「ムクンだってニウフル氏といえば、今上の皇太后陛下と同じ一族」
李峰の説明は続く。
ムクンは満州語で姓をいう。
どちらかといえば、満州の中の「部族」というニュアンスに近い。
始祖ヌルハチにより満州が統一されていく際、満州族は部族ごとに征服されたり、投降した。
従って早くからアイシンギョロ家(皇帝の一族)の同盟者になった部族は建国後も地位が高く、
最後まで抵抗した部族や遅い時期に降伏した部族は冷遇されるという格付けがある。
和珅の姓(ムクン)はニウフル氏、乾隆帝の生母と同じ一族である。
つまりは優遇されている部族の部類に入る。
……このように漢語で話していても、満州語の単語が入り交ざるのは、包衣社会の独自の言語と言っていいだろう。
「詳しいのお」
英廉が皮肉を込めて、ぽそりとつぶやいた。
「え。……そういうわけでは」
李峰も英廉が言わんとしていることに思い当たり、ぎくりとした表情だ。
本家の満州族に対する劣等感は、包衣出身者が認めたくない部分だが、どうしても存在するものである。
漢族には威張るが、逆立ちしても満州族にはなれない。
相手が子供でも、爵位や家柄についつい関心が行くのだ。
「まあ、いくらもいない学生たちのことですから、それぞれの子達の背景は、ある程度が知ってますよ」
と言い訳がましくいう。
「いえね。出身校だって、何しろ世襲幼学でしょう。」
李峰が「世襲幼学」という言葉を口にした時、声は裏返るわ、つばは飛んでくるわ、で英廉は眉をしかめた。
確かに代々の爵位を持っているなら、一般の八旗官学にはいかなかったのだろう。
それはただでさえ少ない八旗官学の枠を、爵位のある家が伝手を通じて割り込むのを解決するためである。
しかしそれがネズミ男には、高貴な世界への憧れに感じられるらしい。
「あそこから送り込まれてくる子供はもう、出で立ちからして違うものなんですよ。お肌もつるつるだし」
--世も末じゃ。
英廉は顔をしかめた。
質実剛健を誇る八旗子弟が「お肌もつるつる」だと?
「ついて来る家奴さえも、つるつる、ぴかぴか。
ところが善保はですね。えらくみすぼらしい格好で来るので、びっくりしましたよ。
それにあの劉全だって、大したもん着てませんでしたでしょう」
劉全がかの殺気の香ばしい好漢のことらしい。
そういわれて見れば、従者らの出で立ちには差があった。
そのへんの労働者のように汚らしい恰好の者もいれば、こぎれいな出で立ちの者もいた。
--そして劉全とやらは、確かに「水滸伝」から抜け出してきたような豪傑の気配があった。
その印象ももしや、妙に「江湖(やくざ)」的な服装のせいだったかもしれぬ。
よれよれの木綿の服から汗の匂いを立ち上らせるような精悍さをかもし出していたが、
ただ単に長く洗濯していない不潔さと言われれば、そうかもしれなかった。

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ムクンは満州語で姓をいう。
どちらかといえば、満州の中の「部族」というニュアンスに近い。
始祖ヌルハチにより満州が統一されていく際、満州族は部族ごとに征服されたり、投降した。
従って早くからアイシンギョロ家(皇帝の一族)の同盟者になった部族は建国後も地位が高く、
最後まで抵抗した部族や遅い時期に降伏した部族は冷遇されるという格付けがある。
和珅の姓(ムクン)はニウフル氏、乾隆帝の生母と同じ一族である。
つまりは優遇されている部族の部類に入る。
……このように漢語で話していても、満州語の単語が入り交ざるのは、包衣社会の独自の言語と言っていいだろう。
「詳しいのお」
英廉が皮肉を込めて、ぽそりとつぶやいた。
「え。……そういうわけでは」
李峰も英廉が言わんとしていることに思い当たり、ぎくりとした表情だ。
本家の満州族に対する劣等感は、包衣出身者が認めたくない部分だが、どうしても存在するものである。
漢族には威張るが、逆立ちしても満州族にはなれない。
相手が子供でも、爵位や家柄についつい関心が行くのだ。
「まあ、いくらもいない学生たちのことですから、それぞれの子達の背景は、ある程度が知ってますよ」
と言い訳がましくいう。
「いえね。出身校だって、何しろ世襲幼学でしょう。」
李峰が「世襲幼学」という言葉を口にした時、声は裏返るわ、つばは飛んでくるわ、で英廉は眉をしかめた。
確かに代々の爵位を持っているなら、一般の八旗官学にはいかなかったのだろう。
それはただでさえ少ない八旗官学の枠を、爵位のある家が伝手を通じて割り込むのを解決するためである。
しかしそれがネズミ男には、高貴な世界への憧れに感じられるらしい。
「あそこから送り込まれてくる子供はもう、出で立ちからして違うものなんですよ。お肌もつるつるだし」
--世も末じゃ。
英廉は顔をしかめた。
質実剛健を誇る八旗子弟が「お肌もつるつる」だと?
「ついて来る家奴さえも、つるつる、ぴかぴか。
ところが善保はですね。えらくみすぼらしい格好で来るので、びっくりしましたよ。
それにあの劉全だって、大したもん着てませんでしたでしょう」
劉全がかの殺気の香ばしい好漢のことらしい。
そういわれて見れば、従者らの出で立ちには差があった。
そのへんの労働者のように汚らしい恰好の者もいれば、こぎれいな出で立ちの者もいた。
--そして劉全とやらは、確かに「水滸伝」から抜け出してきたような豪傑の気配があった。
その印象ももしや、妙に「江湖(やくざ)」的な服装のせいだったかもしれぬ。
よれよれの木綿の服から汗の匂いを立ち上らせるような精悍さをかもし出していたが、
ただ単に長く洗濯していない不潔さと言われれば、そうかもしれなかった。

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