公務・業務の妨害と刑法的保護

2017-09-10 22:30:27 | 業務妨害・弁護過誤

刑法95条1項:公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

刑法233条:虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

刑法234条:威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

 

[被害結果発生の不要]

・公務の場合:公務執行妨害罪(刑法95条1項)は講学上の抽象的危険犯と解されており(※)、すなわち、その成立には「公務員が職務を執行するに当りこれに対して暴行又は脅迫を加えたときは直ちに成立するものであつて、その暴行又は脅迫はこれにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、妨害となるべきものであれば足りる」(最三判昭和33年9月30日刑集12巻13号3151頁)。□中森270、井田532,541

※もっとも、西田416「…警察官の実力行動に対して本罪を認めるには軽微な暴行・脅迫では足りないと解する余地もあるように思われる」。

・業務の場合:業務妨害罪(刑法233条後段、234条)についても、最二判昭和28年1月30日集刑72号581頁は「刑法234条業務妨害罪にいう業務の「妨害」とは現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、業務を妨害するに足る行為あるをもつて足る」とする。かつての多数説も(判例と同様に)抽象的危険犯と解していた(※)。□中森72、西田128

※しかし、近時の有力説は、現実の妨害結果発生を要する侵害犯(実害犯)と理解する。井田p176は抽象的危険犯としながら「最近の学説の多くは、これを侵害犯であるとする」。

 

[妨害の態様(その1):広義の暴行]

・公務執行妨害罪の実行行為である「暴行」は、公務員の身体に対する有形力の行使にとどまらず、公務員に「対する」有形力の行使でも足りる(間接暴行;広義の暴行)。□西田415、中森273、井田540-1

[例]公務員が差し押さえた物の損壊。

[例]執行官による強制執行の際にその補助者に対する暴行。

 

[妨害の態様(その2):広義の脅迫]

・公務員に対する「脅迫」も脅迫罪のそれより広い。すなわち、加害の対象は限定されず、およそ公務員を畏怖させるに足りる害悪の告知ならば該当する(広義の脅迫)。□西田415-6、井田541

 

[妨害の態様(その3):威力]

・威力業務妨害罪にいう「威力」とは、人の意思を制圧するに足りる勢力を指す。暴行や脅迫はもちろん、暴行脅迫に至らなくても、地位・権勢を利用した威迫、多衆の力の誇示、騒音喧騒等も含む。□佐々木123-4

[例]食堂で蛇を撒き散らす行為。

[例]株主総会における総会屋の怒号、卒業式での部外者の怒号等など。

[例]店舗の前に集団でたむろして顧客の入店を妨げる行為。このように被害者以外の者に対する勢力の行使も「威力」になりうる。

[例]猫の死骸を事務机の中に入れておき、被害者に発見させる行為。このように、被害者の面前外で行為がなされた場合も含まれる。

[例]弁護士のカバンを奪って隠匿した行為。猫死骸事例と同じく対物的加害行為であるが、威力にあたるとされている。

・実務において「威力」「偽計」の概念は弛緩している。業務妨害の結果が発生した点を重視し、「公然的な不正手段=威力業務妨害」「非公然的な不正手段=偽計業務妨害」と結論している、とも評されている。□西田127-8、中森74-5

 

[妨害の態様(その4):偽計]

・偽計業務妨害罪にいう「偽計」を明示的に定義する判例は乏しい。学説の理解も完全には一致していないものの、詐欺よりは広い概念であり、人を欺罔や誘惑して、または人の錯誤や不知を利用する手段を指すと解される。□中森74、西田126、井田179-80

[例]虚偽の電話注文によって配達をさせる行為。□西田126、井田180

[例]警察に虚偽通報をして出動させる行為(後述)。□井田180

[例]有線放送の送信線を切断して放送を妨害する行為。「偽計」という文言から相当に外れているように思う(私見)。

・「虚偽の風説の流布」とは、「A社は不渡手形を出した」等の真実に反する情報を不特定または多数の人に伝播させることをいう。これも「偽計」の一態様として理解されており、偽計業務妨害罪と呼ばれる。□井田179-80、西田123

 

[権力的公務は威力から保護されない]

・最高裁は、強制力を行使する権力的公務は業務妨害罪にいう「業務」には該当せず保護されない、と一貫して解してきた。最高裁のように権力的公務を業務妨害罪から排除する見解(限定積極説)の背後には、権力的公務は法律上許容された強制力をもって威力を排除できる、との理解がある。□山口157

・古くは最大判昭和26年7月18日刑集5巻8号1491頁が、警察官に対してスクラムを組み労働歌を高唱して気勢を挙げた行為につき「業務妨害罪にいわゆる業務の中には、公務員の職務は含まれない」として威力業務妨害罪の成立を否定している。この言い回し自体は単純消極説を採用しているように読めるものの、その後の展開で判例が限定積極説を採用することが明らかになった(後述)。

・判例の展開を「最高裁は判例を変更し」たと評する学説もある(西田p125など)。しかし、最二判昭和35年11月18日刑集14巻13号1713頁は「(前掲最大判昭和26年7月18日は)本来の公務、特に権力的作用を伴う警察官の職務執行につき威力業務妨害罪の成立を否定した判例である」と限定的に捉えている。したがって、昭和26年大法廷判決は変更されていないとみるべきだろう(私見)。

 

[権力的公務は偽計からも保護されない?]

最二決平成12年2月17日刑集54巻2号38頁は「・・・強制力を行使する権力的公務ではないから、右事務が刑法233条、234条にいう「業務」に当たるとした原判断は、正当である」とした。これを素直に読めば、最高裁は「233条業務=234条業務」と素朴に考えているか。

・もっとも、権力的公務がもつ自力排除力に着目する理解を貫けば、威力と偽計との違いを重視して「権力的公務といえども、強制力をもって「偽計」を排除することはできないから、偽計業務妨害罪の対象として保護すべきだ」と帰結されよう。東京高判平成21年3月12日高刑集62巻1号21頁は、インターネット掲示板に無差別殺人の虚偽予告をした行為につき次のように述べて偽計業務妨害罪の成立を認めた:「本件のように、警察に対して犯罪予告の虚偽通報がなされた場合(インターネット掲示板を通じての間接的通報も直接的110番通報と同視できる。)、警察においては、直ちにその虚偽であることを看破できない限りは、これに対応する徒労の出動・警戒を余儀なくさせられるのであり、その結果として、虚偽通報さえなければ遂行されたはずの本来の警察の公務(業務)が妨害される(遂行が困難ならしめられる)のである。妨害された本来の警察の公務の中に、仮に逮捕状による逮捕等の強制力を付与された権力的公務が含まれていたとしても、その強制力は、本件のような虚偽通報による妨害行為に対して行使し得る段階にはなく、このような妨害行為を排除する働きを有しないのである。したがって、本件において、妨害された警察の公務(業務)は、強制力を付与された権力的なものを含めて、その全体が、本罪による保護の対象になると解するのが相当である(最一決昭和62年3月12日刑集41巻2号140頁も、妨害の対象となった職務は「なんら被告人らに対して強制を行使する権力的公務ではないのであるから、」威力業務妨害罪にいう「業務」に当たる旨判示しており、上記のような解釈が当然の前提にされているものと思われる。)」。□山口157、井田177-8、西田126

・平成21年東京高裁判決の立場からは、「警察官の目の前に白い粉が入った袋をわざと落として覚せい剤と勘違いさせたうえ逃走し、パトカーなどを出動させる行為(2017年9月8日NHKニュースウェブサイト参照)」は、(もはや非公然とはいえないが)偽計業務妨害とされよう(私見)。この問題を自覚的に論じるものとして、小倉p456(井田pp177-8も同旨か):「判例が採用している限定積極説を基礎としつつその適用範囲を適正に画するものとして、「強制力を行使する公務」は、当該強制力を行使し得る段階(局面、状況)にある場合に業務妨害罪の「業務」から除かれるとの見解によって、事案の妥当な解決を図るのが相当であろう」。

 

[非権力的公務は威力と偽計のいずれからも保護される]

前掲最大判昭和26年7月18日は、公務一般について業務妨害罪の対象外であるかのような言い回しをしたものの(上述)、その後の最高裁判例は、非権力的公務は「業務」に含まれて(公務執行妨害罪のみならず)業務妨害罪によって保護されると解してきた。

・最高裁判例は次のように展開してきた:前掲最二判昭和35年11月18日〔国鉄の貨物運行業務〕最大判昭和41年11月30日刑集20巻9号1076頁〔国鉄職員の非権力的現業業務〕前掲最一決昭和62年3月12日〔(現業性を欠く)県議会委員会の条例案採決等の事務〕前掲最二決平成12年2月17日〔公職選挙法上の選挙長の立候補届出受理事務〕最一決平成14年9月30日刑集56巻7号395頁〔東京都による動く歩道の設置に伴う環境整備工事〕。□山口156、佐々木121

 

佐々木正輝「第234条(威力業務妨害)」『大コンメンタール刑法第2版第12巻』[2003]

山口厚「公務と業務」西田典之ほか編『刑法の争点』[2007]

西田典之『刑法各論〔第5版〕』[2010]

小倉哲浩「公務と業務妨害罪」池田修・金山薫編『新実例刑法[各論]』[2011]

中森喜彦『刑法各論〔第4版〕』[2015]

井田良『講義刑法学・各論』[2016]

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