2019-05-16:文献を追記した。
2023-10-17:文献を追記した。
【例題】A男とV女が性交をした。A男が罪責を負う可能性があるか。
(case1)V女が12歳の場合。
(case2)V女が16歳の場合。
(case3)V女が18歳の場合。
(case4)A男がV女が通う学校の教員である場合。
(case5)A男がV女の同居する養父である場合。
(case6)A男がV女に対価を支払った場合。
刑法
(強制わいせつ)第176条 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(強制性交等)第177条 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛こう門性交又は口腔くう性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
(監護者わいせつ及び監護者性交等)第179条 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第176条の例による。
2 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条の例による。
児童福祉法
六 児童に淫行をさせる行為
第60条(1) 第34条第1項第6号の規定に違反した者は、10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律
(児童買春)第4条 児童買春をした者は、5年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。
愛知県青少年保護育成条例
(いん行、わいせつ行為の禁止)第14条 何人も、青少年に対して、いん行又はわいせつ行為をしてはならない。
第29条(1) 第14条第1項の規定に違反した者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
売春防止法
(定義)第2条 この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。
(売春の禁止)第3条 何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない。
[性交相手が13歳未満:態様を問わず強制性交等罪]
・刑法は、13歳未満の男女に性交同意能力を認めていない(刑法176条後段、177条後段)。すなわち、性交等(orわいせつ行為)が同意に基づいて平穏になされたとしても、その相手が13歳未満であるという一事をもって違法となる。
・2017(平成29)年刑法改正により、強制性交等罪などは非親告罪とされた。
[性交相手が13~17歳(その1):監護被監護関係=監護者性交等罪]
・2017(平成29)年刑法改正により、「監護者性交等罪(監護者わいせつ罪)」が新設された。新設の背景には、家庭内の性的虐待は強制性交等罪と同じ当罰性を持つ(=児童福祉法違反では軽すぎる)、との問題意識がある。そのため、同罪の法定刑は強制性交等罪(or強制わいせつ罪)と同一とされた。□深町(4)
・監護者性交等罪の主体は「18歳未満の者を現に監護する者」であり(身分犯)、親子関係やそれと同視できるだけの保護被保護関係([例]実親、養親、同居の親族、親の内縁パートナーなど)が要求される。反対に、教師やスポーツコーチなど原則として該当しない。□深町(4)、西田橋爪106
・行為主体が限定される反面、その手段は「影響力があることに乗じる」ものであれば足り、威力や偽計がなくとも成立するし、被監護者による承諾があっても成立しうる。その反面、「睡眠中の性交」「被害者が愛情を有する」はどうか? □深町(4)、西田橋爪106ー7
※補足1:監護者性行等罪が適用できない2017(平成29)年7月13日より前の行為は、依然として旧強姦罪や児童福祉法違反で捕捉する必要がある。強盗罪とは異なり、強制性交等罪(旧強姦罪)における暴行脅迫は「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる」と解されてきており(最三判昭和24年5月10日刑集3巻6号711頁)、その判断方法として「その暴行または脅迫の行為は、単にそれのみを取り上げて観察すれば右の程度には達しないと認められるようなものであつても、その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りる」とされてきた(最二判昭和33年6月6日集刑126号171頁)。もっとも、「暴行脅迫」要件の特定や立証に困難な例が多数存在するのは周知のとおりである。□深町(3)、田中115-20
※補足2:「暴行脅迫」が存在しなくとも、被害者の驚愕・恐怖といった抵抗できない「抗拒不能」に乗じた性交等には、準強制性交等罪(刑法178条2項)が成立する。被害者の酩酊状態、極度の畏怖状態、「治療行為と誤信させる」等が対象となりうる。□深町(3)、西田橋爪104
[性交相手が13~17歳(その2):事実上の影響力=児童福祉法違反(児童淫行罪)]
・児童福祉法34条1項6号は「児童に淫行をさせる行為」を禁止する。近時の最一判平成28年6月21日刑集70巻5号369頁〔高校講師ホテル連れ込み事件〕は、児童福祉法における「淫行」の意義につき、「同法の趣旨(同法1条1項)に照らし、児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあると認められる性交又はこれに準ずる性交類似行為をいうと解する」とした上、その下位類型として「児童を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような者を相手とする性交又はこれに準ずる性交類似行為は、同号にいう「淫行」に含まれる」とつづけた。この「淫行」理解は、後記の淫行条例とほぼ一致するか(たぶん)。
・同号の「させる行為」につき、前掲最一判平成28年6月21日は「直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し促進する行為をいう」との先例を踏襲した上、「そのような行為に当たるか否かは、行為者と児童の関係、助長・促進行為の内容及び児童の意思決定に対する影響の程度、淫行の内容及び淫行に至る動機・経緯、児童の年齢、その他当該児童の置かれていた具体的状況を総合考慮して判断するのが相当」との視点を示した。「監護者には該当しないが、事実上の影響力を及ぼす関係性にある行為者」は、児童福祉法違反で捕捉される。上記事案では、被告人が児童(16歳)の通う高校の常勤講師であった点が重視されているか(※)。
※前掲最一判平成28年6月21日以降、児童淫行罪による処罰範囲が拡張傾向にあり、行為者と児童との関係が緊密でない事案(典型が家出児童事案)も処罰されていると指摘される。□深町書籍42-3
・なお、二者間の淫行についても児童福祉法違反となることを是認したのは、最三判平成10年11月2日刑集52巻8号505頁〔中学教師バイブレーター事件〕が嚆矢である。□深町(3)
[性交相手が13~17歳(その3):対償供与=児童買春罪]
・「事実上の影響力が及んでいない性交」であっても、性交に先立って対償の供与(orその約束)がなされれば、児童買春罪が成立する。ここでいう「対償」の種類や金額の多寡は問われない。□安冨81
・性交後に初めて対償の約束がなされたとしても、児童買春罪とはならない。□安冨82
・児童買春罪の買春者には、年齢知情推定規定が適用されないため(9条参照)、原則どおり「対象を供与して性交した相手方が18歳未満であることの認識」が問題になりうる。□田中146
[性交相手が13~17歳(その4):最後の受け皿としての淫行条例違反]
・事実上の影響力(支配関係)もなく対価も伴わない性交には、各県の淫行条例違反の可能性が残る。□池本79、深町書籍38
・最大判昭和60年10月23日刑集39巻6号413頁は、福岡県青少年保護育成条例における「淫行」の意義につき、「広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解する」との限定解釈を施した。各県のいわゆる青条例(淫行条例)も、福岡県と同類の文言を採っているだろう(たぶん)。
・最高裁の定義を平たく言い換えれば「淫行=結婚を目的としない欲望だけの関係」となろう。したがって、真摯な恋愛関係に基づく性行為は「淫行」から除外されよう(たぶん)。□池本78-9
[性交相手が18歳以上:売春でも不可罰]
・売春防止法は、売春助長行為に着眼して処罰を設けているため、「売春行為=対象を伴う不特定の相手方との性交」自体に罰則は設けられていない。□団藤334-5
・なお、周知のとおり、かつての刑法183条は有夫の妻による姦通行為を処罰していた(法定刑長期2年だが、夫の親告を要する)。敗戦後の世論は「夫の密通も罰すべし」派と「妻の姦通罪を削除すべし」派に割れたが、1947(昭和22)年改正は、後者を採用して姦通罪規定を削除した。□団藤331
団藤重光『刑法綱要各論〔第3版〕』[1990]
池本壽美子「児童の性的虐待と刑事法」判例タイムズ1081号66頁[2002]
田中嘉寿子『性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック』[2014] ※まとまっていて便利だが複数の誤記(←奥村徹弁護士のカスタマーレビュー)に注意。
安冨潔『特別刑法入門』[2015]
深町晋也「家族と刑法-家庭は犯罪の温床か?(3) 児童が家庭の中で性的虐待に遭うとき その1」書斎の窓2017年9月号
深町晋也「家族と刑法-家庭は犯罪の温床か?(4) 児童が家庭の中で性的虐待に遭うとき その2」書斎の窓2017年11月号
→深町晋也『家族と刑法-家庭は犯罪の温床か?』[2021]
西田典之(橋爪隆補訂)『刑法各論〔第7版〕』[2018]