原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

漱石の心を癒したスコットランドの小さな町

2009年03月17日 10時17分13秒 | 海外
夏目漱石が小説家となる前の1900年から1903年にわたってロンドンに留学している。留学中に漱石は精神的に衰弱し、現在で言う「ノイローゼ」にかかる。自室にひきこもる漱石を見かねた友人が、スコットランドへの旅に招待する。約2週間にわたり、漱石はピトロッホリーという小さな町で過ごす。この滞在が漱石を元気づけた。この地で後に完成する小説「草枕」の草稿を書き上げたとも伝わっている。

エジンバラからA9を北上して約2時間、ハイランドの南部にピトロッホリーの町がある。人口は3千人。大きな町が少ないスコットランドでは中程度の規模である。小さな起伏の谷が重なり、美しい自然に囲まれ集落ができていた。昔から保養地として知られていた町でもある。石造りの家並みがリズムを刻んで並んでいた。もう何百年も変わらない町の風景がそこにあった。夏目漱石が訪れた時とあまり変わっていないに違いない。
この小さな町に漱石はなぜ癒されたのだろうか。時代状況を考えると理解できる。18世紀の産業革命以来、イギリスの繁栄は目覚ましいものがあった。世界中の富が集まる国となっていた。首都ロンドンは繁栄を象徴するかのようにビルが立ち並んでいた。世界でも有数のコンクリートジャングルの大都市になっていた。一方、東京と言えば、江戸から名前は変わったといえ、まだ江戸時代の名残を色濃く残していた。漱石が生まれた牛込馬場下町(現在の新宿区)は特にそうである。当時の記録によれば、東京のどこからでも富士山を眺めることができたという。ロンドンは今でも有名な霧の町、さらに冬になると石炭を燃やす煙突から上がる煤煙で街中が煤けていた。東京とは全く違う街の様子に、神経衰弱気味の漱石でなくても、気が滅入ってしまうことは想像できる。現在でも冬のロンドンにはそんな暗い雰囲気が残っている。これがいいという人もいるが、慣れるには時間がかかるだろう。

(エドダワラー蒸留所)

ロンドンで落ち込んでしまった漱石を救ったのがスコットランドの自然であった。この時、漱石を招待したのがジョン・ヘンリー・ジャクソン。東大時代に「方丈記」の英訳を漱石に依頼した、という間柄であった。彼の別邸があったのがピトロッホリー。この邸宅は現在ホテルとなって残っている。名前はダンダーラック・ハウス。イギリスらしいマナーハウスの建物で、優雅なカントリー生活が体験できる。
さらにこの町にはウィスキーの蒸留所が二つある。スコットランドでもっとも小さい蒸留所「エドラダワー」と、ベル・スコッチに原酒を提供する「ブレア・アソール」である。漱石もまたこれらのウィスキーを楽しんだことは十分に推測できる。あまり有名な町ではないが、漱石の足跡を求めてここを訪れる日本人は少なくない。

(心が洗われるような風景が続くハイランド)

北海道には「冬季うつ病」と称する病気があることを最近知った。北国の冬は日照時間が極端に少なくなる。外は氷と雪の世界。仕事がない日は自然に家にこもる時間が多くなる。そうなると、かかりやすい。四度目の冬を迎えた今年一月、なんとなく気分がすぐれず、風邪でもないのに身体がだるくなった。しかし、食欲はあるし、夜もよく眠れる。とても病気とは思えなかった。しかし、これが冬季うつ病の典型だというのである。もちろん、重症ではないので春の訪れとともに治っていた。この病気は一度発症すると毎年のように再発すると聞いた。油断はできない。スカンジナビア半島の北欧三国は、大変自殺者が多いことで知られている。太陽が昇らない冬の暗さが、鬱の気分を増幅させるらしい。そう言えば、北海道も自殺者が結構多い。やはり心の病気には注意しなければならない。
漱石の心をも救った自然。その恩恵は限りなく深い。だが、こうした自然資源を我々はあまりにも無駄に消耗しているのではないだろうか。自然を生かした生活の仕方を考えなければならないと、しみじみ思う。夏目漱石はイギリスから帰国して、二年後に「吾輩は猫である」を発表。小説家への道を歩きだしている。スコットランドの小さな町を訪れることがなかったなら、文豪の誕生もなかったかもしれない。


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4 コメント

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明治は凄かった。 (numapy)
2009-03-18 22:26:49
文豪漱石。心を病んだ後、書き手になるのはスゴイ。
ただ、天心も稲造も凄かった。
彼らが北大出であるのもスゴイ。
明治という時代は、スゴイ人たちを輩出した。それは「追いつけ、追い越せ」という目標があったからだと思う。
今は日本人は何に目標を持ったらいいんでしょうね。
ここに北海道の持つポテンシャルがあると思います。
それにしても、このHPエライ進化ですね。
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出て来い、ヒーロー! (原野人)
2009-03-20 05:44:40
乱世の時代には必ずヒーローが生まれるものですね。ヒーローが生まれない現代はそれほどの乱世ではないのか、あるいはヒーローを生まない土壌が形成されたのか、どちらかでしょう。
北海道には可能性があります。ただありすぎる可能性を見る目がないのかも、私を含めて。残念です。
HPはまだ発展途上中です。
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春分の日! (numapy)
2009-03-20 21:32:08
阿寒では、雪がチラッと舞いました。
でも確実に日差しは強くなってる。
天航のスゴサを感じてます。
マヤの人たちもそんなこと、感じてたんでしょうネ。
俺達よりも数十倍!
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Unknown (Unknown)
2015-12-12 02:54:16
>スカンジナビア半島の三国は、大変自殺者が多いことで知られている。

真っ赤な嘘です。スカンジナビア三国よりも、緯度が南のフランスやベルギーやアメリカの方が自殺率は高いです。
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