お彼岸、お墓参りに行きました。
実家の父は、92歳で亡くなりましたが、80歳を過ぎても好物はみそカツでした。
「何食べたい?」と聞くと「うーん、やっぱりみそカツだなあ。」
90歳の誕生日にみんなでカツを食べに行ったのが最後になりました。
思えば、私が7,8歳の頃でしょうか。
家の近くに「いわたや」という食堂がありました。
居酒屋のような縄のれんをくぐるとガラスケースが真ん中にあり、焼きさんま、煮魚、お浸し、漬物などが一皿ずつに盛ってありました。
好きな皿を取ってくる、一皿いくら形式の食堂でした。
日曜日など、父はときどき私を連れて行ってくれました。
子どもの姿は見かけたことがなく、おじさんがほとんどだったような気がします。
そこで父が取るのは、いつも「みそカツ」と決まっていました。
子どもの私にも同じものを取ってくれました。
大きなカツにみそをつけ、おいしそうに食べる父の姿が、思い出されます。
当時、我が家は祖父、祖母、父の兄弟3人と同居しており、大家族でした。
母や祖母は家計のやりくりが大変だったのではないでしょうか。
だからどーんと一人1枚のカツが食卓に出ることはありませんでした。
コロッケはよく食べましたが。
みそカツは父にとってご馳走外食だったんだと思います。
自分が食べたかったから、娘を連れて行ったのかもしれません。
中学生の頃には「いわたや」はなくなり、大型スーパーになり、やがてマンションに。
食の思い出が、なぜか懐かしく感じられるのは、そこに人の愛情があるからでしょう。
今ではすっかり名古屋名物のみそカツ。
世代を超えて、我が家の息子たちも大好きです。
からしをつけると、またおいしい。
実家の父は、92歳で亡くなりましたが、80歳を過ぎても好物はみそカツでした。
「何食べたい?」と聞くと「うーん、やっぱりみそカツだなあ。」
90歳の誕生日にみんなでカツを食べに行ったのが最後になりました。
思えば、私が7,8歳の頃でしょうか。
家の近くに「いわたや」という食堂がありました。
居酒屋のような縄のれんをくぐるとガラスケースが真ん中にあり、焼きさんま、煮魚、お浸し、漬物などが一皿ずつに盛ってありました。
好きな皿を取ってくる、一皿いくら形式の食堂でした。
日曜日など、父はときどき私を連れて行ってくれました。
子どもの姿は見かけたことがなく、おじさんがほとんどだったような気がします。
そこで父が取るのは、いつも「みそカツ」と決まっていました。
子どもの私にも同じものを取ってくれました。
大きなカツにみそをつけ、おいしそうに食べる父の姿が、思い出されます。
当時、我が家は祖父、祖母、父の兄弟3人と同居しており、大家族でした。
母や祖母は家計のやりくりが大変だったのではないでしょうか。
だからどーんと一人1枚のカツが食卓に出ることはありませんでした。
コロッケはよく食べましたが。
みそカツは父にとってご馳走外食だったんだと思います。
自分が食べたかったから、娘を連れて行ったのかもしれません。
中学生の頃には「いわたや」はなくなり、大型スーパーになり、やがてマンションに。
食の思い出が、なぜか懐かしく感じられるのは、そこに人の愛情があるからでしょう。
今ではすっかり名古屋名物のみそカツ。
世代を超えて、我が家の息子たちも大好きです。
「みそカツ」、「みそ煮込みうどん」、「みそおでん」、
「どて煮」と みその名のつくものが思い浮かびます。
お父さんも「みそカツ」がお好きだったんですね。
はまってしまい人も多いとか。
名古屋へ来たら、ぜひみそカツを食べてくださいね。