

・・・(4)二重評価防止の観点から認められるもの:数罪が成立しているにもかかわらず、実質的な違法評価を強調して包括一罪とされる例がある(講学上の「混合的包括一罪」)。[a]窃盗の既遂後、現場において被害者に発見されて新たな強取を行った場合(居直り強盗)。素朴には1個の窃盗罪と1個の強盗罪が成立するはずだが(しかも、観念的競合でも牽連犯でもない)、その実質的な違法を1つとみて強盗罪1個のみが成立する(高松高判昭和28年7月27日高刑集6巻11号1442頁)。[b]強取する意思で被害者から覚醒剤を詐取(窃取)した上で、覚醒剤の返還を免れるために被害者を殺害しようとした場合。素朴には1個の詐欺罪(窃盗罪)と1個の二項強盗による強盗殺人未遂罪が成立するはずだが、1個の強盗殺人未遂罪のみが成立する(最一決昭和61年11月18日刑集40巻7号523頁)。2つの行為が密接に関連していることと、同一の機会になされていることがポイントか。[c]財物を窃取した後に、それを損壊する場合。理論的には先行する1個の窃盗罪と後続の1個の器物損壊罪が成立するが、前者を処罰するときはそれに後者が吸収される(共罰的事後行為)と解されている。□井田597,583-4、小林憲366-8、小林充164

 

[補足:放火と死傷]

・現住建造物等に対する1個の放火行為を行って人を死傷させた場合、死傷についての故意があれば、1個の現住建造物等放火罪と1個の殺人罪(傷害罪)が成立し、両者は観念的競合になる。□小池158

・これに対し、死傷への故意がない場合は、1個の現住建造物等放火罪と1個の重過失致傷罪が成立するように見える。この罪数処理につき、法益の違いを強調して観念的競合になるという見解と、放火罪は死傷結果をも想定していることを強調して1個の放火罪のみが成立する(包括一罪)という見解がある。最三決平成29年12月19日刑集71巻10号606頁は、現住建造物等放火罪のみが訴因とされている事案において、死傷結果を量刑上考慮することを許容した。もっとも、前述の観念的競合説と包括一罪説の対立には至っていないものと解されようか。□小池158-9

 

[科刑上一罪]

・数罪が科刑上一罪の関係にあると認められれば、実体法上の処断刑の形成において併合罪より軽く扱われ、手続法上では一罪として処理される。その理論的根拠につき、違法減少に求める立場と、責任減少に求める立場がある。□井田592-3

・(1)観念的競合:「1個の行為が2個以上の罪名に触れる」場合は、最も重い刑によって処断される(刑法54条1項前段)。

・・・ここでいう「1個の行為」とは、「法的評価を離れた自然的観察のもとで、社会的見解上1個のものと評価できるもの」をいう(最大判昭和49年5月29日刑集28巻4号114頁)。

・・・判例に現れた観念的競合の例として、同一日時場所における無免許運転罪と酒酔い運転罪、同一日時場所における無免許運転罪と無車検運転罪、同一日時場所における救護義務違反罪と報告義務違反罪(←もはや別個の意思決定であるとする批判も有力)、大麻輸入罪と無許可輸入罪(←両者の実行行為は重ならない)がある。

・(2)牽連犯:「犯罪の手段行為又は結果行為が他の罪名に触れる」場合も、最も重い刑によって処断される(刑法54条1項後段)。

・・・ここでいう「手段と結果の関係」とは、「数罪の間に罪質上その一方が他方の手段結果になるという関係があり、かつ、具体的にその関係として数罪を実行した」ことをいう(最大判昭和24年12月21日刑集3巻12号2048頁)。

・・・もっとも、実際の処理が理論的に一貫しているかはビミョウである。実際に牽連犯が認められる例も限定されており、住居侵入罪を手段として他の犯罪が実行される例(窃盗、強盗、殺人、傷害、強姦、放火)、公文書偽造罪と同行使罪、偽造文書行使罪と詐欺罪、身の代金目的拐取罪と身の代金要求罪。これに対して「殺人罪と死体損壊罪」「監禁罪と恐喝罪」は併合罪の関係に立つと解されている。□井田595-6

 

[併合罪]

・併合の利益:確定裁判を経ていない2個以上の罪は併合罪となる。現行法は、併合罪によって有期懲役刑(禁固刑)に受ける被告人にメリットを与え、その処断刑の長期が「min(最も重い罪の長期×1.5倍、それぞれの長期の合計)」に限定される(刑法47条ただし書:併科主義の排除=加重単一刑主義)。□井田590-1

・全体的アプロウチの肯定(加重単一刑主義の限界):A罪(法定刑10年)とB罪(法定刑10年)につき、被告人がA罪に該当する行為とB罪に該当する行為をそれぞれ犯したとする。仮にA罪のみで起訴されれば宣告刑10年、B罪のみで起訴されれば宣告刑1年と仮定した場合、併科主義(48条1項、53条参照)を採れば宣告刑は11年にとどまる。他方で、「A罪+B罪という新たな実体に対して上限15年の処断刑で臨む」と考えれば、併科主義以上の上限15年もの宣告刑が可能となってしまう。この論点が表面化した最一判平成15年7月10日刑集57巻7号903頁[新潟女性監禁事件]は、後者の帰結を肯定した。□井田591

 

小林充原著・植村立郎監修・園原敏彦改訂『刑法〔第4版〕』[2015]

井田良『講義刑法学・総論〔第2版〕』[2018]

小池信太郞「判批」平成30年度重要判例解説[2019]

小林憲太郎『刑法総論〔第2版〕』[2020]

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