弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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賃金減額に同意したのに賃金減額は無効だと主張する。

2014-08-23 | 日記

賃金減額に同意したのに賃金減額は無効だと主張する。

1 社員との合意による賃金減額
 労働契約法8条は,「労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と規定しており,賃金減額のような労働条件の不利益変更は,社員との合意により行うのが原則となります。
 ただし,個別合意により,労働協約や就業規則で定める基準に達しない水準に賃金を減額することはできません。また,賃金減額の同意の存在を立証できなかったり,同意に瑕疵があったりした場合は,同意の効力が否定されることになります。


2 個別合意と労働協約で定める労働条件の関係
 労組法16条は,「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は,無効とする。この場合において無効となった部分は,基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても,同様とする。」と規定しており,労働協約で賃金額について具体的に定められている場合は,個別の組合員との間で,労働協約よりも低い水準に賃金を減額する旨の個別同意を取ったとしても,賃金減額は無効となります。
 労働協約の効力が及ぶのは,原則として労働協約を締結した労働組合の労働組合員に限られることになりますが,労働協約には,労組法17条により,一の工場事業場の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは,当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められています。労組法17条の要件を満たす場合には,未組織の同種労働者に対しても労働協約の効力が及びますので,労働協約よりも低い水準に賃金を減額する旨の同意を取ったとしても,賃金減額は無効となります。
 したがって,労働協約の効力が及ぶ社員との間で,労働協約よりも低い水準に賃金を減額する場合は,労働組合との間で賃金減額を合意し,労働協約を改定するなどする必要があります。


3 個別合意と就業規則で定める労働条件の関係
 労契法12条は,「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効とする。この場合において,無効となった部分は,就業規則で定める基準による。」と規定しており,就業規則で賃金額について具体的に定められている場合は,就業規則よりも低い水準に賃金を減額する旨の個別同意を取ったとしても,賃金減額は無効となります。
 したがって,就業規則で定める賃金よりも低い水準に賃金を減額する場合は,就業規則を変更する必要があります。
 就業規則変更により賃金を減額する場合は,就業規則の不利益変更に該当するため,就業規則の変更が有効となるためには,以下のいずれかの場合である必要があります。
 ① 労働者と合意して就業規則を変更したとき(労契法9条反対解釈)
 ② 変更後の就業規則を周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(労契法10条)
 ①に関し,「就業規則の不利益変更は,それに同意した労働者には同法9条によって拘束力が及び,反対した労働者には同法10条によって拘束力が及ぶものとすることを同法は想定し,そして上記の趣旨からして,同法9条の合意があった場合,合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解される。」(協愛事件大阪高裁平成22年3月18日判決)との見解が妥当と思われますが,労働者の同意があれば合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないとの見解に立ったとしても,合意の認定は慎重になされるのが通常のため,労働者が就業規則の変更を提示されて異議を述べなかったといったことだけでは不十分であり,最低限,書面による同意を取る必要があります。また,合理性に乏しい就業規則の規定の変更については,書面による同意を取ったとしても,労働者の同意があったとは認定されないリスクが高いものと思われます。
 ②に関し,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずることになります(大曲市農協事件最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決)。


4 賃金減額に対する同意の存否
 賃金減額に対する同意があったことを立証できるようにするため,「書面」で同意を取っておくべきです。退職(を決意)したり,紛争が表面化したりした後に個別同意を取るのは難易度が高いですが,在職中の労働者から個別同意を取り付けるのは難易度が低いことが多い印象があります。
 書面による同意がない事案においては,口頭では社員の同意を得ていたとか,賃金を減額する旨口頭で説明しており,社員も減額後の賃金を異議ととどめることなく受領していたから,賃金減額に対する黙示の同意があるなどと主張することになりますが,賃金減額に対する同意があったと認定してもらえるかの予測可能性が低く,賃金減額に対する個別同意の存在を認めるに足りる証拠はないとして,賃金減額が認められないリスクが高いものと思われます。


5 既発生(過去)の賃金債権の減額に対する同意の有効性
 既発生(過去)の賃金債権の減額に対する同意は,既発生の賃金債権の一部を放棄することにほかならなりませんから,それが有効であるというためには,それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが明確である必要があります(シンガーソーイングメシーン事件最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決,北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決参照)。
 したがって,既発生(過去)の賃金債権の減額に対する同意の意思表示は明確なものでなければならず,社員の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したということができなければ,その効力が否定されることになります。


6 未発生(将来)の賃金債権の減額に対する同意の有効性
 未発生(将来)の賃金債権の減額に対する同意についても「賃金債権の放棄と同視すべきものである」とする下級審裁判例もあります。したがって,事前の対応としては,社員の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したといえるよう配慮した方が無難とはいえると思います。
 もっとも,未発生(将来)の賃金債権の減額に対する同意は,労働者と使用者が合意により将来の賃金額を変更したに過ぎず,賃金債権の放棄と同視することはできないのですから,通常の同意で足りると考えるべきであり,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確であることまでは要件とされないものと考えるべきです。
 北海道国際空港事件最高裁平成15年12月18日第一小法廷判決が,「原審は,上告人が平成13年7月25日に減額された賃金を受け取り,その後同年11月まで異議を述べずに減額された賃金を受け取っていた事実によれば,同年7月1日にさかのぼって賃金が減額されることも,上告人はやむを得ないものとしてこれに応じたものと認めることができると認定した。すなわち,原審は,上告人が平成13年7月25日に同月1日以降の賃金減額に対する同意の意思表示をしたと認定したのであるが,この意思表示には,同月1日から24日までの既発生の賃金債権のうちその20%相当額を放棄する趣旨と,同月25日以降に発生する賃金債権を上記のとおり減額することに同意する趣旨が含まれることになる。しかしながら,上記のような同意の意思表示は,後者の同月25日以降の減額についてのみ効力を有し,前者の既発生の賃金債権を放棄する効力は有しないものと解するのが相当である。」と判示し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定しているのは,既発生の賃金債権の減額(放棄)に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件と未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件を明確に区別し,未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件としては,それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確でなければならないことを要求していないからであると考えられます。


7 錯誤無効・強迫取消等
 賃金減額に対する同意に関する意思表示に瑕疵がある場合には,錯誤無効・強迫取消等が認められる可能性があります。


8 各論
(1) 定期昇給凍結
 労働協約や就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められている場合に定期昇給を凍結するためには,個別同意だけでは足りず,労働協約や就業規則において,定期昇給を凍結する旨定める必要があります。
 労働協約や就業規則に一定額・割合以上の定期昇給を行う義務が定められておらず,使用者に定期昇給の努力義務が課せられているに過ぎない場合は,定期昇給をしなくても法的問題はありません。
(2) ベースアップ凍結
 ベースアップは労使交渉により特段の決定がなされない限り行う必要はありません。
(3) 賞与減額
 労働協約,就業規則,個別労働契約で具体的な額・割合の賞与を支給する義務が定められていない場合には,賞与請求権は具体的権利とはいえないため,従来よりも低い金額を支給しても問題ありません。
 他方,労働協約や就業規則で具体的な額・割合の賞与を支給する義務が定められている場合に賞与を減額するためには,個別同意では足りず,労働協約や就業規則の変更が必要となります。
 労働協約や就業規則で具体的な額・割合の賞与を支給する義務が定められておらず,個別労働契約でのみ定められている場合は,個別同意により賞与を減額することができます。
(4) 諸手当の減額
 労働協約や賃金規程で具体的金額が定められた諸手当を減額する場合は,個別同意だけでは足りず,労働協約や賃金規程の変更が必要となります。
 労働協約や賃金規程で具体的金額が定められていない場合は,個別同意により諸手当を減額することができます。
(5) 年俸額の引下げ
 労働協約や就業規則に特段の定めがない限り,年俸制社員の同意があれば,年俸額を減額させることができます。
 次年度の年俸額の減額については有効性が認められやすいですが,年度途中の年俸額減額は,いったん合意した賃金額を減額するものであるため,次年度の年俸額の減額と比較して,合意の有効性が慎重に判断されるものと思われます。
(6) 休業時の賃金カット
 会社の業績が悪いこと等を理由とした休業がなされた場合は,通常は使用者の責めに帰すべき事由があると言わざるを得ないため,平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります(労基法26条)。休業手当の支払義務は,個別合意により排除することはできないため(労契法13条),不支給とすることについて社員の同意があったとしても,平均賃金の60%以上の休業手当を支払う必要があります。
 民法536条2項は民法上の任意規定であり,特約で排除することもできるため,休業期間中は平均賃金の60%の休業手当のみを支払う旨明確に合意しておけば,労働協約や就業規則に反しない限り,理論的にはこれを超える賃金を支払う義務はありません。ただし,裁判所は,民法536条2項の適用除外について慎重に判断する傾向にあります。単に,労基法26条に規定する休業手当について定めたものではなく,民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」による労務提供の受領拒絶がある場合の賃金額について定めたものであることを明確にしておく必要があります。


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ホウレンソウ(報・連・相)ができない。

2014-08-23 | 日記

ホウレンソウ(報・連・相)ができない。

1 ホウレンソウ(報・連・相)の重要性
 いわゆるホウレンソウ(報・連・相)は,「報告・連絡・相談」の略語です。一般的には,部下が仕事を遂行する上で上司との間で取る必要のあるコミュニケーションの手段を表す言葉として,ホウレンソウ(報・連・相)が用いられることが多いようです。
 報・連・相が適切に行われれば,仕事の進捗状況や会社の問題点についての情報を共有することができるようになります。その結果,個々の社員としてではなく,組織として問題点に対処することができますので,リスクを管理したり,仕事を効率的に処理したりしやすくなります。
 逆に,報・連・相が適切に行われていない組織においては,問題点が上司等に伝わらない結果,十分なリスク管理ができずに会社が大きな損害を被ることになりかねません。また,仕事の処理能力が不十分な社員が孤立した状態で仕事をすることになりがちのため,仕事の効率が悪くなったり,成果が上がりにくくなったりしやすくなります。
 現在,報・連・相が適切に行われることの重要性は,ますます高まっているといえるでしょう。

2 適切な報・連・相とは
 もっとも,部下が上司に対して報・連・相すべき対象を吟味せずに何でも報・連・相すればいいというものではありませんし,効率的に報・連・相ができるよう工夫する必要もあります。何でも報・連・相しなければならないとしたのではあまりに業務効率が悪くなりますし,部下が自主的に判断して仕事を進める能力が鍛えられにくくなってしまいます。また,報・連・相の仕方について工夫しないと,部下が上司に報・連・相したいことがうまく伝わらなかったり,余計な時間がかかってしまったりしがちになります。
 何を報・連・相すべきかは,ケース・バイ・ケースの判断が求められることが多いですが,上司から部下に対して何らかの指標を示してやらないと,適切な報・連・相ができるかどうかは,部下個人の資質により大きく左右されてしまいます。上司と部下でよくコミュニケーションを取って認識を共有し,何を報・連・相すべきなのかについて部下が判断しやすくなるよう努力すべきでしょう。例えば,部下からの報・連・相を待つだけでなく,定期的に報・連・相のための時間を取り,部下が報・連・相しやすくするといった工夫も考えられます。
 可能であれば,必ず報・連・相すべき事項や,どのような方法で報・連・相すべきかについてのルールを整備しておきたいところです。また,報・連・相に用いる書式を作成し,効率的に報・連・相できるようにするといった工夫も考えられます。
 一般論としては,会社にとって都合の悪い情報ほど,直ちに報・連・相する必要性が高くなります。会社にとって大きな問題とならないような情報であれば,定期的に直属の上司に対して報・連・相するようにさせれば足りますが,会社にとって大きな問題となりそうな悪い情報の場合は,緊急に上司ひいては経営者が把握できるようにしておく必要があります。
 部下の上司に対する報・連・相の具体的なやり方について少しお話ししますと,まずは結論を簡潔に伝えた上で,具体的経過等の説明を行った方が,上司は情報を把握しやすいのが通常です。「事実」と「意見」を明確に区別して報告等を行うことも重要で,自分の意見や感想をあたかも客観的事実であるかのように報告すると,上司が正確な判断をすることができなくなってしまいます。単純な内容のものや急いで報告しなければならないことはまずは口頭で報告すべきですし,重要で記録に残しておく必要性が高いものや複雑で書面に記載しないと分かりにくいものは,口頭で説明するだけでなく,できる限り書面も作成して説明する必要があります。電子メールは有用なツールですが,頼りすぎるとコミュニケーション不足に陥るなどして,かえって効率が悪くなることがありますので,重要なものや緊急のものについては,対面又は電話での報・連・相と併せて電子メールを利用すべきでしょう。

3 報・連・相ができない社員の対処法
 上司と部下でよくコミュニケーションを取って認識を共有する努力をしていれば,部下が最低限の報・連・相もできないということは,仕事に不慣れな新入社員のケースでもない限り,そう多くはありません。部下が報・連・相しようとしない場合,まずは上司である自己の言動が,部下の報・連・相を抑制させる結果になっていないか,よく考えてみるべきでしょう。部下が当然,報・連・相すべきときに報・連・相したのに対し,上司として当然行うべき対応を怠ることが度重なれば,部下も上司に対して報・連・相しなくなります。
 部下が報・連・相できない場合,上司が当該部下とよくコミュニケーションを取って,報・連・相すべき事項について繰り返し指導教育する必要があります。それでもなお,部下が報・連・相しない場合には,部下に報・連・相する意思がないのか,いくら教育しても理解できない程度の能力しか有していないのかを見極める必要があります。
 部下に報・連・相する意思がない場合は,厳重注意書を交付したり,懲戒処分に処したりして対応します。懲戒処分を繰り返しても態度が改まらない場合は,退職勧奨 解雇 も検討せざるを得ないでしょう。
 部下の理解能力不足が原因の場合は対応が少々やっかいです。本人は精一杯,報・連・相しようとしてもする能力がないわけですから,賞与等の査定において低く評価することはできても,懲戒処分に処することはできません。また,裁判所は,一般的には,地位や職種を特定して高額の賃金で採用したような場合を除き,能力不足を理由とした正社員の解雇をなかなか認めない傾向にありますので,本人が退職に同意しない限り,辞めさせることも困難なケースが多いというのが実情です。
 後になってから言っても仕方がないことかもしれませんが,部下の理解能力不足については採用の段階でチェックすることができたはずです。筆記試験の成績が悪かったり,会話の受け答えがちぐはぐな応募者を採用しないようにすれば,極端に理解能力が不足した社員を採用せずに済むのではないかと思います。縁故採用の場合は理解能力のチェックが甘くなりがちですが,最低限の能力があるかどうかについてはチェックしないと,大きな問題を抱えることになりかねません。仮に,採用時には理解能力不足を見抜けなかったとしても,試用期間満了時までには理解能力不足を把握して本採用拒否できるようにしておきたいところです。


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飲み会で部下に飲酒を強要する。

2014-08-23 | 日記

飲み会で部下に飲酒を強要する。

1 飲酒強要の問題点
 上司と部下が酒食を共にすることは,普段の仕事とは違った打ち解けた雰囲気での親密なコミュニケーションを促し,円滑な人間関係の形成に資する面がありますが,体質上,お酒を全く飲めない人もいますし,お酒が弱いだけである程度は飲める人であっても,体調や気分次第では飲酒したくないこともあり,一緒にお酒を飲みさえすれば人間関係が良くなるというものではありません。お酒の最低限のマナーを守れない飲み方,飲ませ方をすれば,かえって人間関係が悪化してしまうこともあります。
 勤務時間外の飲み会の席で部下が飲酒しなければならない労働契約上の義務がないことは明らかですから,部下が飲酒を断っているにもかかわらず,上司が執拗にお酒を飲ませようとすることは,部下の意向を無視して部下に義務のないことを行わせようとしているに過ぎず,何らの法的根拠もありません。
 部下が業務として上司の指揮命令の下,接待などに従事しているような場合には,部下も飲酒することが業務遂行上望ましい場合もあり得ますが,飲酒というものの性質上,通常は上司が部下に対して強要できる性質のものではないのではないかと思われます。
 上司が部下に対して飲酒を強要すれば,上司,職場環境,さらには会社そのものに対する部下の評価や就労意欲が低下し,他に良い職場があるのであれば転職しようという気持ちにさせかねません。
 また,飲み会の席で上司が部下に飲酒を強要した結果,部下が体調を崩したり精神的にダメージを受けたりすれば,その程度にもよりますが,会社は使用者責任や安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務(民法715条,415条)を負う可能性があります。
 ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件東京高裁平成25年2月27日判決(労判1072号5頁)は,上司が極めてアルコールに弱い体質の部下に対し執拗に飲酒を強要したことなどについて会社の使用者責任を認め,慰謝料150万円の支払を命じています。同事件東京地裁平成24年3月9日判決(労判1050号68頁)では飲酒強要の点については不法行為とは認めなかったのですが,高裁判決は,部下が少量の酒を飲んだだけでも嘔吐しており,上司は,部下がアルコールに弱いことに容易に気付いたはずであるにもかかわらず,「酒は吐けば飲めるんだ」などと言い,部下の体調の悪化を気に掛けることもなく,再び部下のコップに酒を注ぐなどしており,これは,単なる迷惑行為にとどまらず,違法というべきであるとして不法行為による損害賠償責任を認めています。上司が部下に飲酒を強要することに合理的理由は元々ありませんが,上司としては,最低限,部下がアルコールに弱いことに気付いたら飲酒を勧めるのを止めるといった程度の配慮は必要となってくるものと思われます。
 さらに,飲酒強要により部下が体調を崩したり,精神疾患 を発症したりして損害賠償請求訴訟が提起され,判決において会社の責任が認められた場合は,社内で飲酒強要がなされた事実が世間一般に知られるところとなり,新規採用や顧客獲得に支障を来すなどのレピュテーションリスクを負うことにもなります。
 飲み会の席での飲酒強要であっても,上司と部下との間の個人的問題では済まないことは珍しくなく,会社が紛争の当事者とされて,訴訟では被告として防御活動を展開しなければならないリスクを負っていることに留意する必要があります。

2 具体的対処法
 上司が,飲酒強要が部下に嫌がられているわけでないとか,部下は「社会人」「会社員」として自分のしている程度の飲酒強要は我慢するのが当然だと勘違いしているようであれば,当該管理職 の考えを改めさせる必要があります。
 その具体的方法としては,まずは定期的にパワハラ ・セクハラ研修を受講させ,その中で飲酒強要をしてはいけないことだということを理解させることが考えられます。飲酒強要を禁止する旨,就業規則の服務規律に明記してもいいでしょう。
 もっとも,会社の実態が研修内容等と大きく異なれば,それは「建前」に過ぎず守らなくてもよいのだと受け止められかねません。会社社長や役員が自らの言動を律するのは当然のこととして,上司の部下に対する飲酒強要は部下の勤労意欲を低下させるものであり,あってはならないものなのだというメッセージを,社内に向けて繰り返し発信するようにすべきでしょう。飲酒を断っている社員に対し執拗にお酒を飲ませようとしている社員がいることに気付いた場合には,その都度注意指導して是正させることは最低限必要です。
 実際に飲酒強要がなされた場合に情報を会社が早期かつ的確に把握できるようにするための方法としては,社内の相談窓口や外部の弁護士窓口を設置し,相談しやすい雰囲気を作っておくとよいと思います。
 会社がしっかり対応すれば,飲酒強要問題がそう頻繁に起こるとは思えませんが,従来,飲酒強要が容認されてきた企業風土の会社において,飲酒強要を改めさせようとしたような場合には,上司が反発してなかなか言うことを聞かないことになりがちです。自分が上司にされてきたことを,今度は自分が部下にして何が悪いと言った発想を持つ管理職 もいるかもしれません。
 いくら注意指導しても部下に対する飲酒強要を改めようとしない管理職については,厳重注意書を交付したり,懲戒処分に処したりせざるを得ません。管理職としての適格性が欠如していると判断されるような場合には,人事権を行使して管理職から外す必要があります。単なる部下との相性の問題に過ぎない場合は,他の部署に配置転換することによって対処できるかもしれません。
 懲戒処分を何度積み重ねても飲酒強要が改まらず,上司が会社に対して反抗的・挑戦的態度を取ってくるような場合は,最終的には退職勧奨 又は解雇 して辞めてもらわざるを得ません。
 上司の部下に対する飲酒強要の有無,程度は,企業風土を色濃く反映しているという印象があります。上司に研修を受けさせたりすることはもちろん重要なことなのですが,会社社長や役員が自らの言動を律した上で,上司の部下に対する飲酒強要は部下の勤労意欲を低下させるものであり,あってはならないものなのだというメッセージを,社内に向けて繰り返し発信するとともに,部下等の他の社員に対し執拗にお酒を飲ませようとしている社員がいることに気付いた場合には,その都度注意指導して是正させることが,何より重要となってくるものと思われます。


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