〈多数当事者〉連帯債務者の一部との示談後の処理

2023-10-12 22:23:18 | 契約法・税法

【例題】Xは、Y1の運転する車両に追突されて傷害を負った。Y1はY2に雇用されており、事故当時は、Y2に命じられて業務として車両を運転していた。この度、Xは、Y2との間で事故の賠償についての示談契約を締結した。この示談契約の中でY1には触れられていない。

(case1)Y1は、Xに対して「Y2との示談によって、自分(Y1)の債務も免除された」と主張している。

(case2)Y2は、Y1に対して「示談に基づいてXへ賠償したから、自分(Y2)に対して求償しろ」と主張している。

 

[真正連帯債務の取扱い:新旧法の経過措置]

・平成29年法律44号による民法改正によって、連帯債務(など)の規律が変更されている。その経過措置の基準は、「原因行為が2020年4月1日より前か後か」である(平成29年法律44号附則20条2項)。□中込98-100

[1]2020年3月31日までに連帯債務が生じた場合:旧432条から旧445条までが適用される。

[2]2020年4月1日以降に連帯債務が生じた場合:新436条から新445条までが適用される(※)。

※後述のとおり、債権法改正によって多くが相対的効力化された。もっとも、債権者と連帯債務者の合意によって絶対的効力へと変更することはOK(新441条ただし書)。例えば、債権者としては、請求の絶対的効力を認める特約を設定することが考えられよう。□松岡855-6

 

[〈真正連帯債務の各論〉連帯債務者の一人への請求:絶対的効力から相対的効力への改正]

・旧法では、債権者Gが連帯債務者の一人S1のみに請求しても、その請求の効力は他の連帯債務者S2に対しても及ぶ(旧434条)。例えば、期限の定めのない債務であれば、S1への請求によってS2も履行遅滞に陥る。S1への請求によってS2との関係でも消滅時効が中断する。□松岡852

・新法では、Gからの直接請求を受けていないS2には、「S1への請求の効力」は及ばない(新441条本文)。□一問一答122

 

[〈真正連帯債務の各論〉連帯債務者の一人に対する免除:絶対的効力から相対的効力への改正]

・旧法では、債権者Gが連帯債務者の一人S1の債務を免除した場合、免除されたS1の負担部分の限度で、当該債務は全ての連帯債務者の利益のためにも消滅する(旧437条)。

[例]S1とS2がGに対して100万円の連帯債務を負い、S1とS2の負担割合が均等だという場合。GとS1との関係で「30万円の弁済を受け、残額について免除する」との合意(+免除)がされた。この一部弁済(100万円のうち30万円)によって連帯債務額は70万円に縮減し、さらに「S1の負担部分残額20万円」が免除されたことにより、GのS2に対する債務も20万円の限度で消滅するから、結局、GがS2に対して請求できる額は「70万円-20万円=50万円」のみになる。この結論は、Gの通常の意思に反してしまう。□松岡852

・新法では、Gから直接免除をされていないS2には、「S1に対する免除の効力」は及ばない(新441条本文)。□一問一答122

 

[〈真正連帯債務の各論〉連帯債務者の一人のための時効の完成:絶対的効力から相対的効力への改正]

・旧法では、連帯債務者の一人S1につき時効が完成した場合、時効完成したS1の負担部分の限度で、債務は全ての連帯債務者の利益のためにも消滅する(旧439条)。□松岡852

・新法では、時効完成していないS2には、「S1についての時効完成」の効力は及ばない(新441条本文)。□一問一答123

 

[〈真正連帯債務の各論〉連帯債務者の一人による相殺:絶対的効力の維持]

・明文はないが、改正前後を問わず、連帯債務者の一人S1による弁済やそれに類するもの(代物弁済、供託、弁済の提供、受領遅滞)は、絶対的効力を有する。同様に、相殺についての規律は改正前後で維持され、連帯債務者の一人S1による相殺によって、債務は全ての連帯債務者の利益のために消滅する(旧436条1項、新439条1項)。□松岡855,864

・なお、旧法では、他の連帯債務者S2が、自働債権を有する連帯債務者S1の負担部分の相殺援用ができたが(旧436条2項)、新法では、S1の負担部分の限度で履行拒絶できるにとどまる(新439条2項)。□一問一答122

 

[〈真正連帯債務の各論〉連帯債務者内部間の求償:負担割合型求償の維持]

・旧法下では、真正連帯債務につき、連帯債務者の一人による一部弁済額が負担部分を超えていなくても、他の連帯債務者に対して「一部弁済額×負担割合」を求償できるとされていた(大判大正6年5月3日民録23輯863頁)(※)。□松岡854

[例]S1とS2がGに対して100万円の連帯債務を負い(S1とS2の負担割合は均等)、S1がGに対して30万円の一部弁済をした場合。この一部弁済による求償は負担割合(2分の1)が基準となるから、S1はS2に対して「一部弁済した30万円×2分の1=15万円」の求償権を取得する。□松岡857

※後述のとおり、不真正連帯債務では、これとは異なる「負担部分超過型求償(=自己の負担部分を超える弁済をしない限り求償権を取得しない)」が採用されていた。□松岡854

・新法では、旧法下の判例が真正連帯債務について採用していた「負担部分割合型求償」が明文化された。□一問一答124、松岡869-71

 

[不真正連帯債務の行方(1):請求・免除・時効完成=追いついてきた「真正」との一元化]

・旧法下では、当事者の意思表示ではなく法令を根拠として成立した連帯債務を「不真正連帯債務」と呼称し、真正連帯債務とは異なり債務者間に密接な主観的共同関係がない以上、民法上の絶対的効力事由の規定は適用されないと解されてきた。典型的には共同不法行為(共同不法行為者間)や使用者責任(使用者被用者間)において、「請求、免除、時効完成」を相対的効力としてきた。□松岡852-3

・債権法改正によって、真正連帯債務も、従前の不真正連帯債務と同じく、「請求、免除、時効完成の相対的効力」とされた(前述)。この限りでは、不真正連帯債務概念は不要となった(※)。□一問一答119

※もっとも、後述の中田裕康説のように、従前の不真正連帯債務につき、明文に反した「請求の絶対的効力」等を主張する見解もある。

 

[不真正連帯債務の行方(2):求償要件=争いあり]

・旧法下では、不真正連帯債務における求償要件については、真正連帯債務とは異なって「負担部分超過型求償」が採用されてきた。共同不法行為の場合は「負担部分=過失割合」である(最二判昭和41年11月18日民集20巻9号1886頁)(※)。□潮見P583

※同事案は「タクシー運転者と第三者との間の交通事故(共同不法行為)において、タクシー会社が被害者への賠償を行なった上で、第三者に求償請求をした」例である。

・例えば、S1(過失20%)とS2(過失80%)の共同不法行為によってGに100万円の損害を与えた場合、S1は、20万円超の弁済をして初めてS2への求償権を取得する(最二判昭和63年7月1日民集42巻6号451頁)(※)。

※同事案は、前掲最二判昭和41年11月18日とは逆に、「タクシー運転者と第三者との間の交通事故(共同不法行為)において、第三者が被害者への賠償を行なった上で、タクシー会社が第三者に求償請求をした」例である。通例、同事案が「不真正連帯債務における内部関係=負担部分超過型求償」を説いたリーディングケースとして挙げられるものの、真の争点は「第三者との関係において、『使用者の過失=被用者の過失』と観念されるか(使用者の過失割合は観念できるか)」であった(いわば過剰なリーディングケース)。当該事案の結論(判例)は「被用者(D)がその使用者(乙)の事業の執行につき第三者(甲)との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、右第三者(甲)が自己と被用者との過失割合に従つて定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、右第三者(甲)は、被用者(D)の負担部分について使用者(乙)に対し求償することができるものと解するのが相当である」であり、その理由は「民法715条1項の趣旨に照らせば、被用者が使用者の事業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合には、使用者と被用者とは一体をなすものとみて、右第三者との関係においても、使用者は被用者と同じ内容の責任を負うべきものと解すべきである」とされた。

・新法下での「不真正連帯債務概念」の取扱いにつき、特に求償要件を中心として見解が対立している。

[a]改正法によって不真正連帯債務概念は廃棄されたとする見解(潮見佳男)。この立場からは、共同不法行為者間などの求償要件も、従前の処理とは異なり、明文どおりの「負担割合型求償」となる。□松岡857-8、潮見P573,583

[b]改正によって不真正連帯債務概念は不要となったが、共同不法行為の求償に限っては(従前とおり)負担部分超過型求償を認める余地があるとする見解(立法担当者、内田貴)。この立場は、共同不法行為者間の求償を制限することで被害者保護を狙う。□松岡858-9

[c]類型によっては、求償に限らず明文とは異なる処理を認める見解(中田裕康)。この立場は、例えば「請求の絶対的効力」を肯定することで、債権者保護を図る。□松岡859

[d]改正前の不真正連帯債務概念を維持する見解(平野裕之)。□松岡860

 

筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答民法(債権関係)改正』[2018]

潮見佳男『プラクティス民法債権総論〔第5版補訂〕』[2020] ※第4刷[2023]では「元」とされているのが悲しい。

松岡久和「民法(債権関係)の改正と不真正連帯債務」立命館法学399•400号[2021]

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