最高裁による不法行為プライバシーの展開

2021-03-12 18:16:37 | 不法行為法

2022-12-11追記。

 

[結論:最高裁判例の到達点]→《プライバシーの権利》

・最高裁による「プライバシー」の明確な定義はなく(※)、人に知られたくない情報であれば広くプライバシー該当性を認めているか。最高裁によれば、少なくとも次の情報は「プライバシー」に含まれる:前科前歴、ロッカーに入れた手帳の記載、生育歴、氏名住所電話番号学籍番号。

※209ある世界の実定憲法のうち、176の憲法が「プライバシー(privacy)」を実質的に規定している。対する日本国憲法は、「プライバシー」規定を持たないので少数派に属する。□宮下28-9

※法律レベルでも、日本法は「プライバシー」という用語を避けて他の表現を使う。

[例]「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律(いわゆるリベンジポルノ法)」は、「名誉」と並ぶ同法の保護法益を「私生活の平穏」と表現する(1条、4条1号)。もっとも、その内実は「性的プライバシー」というべきものである。□宮下29、概説296-7

[例]「個人情報の保護に関する法律」はその保護法益を「個人の権利利益」とする(1条、2条4項、6条、24条、42条1項、60条)。「プライバシー(権)」への言及は見送られた。□宮下66-8、概説185

・プライバシー侵害を理由とする損害賠償請求:公表と秘匿の比較衡量で決められる。□曽我部174

・プライバシー侵害を理由とする差止め:石に泳ぐ魚事件が「人格権に基づく差止め」を認めたが、同事件はプライバシー侵害を根拠として差止めを認めたものか否かが明確でないほか、差止めの要件も定式されていない。下級審レベルでは、週刊文春事件(東京高判決平成16年3月31日判タ1157号138頁)が挙げた3要件がある。□曽我部174,216

 

[最高裁の「プライバシー」理解:1990年代まで]

最三判昭和56年4月14日民集35巻3号620頁[前科照会事件]。「プライバシー」というタームこそ使っていないものの、プライバシー先例の嚆矢として位置付けられる。国賠事案だが、「前科前歴の公開」が法律上の保護の対象となることを明言した。この法廷意見に対し、伊藤正己補足意見は「他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。このことは、私人による公開であつても、国や地方公共団体による公開であつても変わるところはない」と正面から明言した。□概説286-7、宮下36-7

前科及び犯罪経歴は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。本件において・・・京都弁護士会が訴外D弁護士の申出により京都市伏見区役所に照会し、同市中京区長に回付された被上告人の前科等の照会文書には、照会を必要とする事由としては、右照会文書に添付されていたD弁護士の照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、 軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。」

最一判平成元年12月21日民集43巻12号2252頁[長崎教師批判ビラ事件]。「氏名・住所・電話番号等が記載されたビラの大量配布」が私生活の平穏を侵害したと述べた。□概説287-8

「教育問題等について言論活動をしていた上告人は、自己の収集した資料に基づき、被上告人らが右のとおり通知表を交付しなかった事実を確認し、これが組合の指示の下に組合に所属する教師が学校当局に対して行う抗争であるとの認識に立ち、昭和五六年二月初旬ころ、Hの会なる実体のない団体の作成名義をもって「父母の皆さん、そして市民の皆さん」と題する…B四版大のビラ…約五〇〇〇枚を作成した上、これを被上告人らの勤務先学校の児童の下校時に手渡し、各校区内の家庭の郵便受に投函し、更には長崎市内の繁華街で通行人に手渡して配布した。・・・上告人の本件配布行為ののち、被上告人らの中には、電話、葉書、スピーカーによる嫌がらせや非難攻撃を繰り返し受け、家族に対してまで非難の宣伝をされた者 があり、その余の者も右事実を知り同様の攻撃等を受けるのではないかと落ち着かない気持ちで毎日を送ったことは前示のとおりである。被上告人らの社会的地位及び当時の状況等にかんがみると、現実に右攻撃等を受けた被上告人らの精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度内にあるということはできず、その余の被上告人らの精神的苦痛も、その性質及び程度において、右攻撃等を受けた被上告人らのそれと実質的な差異はないというべきところ、原審が適法に確定したところによると、被上告人らの氏名・住所・電話番号等を個別的に記載した本件ビラを大量に配布すれば右のような事態が発生することを上告人において予見していたか又は予見しなかったことに過失がある、というのであるから、被上告人らは上告人の本件配布行為に起因して私生活の平穏などの人格的利益を違法に侵害されたものというべきであり、上告人はこれにつき不法行為責任を免れないといわざるを得ない。」

最三判平成6年2月8日民集48巻2号149頁[ノンフィクション『逆転』事件]。「有罪判決を受けた後or服役を終えた後」は「前科等にかかわる事実の公表によって新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有する」とする。ここで「プライバシー」との用語は使われていないものの、後の最高裁自身による自己理解によれば「不法行為プライバシーの成否は利益衡量で決まる」との理を述べたリーディングケースとされる。□概説287、曽我部177

「ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(前掲最三判昭和56年4月14日[前科照会事件])。この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。もっとも・・・前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。」

・ 最三判平成7年9月5日集民176号563頁[関西電力事件]前掲最三判平成6年2月8日[ノンフィクション『逆転』事件]からわずか1年7か月後、最高裁は法廷意見において「プライバシー」という用語を初めて用い、「会社が従業員のロッカーを無断で開けて私物の手帳を写真に撮影する行為」を「プライバシー侵害=不法行為」とした。もっとも、その定義は曖昧であり、あえて言えば「プライバシー=自己情報をみだりに他人に知られたくないという期待」との程度か。ここでは、当該情報の内容や性質(秘匿性)は重視されていないようにも見える。□阪本132-4、潮見195、曽我部177、宮下49-50、概説288

「上告人は、被上告人らにおいて現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、被上告人らが共産党員又はその同調者であることのみを理由とし、その職制等を通じて、職場の内外で被上告人らを継続的に監視する態勢を採った上、被上告人らが極左分子であるとか、上告人の経営方針に非協力的な者であるなどとその思想を非難して、被上告人らとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、種々の方法を用いて被上告人らを職場で孤立させるなどしたというのであり、更にその過程の中で、被上告人B1及び同B2については、退社後同人らを尾行したりし、特に被上告人B2については、ロッカーを無断で開けて私物である「民青手帳」を写真に撮影したりしたというのである。そうであれば、これらの行為は、被上告人らの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものであり、また、被上告人B2らに対する行為はそのプライバシーを侵害するものでもあって、同人らの人格的利益を侵害するものというべく、これら一連の行為が上告人の会社としての方針に基づいて行われたというのであるから、それらは、それぞれ上告人の各被上告人らに対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。」

 

[最高裁の「プライバシー」理解:2000年代以降]

・ 最三判平成14年9月24日集民207号243頁[『石に泳ぐ魚』事件]。出版社側の不利益と被害者側の不利益を比較衡量し、「名誉、プライバシー、名誉感情」の侵害を理由とする小説出版の差止めを認めた。□概説288-9、宮下52

「Dは、「E」と題する小説・・・を執筆し、これを、上告人A1が編集兼発行者で、上告人A2社が発行する雑誌「I」平成6年9月号において公表した。本件小説には、被上告人をモデルとする「J」なる人物が全編にわたって登場する。本件小説中の「J」は,小学校5年生まで日本に居住していた日本生まれの韓国籍の女性で、被上告人が卒業した韓国ソウル市内のF大学を卒業し,被上告人が在籍しているG大学の大学院に在籍して被上告人の専攻と同一の学科を専攻しており、その顔面に完治の見込みのない腫瘍がある。また、「J」 の父は、日本国内の大学の国際政治学の教授をしていたが、講演先の韓国でスパイ容疑により逮捕された経歴を持っていることなど、「J」には被上告人と一致する 特徴等が与えられている。一方で、本件小説中において、「J」が高額の寄附を募る問題のあるかのような団体として記載されている新興宗教に入信したとの虚構の事実が述べられている。さらに、本件小説中において、「J」の顔面の腫瘍につき 、通常人が嫌う生物や原形を残さない水死体の顔などに例えて描写するなど、異様なもの、悲劇的なもの、気味の悪いものなどと受け取られるか烈な表現がされている。被上告人は、上記雑誌において本件小説が公表されたことを知ってこれを読むまで、Dが被上告人をモデルとした人物が登場する本件小説を執筆していたことを知らず、また、本件小説の公表を知った後も、Dに対し、本件小説の公表を承諾したことはなかった。被上告人は、本件小説を読み、本件小説に登場する「J」が自分をモデルとしていることを知るとともに、Dを信頼して話した私的な事柄が本件小説中に多く記述されていること等に激しい憤りを感じ、これにより、自分がこれまでの人生で形成してきた人格がすべて否定されたような衝撃を覚えた。・・・原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。したがって、人格権としての名誉権等に基づく被上告人の各請求を認容した判断に違法はな」い。

最二判平成15年3月14日民集57巻3号229頁[週刊文春長良川リンチ報道事件] 。「本人が罪を犯した犯人であること・本人の経歴や交友関係等の詳細な情報」が「名誉を毀損する情報であり、また、他人にみだりに知られたくない被上告人のプライバシーに属する情報」とされた。その上で、第三者が一方的にプライバシーを公表した場合の違法性の判断手法として、公表する利益との比較衡量を採用した。以後、表現の自由とプライバシーの調整では同判決が先例として引用されている。□概説289、曽我部178、潮見201-2、宮下52-3

本件記事に記載された犯人情報及び履歴情報は、いずれも被上告人の名誉を毀損する情報であり、また、他人にみだりに知られたくない被上告人のプライバシーに属する情報であるというべきである。そして、被上告人と面識があり、又は犯人情報あるいは被上告人の履歴情報を知る者は、その知識を手がかりに本件記事が被上告人に関する記事であると推知することが可能であり、本件記事の読者の中にこれらの者が存在した可能性を否定することはできない。そして、これらの読者の中に、本件記事を読んで初めて、被上告人についてのそれまで知っていた以上の犯人情報や履歴情報を知った者がいた可能性も否定することはできない。したがって、上告人の本件記事の掲載行為は、被上告人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するものであるとした原審の判断は、その限りにおいて是認することができる。・・・本件記事が被上告人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害する内容を含むものとしても、本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは、被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し、個別具体的に判断すべきものである。・・・プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するのであるから(前掲最三判平成6年2月8日[ノンフィクション『逆転』事件])、本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である。」

最二判平成15年9月12日民集57巻8号973頁[早稲田大学名簿提出事件(江沢民講演会事件)]。「単純な個人情報」であっても「プライバシーに係る情報」として法的保護の対象となることを認めた。その上で、前掲最二判平成15年3月14日[週刊文春長良川リンチ報道事件] とは異なり、事案の特性(=被害者自身が任意にプライバシーを提供したところ、相手方が無断でプライバシーを第三者に開示した)から、比較衡量を行わずに直ちに違法性を肯定した。□宮下50、概説177-8、潮見201-2

「本件個人情報は、D大学が重要な外国国賓講演会への出席希望者をあらかじめ把握するため、学生に提供を求めたものであるところ、学籍番号、氏名、住所及び電話番号は、D大学が個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また、本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。このようなプライバシーに係る情報は、取扱い方によっては、個人の人格的な権利利益を損なうおそれのあるものであるから、慎重に取り扱われる必要がある。本件講演会の主催者として参加者を募る際に上告人らの本件個人情報を収集したD大学は、上告人らの意思に基づかずにみだりにこれを他者に開示することは許されないというべきであるところ、同大学が本件個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ、それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件においては、本件個人情報を開示することについて上告人らの同意を得る手続を執ることなく、上告人らに無断で本件個人情報を警察に開示した同大学の行為は、上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり、上告人らのプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。原判決の説示する本件個人情報の秘匿性の程度、開示による具体的な不利益の不存在、開示の目的の正当性と必要性などの事情は、上記結論を左右するに足りない。」。

最一判平成17年11月10日民集59巻9号2428頁[FOCUS法廷写真イラスト事件]。カレーライス毒物混入事件の被疑者段階における勾留理由開示手続において、「FOCUS」誌のカメラマンが小型カメラを法廷に隠して持ち込み、閉廷直後の時間帯に無許可かつ無断で傍聴席から被害者の容ぼう等(手錠と腰縄を付けられた状態)を写真撮影した。「FOCUS」にはこの写真が掲載されたほか、後に被疑者の容ぼう等を描いたイラストなどが掲載された。ここでは「無断無許可撮影された手錠等をされた容ぼう等の写真」「手錠等をされていない容ぼう等のイラスト」「手錠等をされた容ぼう等のイラスト」が区別されている。□宮下53

「【要旨1】人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最大判44年12月24日刑集23巻12号1625頁[京都府学連事件]参照)。もっとも、人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。(改行)また、人は、自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり、人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には、その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は、被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして、違法性を有するものというべきである。(改行)これを本件についてみると、【要旨2】前記のとおり、被上告人は、本件写真の撮影当時、社会の耳目を集めた本件刑事事件の被疑者として拘束中の者であり、本件写真は、本件刑事事件の手続での被上告人の動静を報道する目的で撮影されたものである。しかしながら、本件写真週刊誌のカメラマンは、刑訴規則215条所定の裁判所の許可を受けることなく、小型カメラを法廷に持ち込み,被上告人の動静を隠し撮りしたというのであり、その撮影の態様は相当なものとはいえない。また、被上告人は、手錠をされ、腰縄を付けられた状態の容ぼう等を撮影されたものであり、このような被上告人の様子をあえて撮影することの必要性も認め難い。本件写真が撮影された法廷は傍聴人に公開された場所であったとはいえ、被上告人は、被疑者として出頭し在廷していたのであり、写真撮影が予想される状況の下に任意に公衆の前に姿を現したものではない。以上の事情を総合考慮すると、本件写真の撮影行為は、社会生活上受忍すべき限度を超えて、被上告人の人格的利益を侵害するものであり、不法行為法上違法であるとの評価を免れない。そして、このように違法に撮影された本件写真を、本件第1記事に組み込み、本件写真週刊誌に掲載して公表する行為も、被上告人の人格的利益を侵害するものとして、違法性を有するものというべきである。」「【要旨3】人は、自己の容ぼう等を描写したイラスト画についても、これをみだりに公表されない人格的利益を有すると解するのが相当である。しかしながら、人の容ぼう等を撮影した写真は、カメラのレンズがとらえた被撮影者の容ぼう等を化学的方法等により再現したものであり、それが公表された場合は、被撮影者の容ぼう等をありのままに示したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。これに対し、人の容ぼう等を描写したイラスト画は、その描写に作者の主観や技術が反映するものであり、それが公表された場合も、作者の主観や技術 を反映したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。したがって、人の容ぼう等を描写したイラスト画を公表する行為が社会生活上受忍の限度を超えて不法行為法上違法と評価されるか否かの判断に当たっては、写真とは異なるイラスト画の上記特質が参酌されなければならない。(改行)これを本件についてみると、【要旨4】前記のとおり、本件イラスト画のうち下段のイラスト画2点は、法廷において、被上告人が訴訟関係人から資料を見せられている状態及び手振りを交えて話しているような状態が描かれたものである。現在の我が国において、一般に、法廷内における被告人の動静を報道するためにその容ぼう等をイラスト画により描写し、これを新聞、雑誌等に掲載することは社会的に是認された行為であると解するのが相当であり、上記のような表現内容のイラスト画を公表する行為は、社会生活上受忍すべき限度を超えて被上告人の人格的利益を侵害するものとはいえないというべきである。したがって、上記イラスト画2点を本件第2記事に組み込み、本件写真週刊誌に掲載して公表した行為については、不法行為法上違法であると評価することはできない。しかしながら、【要旨5】本件イラスト画のうち上段のものは、前記のとおり、被上告人が手錠、腰縄により身体 の拘束を受けている状態が描かれたものであり、そのような表現内容のイラスト画を公表する行為は,被上告人を侮辱し、被上告人の名誉感情を侵害するものというべきであり、同イラスト画を、本件第2記事に組み込み、本件写真週刊誌に掲載して公表した行為は、社会生活上受忍すべき限度を超えて、被上告人の人格的利益を 侵害するものであり、不法行為法上違法と評価すべきである。」。

最三決平成29年1月31日民集71巻1号63頁[グーグル検索結果削除請求事件]。児童買春をしたという被疑事実にて逮捕されて罰金刑を受けた者が、グーグルに上記事実が書き込まれた電子掲示板のURL等情報が検索結果として表示されることの削除を求めた事案。最高裁は「グーグルが提供する検索サービス=グーグル自身の表現行為という側面がある」と位置付けた上で、従前の比較衡量論を下敷きにした削除義務の判断方法を提示した。具体的事案の解決としては、「児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕された事実=他人にみだりに知られたくない本人のプライバシーに属する事実である」との前提に立ちつつ、[1]児童買春=今なお公共の利害に関する事項である(∵社会的に強い非難の対象、罰則で禁止)、[2]検索結果は本人の居住する県名と氏名を条件とした場合の検索結果の一部であり、事実が伝達される範囲はある程度限られたものである、という2点を理由として、[3]本人が妻子と共に生活して罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれること等の事情を考慮しても,公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない、と結論された。つまり、罪質や検索結果の詳細度、時間の経過等によっては削除が認められることがあるのか(たぶん)。 □曽我部180、宮下138-40

「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである(前掲最三判昭和56年4月14日[前科照会事件]前掲最三判平成6年2月8日[ノンフィクション『逆転』事件]前掲最三判平成14年9月24日[『石に泳ぐ魚』事件]前掲最二判平成15年3月14日[週刊文春長良川リンチ報道事件]前掲最二判平成15年9月12日[早稲田大学名簿提出事件(江沢民講演会事件)]参照)。他方、検索事業者は、インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し、同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し、利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが、この情報の収集、整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの、同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また、検索事業者による検索結果の提供は、公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして、検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。 以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると、検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。」 

最二判平成29年10月23日裁判所HP[ベネッセ個人情報漏洩事件]。□宮下50

「被上告人が管理していたBの氏名、性別、生年月日、郵便番号、住所及び電話番号並びにBの保護者としての上告人の氏名といった上告人に係る個人情報・・・は、上告人のプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきであるところ(前掲最二判平成15年9月12日[早稲田大学名簿提出事件(江沢民講演会事件)])、上記事実関係によれば、本件漏えいによって、上告人は、そのプライバシーを侵害されたといえる。しかるに、原審は、上記のプライバシーの侵害による上告人の精神的損害の有無及びその程度等について十分に審理することなく、不快感等を超える損害の発生についての主張、立証がされていないということのみから直ちに上告人の請求を棄却すべきものとしたものである。そうすると、原審の判断には、不法行為における損害に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の点について審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ない。」

 

[参考:最高裁による「自己情報コントロール権説」への消極的態度]

最一判平成20年3月6日民集62巻3号665頁[住基ネット事件]。対行政事件だが、控訴審が明示した自己情報コントロール権説をあえて採用しなかったと理解されている。□概説178、宮下44-5

「憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される(最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁[京都府学連事件]参照)。 ・・・住基ネットによって管理、利用等される本人確認情報は、氏名、生年月日、性別及び住所から成る4情報に、住民票コード及び変更情報を加えたものにすぎないこのうち4情報は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり,変更情報も、転入、転出等の異動事由、異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので、これらはいずれも、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。これらの情報は、住基ネットが導入される以前から、住民票の記載事項として、住民基本台帳を保管する各市町村において管理、利用等されるとともに、法令に基づき必要に応じて他の行政機関等に提供され、その事務処理に利用されてきたものである。そして、住民票コードは、住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等を目的として、都道府県知事が無作為に指定した数列の中から市町村長が一を選んで各人に割り当てたものであるから、上記目的に利用される限りにおいては,その秘匿性の程度は本人確認情報と異なるものではない。また・・・住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり、そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。・・・そうすると、行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理、利用等する行為は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできず、当該個人がこれに同意していないとしても,憲法13条により保障された上記の自由を侵害するものではないと解するのが相当である。また、以上に述べたところからすれば、住基ネットにより被上告人らの本人確認情報が管理、利用等されることによって、自己のプライバシーに関わる情報の取扱いについて自己決定する権利ないし利益が違法に侵害されたとする被上告人らの主張も理由がないものというべきである。」

 

潮見佳男『不法行為法1〔第2版〕』[2009]

阪本昌成『表現権理論』[2011]

☆曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』[2016] ※「第6章 個人情報保護(pp172-218)」は曽我部執筆、「第9章 名誉毀損・プライバシー(pp263-98)」は栗田執筆

☆宮下紘『プライバシーという権利』(岩波新書)[2021]

曽我部真裕「表現の自由(3)名誉・プライバシー」「表現の自由(4)知る権利 検閲・事前抑制 通信の秘密」宍戸常寿・曽我部真裕『判例プラクティス憲法〔第3版〕』[2022] ※2022-12-11追記

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