盗品売買の権利関係

2018-09-27 15:40:52 | 契約法・税法

旧記事の改訂版。

2020-06-03:改題と文献追記。

2024-04-17:追記と文献一部差替。

【例題】Aは、Vが管理する同人所有の腕時計αとβを窃取した上で、古物商Dにαを10万円、βを12万円で売却した。Dは、買い取ったαを15万円、βを20万円で店頭販売したところ、Tがαを15万円で購入した。その後にAが窃盗罪の被疑事実で検挙され、Aは捜査機関に対して「窃取したαとβをDに売却した」と自供した。

 

[盗品の所有権の帰趨(1):即時取得の成否]

・真所有者からの返還請求に対して、無権利者からの動産を買い受けた買主(占有者)は、即時取得の抗弁を提出しよう。

・民法192条にいう「善意」とは、一般の「善意」より厳しく、「売主が権利者であると信じていたこと」まで要求される。「無権利者とは知らないものの、権利者であることを疑っていた(半信半疑)」場合に即時取得は認められない。即時取得の成立要件の一つである「善意」は暫定真実であるため(民法186条1項)、立証責任が転換され、即時取得を否定したい者が「悪意=権利者とは信じていなかったこと」を主張立証する。□佐久間149,157、類型別125-6

・即時取得の成立要件の一つである「無過失」は推定されるため(民法188条)、即時取得を否定したい者が「権利者と信じたことについての過失=調査確認義務の懈怠」を主張立証する。□佐久間149,157、類型別126-7

・なお、古物商が古物を買い受ける場合、次の取引であれば売主の本人確認を要し(古物営業法15条1項各号)、帳簿にその氏名等を記載しなければならない(古物営業法16条)。質屋が質預かりをする際にも本人確認が義務付けられている(質屋営業法12条前段、質屋営業法施行規則16条1項2項)。

[a]1万円以上の取引(古物営業法15条2項1号、古物営業法施行規則16条1項)

[b-1]取引金額にかかわらず、自動二輪車、原動機付自転車、それらのパーツの取引(古物営業法15条2項1号かっこ書、古物営業法施行規則16条2項1号)

[b-2]取引金額にかかわらず、ゲーム用ソフト(古物営業法15条2項1号かっこ書、古物営業法施行規則16条2項2号)

[b-3]取引金額にかかわらず、CDやDVDなど(古物営業法15条2項1号かっこ書、古物営業法施行規則16条2項3号)

[b-4]取引金額にかかわらず、書籍(古物営業法15条2項1号かっこ書、古物営業法施行規則16条2項4号)

・即時取得の適用があると、(盗品遺失物でない限り)買主は当該動産の所有権を原始取得する(民法192条)。この反射として、本来の真所有者は当該動産の所有権を喪失する(原始取得者への不当利得の主張もできない)。□佐久間147-8

 

[盗品の所有権の帰趨(2-1):即時取得の例外としての所有権帰属継続]

・ところが、対象動産が盗品や遺失物である場合には重要な例外がある。盗難(遺失)時から2年間に限り、真所有者は、盗品の現占有者に対してその返還を請求できる(民法193条)。この限度で公信の原則は後退し、仮に即時取得の要件を満たす売買があったとしても、盗難時から2年間が経過するまでは、盗品である動産の所有権は真所有者にとどまる(原権利者帰属説)(※)。□佐久間158、松岡207、横山63

※原権利者帰属説によれば、本来の所有者は、シンプルに所有権に基づく返還請求を行使すれば足りる。「民法193条による回復請求権」を主張する実益はない。□佐久間158,161

 

[盗品の所有権の帰趨(2-2):盗品回復請求への対抗としての代価請求]

・一般買主の保護:盗品被害者(真所有者)からの返還請求を受ける現占有者は、一般消費者ならば保護される余地がある。すなわち、「公の市場=店舗販売商人から」「その物と同種の物を販売する商人=無店舗販売商人から」「競売によって」当該盗品を取得した者は、真所有者の返還に応じる代償として、その代価を請求できる(民法194条)(※)。これを真所有者の視点から言い換えれば、「現占有者への代価弁償と引換えに盗品を回復する」か、それとも「盗品の回復を断念する」か、いずれの選択をせまられることになる(その猶予は2年間)(最三判平成12年6月27日民集54巻5号1737頁参照)。□佐久間159、松岡206

(※)民法194条の文言から明らかなとおり、「真所有者→窃盗犯→現占有者」というように商人を介さずに盗品の占有を取得した買主には代価弁償請求権が認められない(真所有者に対して無償で返還しなければならない)。メルカリやヤフオクを通じた個人間売買も同様か(たぶん)。この意味で、消費者としては「買うならプロから」。なお、個人間売買では、買主が盗品等有償譲受け罪(贓物故買罪)(刑法256条2項)の疑いをかけられるリスクもあるだろう(たぶん)。□佐久間159、横山64

・古物商の保護外:真所有者が民法193条の返還請求を選択した場合、その相手方である現占有者が「古物商」「質屋」であり、かつ、盗難から1年以内であれば、現占有者である古物商等には代価弁償が認められない(古物営業法20条、質屋営業法22条)。したがって、古物商の立場から言えば「買い取った商品は早く売ってしまえ」と言えよう。□佐久間161、松岡206

 

[捜査実務の対応]

・捜査官は、盗品の所在が把握できれば、現占有者から任意提出を受けて領置することになろう(刑訴法221条)。法文上、「所有者、所持者、保管者」が任意提出権限を有する。□幕田172-4

・押収物一般については、民事上の権利関係を問わず、被押収者(差出人)に還付されるのが原則である(最三決平成2年4月20日刑集44巻3号283頁)。この例外として、押収物が特に盗品(=財産犯の被害物件)であれば、押収の必要がなくなりかつ「被害者に還付すべき理由が明らかなとき」には、事件終結前に、(被押収者ではなく)被害者へ還付しなければならない(刑訴法222条1項、124条1項)。ここでいう「還付理由が明らか」とは「被害者が私法上無条件で押収賍物の引渡請求権を有すること」を指すものの、実際の判断には困難を伴うケースがあると説かれる。□条解刑訴238-9,424、幕田304-7

・【例題】では、動産αは「D→(領置)→司法警察職員→(還付)→V」との経由で真所有者Vへ還付され(たぶん)、動産βは「T→(領置)→司法警察職員→(還付)→T」との経由で現占有者Tに還付されるか(∵Tの代価請求権あり)(たぶん)。もっとも私見では、捜査機関に権利関係の判断を強いるのは酷であり、仮に還付先を誤れば国家賠償請求にさらされる。そのため、権利関係の争いがある場合は、「"被害者に還付すべき理由が明らか"ではない」と判断されよう(たぶん)。また、過誤還付リスクを減らすため、被押収者から還付請求権放棄を受けることも活用されよう。□幕田305-7

・上記のように、特に「窃盗犯からの直接の個人間売買」の事案では、買主に盗品性の知情が認められないかも検討されよう(たぶん)。

 

[盗品を買わされた買主の損害]

・平成29年改正後民法(※)は、他人物を買わされることで損害を被った買主は、売主に対し、債務不履行責任の一つとして損害賠償を求めることができる。その損害の範囲は民法416条で決される。

※平成29年改正前民法は、権利の全部が他人に属する売買(=他人物売買)を「担保責任の問題」として規律してきた(改正前民法560条)。これに対し、債権法改正では、権利の全部が他人に属するケースを「債務不履行一般問題(∵履行がゼロ)」とし(民法565条括弧書参照)、権利の'一部'が他人帰属のケースを「担保責任問題(民法565条)」と整理する。→《契約不適合責任の実務》□中田[2021]313

・積極的損害:買主が支払った代価等が挙げられよう。

・消極的損害:買主が転売を目論んでいた場合、「得べかりし転売利益」も請求することが考えられる(ドイツ民法にいう履行利益の典型例だとされる)。商人間の売買において、売主の履行遅滞によって「得べかりし転売利益」が減少した事案では、当該利益が損害に含まれることは当然の前提とされている(最二判昭和36年12月8日民集15巻11号2706頁)(※)。□金山72-3

※奥田佐々木286「・・・判例からも、何が通常損害であり、何が特別損害であるかは、抽象的一般的に確定することはできない。・・・事業者ないし商人間で継続的、反復的に種類物を売買する場合などは、転売目的であることは明白であるから、転売利益の喪失は通常損害に、逆に、個人による建物購入の場合などは、転売による利益は特別損害に振り分けられることになる。」。

※平井94-5「…目的物についての転売利益の喪失という損害の事実がその論理的前提として通常損害と解されていることになると考えるべきである。ただし、転売の可能性が少ない不動産に関して、この点を理由としつつ転売利益の喪失を特別損害だとし、予見可能性を要求すべきことを述べた大審院判例がある・・・が、通常損害となりうることをおよそ否定されると考えるべきではない(債権者が業者であれば転売可能性は大である)。」。

※中田[2020]198「・・・〔通常損害と特別損害の〕区別は具体的には微妙である。たとえば、転売については、買主が商人なら転売することは当然だが、買主が消費者なら転売は例外的なことである。このため、転売利益の喪失は、買主が商人なら通常損害に、消費者なら特別損害になることもある。結局、両損害の区別は、その債権の発生原因である契約の類型によって決せられるというほかない。・・・」。

※奥田旧185-202は、大審院判例と最高裁判例を「具体的な転売契約を締結しているケース/そうでないケース」と区分けしている。参考になる。

※吉岡72-6には平成29年改正前民法下での裁判例の紹介があり、「履行利益/信頼利益」概念に依拠した説明がなされている。これに対し、奥田旧210-1「わが民法は、履行利益・信頼利益の区別を設けていないが、学説において、追奪担保責任(561条)や瑕疵担保責任(570条)の内容に関して、信頼利益の賠償にとどむべきか否かが論じられたりしているが、根拠のある議論とはいえない。」。同趣旨は奥田佐々木277。

 

(民法)

奥田昌道『債権総論〔増補版〕』[1992] ※固い叙述に隠れて鋭利な一文が散りばめられていることに気づく。

平井宜雄『債権総論〔第2版4刷〕』[1996]

金山直樹「第416条」能見善久・加藤新太郎編『論点体系判例民法4〔第2版〕』[2013]

吉岡茂之「第561条」村田渉編著『事実認定体系<契約各論編>1』[2015]

松岡久和『物権法』[2017]

横山美夏「第193条」「第194条」鎌田薫・松岡久和・松尾弘編『新基本法コンメンタール物権』[2020]

中田裕康『債権総論〔第4版〕』[2020] ※2020-06-03差替

奥田昌道・佐々木茂美『新版債権総論上巻』[2021] ※2020-06-03追加

中田裕康『契約法〔新版〕』[2021] ※2020-06-03差替

司法研修所編『4訂紛争類型別の要件事実』[2023] ※2020-06-03追加

佐久間毅『民法の基礎2 物権〔第3版〕』[2023] ※2020-06-03差替

(刑事法)

松尾浩也監修『条解刑事訴訟法〔第4版〕』[2009]

幕田英雄『実例中心 捜査法解説〔第4版〕』[2020] ※2020-06-03追加

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