1 残業代 (割増賃金)は支払わない旨の合意の有効性
残業代(割増賃金)の支払は労基法37条で義務付けられているところ,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,労基法で定める基準に達しない労働条件を定める部分についてのみ無効となり,無効となった部分は労基法で定める労働基準となります(労基法13条)。したがって,残業させた場合であっても労基法37条に定める残業代を支払わないとする合意は無効となり,残業させた場合には労基法37条で定める残業代の支払義務を負うことになるため,残業代を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させてから残業させた場合であっても,使用者は残業代の支払義務を免れることはできません。
この結論は,年俸制社員であっても,変わりません。
2 残業代(割増賃金)に当たる部分を特定せずに月例賃金には残業代が含まれている旨の合意の有効性
残業代(割増賃金)に当たる部分を特定せずに月例賃金には残業代が含まれている旨合意し,合意書に署名押印させていたとしても,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができず,残業代(割増賃金)を支払わないのと変わらない結果となるので,労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件東京地裁平成17年10月19日判決では,割増賃金に相当する金額が特定されていないにもかかわらず,基本給に残業代が含まれているとする会社側の主張が認められていますが,労働者が自らの判断で営業活動や行動計画を決めることができ,基本給だけで月額183万円超えている(別途,多額のボーナス支給等もある。)等,追加の残業代の請求を認めるのが相当でない特殊事情があった事案であり,通常の事例にまで同様の判断がなされると考えることはできません。
3 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払ったといえるためには,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う旨の合意や賃金規程等の定めは最低限必要となります。「契約書の記載も賃金規程の定めも存在しないが,口頭で説明した。」では,基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払うことが労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です。
(2) 時間外・休日・深夜労働させた場合の基本給等自体の金額の増額又は通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
時間外・休日・深夜労働させた場合に,基本給等自体の金額が増額されるのであれば,増額部分が時間外・休日・深夜割増賃金と評価することができますので,増額部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
また,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるのであれば,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができますので,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められることになります。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえるためには,労働契約において,何を明示する必要があるか
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ,法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」と結論付けています。この考え方に従えば,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必要となります。
しかし,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを法が要請しているという結論に結びつくものではありません。
また,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の法廷意見も,高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決も,使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを要求していません。仮に,櫻井龍子補足意見の言うとおりであったとすれば,その旨,法廷意見の判旨から読み取れるはずです。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
したがって,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,労働契約において,時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必須の要件となるものではないと考えます。
もっとも,テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決が,「月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれないこと」を考慮要素の一つとして,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきであると結論付けていることからすれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるかの判断に当たっては,賃金の一部が他の部分と区別されて労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金とされていることが重要な考慮要素となると考えられ,原則的には,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示する必要があるものと考えます。
時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該時間外・休日・深夜割増賃金が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
ただし,定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
(4) 「基本給には,45時間分の残業手当を含む。」といったように,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」については明示せず,「時間外・休日・深夜労働時間数」のみを明示した場合,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められるか
時間数を明示しただけでも,方程式を用いれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる金額と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる金額を算定することができ,時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができることから,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえなくもありません。
しかし,「45時間分の残業手当」が何円で,残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず,45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくいことも多いところです。給与明細書・賃金台帳の時間外勤務手当欄・休日勤務手当欄・深夜勤務手当欄が空欄となっていたり0円と記載されていたりすることが多いため,残業代は支払済みと言ってみても説得力が今一つなこともあります。労基法上,通常の時間外労働の割増賃金単価(25%増し)は,深夜の時間外労働の割増賃金単価(50%増し)や法定休日労働の割増賃金単価(35%増し)と単価が異なりますが,どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか,あるいは時間外労働分だけが含まれており,深夜割増賃金や休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか,その文言だけからでは明らかではないこともあります。
予定されている残業時間以上の残業をした場合に不足する残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)が追加で支給されているような場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすい傾向にありますが,残業代の精算がなされていない場合は,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクが比較的高いと言わざるを得ません。
定額(固定)残業代制度を採用する場合には,基本的には定額(固定)残業代の「金額」を明示することをお勧めします。
(5) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨の合意は,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件ではないと考えます。
ただし,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことで労働者と合意しても害はありません。また,労基法所定の計算方法による額が定額(固定)残業代の額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件と考える裁判官もいます。
小糸機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決は,「傍論」において,「仮に,月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても,その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ,かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ,その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる」と判示し,東京地裁判決とほぼ同じ理由で会社側の控訴を棄却した東京高裁昭和62年11月30日判決の認定判断を最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決が是認しています。
阪急トラベルサポート事件(派遣添乗員・第2)事件最高裁平成26年1月24日判決の原審の東京高裁平成24年3月7日判決においても,「仮に時間外手当を加えて基本給を決定する旨の合意がなされたとしても,時間外手当部分に当たる部分を明確に区分して合意し,かつ,労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合のみその予定時間外手当分を当該月の時間外手当の一部又は全部とすることができると解すべき」としています。
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見においても,「さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」としています。
したがって,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(6) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要か
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は,「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。」としており,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,時間外・休日・深夜労働の時間数及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が雇用契約上明確にされているだけでは足りず,「賃金支給時」にも労働者に対し明確に示されていることが必要となるようにも読めます。
しかし,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要である理由が明らかでありません。仮に,「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものである」ことを理由としているとしても,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要と結論付けることはできません。
仮に,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要であるとすると,労働契約書で賃金の内訳が明示されていて,通常の労働時間・労働日の賃金と時間外・休日・深夜割増賃金の金額が明らかであるにもかかわらず,給与明細書を交付しなかったり交付が遅れたりしただけで,使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払っていないことになりかねませんが,このような結論が不合理なのは明らかです。
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決法廷意見も,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として,賃金支給時において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを要求していません。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
櫻井龍子補足意見のこの部分の文末が「であろう。」という表現を用いていることも勘案すると,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件とするまでの意図はなかった可能性もありません。
したがって,「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます。
もっとも,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきと考えます。
また,支給された金額が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考える。
4 基本給や他の手当等の通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う場合
(1) 賃金規程等の定め
「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で金額を明示して支給した場合は,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
他方,「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合は,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがない限り,通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。
(2) 当該手当が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であること
「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見,時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合,当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがある場合であっても,実質的に時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であるとは認められないとして,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクがあります。
例えば,営業手当はその全額を時間外割増賃金の趣旨で支払う旨の賃金規程の定めがある事案において,反対尋問において,「営業手当はどういった趣旨の手当ですか?」と労働者側弁護士から質問されると,「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨の手当です。」等と回答しがちです。このような趣旨の手当では,時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当とはいえないので,時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスクがあります。
模範解答どおり,「時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当です。」と回答したとしても,「営業手当の全額がそうなんですか?」「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含むんじゃないですか?」等と尋問されると,これを否定するのはつらくなり,「基本的には時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当なのですが,営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含んでいます。」等といった回答をせざるを得なくなる可能性があります。
営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨と時間外割増賃金の趣旨とが混在する場合,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができなければ時間外割増賃金の支払があったとは認められないと考えられますが,上記のような場合,営業手当のうち何円が営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨で支払われるもので,何円が時間外割増賃金の趣旨で支払われるものか分からないため,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができないと判断されて,時間外割増賃金の支払があったと認められなくなるリスクが高いものと思われます。
(3) 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性
通常の労働時間・労働日の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合,当該手当の全額が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であると評価できるのであれば,支給した時間外・休日・深夜割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算(検証)できるため,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができます。
全額が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨を有する手当の「金額」さえ明示すれば,通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから,当該手当が何時間分の時間外・休日・深夜労働時間の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
ただし,当該手当が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該手当の金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
また,労基法上の割増賃金には,時間・休日・深夜割増賃金の3種類があり,それぞれ時間単価が異なるため,当該手当と時間外・休日・深夜割増賃金との関係を明確に定義しておく必要があります。
(4) 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か
3(5)で述べたとおり,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし,最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えられますが,実際には,定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに,個別合意を取得しておくべきと考えます。
(5) 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには,「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要か
3(6)で述べたとおり,「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは,定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えますが,実際には,通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために,給与明細書においても,時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきですし,支給された定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも,当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
5 定額(固定)残業代制度の有効性を判断する際のイメージ
定額(固定)残業代の支払は,一定金額の時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが明確であればあるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすくなり,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることが分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなかったと認定されやすくなります。
会社経営者は,普段は時間外・休日・深夜割増賃金とは分からない名目の手当等を支給した上で,残業代請求を受けた途端,当該手当は時間外・休日・深夜割増賃金だとか,基本給には残業代が含まれているだとか主張できるような制度設計を望む傾向にあり,こういった会社経営者の意向に迎合した賃金制度が散見されます。
しかし,「いいとこ取り」しようとして,定額(固定)残業代の支払が時間外・休日・深夜割増賃金の支払だとは分かりにくくなればなるほど,時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認めてもらいにくくなり,多額の残業代請求が認められてしまうリスクが高くなることを理解しておく必要があります。
6 追加の残業代(割増賃金)の支払義務
定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認められた場合は,当該定額(固定)残業代を含む除外賃金を除外した賃金を基礎賃金として労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で残業代(割増賃金)の金額を計算した結果,定額(固定)残業代の金額で不足する場合は,その「不足額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。
定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったと認めてもらえなかった場合は,定額(固定)残業代も残業代算定の基礎賃金に算入されて残業代(割増賃金)が算定され,その「全額」を当該賃金の支払期に支払う法的義務が生じることになります。
7 月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率
月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率と定額(固定)残業代の有効性との間には,論理必然の関係はありません。
もっとも,脳・心臓疾患や精神疾患を発症した場合に,長時間労働を理由として労災認定がなされる可能性が高い時間外労働を予定するような定額(固定)残業代制度を採用すべきではなく,月80時間分の時間外割増賃金額を下回る定額(固定)残業代額にすべきと考えます。個人的見解としては,月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率は,金額では月例賃金全体の20%~30%程度,時間外労働時間数では月45時間程度までに抑え,それを超える時間外・休日・深夜労働については追加で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う定額(固定)残業代制度とすることをお勧めします。
最低賃金との関係では,定額(固定)残業代部分は最低賃金算定の基礎賃金には含まれないことに注意して下さい。
月例賃金に占める定額(固定)残業代の比率が高い会社は,社員の離職率が高く,労使紛争が起きやすく,定額(固定)残業代の合意等の有効性が裁判所により否定されやすく,労働組合などによる労働運動のターゲットとされやすい傾向にあることにも留意して下さい。
8 定額(固定)残業代制度導入の手順
① 当該業務に通常必要とされる時間外・休日・深夜労働時間等の勤務実態を調査し,調査の経過及び結果を記録に残す。
② 調査結果に基づき,何時間分の時間外・休日・深夜労働に対する時間外・休日・深夜割増賃金を定額(固定)残業代として支払う必要があるのかについて協議決定し,記録に残す。
③ 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で定額(固定)残業代を支払う旨及び不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりする。
④ 給料日には,「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等,時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で,金額を明確に分けて給与明細に記載して支給する。