殺処分寸前で救出された雑種の保護犬「ハカセ」
フリスビードッグとして活躍中(後編)
2020年12月24日(木) 西松宏 | フリーランスライター/写真家/児童書作家
浦さん(左)とハカセ(右)は、互いによきパートナー(筆者撮影)
殺処分寸前で救出され、東北から佐賀へとやってきた雑種の保護犬「ハカセ(博士)」(オス、推定10歳)。
フリスビードッグとしての才能を見出されたハカセは、パートナーの浦一智さん(55)とともにフリスビードッグ大会に出場することになった。浦さんとハカセコンビの活躍はいかに?今回は後編。
◆初挑戦の大会でいきなり優勝
2016年9月、浦さんとハカセコンビは、熊本県菊池市で開催された日本フリスビードッグ協会九州地区の大会に初めて参加した。
出場したのはディスタンス競技の「レトリーブ大会」と呼ばれる初心者クラス。
ディスタンス競技とは、決められた時間内(1分間)に、パートナーが投げたディスクを犬がどのような状態でキャッチできるかを競う。
投げた地点とキャッチした地点との距離が長ければ、それだけポイントが高くなり、犬がジャンピングキャッチをするとさらに加点される。ディスクを地面に落としてしまうと無得点となってしまうが、初心者クラスのレトリーブ大会は、地面に落ちたディスクを拾って持ってきてもいいというルールだ。
ドッグトレーナーの北島さんから大会前、オレンジ色のバンダナをプレゼントされた。これをつけて出場し、優勝できたことから、オレンジ色はハカセのラッキーカラーになった(アニマルライブ提供)
浦さんとハカセの出番が回ってきた。
スローイングエリアでスタンバイしていたハカセは、「レディー、ゴー!」のアナウンスが流れると、浦さんの投げたディスクを元気よく追いかけた。アナウンスは続く。
「さあ、ハカセちゃん走り始めました。殺処分寸前のところを引き取られ、九州へやってきました。あとわずかで殺処分というところだったんですけども、こんなに楽しく、いい表情になりました!」
ハカセはのびのびと、練習どおりコートを走り回った。
最初に投げたディスクをくわえて戻ってきたとき、浦さんはこう思った。
「練習のときは周りを気にしたりドヤ顔をしたりして戻ってくることが多かったんですが、試合では表情が全然違うんです。ディスクをくわえて戻ってくるとき、僕の方だけしか見ていないんですよ。その真剣な姿を見たとき、ハカセと気持ちが通じ合えたような気がしました」
ハカセは1分の間に、浦さんのスローを5回も持ち帰って高得点を叩き出し、なんと初出場で優勝を果たしてしまった。
当時推定6歳の雑種犬が、初心者クラスとはいえ優勝するというのは快挙だった。
初出場で優勝トロフィーをゲット!(アニマルライブ提供)
「初めての大会だったので不安もありましたが、フリスビードッグの大会ってこんな雰囲気なんだ、もっとこうすればいいんだということもわかり、貴重な体験になりました。まさか初出場で優勝できるなんて思ってもいませんでしたけど」と浦さんは微笑む。
その後に開催された2戦でも、2位と優勝を果たし、ハカセの活躍は、地元の佐賀新聞で大きく取り上げられた。
記事のタイトルは「元捨て犬『博士』活躍 保護犬の『希望の星』に」。
活躍がきっかけとなり、佐賀県のふるさと納税の返礼品(マグカップ)にハカセがデザインされるなど、県を代表する犬として知られるようにもなった。
ハカセを保護したNPO法人「アニマルライブ」(佐賀県有田町)の岩﨑ひろみさんはこう振り返る。
「『殺処分される運命だった保護犬の中に、こんな素晴らしい才能を持ったワンちゃんがいたなんて』と、当時、反響はとても大きかったです。ドッグフードなどたくさんの支援物資が送られてきましたし、その後に開いた譲渡会では、多くの方に保護犬への関心や興味を持っていただいて、譲渡数が1.5倍になったんです」
それは譲渡会に参加してもスルーされ、見向きもされなかった保護犬が起こした奇跡だった。
まさにハカセは保護犬の「希望の星」に輝いた。
◆さらに上のクラスにチャレンジ
翌2017年からは、初心者クラスのレトリーブ大会からワンランク上の「チャレンジ大会」へ。
レトリーブでは地面に落ちたディスクをくわえて戻ってきてもOKだったが、チャレンジから上のクラスは、パートナーが投げたディスクを必ずキャッチして戻ってこなければならず、地面に落としてしまうと得点にはならない。
浦さんによれば、2017年は6戦、2018年は5戦、2019年は5戦に参加(いずれも九州大会)し、ハカセはチャレンジ大会のクラスでも、2018年と2019年に1度ずつ、優勝を果たした。
2018年、チャレンジ大会でも優勝を果たす(アニマルライブ提供)
今年(2020年)は春から出場予定だったが、コロナ禍の影響もあり、ハカセが出場したのは9月の長崎・伊王島で開催された大会からとなった。
初心者クラスのレトリーブ大会で2度、その上のチャレンジ大会で2度優勝した実績を持つハカセは、今年からさらにワンランク上の「ユースオープン」に挑戦。
このクラスは、上級を目指す犬たちが通過するクラス。
フリスビーが得意といわれるボーダーコリーやラブラドールなどの強豪が勢揃いしている。
12月13日、長崎県佐世保市の県立西海橋公園で行われた九州大会。
そこには9月以来、4戦目となる浦さんとハカセの姿があった。
その日までの3戦はいずれも最下位。
「今日こそは、なんとか最下位を脱出して来年へと繋げたい」。
それが課題だった。
大会は1分間の競技を2ラウンド行って、合計得点で順位を競う。
この日は肌寒かったものの天気は晴れ時々曇り。風はなくフリスビーをするにはいいコンディションだ。
1ラウンド目、浦さんのやや長めのスローをハカセがジャンピングキャッチし、息の合った幸先のいいスタートを切った。
浦さんの投げたディスクにくらいつくハカセ(筆者撮影 以下同)
浦さんの掛け声で戻る
そして2ラウンド目。
2投目の高く短めのスローをハカセはうまくキャッチ。
続く3投目のやや長めのスローも連続で見事にジャンピングキャッチし、これで最下位脱出を望めるかと思った矢先、審判の赤旗があがった。浦さんが投げるときにスタートラインを踏んでしまい、3投目のスローが無効になってしまったのだ(フットフォルトという反則)。
結果は出場9頭中9位。最下位脱出は果たせず、今年の挑戦を終えた。
「レディー、ゴー」でスタート
ジャンピングキャッチ!
全力疾走で浦さんの元へ戻る
「ごめんな、ハカセ。僕が反則をしなければ、いい感じだったのにな」と、うなだれる浦さん。
しかしハカセは、そんなことはまるで気にしていないようで、ディスクを口にくわえて離さず、試合後も浦さんにぴったりと寄り添っている。まだまだ遊び足りないようだ。
試合後もディスクをくわえて離さない
「これまで、僕が投げ損なったとき、ハカセがうまくキャッチしてくれて助けられたことが何度もありました。ハカセとの息がぴったり合ったときって、お互いに心が通じ合ったと実感でき、ほんと最高の気分なんです。その気持ちをまた味わうためにも、僕自身がもっと頑張らないと」
ただ、初優勝を果たしてから4年以上が経ち、当時6歳だったハカセはいま10歳すぎ。
大会のステージが上がればそれだけ強敵がたくさんいる。
「最近はキャッチした後、戻ってくるスピードが以前と比べると遅くなったと感じます。だけど、ハカセはフリスビーをするのが楽しくてしかたないんです」
フリスビードッグの大会に出場するとき、浦さんが車でハカセをアニマルライブの犬舎まで迎えにいくと、ハカセは浦さんの車に積んであるケージの中に、待ってましたとばかりに自分から進んで入る。
会場に到着し、駐車場に車を停めるため、ギアをバックに入れてピピッという音がしたとたん、ハカセは鳴きだす。
そして、浦さんが車からハカセを降すと、ハカセは遊びたかった欲求を爆発させるかのように活発に動き回り、「早くやろう!」と浦さんをせかすのだ。
これからもずっと一緒
優しい表情を浮かべながら、浦さんはこう話す。
「もちろん試合結果も大切ですが、今はハカセが思いっきり楽しんでくれればそれでいいとも思っているんです。そして、捨てられたり迷ったりして収容された犬の中にもこんな素晴らしい才能を持った犬がいるということ。また、保護犬だけど、こんなふうに挑戦をずっと続けているんだ、ということを、少しでも知ってもらえれば嬉しいです」
ハカセが年老いて走れなくなる日まで、これからも一緒に挑戦を続けていくつもりだ。
これからも頑張るワン
1966年生まれ。関西大学社会学部卒業。1995年阪神淡路大震災を機にフリーランスライターになる。週刊誌やスポーツ紙などで日々のニュースやまちの話題など幅広いジャンルを取材する一方、「人と動物の絆を伝える」がライフワークテーマの一つ。主な著書(児童書ノンフィクション)は「犬のおまわりさんボギー ボクは、日本初の”警察広報犬”」、「猫のたま駅長 ローカル線を救った町の物語」、「備中松山城 猫城主さんじゅーろー」(いずれもハート出版)、「こまり顔の看板猫!ハチの物語」(集英社)など。現在は兵庫と福岡を拠点に活動中。世界中の看板猫を取材して巡る旅が目標の一つ。
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