法令用語としての「押印」とその周辺

2024-06-12 21:55:44 | 契約法・税法

[押印=捺印]

・現在の法制実務では、文書の作成者が印を押すことを「押印」と呼ぶ。口語体以前の法令は「捺印」と呼んでいた。つまり、巷に溢れる俗説にかかわらず、法文上は「押印=捺印」である。□辞典26-7、有斐閣用語78、有斐閣小辞典62

・e-Govの全文検索で各用語の登場数を調べると、次のとおりヒットする(2024年6月12日時点)。

「押印」・・・436件

民法第520条の10:指図証券の債務者は、その証券の所持人並びにその署名及び押印の真偽を調査する権利を有するが、その義務を負わない。ただし、債務者に悪意又は重大な過失があるときは、その弁済は、無効とする。

刑法第155条第2項:公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。

「捺印」・・・19件

明治32年法律第50号(外国人の署名捺印及び無資力証明に関する法律)1条2項:捺印ノミヲ為スヘキ場合ニ於テハ、外国人ハ署名ヲ以テ捺印ニ代フルコトヲ得。

「押捺」・・・9件

民法施行法6条1項:私署証書ニ確定日附ヲ附スルコトヲ登記所又ハ公証人役場ニ請求スル者アルトキハ、登記官又ハ公証人ハ、確定日附簿ニ署名者ノ氏名又ハ其一人ノ氏名ニ外何名ト附記シタルモノ及ヒ件名ヲ記載シ、其証書ニ登簿番号ヲ記入シ、帳簿及ヒ証書ニ日附アル印章ヲ押捺シ、且、其印章ヲ以テ帳簿ト証書トニ割印ヲ為スコトヲ要ス。

・したがって、「署名/記名」の別と、「押印か、捺印か」の別は関連しない(たぶん)。単に、古い時代の法令であれば「署名捺印、記名捺印」と呼称され、最近の法令であれば「署名押印、記名押印」と呼称されるにすぎないだろう。

「署名押印」・・・49件

刑事訴訟法198条5項:被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。

民事訴訟法132条の10第4項:第一項本文の場合において、当該申立て等に関する他の法令の規定により署名等(署名記名押印その他氏名又は名称を書面等に記載することをいう。以下この項において同じ。)をすることとされているものについては、当該申立て等をする者は、当該法令の規定にかかわらず、当該署名等に代えて、最高裁判所規則で定めるところにより、氏名又は名称を明らかにする措置を講じなければならない。

「署名捺印」・・・10件

政治資金規正法15条3項:前二項の規定により引継ぎをする場合においては、引継ぎをする者において引継書を作成し、引継ぎの旨及び引継ぎの年月日を記載し、引継ぎをする者及び引継ぎを受ける者においてともに署名捺印し、現金及び帳簿その他の書類とともに引継ぎをしなければならない。

「記名押印」・・・297件

商法546条2項:前項の場合においては、当事者が直ちに履行をすべきときを除き、仲立人は、各当事者に結約書に署名させ、又は記名押印させた後、これをその相手方に交付しなければならない

「記名捺印」・・・10件

小切手法附則82条:本法ニ於テ署名トアルハ記名捺印ヲ含ム。

公証人法62条の3第2項:公証人前項ノ定款ノ認証ヲ与フルニハ、嘱託人ヲシテ其ノ面前ニ於テ定款各通ニ付其ノ署名又ハ記名捺印ヲ自認セシメ、其ノ旨ヲ之ニ記載スルコトヲ要ス。

 

[印章・印影・印鑑]

・物理的な印形(いんぎょう)を「印章」と呼ぶ。□辞典26

「印章」・・・30件

民法970条2号(抄):遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること

刑法155条1項:行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

・印(印形)によって押捺した跡が「印影」である。なお、印章偽造罪の客体となる「印章」には、印影も含むと解されている。□辞典26

「印影」・・・26件

民事訴訟法229条1項:文書の成立の真否は、筆跡又は印影の対照によっても、証明することができる。

印紙税法9条1項:課税文書の作成者は、政令で定める手続により、財務省令で定める税務署の税務署長に対し、当該課税文書に相当印紙をはり付けることに代えて、税印(財務省令で定める印影の形式を有する印をいう。次項において同じ。)を押すことを請求することができる。

・日常用語とは異なり、特に法令では、官公署等に対して対照用にあらかじめ差し出しておく印影を「印鑑」と呼ぶ。この意味の印鑑に用いた印章を「実印」と称する。□辞典25

「印鑑」・・・166件

商業登記法12条柱書:次に掲げる者でその印鑑を登記所に提出した者は、手数料を納付して、その印鑑の証明書の交付を請求することができる。

公証人法21条1項:公証人ハ、其ノ職印ノ印鑑ニ氏名ヲ自署シ、之ヲ其ノ所属スル法務局又ハ地方法務局ニ差出スヘシ。

民事執行法131条7号:実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの

 

[契印と割印]

・1つの書類が2枚以上の紙から成る場合や、数個の書類を1つのものとして用いる場合に、書類の綴り目にかけて印を押すことを「契印」という。□辞典198、有斐閣用語333

民法施行法6条2項:証書カ数紙ヨリ成レル場合ニ於テハ、前項ニ掲ケタル印章ヲ以テ毎紙ノ綴目又ハ継目ニ契印ヲ為スコトヲ要ス。

商業登記規則35条2項:申請人又はその代表者若しくは代理人は、申請書が二枚以上であるときは、各用紙のつづり目に契印をしなければならない。

公証人法39条5項:証書数葉ニ渉ルトキハ、公証人ハ、毎葉ノ綴目ニ契印ヲ為スコトヲ要ス。

・数個の書類が相互に関連する場合、両書類にまたがって印を押すことを「割印」という。□辞典198、有斐閣用語1443、有斐閣小辞典267

民法施行法6条1項:私署証書ニ確定日附ヲ附スルコトヲ登記所又ハ公証人役場ニ請求スル者アルトキハ、登記官又ハ公証人ハ、確定日附簿ニ署名者ノ氏名又ハ其一人ノ氏名ニ外何名ト附記シタルモノ及ヒ件名ヲ記載シ、其証書ニ登簿番号ヲ記入シ、帳簿及ヒ証書ニ日附アル印章ヲ押捺シ、且、其印章ヲ以テ帳簿ト証書トニ割印ヲ為スコトヲ要ス。

・ところが、「契印」と表現されているにもかかわらず、実際は「割印」の意味として用いる例もある。例えば、公証人法は、「契印」を2つの意味で用いている。□辞典198、有斐閣用語1443、有斐閣小辞典267

公証人法59条:認証ヲ与フヘキ証書ニハ登簿番号、認証ノ年月日及其ノ場所ヲ記載シ公証人及立会人之ニ署名捺印シ且公証人其ノ証書ト認証簿トニ契印ヲ為スコトヲ要ス。此場合ニ於テ嘱託人ノ申立アルトキハ第三十六条第四号及第六号乃至第八号ニ掲グル事項ヲ記載スルコトヲ要ス。

 

[消印]

・手持ちの3冊(辞典)には独立した用語として掲載されていない(・・・)。印紙税法の用法にしたがえば、「印紙の上に印章を押捺したり、又は印紙の上に署名をすることをもって、印紙を消すこと」と定義されようか(たぶん)。

印紙税法8条2項:課税文書の作成者は、前項の規定により当該課税文書に印紙をはり付ける場合には、政令で定めるところにより、当該課税文書と印紙の彩紋とにかけ、判明に印紙を消さなければならない。

印紙税法施行令5条:課税文書の作成者は、法第八条第二項の規定により印紙を消す場合には、自己又はその代理人(法人の代表者を含む。)、使用人その他の従業者の印章又は署名で消さなければならない。

登録免許税法25条後段(抄):この場合において、当該納付が第二十二条、第二十三条第二項又は次条第三項の規定により印紙をもつてされたものであるときは、当該登記等の申請書・・・の紙面と印紙の彩紋とにかけて判明に消印しなければならない。

印紙犯罪処罰法1条:行使ノ目的ヲ以テ、帝国政府ノ発行スル印紙又ハ印紙金額ヲ表彰スヘキ印章ヲ偽造又ハ変造シタル者ハ、五年以下ノ懲役ニ処ス。行使ノ目的ヲ以テ、印紙ノ消印ヲ除去シタル者、亦同シ。

 

[調印]

・国際法上、条約に対し、正当に委任を受けた者が自身の氏名を所定の場所に記すことを「署名」や「調印」という。□有斐閣辞典760

外務公務員法7条4項:この法律において「全権委員」とは、日本国政府を代表して、特定の目的をもつて外国政府と交渉し、又は国際会議に参加し、且つ、条約に署名調印する権限を付与された者をいう。

・e-Govのヒット例(7件)の中には、国内法的な用法として「市町村合併の調印」という例がある。

特別交付税に関する省令3条3号イの表50の事項の算定方法:合併市町村(合併特例法が適用されるものに限る。)において、合併関係市町村が合併調印後から合併日までに実施する合併市町村の一体性の速やかな確立を図るために必要な経費として総務大臣が調査した額に〇・五を乗じて得た額とする。

 

金子宏・新堂幸司・平井宜雄編『法律学小辞典〔第4版〕』[2004]

法令用語研究会編『有斐閣法律用語辞典〔第3版〕』[2006]

角田禮次郎ほか編『法令用語辞典〔第10次改訂版〕』[2016]

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