谷沢健一のニューアマチュアリズム

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福留孝介(中日)の打撃思考

2006-09-27 | プロ野球への独白
 「監督思考」シリーズは思わぬ評判や反響を呼んだ。今後も折に触れて書き続けたい。あえて言えば、監督はチームの勝利のために自分にできる限りのあらゆる手段を行使する。それについてファンが賞賛したり批判したりするのは当然だろうし、それも野球を観戦する楽しみの一つである。そして、その監督の戦術・戦略については、スポーツ紙をはじめ、いろいろな場でいろいろな人がいろいろと発言する。私もそれらは一通り知っているつもりである(「谷沢はこういうことを知らないでいる。こういうことを見逃している」と言う自由も誰にでもあるが)。その上で、それ以外の(言い換えると私なりの)見方や話をここに書いているつもりである。そうでないと、わざわざ不特定多数(いや、少数?)へ向けて、ここに書く意味がない。
 今回は選手たちの「思考」を取り上げ、成長を遂げてきたプロセスや将来設計など、私との関わりのエピソードも交えて、野球選手という職業人(プロフェショナル)の人間模様を、ささやかながら描いていきたい。第1回目としては、中日の後輩である福留君がふさわしいだろう。
 東京中日スポーツ(トーチュウ)の評論家として私が福留君にインタビューしたのは、彼が入団した99年の沖縄キャンプだった。当時、私のゴーストをしていた(発言や文章をリライトしていた)トーチュウの名うての辛口記者・宮崎信隆氏と練習後の宿舎(恩納村ムーンビーチ)を訪ねた。
 福留君は2度目のドラフト指名で日本生命から入団した。最初は近鉄球団からの1位指名を拒否、98年に逆指名で中日入りした逸材ということもあって、トーチュウとしてもキャンプ早々に紙面を飾りたいという思わくだった。
 宿舎ロビーで随分と待たされすぎたこともあり(私もまだ若く、気が今ほどは長くなかった)、ついインタビューはいきなり辛辣(しんらつ)な言葉から入った。
 「今日、君の打撃を見させてもらったよ。タイミングの取り方が、戸板が横に動くように投手方向に突っ込み過ぎだね」「もっとテークバックした時に(軸足に重心を掛ける)、下半身に捻り(ねじり)がないと、投球を手元まで呼び込めないし、プロの内角速球も打てないぞ」
 彼は、質問というよりも、むしろぶしつけといっていい言葉がいきなり浴びせられたので、一瞬むっとした表情を浮かべた。こうしたインタビューは、チームの印象だとかキャンプ序盤の調子や目標などを尋ねるのが一般的だぐらいは重々分かっていたが、福留君への期待が大きいだけに今日の練習を見た感蝕は、私には物足りなかったのだ。
 けっきょく、彼はほとんど喋らずに、私が一方的に打撃論を展開して終わってしまったのを記憶している。それ以後、福留君は私とグランドで顔を合わせても、挨拶もほどほどにして、避けるようになってしまった。それが2年間も続いた。
 それが解消に向かったのは、2年目のシーズンが済んだ11月だった。きっかけは、彼の出身地・鹿児島県垂水市(たるみずし)で開催された「名球会野球教室」である。その前夜祭の会場は市民の方々が暖かく迎えてくれた。参加者の皆さんと楽しく写真を撮ったりするなかで、初老の方が話し掛けてこられた。
 「福留の父です。いつもお世話になっております。どうか、一人前の選手になれるようアドバイスを送ってやってください。お願いします」いかにも子を思う父親の顔だった。私も真剣に答えた「彼は私を越える逸材です。大丈夫ですよ。悩んでも苦しんでも、最後には中日最強のバッターになりますよ」
 翌年のキャンプ地で顔を合わせると、福留君の表情が変わっていた。柔和な目で「親父に会われたそうですね」の一言である。「親父」が怖かったのか、長年苦労を掛けたのか、推察しがたいが、とにかく和んだ応対だった。
 先日(9月12日)、秋田市での巨人対中日戦で、試合前に福留君にインタビュー(CSプロ野球ニュース)をした。中日球団広報に3分間だけで切り上げてくれと頼まれたが、福留君はその倍も話し続けてくれた。
 「あの時(プロ入り当初)は、アマ時代にやってきたことが、どこまでプロで通用するか、試して見たかったのです」「おそらく厚い壁にぶつかるだろうが、その時に自分の弱点を考えたかった」「あれ以来、谷沢さんに言われたことに少しでも近づけるようにしたいと思いました」と彼は明瞭に言った。
 「大人になったなー」という印象と共に、まだまだ厚い壁を次々にぶち破って行こうという飽くなき願望が、言葉の端々に感じられた。
 ついでにここに書いておこう。「25日の高校生ドラフトで指名された諸君よ、明春のキャンプ地で、私からどんな質問が待っているか、覚悟をしておきなさい」
 プロでの成功の秘訣を一つ挙げるとすれば、頑固な性格と謙虚な素直さとをあわせ持つことではないだろうか。名だたるプレーヤーたちを思い浮かべると、そう思う。