責任無能力者と監督義務者の賠償責任

2024-03-13 23:04:11 | 不法行為法

【例題】

(case1)Y1(10歳)は、球技が禁止されている公園で友人たちと野球をしていたところ、Y1の打ったボールが公園内を散歩していたX1に衝突し、X1が負傷した。

(case2)Y2(30歳)は、「燃やせ」という幻聴にしたがって、X2の自宅に火炎瓶を投げ込み、X2の自宅は全焼した。

 

[責任無能力者(その1):12歳程度を超えない者(民法712条)]

・未成年者の中で「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていない者」は賠償責任を負わない(民法712条)。

・大判大正6年4月30日民録23輯715頁は、「行為の責任を弁識するに足りる知能」を「加害行為の法律上の責任を弁識するに足るべき知能(≠道徳的な判断能力)」と定義した。この定義にしたがえば、端的に「行為者の知能」を問題にすべきであろうが、その後の裁判例は、もっぱら行為者の年齢に注目しており、具体的には「12~13歳前後」を分水嶺としている。□大澤3-5

 

[責任無能力者(その2):精神上の障害(民法713条本文)]

・年齢にかかわらず、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある者」は賠償責任を負わない(民法713条本文)。ただし、故意過失によって一時的にその状態を招いたときは免責されない(民法713条ただし書)。

・少ない裁判例の中では、統合失調症やてんかんによって責任無能力とされた例が知られる。もっとも「各種病状と責任能力との関係が不明確である」「病名のみで責任能力が判定されている印象がある」との指摘がある。□大澤23

・「被害者→加害者」という請求においては、「責任無能力」は抗弁に位置付けられる。これに対して、「被害者→監督義務者」の請求であれば、「責任無能力」は請求原因の一つとなる(※)。□潮見黄108,109

※被害者としては、「責任能力があるならば加害者本人に請求し、責任能力がないならば監督義務者に請求する」ことを考えよう。実務的には、実体法上両立しない2つの請求を単純併合した上で同時審判の申出(民訴法40条1項)をすることになろう。これに対し、いわゆる主観的予備的併合は認められていない(最二判昭和43年3月8日民集22巻3号551頁)。□山本和216

 

[責任主体(その1):法定監督義務者(民法714条1項本文)]

・民法712条or713条が適用された責任無能力者が免責される場合、「その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」が賠償責任を負う(民法714条1項本文)。この法定監督義務者の意義につき条文は沈黙しているが、民法親族編や特別法の規定に依ることになろう。□山地189

・12歳程度未満者に対する親権者:起草時以来、親権者は法定監督義務者の典型だとされてきた。この派生として、未成年後見人や親権者不在時施設長が挙げられる。□大澤36、潮見黄111、山地189

・精神障害者に対する成年後見人(?):従前は、当然に「成年後見人=法定監督義務者」と解されていた。最三判平成28年3月1日民集70巻3号681頁[JR東海事件]は、かつての禁治産者に対する後見人(→旧民法858条1項による療養看護義務)と対比し、現民法858条がいう身上配慮義務の意義を「成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきこと(≠事実行為として本人の現実の介護を行うことや本人の行動を監督すること)」と限定的に捉えて、成年後見人であることだけでは直ちに法定監督義務者に該当するとはいえない、とした。

・精神障害者に対する同居の配偶者(?):前掲最三判平成28年3月1日[JR東海事件]は「同居の配偶者≠法定監督義務者」と結論した。その理由は、夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠の不在に求められている(民法752条も根拠規定にならない)。

・精神障害者に対する子(?):前掲最三判平成28年3月1日[JR東海事件]は「子≠法定監督義務者」と結論しており、ここでも実定法上の根拠の欠落が理由とされる。

 

[責任主体(その2):準法定監督義務者(民法714条1項類推)]

前掲最三判平成28年3月1日[JR東海事件]は、民法714条1項類推適用を根拠として「法定の監督義務者に準ずべき者」というカテゴリーを創設した。

[1]結論:法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである(最一判昭和58年2月24日集民138号217頁参照)。

[2]判断基準:その上で、ある者が、精神障害者に関し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

前掲最三判平成28年3月1日[JR東海事件]では、「精神障害者(加害者)と長年同居していた妻」は「監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情なし」と結論された。具体的事情として、[1]妻は親族の了解を得て本人の介護に当たっていた、[2]当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、本人の介護も親族の補助を受けて行っていた、が挙げられている。

・さらに前掲最三判平成28年3月1日[JR東海事件]では、「精神障害者(加害者)の遠方に居住する長男」監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情なし」と結論された。具体的事情として、[1]長男は介護に関する話合いに加わっていた、[2]長男の妻が本人宅の近隣に住んでに通いながら本人妻による介護を補助していた、[3]長男自身は横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので、本件事故まで20年以上も本人と同居していない、[4]事故直前の時期においても1か月に3回程度週末に本人A宅を訪ねていたにすぎない、が挙げられている。

・なお、被害者としては、本人以外の者に対して、民法714条1項類推(法定の監督義務者に準ずべき者)を根拠に請求するほか、民法709条を根拠に請求する構成が考えられる。前者の構成に比べて、後者の構成では加害事故の予見可能性・回避可能性の有無がヨリ強調される。□瀬川84

 

[責任主体(その3):代理監督者(民法714条2項)]

・「監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者」も賠償責任を負う(民法714条2項)。

・代理監督者とされる例:託児所や幼稚園の保育士、小学校の教員、少年団のキャンプの引率者(裁判例)、スイミング教室の経営会社と責任者(裁判例)、精神科の医師、少年院の職員。□大澤45

 

[責任主体の免責事由]

・「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」は、監督義務者といえども賠償義務を免れる(民法714条1項ただし書)(※)。

※同条は「その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったとき」にも免責を認めるが、要は因果関係が切断される場合にすぎない。□大澤47

・親権者の免責:未成年者(12歳前後未満の者)による加害行為事案において、従前の裁判例は親権者を免責することに極めて消極的であった。ところが、最一判平成27年4月9日民集69巻3号455頁[サッカーボール事件]は、「直接的な監視下にない子による加害事例」において、親権者の免責を正面から認めた。□大澤48-9

[1]一般論としての指導監督義務:責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について、人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解される。

[2]「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為」に対する指導監督の限界:親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は、ある程度一般的なものとならざるを得ないから、通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。

[3]「通常のしつけ」の意義:子の父母は、危険な行為に及ばないよう日頃から子に通常のしつけをしていたというのであり、子の本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。そうすると、本件の事実関係に照らせば、父母は、民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。

 

瀬川信久「監督義務者・準監督義務者の意義(判批)」平成28年度重要判例解説[2017]83頁

山地修「判批」ジュリスト編集室編『最高裁 時の判例9』[2019]187頁

澤野和博「第712条・第713条」「第714条」能見善久・加藤新太郎編『論点体系 判例民法9〔第3版〕不法行為2』[2019]

潮見佳男『基本講義 債権各論2 不法行為法〔第4版〕』[2021] ※成年後見人に関する記述は、樹海1[2009](p420)からイエローで改説されたと思われる。

大澤逸平「第712条」「第713条」「第714条」大塚直編『新注釈民法(16)債権(9)』[2022]

山本和彦『最新重要判例250〔民事訴訟法〕』[2022]

※JR東海事件の当事者の一人(亡くなられた方の御子息)の手によるものとして、高井隆一『認知症鉄道事故裁判』[2018]がある。

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