覚醒剤使用の実態

2024-07-14 16:08:03 | 刑事実体法

【例題】Aは、路上で警察官の職務質問を受け、白色の粉末が封入されたパケと注射器を所持していることを現認された。

 

[覚醒剤≒メタンフェミンorそれを含有したもの]

・「覚醒剤」は、覚醒剤取締法2条1項が定義する。

[1]フエニルメチルプロパンとその塩類(1号):メタンフェタミンのこと。1941年には大日本製薬が「ヒロポン」として販売していた。日本で密売される「覚醒剤」は、もっぱらフエニルメチルプロパン(メタンフェタミン塩酸塩)であり、無臭の白色結晶の形状である。□小森333,332、船山136,144,149、瀬戸47-8、井上田中5

[2]フエニルアミノプロパンとその塩類(1号):アンフェタミンのこと。1941年には武田薬工が「ゼドリン」として販売していた。ヨーロッパでは値段の安さから乱用が指摘されるが、現在の日本では広まっていない。□小森333、船山136,144,149

[3]混合物(3号):純粋なメタンフェタミンやアンフェタミン以外であっても、それらを含有するものも「覚醒剤」に含まれる。その含有量がわずかであっても覚醒剤該当性は否定されない。混和物として用いられるものには、水道水のカルキ抜きに使用されるチオ硫酸ソーダ(ハイポ)、ジメチルアンフェタミン、動物飼料に使用されるジメチルスルホン、メントールなどがある。□内藤白井奥村8-9、小森332

・なお、覚醒剤取締法2条1項2号は、「覚醒剤」の1つに「メタンフェタミンらと同種の覚醒作用を有する物であつて政令で指定するもの」も加える。もっとも、現時点では具体的に指定されたものはない。□内藤白井奥村7、小森333

・1970年頃に「シャブ」という俗称が生まれた。その語源は「骨までしゃぶられる」の転用だとされる。他には「覚醒剤を水に落とすと、シャーと走るように溶けるから」「尼崎の『サブロウ』という売人がいたから」という説もある。□瀬戸100-2

・日本の薬物事犯の検挙者のうち約80%が覚醒剤である。他国ではヘロイン、コカイン、大麻などが中心であるため、日本の現状は特異である。□瀬戸47

 

[覚醒剤の製造]

・日本で流通するメタンフェタミン塩酸塩は、「1ーフェニルー2ーメチルアミノプロパノールー1(エフェドリン)」を原料としていると考えられる。エフェドリンは気管支拡張作用や鎮咳作用を有するので、多くの風邪薬では有効成分の一つとしてエフェドリンを含む。法令はエフェドリンを覚醒剤原料の一つとして規制しつつ、含有量が10%以下のものは規制から除外している。□井上田中9-11,15-7

・覚醒剤は化学原料から製造されるため、植物を原料とするヘロインやコカインと比べて製造が容易である。もっとも、製造過程で特有の臭いが生じるため、日本国内で供給される覚醒剤はもっぱら海外で製造されたものが密輸されている。□瀬戸56-7

 

[覚醒剤の売買と使用]

・密売される覚醒剤は「パケ」と呼ばれる透明ビニール袋に封入された状態で密売される。使用者は「1パケ=1万円」程度で購入することが多い。1パケに入れられる覚醒剤は0.2グラム前後であるが、密売価格の情勢に応じて量は変化する。□小森333、倉垣203

・当局の報道発表では「1回使用料=0.03グラム」と換算している。静脈注射使用では0.02グラム(耳かき1杯分程度)、加熱吸引(炙り)では0.03~0.05グラムと言われる。「炙り」の方が依存性が低い。常習者は耐性を持つために1回当たりの使用量が増える(1日に数回=合計1グラム程度を使用する例もある)。□小森341,345-6、倉垣204,210、井上田中33-40

・覚醒剤を使用してから30分程度が経過していれば、使用者が排出した尿から覚醒剤を検出することが可能だと言われる。尿中から覚醒剤を検出できる時間的リミットについては、初めての使用者であれば使用から4日程度、常習者であれば最大10日間程度である。尿鑑定のためには、尿を50~100ml程度採取する。□井上田中63-5,48

・尿以外にも汗、唾液、精液からも覚醒剤を検出することができるが、資料採取の容易性、資料中の覚醒剤濃度、検出可能期間に照らすと、尿が最適の鑑定資料である。□井上田中43-5

 

[覚醒剤の薬理作用]

・中枢神経興奮作用:覚醒剤はドパミン神経系に作用し、シナプス間隙に放出されるドパミンを増加させる。その結果、快感、陶酔感、覚醒作用をもたらす。□小森344、船山148

・交感神経刺激作用:覚醒剤はノルアドレナリンを放出させてその再取込みを阻害し、交感神経系を活性化させるので、血管収縮、頻脈、体温や血圧の上昇、瞳孔散大、立毛などを生じさせる。使用者は「全身がザーとする」「冷たい衝撃が走る」「髪の毛が逆立つ」などと表現する。□小森344

・異常体験の出現:乱用初期は快方向の体験が中心であるが、乱用中期に至ると、離脱期の倦怠感や意欲低下が強く意識されるようになる。さらに乱用を続けると、被害妄想・関係妄想などが出現しやすくなる。数か月から数年にわたって反復使用すると、統合失調症に類似した妄想、幻聴、幻視を生じることがある。□小森344-5,349、船山143

・耐性:覚醒剤の使用を続けると特に報酬効果への耐性が生じるため、同じ効果を得るためにより多量を摂取するようになる。□小森345-6

・逆耐性:反対に、覚醒剤を一定期間摂取していた者が、中断期間を挟んで少量の覚醒剤を使用した時に、過去の反復使用によって覚醒剤への感受性が増していることで、急性中毒に至ることがある。□小森346、船山143

・離脱症状:覚醒剤を長期や大量に使用した後、使用を中止すると数時間~数日内に、過剰な睡眠、食欲亢進、意欲低下、無為、抑うつ気分、自殺念慮などを生じることがある。□小森346

 

[覚醒剤の「所持」概念]

・所持罪にいう「所持」は「人が物を保管する実力支配関係を内容とする行為」を指し(実力支配関係の持続する限り所持は存続する)、実力支配関係の存否は諸般事情にしたがって社会通念より決定される(最大判昭和30年12月21日刑集第9巻14号2946頁)。□安冨17-8

 

[単純使用所持の量刑]

・自己使用罪:法定刑は「10年以下の懲役」である(覚醒剤取締法41条の3第1項1号、19条)。前科がない場合、行為態様(注射、吸引、嚥下など)にかかわらず、「求刑1年6月→宣告懲役1年6月+執行猶予3年」と処分される実務運用となっている。立件が2回目以降になると、求刑が「2年、2年6月、3年、3年6月、4年」というように6月刻みで上昇していく。「求刑4年」が上限だと思われる。□情状A211

・自己使用目的所持罪:法定刑は「10年以下の懲役」である(覚醒剤取締法41条の2第1項)。自己使用と同様に、同種前科がない場合は、所持量にかかわらず、「求刑1年6月→宣告懲役1年6月+執行猶予3年」となる運用である。□情状A211

 

[営利目的加重]

・使用や所持等に「営利の目的」が伴う場合、法定刑が加重されて「1年以上(~20年以下)の有期懲役」or「情状により1年以上(~20年以下)の有期懲役及び500万円以下の罰金」となる(覚醒剤取締法41条の3第2項、1条の2第2項など)。

・ここでいう「営利の目的」とは、「単に財産上の利益を得る目的をもつてなされたことを意味し、一回限りのものでも差し支えなく必ずしも反覆継続的に利益を図るためになされることを要しない」(最二決昭和35年12月12日刑集第14巻13号1897頁)。□内藤白井奥村144-5

・「営利の目的」の存在は、自白がない限り、間接事実を総合して推認される:[1]取り扱った覚醒剤の量や仕入価格、[2]本人が覚醒剤を小分けしていたこと、小分け道具を所持していたこと、[3]犯行の手口や態様(?)、[4]継続的な密売や仕入れがなされていたこと、[5]本人の生活状況等、[6]本人の弁解内容。□小森307

・営利事犯では実刑が原則化している。□情状A211

 

船山信次『<麻薬>のすべて』(講談社現代新書)[2011]

小森榮『もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術』[2012]

安冨潔『特別刑法入門』[2015]

内藤惣一郎・白井美果・奥村寿行『覚せい剤犯罪捜査実務ハンドブック』[2018]

季刊刑事弁護増刊『情状弁護Advance』[2019]

瀬戸晴海『マトリ』(新潮新書)[2020]

倉垣弘志『薬物売人』(幻冬社新書)[2021]

井上堯子・田中謙『覚醒剤Q&A-捜査官のための化学ガイド-〔初版11刷〕』[2023(初版2008)]

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