不当利得返還請求訴訟の実務

2023-09-15 00:23:24 | 契約法・税法

【例題】

(case1)Xは、Yに対して、「X所有の土地にYのトラックが駐車されているので、占有料相当額として1か月あたり3万円を支払え」と主張している。□潮見黄313

(case2)Xは、Yに対して、「YがXのキャッシュカードを持ち出し、B銀行のATMから100万円を無断で引き出したから、100万円を返せ」と主張している。□潮見黄313

(case3)Xは、Yに対して、「XはYから1000万円で土地を購入したが、この売買契約を詐欺取消しするので支払った1000万円を返せ」と主張している。□潮見黄313

(case4)Xは、Yに対して、「CがX名義口座に100万円を振り込むべきところ、誤ってY名義口座に振り込んでしまったので、100万円を返せ」と主張している。□潮見黄313-4

(case5)Xは、Yに対して、「Xが自己所有土地だと信じて土壌改良に500万円を支出したところ、実はY所有土地であることが判明したので、500万円を返せ」と主張している。□潮見黄314

(case6)Xは、Yに対して、「YがGから100万円を借り入れたところ、Xが肩代わりをしてGに100万円を弁済したので、100万円を支払え」と主張している。□潮見黄314

 

[基本的視座(その1):約定や不法行為構成などの検討]

・返還請求者としては、いきなり不当利得一般によらずに、まずは、具体的約定や個別の条文で勝負できないかを検討すべきだろう。□岡口中村141、潮見黄320-1

[例]所有物が使用されている→物権的請求権、占有物の果実(民法189~190条)、不法行為による損害賠償請求(個別法の損害推定規定も)

[例]所有物が添付された→償金請求(民法248条)

[例]契約関係の解消が生じた→特約、解除の原状回復(民法545条)、無効or取消しの原状回復(民法121条の2)

[例]求償関係が生じた→特約、保証人(民法459条~)、連帯債務者(民法442条~)

[例]費用負担が生じた→特約、賃貸借の必要費有益費(民法608条)、使用貸借の費用(民法595条)、委任の費用(民法650条)、寄託の費用(民法665条、650条)、所有者占有者の必要費有益費(民法196条)、留置権者の必要費有益費(民法299条)

 

[基本的視座(その2):裁判実務説の理解]

・最高裁は「およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負担させるものである」と理解する(最一判昭和49年9月26日民集28巻6号1243頁[騙取金事件])。2000年代に入っても、同判決が引用されて同じ表現が維持されている(最一判平成19年3月8日民集61巻2号479頁)。□近藤265,269

・民法703条を根拠とする不当利得返還請求権が訴訟物となる場合、裁判実務は「あらゆる不当利得返還請求権に共通する請求原因事実(4要件)として、損失&受益&因果関係(関連性)&法律上の原因なし(※)」との建前を維持している。もっとも、類型論の洗礼を受けた以降は「もはや公平(衡平)というマジックワードのみでは説得的でない」と自覚していると思われる(たぶん)。□吉川150,157-8,134-5、大江27,31、藤原437,441

最二判昭和59年12月21日集民143号503頁は「法律上の原因なし=事実概念」とする(もっとも、その実質は評価概念か)。いずれの見解であっても、法律上の原因の有無は、当事者間の法律関係の全体的な評価による。□吉川150,157-8,134-5

・裁判実務説を採った場合でも、典型的な二当事者間事案(個別条文に依存できない侵害利得や給付利得)であれば、請求原因事実4要件を分析的に論ずる実益はない。請求者は、侵害利得では「我の権利に由来して汝が受益している」と主張すれば足り、給付利得では「表見上は◯◯という法律行為が存在したが実は無効等だった」という主張(or相手方が主張する具体的法律行為の不存在の主張)で足りる。すなわち、「利得=損失」であって両者の関連性を口にする必要もないし、「あらゆる法律上の原因の不存在」の主張立証までは要求されない。□吉川150,157-66、大江43-4、藤原437、潮見黄321、大村303-4

・多数当事者間事案のうちでも典型例は、「誰が利得のみを得たか」「誰が損失のみを負ったか」「その財貨移転(利得=損失)に関連性はあるか」「その財貨移転に法律上の原因はあるか」を分析的に(丁寧に)検討すれば難しくない(たぶん)。□加藤雅32-4,36,50-8

・非典型事案の処理は次のように割り切るしかないと思われる(たぶん)。□藤原437、大村303-4、吉川165-6

[1]最高裁判例が確立している一例(騙取金、誤振込み、転用物訴権)は、その規範を正確に理解する。なお、衡平説に立てばこれらも不当利得の一場面と強弁することはできるが、もはやその転用(or別の権利)と考えたほうが素直か。

[2]その他の雑多な事案では、類似する下級審裁判例を検索したり(例えば滝澤を参照する)、「法律上の原因」「因果関係の直接性(関連性)(※)」を説得的に論ずるほかない。私見では、「適切な先例が見当たらない」場合は、請求権の定立は相当に危ういと思われる(たぶん)。

※「因果関係の直接性」の議論は意義が乏しい、との指摘がある。現在の実務ですら「・・・一般に不当利得の要件とされる受益と損失との間の因果関係とは、単一の事実が一面において利得をもたらすと共に他面において損失をもたらすものであることを要し、かつこれをもって足りる」と理解しているか(東京高判昭和55年11月13日判タ436号140頁)。□滝澤298-9

 

[二者間の侵害利得]

・典型例として、所有権の侵害、債権の侵害、知的財産権の侵害など。□藤原440-1

・もっとも、金銭支払を求める場合、返還請求者はまず不法行為を選択すべきだろう(たぶん)。あえて不当利得に依るべきは、留置権や同時履行の抗弁権が成立する場合や、消滅時効が問題になりうる場合か。□大江94、藤原440-1、吉川123

・裁判実務は、侵害利得でも「法律上の原因の不存在=請求原因事実」との立場を堅持する。もっとも、前述のとおり「Xの権利に由来してYが受益した」という事実を立証すれば、請求原因事実を網羅したことになる(例えば「所有権が占有されている」との事実をもって法律上の原因のない受益であることが表現できる)。□大江92-3,41-2、藤原437、潮見黄326,341、大村303、吉川162-3

・利得消滅の抗弁?:相手方の抗弁として「法律上の原因がないことにつき善意であり、既に利得が消滅した」との主張が考えられる(民法703条)。しかし、悪意になった後の利得減少は認められないし、出費の節約も利得減少とならない。実際には、利得消滅の抗弁のハードルは相当高い。□吉川128、加藤雅58-9、潮見黄328-9

 

[双務契約の巻戻し(二者間の給付利得)]

・法定解除等:特に債権法改正により、契約関係の巻き戻しの場面では個別条文での原状回復請求権(※1)が整備されたため、民法703条の出番は大幅に減少した。契約の債務不履行解除=民法545条(改正前から同じ)、契約の無効=民法121条の2、契約の取消=民法121条(→121条の2)(※2)。□大江58-73

※1:双務契約の「解除」では同時履行の抗弁権が適用される(民法546条、533条)。無効や取消しの場合でも同様に扱うべきであろう(民法533条類推)。□大江69,61-2、藤原452-3

※2:相手方のうち一定の属性の者には、特別法によって利得消滅の抗弁が認められる:善意受領者(民法121条の2第2項)、意思無能力者(民法121条の2第3項前段)、制限行為能力者(民法121条の2第3項後段)、善意の消費者(消費者契約法6条の2)。□潮見黄344

・合意解除:債務不履行解除とは異なり、合意解除には民法545条の適用はないため、民法703条の出番となる(もっとも、合意内で返還処理が約定されるのが普通か)。前述のとおり「契約に基づいてXがYへ給付したが、契約が解除された(無効だった等)」という事実を立証すれば、4要件を網羅したことになる。□大江73-4,55-6、藤原437、潮見黄326,341、大村303

 

[一方的な給付の取戻し(二者間の給付利得)]

・典型例として、過払い、二重払い、誤った保険金給付など。□藤原439

・相手方の抗弁の一つに「返還請求者(給付者)が非債弁済につき悪意だった」がある(民法705条)。この抗弁を事前に潰すため、給付者は留保付き弁済としておくことが考えられる(再抗弁となる)。□藤原481-2、大江159

 

[三者が関与する典型例]

・即時取得:「Xが所有していた動産αにつき、それを占有していたYが、Mにαを売却した」場合。当該売買契約によって売主Yは売買代金を受領し(利得)、Xは(Aによるαの原始取得の反射として)αの所有権を喪失する(損失)。この「Yの利得=Xの損失」によって特定される財貨移転には「法律上の原因」が存在しないので、損失を被ったXは、利得を得たYに対して不当利得返還請求権を行使できる(もっとも、私見では、まずは不法行為を選択すべきか)。→《盗品売買と権利関係》□加藤雅32-3,36

・第三者による弁済:「債務者Sに代わって、第三者Dが債権者Gへ弁済をした」場合。当該第三者弁済によって債務者Sは債務から解放され(民法474条1項)(利得)、弁済者Dは弁済金を持ち出す(損失)。この「Sの利得=Dの損失」によって特定される財貨移転には「法律上の原因」が存在しないので、損失を被ったDは、利得を得たSに対して不当利得返還請求権(求償権)を行使できる。なお、求償権の確保のために弁済者代位が認められるためには、約定の要件か民法499条の要件を満たす必要がある。□加藤雅51-2、中田383,410-7

・準占有者への弁済:「債務者Sが、債権者Gに対する債務につき、準占有者Hへ弁済をした」場合。当該弁済によって準占有者Hは弁済金を受領し(利得)、真債権者Gの債権は消滅する(損失)。この「Hの利得=Gの損失」によって特定される財貨移転には「法律上の原因」が存在しないので、損失を被ったGは、利得を得たHへ不当利得返還請求権を行使できる。□加藤雅33-4,52-3

 

[応用:目的不到達]

・典型例として、婚姻不成立の場合の結納の返還が挙げられる。純粋な給付利得とは異なり当初の契約が無効とされてはいないものの、なお不当利得として返還を認めるところに特徴がある。□潮見黄337-8、加藤雅81-3、吉川165、藤原443-4

 

[応用:騙取金]

・問題状況:被害者(X)が、加害者(Y)に騙されて金銭を騙取された。Mはその騙取金を原資として、自らの負債の弁済として債権者(Y)に交付した。現在、Mは所在不明である。そこでXは、Yに対して騙取金を請求したい。

・純理論的には「YによるMからの金銭の受領」はおよそ正当である(=法律上の原因あり)から、Xに許容されるのは債権者取消権くらいとも思われる。もっとも、最一判昭和49年9月26日民集28巻6号1243頁は、ここでも不当利得法の適用の余地を認め、「Yが『Xから騙取した金銭』であることに悪意重過失でありながらもMから受領した」場合には、YはXに対する不当利得返還義務を負うとする。□加藤雅75-81、吉川165-6

 

[応用:転用物訴権]

・問題状況:修理業者(X)が、物の賃借人(M)との契約に基づいて物を修繕した。その後、XがMから修理代金を回収できないうちにMが倒産した。そこでXは、物の賃貸人=所有者(Y)に対し、「Xの汗によってYが得た利得(物が修繕されたこと)」を請求したい。

・転用物訴権の可否は、次のとおり場合分けされる(最三判平成7年9月19日民集49巻8号2805頁[ビル改修事件])。なお、最高裁は「不当利得法」の一つと理解しているものの、箱庭説の説くように別の権利だと考えるべきか。□加藤雅116-7、吉川166、近藤273

[1]「Yの利得保有」に対応し、MからYへの反対債権(約定に基づく費用償還請求権など)が発生する場合:仮に転用物訴権を肯定すると、「X=Mから回収すべきものを実質的にYから回収できた」「Y=Mに支払うべきものを実質的にXへ支払った」「M=Xに支払ってYから回収すべきところを実質的に相殺できた」という意味で、XMYの利害関係だけでは特に問題ない。しかし、Mが破綻して多くの債権者が泣いている点に目を向ければ、「単なる一般債権者にすぎないXは、それにもかかわらず、他の債権者に抜け駆けして回収できてしまう」という問題点が生じる。したがって、Xに転用物訴権は認めるべきでない。□加藤雅109-10

[2]MからYへの反対債権が発生せず、「Yの利得保有」がMY間関係全体から有償(約定に基づく賃料減額など)と認められる場合:仮に転用物訴権を肯定すると、「Yは、既にMとの関係で賃料減額という血を流しているにもかかわらず、さらにXへの支払(転用物訴権)を強いられる」という問題が生じる。したがって、Xに転用物訴権は認めるべきではい。□加藤雅111-2

[3]MからYへの反対債権が発生せず、「Yの利得保有」がMY関係全体から無償(約定によるM負担など)と認められる場合:転用物訴権を認めても、[2]と異なってYは利得を得ているので、それをXに対して吐き出させても構わない(他の一般債権者との競合は考えなくてよいのか??)。□加藤雅112-3

 

滝澤孝臣『不当利得法の実務』[2001] ※筆者名と題名から「決定版か!?」と期待してしまうが、多数の裁判例が列挙された労作だと割り切った方がよい。理論的検討は少ないが、類似事案を検索するのに使えるか。

大村敦志『基本民法2債権各論〔第2版〕』[2005] ※新シリーズが出ているものの、旧シリーズになじみがある。

★★加藤雅信『新民法体系5事務管理・不当利得・不法行為〔第2版〕』[2005] ※最高裁を動かしただけあり、転用物訴権の説明はダントツ。基本書にもかかわらず不当利得に97頁も割く。類型説すら不徹底と説く。各論の記載も豊富。

★吉川愼一「不当利得」伊藤滋夫総括編集『民事要件事実講座 第4巻』[2007] ※裁判実務家でありながら衡平説の問題点を正面から認め、類型説の成果を取り込みながら実務に受け入れられる要件構成を提案している点は好感が持てる。

★大江忠『第4版 要件事実民法(6)法定債権』[2015] ※衡平説(我妻説)を支持する姿勢は若干の古さを感じるものの、多くの事案を網羅しており、実務家の視点で理論的検討がされている。参照価値が高い。

潮見佳男『基本講義 債権各論1 契約法・事務管理・不当利得〔第3版〕』[2017] ※教科書に徹している建前だが、さらっと著者の見解が前に出ている箇所も多い。債権法改正によって衡平説は採れなくなったと述べるが(pp320-1)、やや即断にすぎるか。

岡口基一・中村真『裁判官!当職そこが知りたかったのです。』[2017]

★藤原正則「第703条~第708条」能見善久・加藤新太郎編『論点体系判例民法7契約2〔第3版〕』[2019] ※樹海『不当利得法』が長らく改訂されない中、第一人者による最新の記述は貴重(なお、新注釈民法の該当箇所も藤原担当)。裁判実務を意識した典型論点の解説はありがたい。

中田裕康『債権総論〔第4版〕』[2020]

近藤昌昭『判例からひも解く実務民法』[2021]

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