【例題】Sは、Gから100万円を借り入れた。返済期日は2025年3月31日とされている。
(case1)2025年3月17日、Sは、Gを差出人とする通知書を受領した。当該通知書には「GがDへ貸金債権を譲渡した」旨が記載されていた。同日、SがGに電話したところ、Gは「そのような通知書は出していない」と述べた。2025年3月24日、DからSに電話があり、「通知書の記載のとおり債権譲渡を受けたから自分に払ってほしい」と述べた。
(case2)2025年3月17日、Sは、甲税務署長を差出人とする差押通知書を受領した。当該差押通知書には「貸金債権を差し押さえる」旨が記載されていた。同じ頃、Sは、Gを差出人とする通知書を受領した。当該通知書には「GがDへ貸金債権を譲渡した」旨が記載されていた。SがGに電話したところ、Gは「その通知書のとおりなので、今後はDへ支払ってほしい」と述べた。もっとも、Gの通知書には公証人の確定日付印が押捺されているものの普通郵便で配達されたため、受領したのが3月17日の前か後かが判然としない。
(case3)2025年3月17日、SがGに電話したところ、電話の途中で口論となり、Gは「そのような恩知らずの態度ならば、100万円を200万円にして返さなければ受け取らない」と強い口調で述べた。
(case4)借入れ当時、Gは「返済は振込でお願いしたいが、振込先口座は後日に言う」と言っていた。返済期日が迫っているが、Gから連絡はなく、Sが電話をしてもつながらない状態がつづいている。
[まとめ:円滑に弁済できない場合の債務者の実務的対応]
・弁済を目指した努力の必要:弁済供託のうちどの供託原因を選択するかはともかく、実務的には、「債務者としてやれるべきことはやった」という実績を残しておくべきだろう。具体的には、「債権者の外見を有する者らへの照会(→債権者不確知への無過失)」「弁済原資の準備と債権者への催告(→現実の提供、口頭の提供、明らかな受領拒否)」がある(※)。これにより、弁済供託の要件が確保される。
※厳密には持参債務か取立債務かで扱いが変わってくるが、シンプルに「やれることをやった上で適時に供託する」と割り切った方が実践的だろう。
・弁済供託のXデーの意識:遅延損害金を負わされることなく、かつ、供託が違法とならないために、履行期当日の供託申請が基本となる。
・放置の厳禁:受領拒絶の場合、適法に弁済の提供をした上で、提供後はあえて放置するという戦略もある(もっとも、事後的に提供の有効性が否定されて債務不履行責任を負うリスクは残る)。他方で、弁済の提供ができない場合、債権者不確知や受領不能(たぶん)が存在しても、現実に供託を実施しない限りは、履行遅滞責任は免れない(※)。被相続人名義の貯金の帰属について相続人間で対立があったところ、金融機関が特定の相続人への払戻請求を拒みつつ弁済供託をしなかった事案において、払戻請求時から履行遅滞に陥ると判示した例として、最三判平成11年6月15日金商1084号38頁(金法1566号56頁)。□潮見(2)74、中田220
※私見では、債務者が供託をするにあたって酷な法理である。遅延損害金を回避したい債務者としては、後述の「履行期当日の供託申請」を狙うほかないだろうが、債権者からの請求時が履行期となるケースでは相当に厳しい(当日の供託など事実上不可能か)。
・強制執行がらみは供託:執行裁判所からの差押通知を受けた場合は、執行供託をするのが無難。特に二重差押え事案では義務的である。
・滞納処分のみは取立てに応じる:他方で、滞納処分のみには供託はできないので、先着手の公租公課庁への取立てに応じる。
[債権者不確知の場合:弁済供託(民法494条2項)]
・供託原因=債権者不確知:債権者不確知とは「弁済者が債権者を確知することができない」ことを意味するが(民法494条2項本文)、不確知について有過失が主張立証された場合、当該供託は無効とされる(民法494条2項ただし書)。要するに、債務者が善良な注意を払っても、事実上の理由or法律上の理由により、債権者(弁済受領権者)を知り得ない場合をいう。□山田422-3
[例]供託肯定例(◎):債権譲渡の外形があるが、債権の帰属をめぐって譲渡人を譲受人の間で争いがある場合。□山田422
供託の原因たる事実の記載例「供託者は、被供託者山田太郎に対し、貸金100万円の債務(弁済期:令和7年3月31日、支払場所:被供託者住所)を負っているところ、令和7年3月17日、被供託者山田太郎を差出人とする下記の確定日付ある通知書を受領した。ところが、同日、譲渡人とされる被供託者山田太郎は下記の通知書は差し出していないと述べた。他方で、令和7年3月24日、被供託者鈴木花子から、下記の通知書のとおり債権譲渡を受けたとして支払請求を受けた。以上のとおり被供託者間で債権の帰属について争いがあることから、供託者は過失なくして真の債権者を確知することができないので、供託する。(記)譲渡金額100万円、譲渡人山田太郎、譲受人鈴木花子」。□磯部151
[例]供託肯定例(◎):複数の債権差押通知や債権譲渡通知が届いたが、到達の先後関係が明らかでない場合(※)。□山田423
※最三判平成5年3月30日民集第47巻4号3334頁は、「滞納処分としての債権差押えの通知と確定日付のある債権譲渡の通知の第三債務者への到達の先後関係が不明であるために、第三債務者が債権者を確知することができないことを原因として右債権額に相当する金員を供託した場合において、被差押債権額と譲受債権額との合計額が右供託金額を超過するときは、差押債権者と債権譲受人は、公平の原則に照らし、被差押債権額と譲受債権額に応じて供託金額を案分した額の供託金還付請求権をそれぞれ分割取得するものと解するのが相当である」としており、「両債権の優劣関係不明=債権者不確知」を是認している。これを受けた供託実務は、ひきつづき「供託原因を債権譲渡通知等の先後関係不明とする供託申請」を許容する。□山田423
[例]供託否定例(×):複数の債権差押通知や債権譲渡通知が届いたが、到達が同時であった場合。各債権者は、第三債務者に対してそれぞれ全額の弁済を請求することができ、請求を受けた第三債務者は「同時に対抗要件を備えた他の債権者が存在すること」を理由とした弁済拒絶はできない(最三判昭和55年1月11日民集第34巻1号42頁)。□山田422、金森25
・弁済の提供の不要:誰が債権者であるかがわからない以上「弁済の提供」をする余地がないから、提供を省略して弁済供託ができる。もっとも、供託をしない以上、債務者は履行遅滞責任を負い続ける。□潮見(2)68、磯部150
[強制執行による差押えの場合:執行供託(民事執行法156条1項or2項)]
・権利供託:債務者が弁済義務を負う債権が執行裁判所により差し押さえられた場合、当該債務者は供託することができる(民事執行法156条1項)。この時の差押えは1件のみで足りる(差押えの競合までは要しない)。もちろん、供託することなく、差押債権者からの取立てに応じてもよい。□条解1340
・義務供託:債務者が弁済義務を負う債権が執行裁判所により差し押さえられ、かつ、この差押えに競合する他の差押え(強制執行or滞納処分)が存在する場合、被差押債権の債務者(第三債務者)は供託しなければならない。→《同一の被差押債権への差押えの競合(その1):私債権が関わる場合》
・滞納処分時の対応:以上に対して、差押えが公債権による滞納処分のみ(二重差押えを含む)の場合、被差押債権の債務者(第三債務者)に供託は認められておらず、先行する差押債権者(公租公課庁)からの取立てに応じるほかない(たぶん)。→《同一の被差押債権への差押えの競合(その2):公債権と公債権の競合》
[提供後の受領拒否の場合:弁済供託(民法494条1項1号)]
・前提としての弁済の提供:債権法改正は、「弁済の提供」と「供託原因としての受領拒絶」を連動させている(民法494条1項前段)。適法に弁済の提供がなされれば(供託を待たずして)履行遅滞責任からは解放されるが(民法492条)、債務の消滅を実現するには供託まで要する。□山田377-8,420-1,378-80
[a]弁済の提供は「現実の提供:債務の本旨にしたがって現実になされたもの」を要する(民法493条本文)。すなわち、契約にしたがった時期と場所において具体的な債務を提供し、債権者が直ちに受領できるような状態をつくらなければならない(※)。□山田383
※金銭債務を特定口座に振り込んで返済する旨の約定であれば、債務者が単独で振込(=弁済)を実行することができるから、「受領拒絶」は観念できないか(たぶん)。
[b-1]現実の提供まで要求されない例外として、債権者があらかじめ受領を拒否している場合は、「口頭の提供:弁済準備+通知+受領催告」で足りる(民法493条ただし書)。金銭債務であれば(現金交付を要する場合や、振込先が不明の場合に限られようか)、原資を用意することが弁済準備に該当する。□山田387
[b-2]現実の提供まで要求されない例外として、債権者の先行行為を要する場合も「口頭の提供:弁済準備+通知+受領催告」で足りる(民法493条ただし書)。取立債務における債務者の取立行為、債権者の指定(場所、日時、方法)にしたがって弁済する場合の指定行為など。□山田387-8
[c]明文にはないが、特に不動産賃貸借の賃料をめぐって、信義則を根拠に「債務者は、口頭の提供すらなくても、受領遅滞責任を免れるし、供託申請ができる」例が認められる(最大判昭和32年6月5日民集第11巻6号915頁、最一判昭和44年5月1日民集第23巻6号935頁)。債権者(賃貸人)の立場からは、一度は賃料受領を拒絶した場合、その後に受領する意思に転じたのならばその旨を表示することを要する(最一判昭和45年8月20日民集第24巻9号1243頁)。□山田389-91
・供託原因=提供したが受領拒否:明文で規定する供託原因は、「弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき」である(民法494条1項前段1号)。弁済の提供が履行期にされた場合は「元本のみ」の供託で足りるが、提供が履行期後になされた場合は「元本+遅延損害金」の供託を要する。弁済の提供を欠いたまま供託をしても、当該債権は消滅しない。□山田420、金森20-1
[受領拒否明らかの場合:弁済供託(民法494条1項1号)]
・供託原因=受領拒否が明らか:明文にはないが、従前から「受領しないことが明らか」であれば、提供を省略して供託できる。供託書の記載から「明白性」が理解できることを要する。履行期前の供託はできないが、受領意思が明確であれば遅延損害金の供託は要しない。□金森21,36
・供託可能日:受領拒絶明らかの場合、供託実務は、弁済期日当日の供託を認める(「当日の経過」を要しない)。□下森43
[受領不能の場合:弁済供託(民法494条1項2号)]
・供託原因=受領不能:「債権者が弁済を受領することができないとき」も供託原因となる(民法494条1項前段2号)。受領不能については債権者に帰責性があるか否かを問わない。□山田421
[例]持参債務の場合:債権者の不在、債権者の住所不明など。債権者の一時不在であっても「受領不能」が肯定される。この場合、「有効な弁済の提供の存在=債権者の受領遅滞」は問われない。□金森22、吉岡55
[例]取立債務の場合:履行場所や履行時期の定めがあるにもかかわらず債権者が来訪しない。もっとも、供託をする前提として「取立ての催告=口頭の提供」を要する。□金森22、金岡55-6
[弁済供託の具体的手続]
・債務者としては「遅延損害金を負いたくない」という発想の下、次のタイミングを狙うのが無難だろう。
→債権者不確知:「月末払い」の約定ならば、確定履行期(=末日当日)に供託申請をする(たぶん)。「月末まで払い」の約定ならば、月末を経過しないうちの適当な時期(=1日~末日のいつか)に供託申請をする。□金森35、磯部151
→提供したが受領拒否:履行期の当日に弁済の提供をし、提供後の適当な日に供託申請をする。□金森21
→受領拒否が明らか:「受領拒否が明らか」といえるだけの事実関係を確保した上で、履行期の当日に供託申請をする(※履行期後でも遅滞責任を負わないか?)。
→受領不能:履行期の経過によって不能が確定した時点か(たぶん)。
・オンライン申請:「登記・供託オンライン申請システム」の「申請用総合ソフト」や「供託かんたん申請」を利用した金銭の供託ができる(供託規則38条1項1号)(※)。申請書情報の送信(供託規則39条1項)にあたっては電子署名は不要である。あらかじめテキストファイルに必要事項(原則として全角)を打ち込んでおき、ソフトに貼り付ける手法がよい。□金森69,73-4,539-42
※供託かんたん申請では「取扱時間帯が限定、被供託者1名のみ、電子署名は利用できない、オンライン上の取下げができない」等の制約がある。プロならば申請用総合ソフトの利用に慣れた方が良いだろう。以下は、申請用総合ソフトを念頭に置いた説明。
・供託所:債務の履行地の供託所を選択する(民法495条1項)。履行地が複数ある場合は、いずれでもOK。□金森29、磯部153-4
・供託者:法人が供託者となる場合(※)は、代表者欄に「代表者代表取締役佐藤次郎」と記載する。
※本来は添付書面として「法人の資格証明書」を要するはずだが(ペーパー申請の場合:供託規則14条1項前段、オンライン申請の場合:供託規則39条2項本文ただし書)、情報通信技術活用法の規定により提示が省略できる(情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律11条、同法律施行令5条)。会社法人等番号(半角)を打ち込む必要はある。□金森65-6
・被供託者:山田太郎と鈴木花子の間で債権の帰属に争いがある場合は、被供託者を「山田太郎又は鈴木花子」とする(この記載は後述のxmlファイルで行う)。本文には1名しか記載できないので「別添のとおり」にチェックをした上で、2人目の住所氏名を記載したxmlファイルを添付する。□金森23、磯部150-2
・供託の原因たる事実:実体法上の要件を意識した記載を心がける。非定型の場合、供託官のレベル(能力)によっては判断に時間を要することがある(経験談)。申請後の補正を見越して余裕をもって申請するか、補正を嫌う場合は事前に折衝しておく必要もあろう。
・法令条項:法文上は「供託を義務付け又は許容した法令の条項」(供託規則13条2項5号)。例えば債権者不確知の場合は「民法第494条第2項」とする。数字は全角、「第」は必須。
・供託金額:半角で打ち込む。債務弁済において1円未満の端数が生じた場合は、特約のない限り、「50銭未満→切捨、50銭以上→1円へ切上」とする(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律3条本文)。端数処理をした場合、供託書の「備考」欄に「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第3条」と記載する(「本文」は不要)。
・「供託通知書の発送を請求する」「書面の供託書正本の送付を請求する」にチェックを入れる。納付と同タイミングで、法務局に「供託者宛ての封筒(申請番号付記)」「被供託者宛ての封筒(申請番号付記)」を提出する。
・供託受理と電子納付:「お知らせ」に、供託受理決定通知書(※)が記載される(書面等が届くわけではない)。この供託受理の告知に合わせて納付情報が告知されるので、インターネットバンキングを利用して納付する。なお、デフォルトブラウザをChromeにしているとChromeに飛ばされて納付がうまくいかないので、あらかじめデフォルトをEdgeにしておく必要がある。
※印刷ボタンがないので、紙がほしい場合は、スクリーンショットをペイントに貼り付けるというアナログな手法による。
・供託受入:「お知らせ」に、供託受入連絡書が記載される。
[弁済供託の効果]
・弁済の目的物(通常は金銭)の供託をした時に、当該債務は消滅する(民法494条1項後段)。□山田424
下森定「受領しないことが明らかな供託と弁済提供の要否」遠藤浩・柳田幸三『供託先例判例百選〔第2版〕』[2001]
吉岡誠一編著『新版よくわかる供託実務』[2011]
潮見佳男『新債権総論2』[2017]
中田裕康『債権総論〔第4版〕』[2020]
磯部慎吾『基礎からわかる供託〔第2版〕』[2020]
山田誠一「第493条」「第494条」山田誠一編『新注釈民法(10)債権(3)』[2024] ※好意的に捉えれば筆者の見解を控えた記述と言えるかもしれないが、実情は「主要文献からの引用そのまま、引用の言いっぱなし、重要な判例の漏れ多し」という印象。私見を控えた客観的記述は、必ずしも「他者の丸写し」を意味しないと思う。ちなみに、「本巻はしがき」も編集方針への言及が皆無であり、「コロナ禍に作業された」ということがわかるのみ。天下の新注釈民法がこれでは悲しい。引用元である潮見・中田・奥田や、新版注釈民法を直接参照した方がよいかもしれない。
金森真吾『供託法・供託規則コンメンタール』[2024]