飼い主が逮捕されたら…「ペットにとっては死刑宣告です」
世話はどうなる?
2020年11月28日(土) 弁護士ドットコム
逮捕され、身柄を拘束された被疑者(被告人)がペットを飼っていた場合、誰がその世話をすればいいのか。
逮捕なら最大23日間、裁判や服役となれば、年単位になることもある。
家族や知人に頼れないのであれば、事件を担当する弁護士の出番か。
しかし、「死亡や怪我など、法的なリスクを負うことになる」、「職務の範囲ではない」、「国選なら引き受けない」など否定的な見方が強い。
それでも、職責と倫理感との間で苦悩や葛藤もある。
「飼い主が軽微な犯罪で逮捕されたとしても、残されたペットにとっては死刑です」(実際に預かった弁護士)。
ペットに関する訴訟も手がける渋谷寛弁護士は「かわりに飼育することは、弁護士がすべき職務ではないのでは」とし、国の制度の必要性を唱える。
(編集部・塚田賢慎)
逮捕されたら、この子はどうなるのか…(編集部記者が飼っているウサギ)
◆ウサギが危うく死にかけた
刑事弁護を多く手がける若林翔弁護士は、一度だけ実際に餌をやったという。
――被疑者のペットを世話する機会はありましたか
私選で刑事弁護した被疑者から頼まれ、自宅で犬に餌をやったことがあります。
私選であれば、弁護士の仕事はある種サービス業の側面もあるでしょう。
拘束されている間、被疑者に快適に過ごしてもらうことも仕事のうち。
そのため、ペットの世話を家族や知人のかたにお願いしたり、ペットホテルなどを手配したりします。
――ほか、機会はありましたか
被疑者が「飼っているウサギが飢えて死んでしまう」ということで、私が自宅に慌てて向かいましたが、鍵がなくて入れませんでした。
結局、ご本人が48時間後に出てこられたので、なんとかなりました。
うちの弁護士事務所では、事務所としてのルールはなく、担当弁護士個人の倫理観で、対応を任せています。
拘束中の被疑者のために、一時預かりしてくれるところがあればいいと思います。
◆自分の担当外の事件でも、ペットを預かった
内海文志弁護士は2015年~2016年にかけて、計4頭(3件)の犬を預かった。
そのすべてが、自身の担当とは関係ない事件の被疑者のペットだった。
千葉県動物愛護推進員を務めていたこともあり、動物好きと知られていたため、他の弁護士から頼まれたのだという。
「鍵を宅下げしてもらって、家にいた犬を私の自宅に連れていったんです。一時避難所のようなものです」
しばらく飼った後、動物保護団体を通じて、里親を見つけて引き取ってもらったという。
どのケースでも、怪我など何かあったときの責任を負えないほか、逮捕されるおそれがある人がこれからも動物を飼うことは適切ではないと考えることから、被疑者には「所有権放棄書」を書かせたそうだ。
「自分が受任した件であっても、僕自身が鍵を宅下げして連れていって、やります。人間が覚せい剤で逮捕されても、行き場を失ったペットにとっては死刑と同じです」
内海弁護士が、被疑者のペットの保護について、ある警察署に問い合わせたところ、「ペットの世話について対処してしまうと、被疑者に対して利益供与になり、任意性に疑いが出てしまうことになりえて、警察では対処せず、ほぼ弁護士さんにお願いしている」との回答を得たという。
警察と保健所の組織的な連携が必要ではないかと内海弁護士は言う。
◆保健所で引き取っているわけではない?
各地の保健所(動物愛護センター)での対応の一例を紹介する。
東京都動物愛護相談センター(世田谷区)によれば、保健所では、動物の「保護」はしない。
動物の所有権を放棄してもらったうえで、「引き取り」をする施設だ。
新たな飼い主を探して、それでも見つからない場合に限り、有料で引き取るという。
引き取りの主な理由は、本人の病気・老人ホームに入居・死亡などがあるという。
引き取った動物を殺処分するかどうかは、全国の各保健所によって対応が異なる。
「東京都では、今は殺処分をしません」
事件によって拘束されたことを理由に、被疑者のペットを引き取った事例については、 「全くないとも言えないが、わからない」とのことだった。
◆被疑者のペットを保健所で引き取った事例は「5年に1度」
香川県高松市保健所生活衛生課では、被疑者が所有権放棄をして、ペットの引き取りをしたことが「5年ほど前に1件」あったという。
滅多にないことだそうだ。
「逮捕された本人に身寄りがなく、引き取り先がないため、犬を高松市保健所で引き取りました。本人とは話せませんでした。警察が間に入って、やりとりをしました。どんな事件か警察は言いません。引き取りには手数料も必要ですから、本人に支払ってもらったんだと思います」
それ以降、引き取りの相談はもう1件あったが、交渉の過程で別の引き取り先が見つかったという。
――逮捕されたら、ペットはどうすればよいのでしょうか
「まずは身内に頼む。その次は、有料の業者さんに頼む。ペットホテルやペットシッターは山ほどあります」
――お金がない人はどうすれば
「それであれば、保健所に相談してください」
◆弁護士の立場では「世話をしない」が、しかし…
ペットに関する法律と政策を研究する「ペット法学会」会員の渋谷寛弁護士に、今回のテーマを取り巻く問題について聞いた。
――弁護士は被疑者のペットの世話をすべきと考えますか
まず、原則として、弁護士がすべき職務ではないと思います。
私が仮に頼まれても、適切な飼育について責任を持てないので断るでしょう。
世話を頼める相手に連絡をすることや、「クビになる前に会社に連絡してくれ」という頼みには応じるでしょう。
しかし、ペットのもとに行っても、本当に餌をあげられるのかわからない。
ひっかかれたり、噛まれたりするリスクもあります。
もっとも、動物愛護の観点からは、何とかしてあげたいと思います。
動物愛護管理法で定められた「命あるもの」である動物に、なんらかの手を差しのべるべきです。
問題は、動物が健康を害したり、死んでしまうことでしょう。
生まれて1~2カ月の幼い子を持つ母子家庭で、お母さんが現行犯逮捕される。
そのようなケースと同じ発想で、国として動物の保護制度を整備すべきではないでしょうか。
冤罪の発生もありえます。
どのような犯罪においても、残された動物の保護は国家レベルで考えていく必要があると思います。
世話を行う組織ができるといいと思います。
弁護士から保護団体に連絡をすることはできますが、その流れで受け入れることが、制度化されていない以上、無理に頼むこともできません。
弁護士ドットコムニュース編集部