弁護士に対する懲戒請求が不法行為となるとき

2023-08-16 13:02:51 | 不法行為法

【例題】Aは、弁護士Bの所属する甲弁護士会に対してBの懲戒処分を求める懲戒請求を行った。甲弁護士会は、Bを懲戒しない決定をした。

 

[前提:いわゆる「不当懲戒」の流れ]※本来は「違法懲戒」と表現すべきだろうが(たぶん)、「不当懲戒」との言い方が通例化している。

〔所属弁護士会:懲戒請求事件〕

・[1]懲戒請求者:弁護士会に対して「懲戒事由(※)」を明示した懲戒請求を行う(弁護士法58条1項)。なお、懲戒事由があった時から懲戒手続を開始する時(=綱紀委員会の調査開始時)までの間が3年(除斥期間)を超えられない(弁護士法63条)。□条解489

※弁護士法56条1項は懲戒事由(非行事実)として4類型を規定する:[1]弁護士法違反。[2]会則違反(所属弁護士会会則、日弁連会則)。[3]所属弁護士会の秩序信用の侵害。[4]職務の内外を問わずその品位を失うべき非行。□条解448-53

・[2]所属弁護士会:懲戒手続を開始し、綱紀委員会に事案の調査をさせる(弁護士法58条2項)。「懲戒請求」が存在する限りは調査は必要的である。□条解481-2,485-6

・[3]綱紀委員会:事案の調査を開始する(弁護士法58条2項)。この調査の主眼は「懲戒請求者が掲げる請求事由の存否、認定される請求事由の懲戒事由該当性の有無」である。通常、対象弁護士に弁明書提出を求めることになろう(たぶん)。□条解489

・[4]綱紀委員会:調査によって懲戒事由がないと認められるとき等(※)は「懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする」議決をする(弁護士法58条4項前段)。

※懲戒請求された事実と同一の事案について既に懲戒委員会の議決がなされている場合、除斥期間を経過している場合等は、「懲戒請求が不適法」となる。□条解490-1

・[5-1]所属弁護士会:綱紀委員会の議決に基づき「対象弁護士を懲戒しない」決定をする(弁護士法58条4項後段)。綱紀委員会の議決は弁護士会を拘束する。□条解493

・[5-2]所属弁護士会:懲戒請求者、対象弁護士、日弁連に決定理由等を通知する(弁護士法64条の7第1項2号)。なお、所属弁護士会や日弁連は、対象弁護士に対して「懲戒請求者へ通知した年月日」を回答しない(経験談)。

〔日弁連その1:異議申出事案〕

・[1]懲戒請求者:決定通知(弁護士法64条の7第1項2号)を受けてから3か月以内(申出期間)に、日弁連に対する異議の申出を行う(弁護士法64条1項2項)。異議の申出ができるのは、64条1項が列挙する「弁護士会が対象弁護士等を懲戒しない旨の決定をしたとき」「弁護士会が相当の期間内に懲戒の手続を終えないとき(※)」「弁護士会がした懲戒の処分が不当に軽いと思料するとき」の3つに限定される。□条解543-5

※その性質上、相当期間異議には申出期間の制約はない(弁護士法64条2項)。なお、相当期間異議の場合の異議申出事案は、原弁護士会の綱紀委員会に係属中であれば日弁連綱紀委員会が審査し、原弁護士会の懲戒委員会に係属中であれば日弁連懲戒委員会が審査する。□条解546

・[2]日弁連:日弁連綱紀委員会に異議の審査をさせる(弁護士法64条の2第1項)。

・[3]日弁連綱紀委員会:異議の審査を開始する。対象弁護士は弁明書の提出を求められない場合も多いか(たぶん)。

・[4]日弁連綱紀委員会:異議の理由がないときは「理由がないとして異議を棄却することを相当とする」議決をする(弁護士法64条の2第5項前段)。なお、異議の取下げが取り下げられた場合は「取下げによる終了する」との議決がされる。□条解549、高中309

・[5-1]日弁連:「異議を棄却する」決定をする(弁護士法64条の2第5項後段)。日弁連綱紀委員会の議決は日弁連を拘束する。□条解549

・[5-2]日弁連:懲戒請求者、対象弁護士、原弁護士会に決定理由等を通知する(弁護士法64条の7第2項6号)。

〔日弁連その2:綱紀審査申出事案〕

・[1]懲戒請求者:決定通知(弁護士法64条の7第2項6号)から30日以内に、日弁連に対する綱紀審査の申出を行う(弁護士法64条の3第1項前段)。異議を棄却する決定の主文や理由中の判断への不服を主張できる。□高中316-7

・[2]日弁連:日弁連綱紀審査会に綱紀審査をさせる(弁護士法64条の3第1項後段、71条2項)。

・[3]日弁連綱紀審査会:綱紀審査を開始する。対象弁護士は弁明書の提出を求められない場合も多いか(たぶん)。

・[4]日弁連綱紀審査会:原弁護士会の懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める議決が得られなかったときはその旨の議決をする(弁護士法64条の4第5項前段)。

・[5-1]日弁連:「綱紀審査の申出を棄却する」決定をする(弁護士法64条の4第5項後段)。日弁連綱紀審査会の議決は日弁連を拘束する。これをもって当該懲戒手続は終了する。□条解555,557

・[5-2]日弁連:懲戒請求者、対象弁護士、原弁護士会に決定理由等を通知する(弁護士法64条の7第2項7号)。

 

[責任論]

・「弁護士法58条に基づく懲戒請求の不法行為該当性」について述べたリーディングケースが、最三判平成19年4月24日民集61巻3号1102頁である。同事案の懲戒請求者は株式会社であり、その代理人として弁護士が就いていた。結論として、会社(懲戒請求者)の代表者個人と弁護士(懲戒請求者代理人)の各不法行為(不真正連帯責任)が認められた。

[1]懲戒制度の意義:弁護士法58条1項は、「何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と規定する。これは、広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより、自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され、その制度が公正に運用されることを期したものと解される(※)。

※懲戒制度は「弁護士の非行によって被害を被った者の救済」を目的としない(東京高判昭和48年2月15日東高民時報24巻2号25頁)。□高中247

[2]対象弁護士の不利益:しかしながら、他方、懲戒請求を受けた弁護士は、根拠のない請求により名誉、信用等を不当に侵害されるおそれがあり、また、その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。

[3]懲戒請求の内在的制約:そして、同項が、請求者に対し恣意的な請求を許容したり、広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかである。

[4]懲戒請求者の調査検討義務:[2][3]から、弁護士法58条1項に基づく請求をする者は、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討をすべき義務を負うものというべきである。

[5]違法性の判断基準:[4]とすると、弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。

・ポイント1=不相当基準:違法性の判断基準は「懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く」である(※)。提訴の違法性の判断基準「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」(最三判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)と比較すると、不法行為となる範囲は広い。□山本和51、加藤新36、潮見193-4、長尾125

※判示を素直に読む限り、「制度の趣旨目的に照らして不相当」が判断基準であり、その(重要な)具体例が「客観面での根拠欠落+主観面での故意過失」となろう(潮見佳男。山本和彦も参照)。

※これに対し、単なる例示にとどまらずに「客観面+主観面(→この結論が「不相当」と表現される)」こそが判断基準だと整理する見解がある(加藤新太郎)。この見解は判示の「調査検討義務」の意義を強調する。□加藤新36

・ポイント2=例示としての客観的要素:判断基準を満たす例示として、ターゲットとされる懲戒請求の客観面が「事実的根拠や法律的根拠を欠いていたこと」が挙げられる(※)。実務的には、「単位会(さらに日弁連)が『当該懲戒請求は事実上の根拠がないor法律上の根拠がない』と指摘した事実」をもって証明十分となろうか(たぶん)。なお、懲戒請求が否定されたとしても、その理由によっては「事実上法律上の根拠を欠く」とまでは言えない例もあろう(たぶん)。□加藤新36

※なお、懲戒請求制度においても「一事不再理の趣旨」「二重処罰の禁止の趣旨」が説かれる。私見では「懲戒処分=広い意味での行政処分」という前提に立てば(最大判昭和42年9月27日民集21巻7号1955頁)、懲戒処分やその前提となる懲戒請求(=公の権能としての懲戒権の発動を促す申立て)にも行政処分一般の制約が妥当するか。□条解485-6,544,446-7,480、高中252

・ポイント3=例示としての主観的要素:判断基準を満たす例示として、客観面を満たす懲戒請求の主観面が「根拠の欠如についての故意」or「通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たこと」が挙げられる。ここでも、提訴の違法の例示である「通常人であれば容易にそのことを知り得た(≒重過失)」と比べて緩く不法行為が認められる。具体的には、懲戒請求者による調査検討の有無や程度が問題とされよう。ここで要求される「調査の程度」の捉え方には解釈の余地がある。□山本和51、加藤新36、長尾125

 

[損害論]

・被侵害利益:前掲最三判平成19年4月24日にしたがえば、違法な懲戒請求によって侵害される利益は「対象弁護士の名誉、信用」「対象弁護士の業務(=弁明を余儀なくされる負担)」となろうか(※)。□前田92

※田原睦夫補足意見が懲戒請求が及ぼす影響を詳細に述べる。「弁護士に対する懲戒は、その弁護士が弁護士法や弁護士会規則に違反するという弁護士としてあるまじき行為を行ったことを意味するのであって、弁護士としての社会的信用を根底から覆しかねないものであるだけに、懲戒事由に該当しない事由に基づくものであっても、懲戒請求がなされたという事実が第三者に知れるだけでも、その請求を受けた弁護士の業務上の信用や社会的信用に大きな影響を与えるおそれがあるのである。」「・・・被請求者たる弁護士は、その請求が全く根拠のないものであっても、それに対する反論や反証活動のために相当なエネルギーを割かれるとともに、たとえ根拠のない懲戒請求であっても、請求がなされた事実が外部に知られた場合には、それにより生じ得る誤解を解くためにも、相当のエネルギーを投じざるを得なくなり、それだけでも相当の負担となる。」「・・・弁護士会に対して懲戒請求がなされて綱紀委員会の調査に付されると、その日以降、被請求者たる当該弁護士は、その手続が終了するまで、他の弁護士会への登録換え又は登録取消しの請求をすることができないと解されており・・・、その結果、その手続が係属している限りは、公務員への転職を希望する弁護士は、他の要件を満たしていても弁護士登録を取り消すことができないことから転職することができず、また、弁護士業務の新たな展開を図るべく、地方にて勤務しあるいは開業している弁護士は、東京や大阪等での勤務や開業を目指し、あるいは大都市から故郷に戻って業務を開始するべく、登録換えを請求することもできないのであって、弁護士の身分に対して重大な制約が課されることとなるのである。」

・損害費目:「慰謝料」「当該訴訟提起に要する弁護士費用」が中心となろうか。さらに現実に登録換え等の妨げが生じていれば、それに伴う実損害も含まれようか。

 

[その他]

・遅延損害金(年3%)の起算点:懲戒請求時(=弁護士会の受付日か)から遅延損害金が発生するものと思われる(たぶん)。一例として東京地判平成17年2月22日判タ1183号249頁。

・消滅時効(3年)の主観的起算点:「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」(民法724条1号)の解釈問題であり、「不法行為債権の違法性の認識時」が問われる一例だと思われる。究極的には「被害を受けた弁護士の目線で、当該懲戒が違法だと判断できたと言えるのはいつか」というケース判断になろうか(たぶん)。あえて一般化すれば次の2つの見解に大別できるだろう(たぶん)。□平野133-9

[A説]素朴に「原則として懲戒請求がなされた時(正確には綱紀委員会からその旨の通知があった時)」とする見解。この見解に立った近時の裁判例を紹介する文献がある。ただし、現実的には綱紀委員会の判断が出る前の提訴は躊躇されるだろうから、事実上、提訴の時的リミットは3年から相当に短縮されてしまう(綱紀委員会の決定~懲戒請求から3年経過時)。□伊藤北138

[B説]不当訴訟事案(※)に倣って「原則として懲戒請求の終了時」とする見解。ただし、訴訟と懲戒請求の制度設計が異なるとの反論が可能かもしれない。

※不当訴訟事案では「損害を知った時=当該不当訴訟で被害者勝訴判決が確定した時」から消滅時効が進行を開始すると解するのが一般である(大判昭和15年12月28日新聞670号9頁)。比較的新しい東京地判平成11年5月27日判タ1034号182頁は、実質的な理由として次の2つを挙げる(1つ目が決定的であり、2つ目の「かわいそう論」はオマケか):[1]訴えの提起が不法行為であることを理由とする損害賠償請求は、裁判を受ける権利が紛争の終局的解決を裁判所に求めるための権利として国民に保障されており、訴訟においては一方当事者が敗訴したからといって直ちにその当事者に対し相手方が当該訴え提起を不法行為であるとして損害賠償請求をなし得るものではないと解すべきであることからすると、裁判所が当該訴えに係る当事者の主張に対する判断を示し、その訴えを認めない旨の判決が確定して初めて、訴えを提起された者は、提訴者が故意又は過失により当該訴えの提起をなし、それによって自己に損害が生じたことを知りうる。[2]当該訴え提起時から右消滅時効が進行すると解すれば、訴訟が長引けば右訴え提起を不法行為とする損害賠償請求権は訴訟継続中に時効にかかってしまうこととなり、不当な結果を生じる。□中野47、平野115,135-6

 

(不当懲戒:判批)

加藤新太郎「不当な弁護士懲戒請求と不法行為(判批)」判タ1256号30頁[2008]

前田陽一「弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が不法行為を構成する場合(判批)」平成19年度重要判例解説(ジュリスト臨時増刊1354号)91頁[2008]

長尾貴子「弁護士に対する懲戒請求が不法行為を構成する場合(判批)」平成19年度主要民事判例解説(別冊判例タイムズ22号)124頁[2008]

(不当懲戒:基本書)

潮見佳男『不法行為法1〔第2版〕』[2009]

日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法〔第5版〕』[2019]

高中正彦『弁護士法概説〔第5版〕』[2020] ※「高」はハシゴ高

伊藤諭・北周士『懲戒請求・紛議調停を申し立てられた際の弁護士実務と心得』[2023]

(不当提訴等)

中野哲弘「訴えの提起が不法行為にあたるとしてそれによって生じた損害の賠償請求が認められた事例(判批)」平成12年度主要民事判例解説(判タ1065号46頁)[2001] ※ただし「訴え提起と不法行為」の解説。

平野裕之「民法724条前段の主観的認識と違法性の認識」慶應法学24号87頁[2012]

山本和彦『最新重要判例250民事訴訟法』[2022] ※ただし「訴え提起と不法行為」の解説。

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