言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

布石を打つ

2017年05月24日 | 日記その1




植えたばかりのバラ2本。
美しいのにとげがあり、かぐわしい香りとその姿で蝶や蜂、虫、人間までもとりこにしてしまう魔性の花、薔薇。
つぼみの風情はいたいけでどんなものからも守ってやりたくなり、可憐な乙女もいかばかりと思うほど。
乙女がほほえむように、つぼみがほどけて咲きそめるとき、その豪奢な美の序曲が奏で始める。
そしてついに遠くにまでその高貴な香りを放って咲くとき、その極みの美を詩人は詩わないではいられない。

果報者の花。花の女王。
咲きかけたばかりの黄色い薔薇を見ている内に、何だか今まで感じたことのない不穏な気持ちにかられて転がるように家の中に入った。
掃除もしないで朝からピアノを弾きつづけた。
ベートーベンの『テンペスト』
誰かがこの曲想は?という問いにベートーベンはシェイクスピアの『テンペスト』を読めといったという。

この作品が書かれた頃、すでにベートーベンは聴力をほとんど失っていた。
聴力の喪失という音楽家にとって致命傷であるハンディに悩んだベートーベンは、人生に絶望していたのではなかろうか。

 弟子にこの曲名を聞かれたときシェークスピア最後の戯曲である「テンペスト」を
 挙げたのも自身の最後と重ね合わせていたせいなのか?

 思考が薔薇の美しさから、テンペストに移り、ベートーベンになった。
 昨日、友人に電話した時、思いがけない不運な出来事を聞いたからかもしれない。
 電話の向こうで泣いているのがわかった。
 お茶でもしましょうよと誘ったら、
 「誰かに逢う勇気が出ないのよ」
 という。
 一時間以上話しを聴いているうち、笑い声がするようになって、ほっとした。
 もう若くない友人のこれから先を考えると、心が重い。

 咲きかけた黄色い薔薇に心を奪われたはずなのに、なぜか心が不穏でたまらなかったのは、友人の心の重みが伝わったからかもしれない。

 母は心配性で先の先まで考え抜いて常に行動する人だった。
 それがうっとおしいときがあったけれど、今になって考えると、人生の苦難を経験した母の処世訓は正しかったと思える。
 考えすぎると行動に移せないけれど、過ちを犯す危険度は少ない。

 囲碁の名人ではないけれど、人生の先の先を読んで布石を打っておくことは大切なことだと気づく。

 親や先達の忠告や処世訓には耳傾けるものだと、やっとこの年になって実感する。


 
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夫は英雄(?)

2017年05月24日 | 日記その1


 目が疲れて肩がこる。
夫の駄洒落に付き合っていると、どっと疲労が増す。
 昨日などは、

 「東日本の原発事故の時、所長が注水を続けていたので難をのがれたとしたら英雄ね」
 と私が言うと夫は、
 「僕だってえいゆうだよ」
 と言うではないか。
 「あなたのどこが英雄よ!?」
 と尋ねると
 「僕の携帯はAUさ!」
 と言う。
 もう、どっと疲れがでた。



 
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植木屋さんの怪

2017年05月23日 | 日記その1


今日も夏日の暑さだった。
 植木屋さんが庭木の消毒にやってきた。
 植木屋さんも人手不足で、お年寄りの職人さんが二人。
 一人はSさんという人で、歯が全部ない。
 話すとき、音が漏れてしまって「ふがふが」としか聴こえない。
 先回の消毒の時もSさんだった。
 先回は今来たと思ったら、もう引き上げていこうとする。
 「ちょっとSさん、まだ消毒していないんじゃないの?」と聞くと、
 「消毒液がなくなったので取りに行きます」
 と言って帰っていたっきり戻ってこなかった。
 消毒を一回サボったおかげで、楓の木にカミキリムシが入って枯れた。
 ゆずの実が真っ黒になって、食べることができなくなった。
  親方に電話して、きつく怒って「信用問題になるからね」
 と言い渡した。

 今日はSさんにもう一人若い人がついてきた。
 若い方に、楓にアブラムシがついたようだから、消毒を念入りにして、薬を撒いておくよう指示。
 眼を光らせて監督していたら、いつもの3倍の時間をかけて消毒していった。
 今までは相当手を抜いていたのね。ぷんぷん!

 親方と私は気が合って、気持ちよく仕事をしてもらっていたが、職人不足は、こうしたことが起きる。
 
 いつだったかは、職人が5人がかかりで剪定にやってきた。
 その中の見慣れない中高年の職人さんが、おやつの時に、
 「奥さん、この無線の鉄塔建てるとき、俺がお手伝いしたの覚えていますか?」
 と言い出した。
 「いいえ、この鉄塔は知り合いの人が4人がかかりで建ててもらったので、あなたはいませんでした」
 と答えると、
 「いや、俺は確かにいた」
 と言い張る。

  施主の私が友人知人に集まってもらってたてたので、確かだが、
  職人は言い張って譲らない。
 また
 「お宅のご主人、〇〇工業高校の出身ですよね」
 という。
 この地方では成績がよくない人が行く工業高校だ。
 「いいえ、夫はH県立高校の出身です」
 というと、
 「いや、〇〇工業高校だ」
 とまた言い張る。
 ほかの職人が
 「奥さんがいうのだから間違いないよ」
 といさめた出来事があった。

 人手不足とはいえ、おかしな人が働いてくれたものだ。
 以後、わが家では笑い話になったが、あまり気持ちがよいものではない。

 そういえば、その職人さんは一回こっきりで来なくなった。
 人手不足とはいえ、あれではお施主さんの気分を損ねる。
 

 
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深代惇郎の天声人語〈続〉 (1977年)

2017年05月23日 | 書評
凝縮した言葉を紡ぐことは難しい。短歌や俳句などの短詩形でなく散文としての短い文のことである。
 今でこそ某国のお抱え新聞になった感が強い朝日新聞ではあるが、かつては名物コラム「天声人語」があった。博覧強記の人、深代惇朗によってその名を高からしめた。彼は優れたエッセイストであったが、それ以前に第一級のジャーナリストであった。
今日はその深代惇朗の『続 天声人語』(朝日新聞社)を古本屋で見つけたので嬉しくなった。
深代惇郎の天声人語〈続〉 (1977年)
深代 惇郎
朝日新聞社

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 「方言復権」から引用抜粋:

 日本中、だれもかれもが標準語だけしか話せなくなってしまったら、ずいぶん味気ない世の中だろうと思う。青森生まれの板画家棟方志昴氏が『私の履歴書』(日本経済新聞)に、母親の臨終を書いている。母につらく当たることの多かった父が、その死に想像できぬほど取り乱したという。
 泣きながら、母の棺に石でクギを打ちつづけた。「ガバ(お前を)ヘンカすのも(打つのも)・・・・コイで、最後ダ」といいつづけた父の姿を、覚えているそうだ。平べったい、無個性な標準語にくらべ、この方言がどれだけ悲しみの強さを伝えていることだろうか。

 と「方言復権」への味わいのある引用抜粋をしている。
 
 自分の考えの披瀝でなく、古今東西の書物や歴史文献などのあふれるほどの知識の引き出しと共に、人間性の暖かさがその根幹をなしているから人の心を打つのだろう。その人柄と文章を「あとがき」で深田祐介がこう書いている:

 この本の社会の項目に「重い言葉」というエッセイが納められている。そのなかでは、徳島の高校を出て大阪のデパートの食堂で働いている少女のことが紹介されていて、辛いのは客に品の出し方がおそい、まずいといわれるとき、うれしいのは席を立つお客さんがおいしかった、ありがとうといってくれるとき、といって少女は涙を流す。「ふるさとを遠く離れた厳しさの中で、彼女はそんなに重い言葉を見つけ出した。繁栄の中で、われわれは軽い言葉をもてあそび過ぎたのではないか」そう深代惇朗は結ぶ。どんな時代がこようと、これは「重い言葉」の詰まった、日本人にとって重い手ごたえを与え続けてくれる本である。

この本を紹介するのにこの言葉をうわまわる言葉を私は知らない。


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立原 正秋

2017年05月22日 | 書評
剣ヶ崎・白い罌粟 (P+D BOOKS)
立原 正秋
小学館


先週から昨日までは読書、読書、また読書の一週間だった。
 昨日は夜明けの3時まで読み続け文庫本一冊読了した。
 先週は今まで一度も読んだことがない立原正秋を読むことにした。
 それは先月鎌倉旅行した折、立原正秋が鎌倉に住み続け、彼の地を愛したということを知り、読むことにしたのだ。

 読了した作品をあげてみよう。
 『剣ヶ崎』『薪能』『薔薇屋敷』『白い罌粟』『流鏑馬』『冬の旅』である。

 立原正秋の作品はその出自と深い関わりがある。立原の父は朝鮮李朝末期の貴族だった祖父と、日本人の祖母とのあいだに生まれ、姻戚の家をたらいまわしにされ、最後に禅寺にやられ僧侶になり、立原正秋が四歳の時不慮の死にあった。
 
 そんな朝鮮と日本人のハーフ、クオーターという生い立ちと向かい合って生まれた作品が多い。
 『薪能』では能の美、と滅びの美学(死)が渾然となり、いとこ同士の愛という血の濃さをモチーフにしたものだ。私自身の感想は物足りなさを感じる作品に思えた。
 直木賞を受賞した『白い罌粟』は一皮むけたような迫力で人間の弱さやもろさ、不気味さを描いていて白眉だった。
冬の旅 (新潮文庫)
立原 正秋
新潮社

 そして昨日夜を徹して読了した『冬の旅』(新潮文庫)は少年院に入った非行少年たちと、主人公が紡いできた青春と友情、強い意志の力と内なる精神の葛藤を描き、非行とは何か?を世に問うた力作だった。

 読まず嫌いだった立原正秋を読破して、その生い立ちを視点として人間の精神の美を追い求め、自らの出自と向き合ってきた人生を読んだと思う。
 久しぶりに集中して読書の一週間だった。
 それぞれの書評はあらためて書くこととする。

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そよ風に吹かれたようなヘアスタイル

2017年05月22日 | 日記その1


いつだったか「須賀敦子さんのようなシンプルな文が書けたらいいですね」と何気なく言ったら、
「須賀敦子さんを目標に立てているというのがすごい」といわれてびっくりした。

「てにをは」も分からないものが天下の大御所を目標に据えるなんぞ生意気だといわれたようで気恥ずかしくなった。

偉そうな目標を立てているわけではないけれど、憧れる人は多い。

 髪の毛を長くしていた頃、「君島十和子さんのような巻き毛にしてください」といいかけて、
 「顔が違うだろ」という反応が返ってきそうで途中で言いよどんだ。

 美容院ではあこがれるヘアスタイルのモデルの写真を持っていく人がいるけれど、
 「「ヘアスタイル」は同じように出来ますが、顔ばっかりはいかんともしがたいですねえ」
  という美容師さんの目が鏡の向こうでしていそうでやっぱり写真を見せることが出来ない。

 そこでいつも注文するのが
 「そよ風に吹かれたようなヘアスタイルにしてください」と云うことにしている。

  それでも「顔もそよ風にだいぶ吹かれていますね」といわれそうである。

 いつも行く美容院では客扱いがすぐれているので決して気分を害するようなことはいわない。
 しかし、美容師さんの心の中まで覗くことはできない。
 もしかしたら綾小路きみまろのように
 「奥様、おきれいですね」と喜ばせておいて、
  心の中では「そのお洋服が」のオチが隠れているかもしれない。

 綾小路きみまろの話芸はそんな風にどこにでもありそうな会話がネタである。
 つまりみんなの心理の中を微妙に揶揄(やゆ)するところがミソなのである。

  だいぶそよ風に吹かれ過ぎた顔を鏡で見ながら、ひとりごとを言う一日だった。


 
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「夜目遠目、傘の内」

2017年05月22日 | 日記その1


はるか昔、後ろを向いている私に声をかけた人がいた。
それが今の夫だ。
「何ですか?」と振り向いて逃げられなかったのでどうにか今に至っている。

「僕の一目ぼれだった」というたびに私は「うそーーーー!」と云う。
 だって、暗闇だったのだもの。
 そういえば昔のことわざに「夜目遠目、傘の内」というのがある。

 女性が美しく見える条件としてのことわざだ。
「夜目」とは:
 電気がなかった江戸時代、ぼんやりと薄暗いあんどんの火にかざされる女性は妖しくも美しく見えたのだろう。
  「遠目」とは:
 遠くにかすんでみえる女性の姿も蜃気楼に浮かぶ人のようで美しいような幻視をみるのである。


 また「傘の内」とは、雨ふりで番傘かなんかを七分ほど開いた傘の中にほのかに見える白いうなじや横顔は美しく見えるものです。




 やっぱり何年も前のあの夜、暗闇に浮かぶ姿は後ろなのか前なのか見えなかったにちがいない。
 声をかけてみたものの、振り返ったらあんどんの油をなめていた化け猫だったなんてね!

 そう思ったら人間だったので夫もほっとしたのだろう。
 何てこった!!


 
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顔がこるって知ってますか?

2017年05月21日 | 日記その1

顔がこるって知っていますか?
 私は肩こりがひどく、病院で薬をもらっているほどだ。
その薬も漢方薬なのでじっくり効くらしく、いまのところ、飲んでも飲まなくても同じ。
そこで近所のリンパマッサージなるものをためしてみることにした。
 きゃー!驚いた。私は顔が凝っていた!いくら面(つら)の皮が厚いっていっても、顔がこっているなんてしらなかった。
 みなさんも、ご自分の顔の中でほほ骨の下あたりを押してみてください。
頬骨の下あたりがこっていませんか?
 私は頬の下が凝りに凝っていて、しかも、眉の部分がものすごく凝っていた。
 ここにたまっている老廃物を流してやると、顔全体がリフトアップしてすっきりした顔になる。
 耳の下にあるリンパの流れを鎖骨の下から脇の下に流してやると、顔全体がすっきりする。
 おどろいた。顔が凝っているとは!!
 小顔になった。
 お風呂に入って両手をグーにして鎖骨の下の胸の上を左右に開くようにグーのまま脇の下まで流すとリンパの流れがよくなるとか。
 そういえば、私の文もやたら肩こりするような固い文ばかりだ。文もリンパマッサージしてやらねばならない。
 やれやれ、肩はコルは、眉毛はコルは、文はコルはで、あきまへん!


 
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タマネギジャム

2017年05月21日 | 料理&お菓子


新玉ねぎがおいしい季節になった。
 玉ねぎ農家が畑でネットに詰めているところで交渉して、分けてもらった。
 そこでさっそく「タマネギジャム」を作ることにした。
 タマネギジャムはステーキの付け合せに、サンドイッチに、おつまみに大活躍の常備ジャムです。
 
 タマネギジャムをおいしく仕上げるための最大のポイントは、新タマネギが飴色になるまで焦がさないようにじっくりと炒めること。
 この工程を丁寧に行えば、失敗することはまずないだろう。

 材料に有塩バターを使用することで、バターに含まれる塩分が新タマネギのおいしさをさらに引き出してくれる。
 また、仕上げに入れるお酢の酸味が味のアクセントとなり、甘さと酸味のバランスが取れた仕上がりに。

 
<レシピ>
■材料(作りやすい分量)
・新タマネギ … 3個
・バター(有塩) … 30g
・酢 … 大さじ2
・きび砂糖 … 大さじ1

■作り方(調理時間:50分)
① 新タマネギは薄切りする。


② フライパンにバター、新タマネギを入れて中火で熱する。



③ 新タマネギが飴色になるまで40分ほど炒めたら、酢、きび砂糖を加えて混ぜる。

④ 粗熱が取れたら煮沸消毒した保存瓶に入れ、冷蔵庫で保存する。(※冷蔵庫で2週間、冷凍庫で1カ月を目安に使い切る。冷凍したものは自然解凍して使用する。)

応用レシピ

■おつまみにぴったり! 甘さと酸味のバランスが絶妙な「タマネギジャムのホットポテサラ」


■豚の脂をおいしく活用! 「厚切りポークソテー タマネギジャムソースのせ」

 新タマネギがおいしい今の季節にぴったりな、万能調味料「タマネギジャム」。ぜひどうぞ。




 
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老いらくの恋と独裁政治

2017年05月21日 | 日記その1

悪夢なのか夢魔の仕業か、一生の中で軌道修正がきかないぐらい常軌を逸することがある。
 自分でもわかっているのに、歯止めが利かない。それは恋のときもあるだろうし、ギャンブルだったり、不倫だったり、宗教的なことだったり。
 老いらくの恋もそのひとつかもしれない。老いを感じはじめたとき、白髪を一本見つけたとき、小じわを目尻に見つけたとき、嫌でも「老い」が忍び寄ってきたことを思わないではいられない。
 そんな尻に火がついたような感じ、命の砂時計がサラサラ落ちて、残りの砂が目で見えたと感じたとき、人はどんなふうに来し方、行く末を思うのだろうか?
 目の前にキラキラ輝くものをみたとき、その対象に限りない若さや美やあこがれを見る。
 そんな時、心の隙間に入り込むのは「夢魔」。
 老いらくの恋に火がつく。
 夢中で生きてきて、ふと立ち止まったとき、人生のほとんどの部分が消化してしまったことに気づく。やり残したことはなんだろうか?家庭も安定し、子供も独立、可もなく不可もない日々に、隕石のようにたち現れた魅惑の人がいたなら、そこから化学反応が起きたように恋の炎が燃え始める。
と、ここまで書いて、ペンが止まってしまう。
 このイントロを布石のように置くと、これから老いらくの恋が始まるものと読者は思うだろう。
 ありきたりの三流小説になる。三流小説でなくするにはどうするか?
 構想が二転三転してペンが止まる。
 戦争もなく平和ボケした私が書こうとしている三文小説が、にわかにきな臭くなってきた。
 言論弾圧や、言論統制が起きないともかぎらない日本。それどころか、独裁政治の色濃い昨今の日本を憂う。




 
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