札幌でのホップ栽培の歴史について取り上げました。
ビールのもう一つの原料、大麦(麦芽)についても取り上げたいと思います。
大麦 (イメージ写真です)
開拓使麦酒醸造所が開設されるにあたり、官園や屯田兵や農家が大麦を栽培し、醸造所が買入れを
行いましたが最初の醸造に使われたものは、北海道産のものではなく東京から送られたものでした。
開拓使は明治9(1876)年に道内での原料調達を目指し大麦栽培を奨励する通達を出しましたが、生産量
や品質は安定せず明治12(1879)年にドイツから輸入した大麦「シバリー」でようやく良好な結果を出す
ことが出来、翌年にこの品種によって初めて全量を道内産大麦で賄うことができました。
その後、大正6(1917)年、東北帝国大学農科大学(現・北海道大学)の南鷹次郎が人工交配による国産
初のビール大麦「北大1号」を育成し、大日本麦酒はこれを譲り受けて原料として使用しました。
大正8(1919)年、札幌工場で「シバリー」から「豊平15号」を純系分離し「北海道シバリー」と命名され
ました。
昭和17(1942)年に大日本麦酒は全国的な育種体制構築のため、新琴似(北海道)・成城(東京)・物集女
(京都)に育種試験地を開設しました。
1949(昭和24)年大日本麦酒の二社分割の際に新琴似・成城試験地は、サッポロビール(当時の日本麦酒)が
引き継ぎました。
北海道向けの育種を担った新琴似育種試験地では1947(昭和22)年に「ハルピン二条」、1953(昭和28)年
には「日星」と「春星」を育成、普及しました。
1953(昭和28)年、北見農業試験場が大麦指定試験地となり、1969(昭和44)年には育種は完全に北見農試に
移ることになりました。
新琴似育種試験地はその後、サッポロビールの運動場として使用されたのち、暫く空き地となっていましたが
平成3年4月に「Sタウン」と呼ばれる分譲マンション群の建設が始まり、平成5年7月に竣工しました。
(札幌市北区新琴似5条2丁目)
札幌市の第7回都市景観賞を受賞しています。
- 建設主 サッポロビール開発(株)/サッポロビール(株)/清水建設(株)
- 設計者 清水建設(株)一級建築士事務所/北海道造園設計(株)
- 施工者 清水建設(株)・伊藤組土建(株)・(株)地崎工業JV
総戸数504戸の大規模集合住宅です。
コミュニティーガーデンの地下に駐車場があり、緑が多く広々とした雰囲気があります。
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