不法行為による損害賠償請求権の主観的起算点

2024-02-16 17:14:15 | 不法行為法

【例題】

(case1)X1は、Y1に殴打されて傷害を負った。Y1の氏名や所在が不明なまま、事件から6年が経過した。※参照:最二判昭和48年11月16日民集27巻10号1374頁[白系ロシア人拷問事件]

(case2)X2は、宗教団体Y2の幹部であるW2から「水子の霊がついているので祈祷をしないと一族郎党が不幸になる」と言われ、W2に言われるがまま祈祷料と称して1000万円をY2名義の預金口座に振り込んだ。この振込から4年が経過した。※参照:東京地判平成12年12月25日判タ1095号181頁[法の華事件]、東京地判平成23年10月27日判タ1367号182頁

 

[主観的起算点の規律]

・債権法改正前後を通じて、「不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の主観的起算点」の規律は維持されており、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」との文言に変更はない(改正前民法724条前段、改正後民法724条1号)。→《交通事故による損害賠償請求権の消滅時効》

・梅謙次郎によれば、主観的起算点を基準とした理由は「被害者・・・の知らざる間にその請求権を失うがごときことあらざらしめんがためなり」とされる。最高裁も「加害者を知った時=加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとにその可能な程度にこれを知った時」と解しており、規定の趣旨を権利行使可能性に求めている(前掲最二判昭和48年11月16日)。□松本b576-7

 

[損害を知った時]

・一回的不法行為+単純損害顕在型:交通事故を典型とする一回的不法行為では、不法行為時点では傷害部分や物損の額を正確に把握することは事実上不可能であり、その後の経過(治療や見積り)を受けて初めて損害額が判明する。しかし、消滅時効の進行との関係では、損害の程度や金額までの認識がなくても、抽象的に「違法な行為によって何らかの損害が生じた」ということを知れば足りる。したがって、通常は、不法行為時点が主観的起算点となる。□松本b583-4

・一回的不法行為+後遺症型(その1):交通事故事案では、「遅くとも症状固定の診断を受けた時=後遺障害の存在を現実に認識し、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害の発生を知った」とされる(最二判平成16年12月24日集民215号1109頁)。□松本b587

・一回的不法行為+後遺症型(その2):受傷から相当期間経過後に受傷当時には医学的に通常予想しえなかつた治療が必要となったという事案では、当該治療費について消滅時効は進行しない(最三判昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁)。その実質的理由は「被害者としては、不法行為による受傷の事実を知つたとしても、当時においては未だ必要性の判明しない治療のための費用について、これを損害としてその賠償を請求することはできない」点に求められる。なお、ここでは「被害者が不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損害であつて当時においてその発生を予見することが可能であつたものについては、すべて被害者においてその認識があつたものとして、消滅時効は前記損害の発生を知つた時から進行を始める」とされており、「牽連一体=発生の予見可能」という基準が立てられている。□松本b586

・継続的不法行為型:大審院は、不法占有事案において「刻々と不法行為が行われて、刻々と発生する損害毎に消滅時効が進行する」という見解(日々進行説)を採った。最高裁も、不貞事案(同棲)において日々進行説を採用し、同棲の事実を知った時から3年前に生じた請求権分は時効消滅するとした(最一判平成6年1月20日集民171号1頁)。□松本b584-5

 

[加害者を知った時]

・法文上は「加害者」とされているものの、権利行使可能性の観点から「賠償義務者」と読み替えられる。例えば、使用者への請求権と被用者個人への請求権は、両者を知った時期がズレれば別個に時効進行する。□松本b589

 

[不法性の認識]

・既に大審院が「加害行為の不法行為なることをも合わせて知るの意なりと解べきなり」と宣言している。この結論も権利行使可能性の観点から説明できよう(たぶん)。□松本b590

 

平野裕之「民法724条前段の主観的起算点と違法性の認識」慶應法学24号87頁[2012]

酒井廣幸『損害賠償請求における不法行為の時効』[2013]

松本克美(a)「不法行為先物取引被害の不法行為責任と消滅時効 ―<不法行為性隠蔽型>損害における時効起算点―」立命館法学343号1648頁[2013]

松本克美(b)「第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)」大塚直編『新注釈民法(16)債権(9)』[2022]

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