判決更正の実務

2019-09-09 14:19:37 | 民事手続法

【例題】X(原告)とY(被告)の間の損害賠償請求訴訟において、XのYに対する請求を認容する判決が言い渡されて確定した。Xが判決正本を確認したところ、その「当事者の表示」には「被告Y田太郎」と記載されていた。Yの実際の氏名は「Y田太朗」である。

 

[更正と変更]

・判決の不可撤回性:民事訴訟における判決は、原則として、言い渡した裁判所自身も撤回変更が許されない。講学上、「判決の不可撤回性(自縛性、羈束力)」と呼ばれる。□高橋概論249-50

・判決の更正決定:もっとも、判決の内容そのものではなく、「計算違い、誤記その他これらに類する明白な誤り」については、いつでも更正することができる(民訴法257条)。

・変更の判決:単なる更正にとどまらず、民訴法256条は、「判決に法令の違反があることを発見したとき」の変更の判決を許容する。この場合、変更の判決が新しい判決となる。実務上、変更判決はまれ。□高橋概論250

・なお、非訟事件では、決定が不当であるときに当該裁判所自身がこれを変更することが明文で許容されている(非訟事件手続法59条1項)。□高橋概論250

 

[更正決定の要件]

・要件その1:判決に計算違い、誤記その他これらに類する表現上の誤りがあること(民訴法257条1項)。典型的には、当事者や代理人の誤記があげられるが、主文の誤記や判決理由中の誤記も更正の対象となる(→もっとも、実務的には、執行や登記に影響のない箇所の誤記は放置するか)。中には、単なる表現上の誤記なのか、それとも内容にかかるものなのか微妙なケースもあろう(たぶん)。□三角156、圓道288

・要件その2:その表現上の誤りが明白であること(民訴法257条1項)。この明白性の根拠となる資料について、裁判例は判決書と訴訟の全過程に現れた資料から判断する、と説かれる。もっとも、例えば更正申立時に提出された戸籍等から誤りが判明することもあろうが、このような「訴訟後の資料」も判断材料となると言うべきだろう(私見)。他方、当事者間に争いのある事項は明白とはいえないか。□三角156-7

・なお、決定や命令についても、民訴法257条が準用される(民訴法122条)。和解調書等についても同様の問題が起こりうるので、裁判実務は民訴法257条の準用による更正を認めている。□三角156

 

[更正決定の手続]

・当事者には更正決定の申立権が認められるほか、裁判所が職権によって更正することも可能(民訴法257条1項)。実務的には、「当事者が裁判所に誤記を指摘→更正決定申立書を提出すべきかの判断をあおぐ→必要に応じて更正決定申立書(※松江地裁オリジナル)の提出」となろうか。

・更正の時期に制限はないので(民訴法257条1項)、判決確定後も更正決定は可能。もっとも、訴訟記録は原則として5年経過後に廃棄されてしまうので、廃棄後に更正を求める場合、困難も予想されよう(たぶん)。□高橋概論250、執行文講義案42参照

・更正決定の形式として、通常は、更正決定書が作成されて同正本が当事者に送達される(民訴規則160条1項ただし書)。なお、例えば判決正本の送達前であれば、更正決定書を作成せず、判決書の原本正本へ付記することで処理できるケースもあろう(民訴規則160条1項本文)。□三角157、圓道288

・更正決定に対し、当事者は、その告知を受けた時から1週間の不変期間内に即時抗告をすることが可能(民訴法257条2項、332条)。そのため、決定や命令の効力発生時期(民訴法119条;告知時に効力発生)にかかわらず、更正決定の確定には、この不変期間の経過(∵上訴一般の確定遮断効)を待たなければならない(民訴法122条、116条)。□芳賀229,235

・なお、更正決定書の送達を要するため、更正決定を申し立てた当事者(or職権の場合は裁判所が定める者≒当事者)は新たな送達費用分の郵券を納めなければならない(民事訴訟費用等に関する法律11条)。多くの当事者(代理人)はここに不満を抱きながら、最終的には「大人の対応」をしているか…。□圓道288-9

 

[更正決定の効果]

・更正決定は元の判決と一体なものとなり、当初から更正後の判決がなされたと扱われるので、上訴期間等にも影響しない。□高橋概論250、三角157

 

[執行手続との関係]

・「更正決定=判決の一部」という理解からは、その後の執行に備えて、「更正決定書正本の送達証明書」を取得する必要がある。

・執行裁判所との無用な紛糾を避けるため、執行文付与は、更正決定の確定後に受けるのが無難だろう(たぶん)。この場合は、債務名義正本と更正決定書正本を合わせたもの全体に執行文付与を受けることになる(※)。

※なお、執行文付与機関は事件記録から付与の要件具備を判断するので、執行文付与申立時点で送達証明や確定証明は不要。例えば、仮執行宣言付判決であれば直ちに債務名義性が肯定できる一方、仮執行宣言が付されていない判決であれば、付与機関(ここでは事件記録の存する裁判所書記官)は、事件記録等からその確定の有無を判断することになる。□執行文講義案29

 

裁判所職員総合研修所監修『執行文講義案〔改訂再訂版〕』[2015]

高橋宏志『民事訴訟法概論』[2016]

圓道至剛『企業法務のための民事訴訟の実務解説』[2016]

三角比呂「第257条」、芳賀雅顯「第3編上訴」加藤新太郎・松下淳一編『新基本法コンメンタール民事訴訟法2』[2017]

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