いーちんたん

北京ときどき歴史随筆

『紫禁城の月」と陳廷敬13、「号」に込められた意味

2016年09月16日 09時26分15秒 | 『紫禁城の月』と陳廷敬

話がやや前後するが、再び陳廷敬の話に戻る。

「号」に込められた思いについてである。


「号」から見ることのできる個性がある。

通常名前は親がつけるものであり、本人がその後如何ともし難いものである。
ましてや陳廷敬の場合は、皇帝に一字を足してもらったのだから、
なおさら本人の意志では如何ともし難い問題である(笑)。


これに対して「号」は、成人してから自分でつけることができるため、
その人の個性、思いを強く反映したものになる。

陳廷敬の号は「説岩」、晩年の号は「午亭」、「午亭山人」。
それぞれ考察してみたい。


1、「説岩」:
 
 古い時代の漢字では、「説」は、「悦」に通じる意味があった。
 読み音が同じだったため、意味も共有する。

 そう言えば現代中国語で「説」の読み音はshuo、「悦」の読み音はyue。
 これに対して日本語は「説=せつ」、「悦=えつ」であるから、古代漢語により近いことになる。

 なるほど日本語は古い時代の中国語をより近い形で維持しているのだなあ、と本題からずれたことを考えた(笑)。


 閑話休題。
 つまり「説岩」とは「悦岩」。岩が好きだという意味だ。

 --どこの岩が好きかといえば、もちろん故郷の岩である。
 「説岩」には、「故郷を思う」という意味が込められている。

 陳廷敬の自著『午亭文編』によると、故郷の中道庄の南、つまり皇城相府の止園書院のそばに巨大な岩があり、
 その上に登り、月を眺めることができる。
 そのためこの岩を「月岩」というとのこと。


 古代の聖人たちは「説(悦)言」した。
 つまり「哲言(哲学的な名言)」を口にすることを喜びとした。
 しかし自分はそこまでの高い境地には至っておらず、
 ただ「悦岩(=説岩)」、=岩を愛でることしか能がない・・・。
 ――という謙遜の意味を込めた号だ。

 謙遜の部分は、ええとして、つまりは「故郷に帰りたい」という思いが強くこもった名前、
 と解釈することができるものである。



2、「午亭」、「午亭山人」

 陳廷敬の晩年の号。
 
 一説には「亭」とは、「あずまや」ではなく、
 古代の末端行政組織であった「県郷亭里」の中の「亭」だと言う。

 秦・漢代、十戸を一甲とし、十甲を一里、十里を一亭として数えた。
 つまり「亭」は、千戸という行政単位である。

 ちなみに、かの漢の高祖・劉邦は故郷では「泗水亭長」だった・・・。


 --そして「午亭」とは、秦代の陳廷敬の故郷一帯の行政区名「陽阿県午壁亭」を現しているという。
 つまりこの二つの号もやはり陳廷敬の故郷を想う強い思いが反映された名前と言える。


遠く北京で生涯のほとんどを過ごしながら、その心は常に故郷の方を向いていたのかもしれない。




陳廷敬がその三弟陳廷[忄素]に贈ったとされる詩の掛け軸がある。
陳廷敬の書による白居易の『池上篇』。

今では皇城相府の外城「冢宰第内府」の陳廷敬の起居室内の中央に掛けられている。

(誠にすまんことですが、肝心なものをきちんと撮影できていないようです。
 事前に見取り図などの資料もなく、予習できなかったせいです……うううう……。)


この掛け軸には、清代の高官のものでもめったに存在しない「御筆印鑑」が捺印されている。
つまり皇帝お墨付きを意味する印鑑だ。

かつて日本で展覧会に出品されたこともあるという。


 十畝之宅  十畝の大きさの邸宅(皇城相府の屋敷のつもり(笑))
 五畝之園  五畝の広さの庭園(止園などの庭園のつもり(笑))
 有水一池  池が一つあり
 有竹千竿  竹が千本あり

 勿謂土狭  土地が狭いと謂う勿(なか)れ
 勿謂地偏  場所が辺鄙だと謂う勿(なか)れ
 足以容膝  膝を納めるに充分で
 足以息肩  肩を休めるに充分であれば、いいではないか。

 有堂有庭  お堂(家屋)があって庭があり
 有橋有船  橋があって船があり
 有書有酒  書籍があって酒があり
 有歌有弦  歌があって爪弾く楽器があるのだから、何をそれ以上望もう。

 有叟在中  その中に叟(おきな)が一人
 風神飄然  風神の如く、飄然(ひょうぜん)たり。
 安分心足  自らの分(ぶ)をわきまえれば、心これに足る。
 外無求焉  外に何を求めようか。

 如鳥択木  あたかも鳥が安全な木を選び
 姑務巢安  巣をつくるように。
 如魚在沼  あたかも亀が小さな砂穴を作って住みつき
 不知海寛  大海の広さなどには、おかまいなしであるように。

 雲鶴怪石  庭園を飛びかう白鶴と奇怪な形をした庭石
 紫菱白蓮  池にはヒシとハスが植えられ、
 時飲一杯  時には酒を一杯傾けたり、
 或吟一篇  あるいは詩を一篇吟じてみたり。

 妻孥熙熙  妻子が目の前で戯れるのを眺め、
 鶏犬閑閑  鶏や犬が暇そうにしているのに見入り、
 優哉悠哉  なんと優雅なことではないか。
 終老其間  そんな風にして年を取って死んでいくのだ。



--どうでもいいけど、さすが白居易。
わかりやすっっ!


農村の媼(おうな)に読んで聞かせて意味が通じなければ書き直した、
と言われるほど詩句の平易さにこだわった人だけあって、ようううう、意味がわかりますわ(笑)。



ところでこの詩は三弟陳廷[忄素]の知県としての任期が満期になり、
さらに出世しようと虎視眈々としている姿を見て、陳廷敬がその気負った気持ちをほぐすために贈ったと言われている。

「そんなに望まなくてもいいではないか。故郷にはこんなに満ち足りた生活があるのだから」
と。


しかし当の本人は中央で出世街道をひた走っており、三弟陳廷[忄素]としては、
「あなたに言われたくない」
という心境だったかとは思うが……。

陳廷敬としては、本心--自身が心より憧れた生活だったのだろう。


--こうして見てみると、陳廷敬というのは本当に出世したくてしたのではなく、
目の前にあることを懸命にこなしているうちにいつの間にかこんな地位になってしまいました、
というような人だったように感じられる。

がつがつ出世に血眼にならなかったところも、最後まで失脚せずに晩節を全うした秘訣なのかもしれない。


陳廷敬は故郷に対する思いを常に、強烈に抱き続けていたようである。
弟に寄せたこの白居易の詩も、実は自分が最も強烈に感じていた故郷への思いなのではないか。
--書あり酒あり、ほかに何を望まん
と。





皇城相府


紫禁城の月 大清相国 清の宰相 陳廷敬 上巻
東 紫苑,泉 京鹿
メディア総合研究所

   

紫禁城の月 大清相国 清の宰相 陳廷敬 下巻
東 紫苑,泉 京鹿
メディア総合研究所




ぽちっと、押していただけると、
励みになります!

にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ