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育児サークル「わはは」

わははの仲間の「ちょっと聞いて!」

姉妹の世界

2012-06-10 16:47:42 | Weblog
投稿者:まき


ユカリが幼稚園に入園して1ヶ月が過ぎました。おかげさまで幼稚園では、お気に入りのお友達もでき、毎日歌にダンス、工作に、庭遊びに、めいっぱい遊んでいるようです。毎朝「今日も幼稚園?」と聞きにきては、嬉しそうに支度を始める姿が、なんだかちょっぴりまばゆく見えます。わははに通い始めた頃は、手がやける毎日でしたが、それなりの幼稚園生に成長していて、ホッとしています。

そして何よりも嬉しいのが、幼稚園生活が始まる頃から、姉妹関係が良好になってきたこと。それまで、二人にしておくと何かとうまく行かず、必ず最後にしほりが泣きついてきましたが、最近は二人で仲良く遊ぶ時間が増えてきました。二人でピクニック、二人でお料理、二人で体操、二人で音楽会、などなど。私の出る幕はほとんどなく、二人とも夢中で遊びます。何が変わったのかと観察していると、どうやらしほりの言葉にヒントがあるようです。

1歳半を過ぎて、色々な言葉が出始めた次女。「もっと」、「もっかい」、「あつい」、「つめたい」、「いたい」などなど、少しずつ自分の気持ちを表現できるようになってきました。最近では「ねーたん(お姉ちゃん)」がいえるようになり、これがユカリのテンションを上げているようです。そして、姉の大事にしているオモチャを使う前などには、必ず「いーい?」と聞きます。この一言があるかないかは大きな違いで、言葉が使えずに、黙ってオモチャを使い始めるしかなかった頃は、姉に取り返される、怒られる、時々叩かれる・・・の繰り返しでしたが、これが教訓となっているのでしょうか。必ず姉の許可をとりにいきます。しかも、あまりに連発するため、ユカリもだんだん、振り向きもせずに「いーよ」なんて応えており、これで、お宝的なオモチャも許可済みで手に入れてしまいます。

そして、すごいなと思うのが、相手を褒めること。自分ができないことがあれば、すぐに「ねーたん」と頼り、それを対処してもらったならば「じょーじゅー(上手)」と笑顔&拍手付きで相手を褒めたおします。褒められるのに弱いゆかりなどは、この一言で、どや顔+にんまり、です。

思い起こすと、ユカリの1歳時には、こんなボキャブラリーはありませんでした。これこそが次女ワードなのでしょうか。少し前までは言いなりになるしかありませんでしたが、今ではあらかじめ相手の了承を得て、おだてて、自分の思いのままに遊ぶ・・・1歳にしてなかなかです。一人っ子の私にとって兄弟姉妹は未知の世界。今後も姉妹関係にとても興味津々です。


育児サークル「わはは」
投稿者:まき


ステキな(?)関係

2012-06-03 17:53:44 | Weblog
投稿者:みずき


 わが家の今年のGWは前半は普段出来ない家の片づけをしたり、
夫は日曜大工や自分のバイクのメンテナンスをしていました。

後半は私の実家の恒例のGWキャンプにちょっとお邪魔し、
その足で夫の実家に帰省する予定です。

 実家のGWキャンプは私が生まれるまえからの恒例行事。
父の小、中学校からの悪友(笑)
8人とその家族がメンバーです。

それぞれこの長い月日の間に結婚し、
子どもが生まれ、離婚したり、再婚した人もいたりして… 。

彼らと私との付き合いも30年、
“おやじ化”した今でもちょっと弾けて
、ぶっ飛んだ人たち(品のいいわははのお父さん隊とは真逆です)
の集まりですが、人生の先輩としていろいろ学ぶことも
多い濃いメンバーです。

“結婚するなら、まずは俺たちに紹介するのが当たり前だ!
俺たちはみんなみずきの親のようなものだ!”と言われ、
3年前のキャンプで夫を紹介しました。

みんな温かく迎え入れてくれました。
最近では孫も参加したりして、まだまだ規模拡大中です。

とてもお酒好きなメンバーなので、
会えば基本的には飲んでいるだけなのですが、
気心が知れた友達と飲んで、語って、
笑っている姿はいつも楽しそうでとても羨ましいです。

 私も高校を卒業してからずっと
GW☆BBQを続けていた仲間がいたのですが、
私がAUSに行くのをきっかけになくなってしまいました。

ところが、偶然にもメンバーが吸い寄せられるように、
近所に住むことになり
2年前くらいから秋のBBQと称して再開!

まさか、自分たちが結婚して、家族ができて、
子ども同士が一緒に遊ぶようになるなんて
高校時代には想像もしてなかったのでとても不思議な感覚です。

 50、60代になっても父達のようなステキな(?)仲間と
一緒に飲んで、語って、遊べる関係を続けていけたら幸せだな〜と思います。


育児サークル「わはは」
投稿者:みずき

キリンの母も首が長い??

2012-06-03 17:47:13 | Weblog
投稿者:かずえ


「キリンのシュウヤです。3才です。」
ワハハのクリスマス会でキリンの役になってから、
すっかりキリンがお気に入りだ。

今から3年前、幼稚園のクラス発表の後、
「クマ組になったよ。」と息子に伝えると。
「え?おれ、キリンじゃないのかよー。
公園のみんなにも、キリンってゆっちゃったのにー。」
どうしてもキリン組が良かったらしい。

 そんなクマ組の一日体験の日。
「じゃ行ってくるからー。」とクマ組の部屋へ。
あちこちから、「ママがいいー。ママー。」
と泣き叫ぶ新入園児の声が聞こえる。

息子もきっと泣くだろうと期待?
いや心配していた。
2階のお遊戯室で園長先生の説明を聞き、
クマ組に息子を迎えに行くと、
1番前に座り先生の紙芝居を聞く息子を発見。

「幼稚園楽しかった。
また早く行きたい。」
幼稚園に向けて余裕のスタートをきったかに思えた。

 入園式を終え翌日から登園が始まった。
お迎えに行くと、キリンのように首を長くして
私を探す息子の姿があった。あれあれ目が真っ赤。

「最初は楽しそうにお友達と遊んでたんですけど、
途中で急に悲しくなったみたいでハンカチで涙を拭いていました。」
とクマ組の先生から。

次の日も朝から大泣きでパジャマから着替えさせられない。
無理やり着替えさせ、泣き叫ぶ息子を自転車に乗せ幼稚園へ。
幼稚園の門の前から先生が抱きかかえ教室へ運ぶ。

そんな日々が続き、
こんな悲しい思いをさせてまで幼稚園へ行かせる意味があるのか?
ふと考えてしまった。

 5月に入りあまり泣かなくなった頃、
園の授業参観があった。開始時間になり教室に入ると、
またもやキリンのように首を長くして私を探す息子の姿があった。

30分後、園長先生から、「そろそろお母さんが帰る時間です。」
アナウンスがあった瞬間、息子の目から大粒の涙、
そして鼻水が一気に流れ出た。

もらい泣きした私もハンカチで涙を拭きながら、家へ帰った。
本当に昨日の事のように思い出される。

 そんな息子も楽しい幼稚園生活を終えピカピカの1年生になった。
下校時間10時半。プリントに書かれた時間を何度も確認し
、マンションの前で帰りを待つ。ちゃんと帰って来られるだろうか?
キリンのように首を長くし、つま先立ちで遠くを見る。

そこにはお友達とダッシュで帰ってくる息子の姿があった。
今度は私がキリンになっていた。

 母が昔よく言っていた。
「自分の子どもの事は生きている限り一生心配するものよ。」と。
私は3人兄弟だったので、3人分心配し、これからも心配するのだろう。

たくさん心配かけて育った分、これからは安心して老後を迎えて欲しい。
そして伝えたい。「もう心配しなくて私は大丈夫だよ。」と。


育児サークル「わはは」
投稿者:かずえ

何歳差がいいの?

2012-06-03 17:29:23 | Weblog
投稿者:みずき


 先日わははの後での出来事。

Nさんが下の子は本当にかわいい!!
もちろん上の子は上の子のかわいさがあり、
初めての子だけに思い入れも強いのだけれど、
下の子は自分の気持ちに余裕があるせいか、
とにかくかわいく見えるそう。

上の子がお昼寝しているときなど、
こっそりチュー攻撃をしてしまうと言っていました。

Sちゃんは本当によく寝る子で
私たちが話をしている間にもいつの間にか寝ているし、
起きてもご機嫌。

よく笑うとってもかわいい子です。

確かにあんな風に微笑まれたら
チューしたくなっちゃうな〜と思いました。

そんな姿を見ていると、赤ちゃんってかわいいな〜、
懐かしいな〜と思う反面、
今我が家に赤ちゃんがやってきたら、
日々激しさを増す息子を見ながら
どうやって赤ちゃんのお世話をするのか?

想像しただけで大変そうです。

兄弟を作るなら何歳差がいいのか?
というのは、ほぼ永遠のテーマ(?)。

年子はホントに大変そうだよね、
2歳差も結構大変そう、
3歳差くらいが親も子も何となく平和で幸せなのかな〜など、
これには答えがないので本当に難しい。

何歳差でも子どもが一人増えれば
大変なのはわかりきってはいますが。
・・・考え過ぎも良くないですね。
わははの先輩ママさん達は明るく、
“まあ何とかなるわよ〜!”と声を揃えて言います。

最近の息子はとにかく凶暴化しています。(要注意人物です!)
ちょっと先輩のSくんやNちゃんまで追いかけ回して、
タックルし泣かしてしまう始末。

しかも、泣いてしまうと増々パワーアップして、
さらに集中攻撃!!

おそらく本人なりの愛情表現らしいのですが、
相手にとっては大迷惑。

つぐちゃんはちょっとくらいは大丈夫よと
言ってくれるのですが、何せ力も強いし体重も重いので
、相手にケガをさせてしまはないか、
見ているこちらはハラハラしています。

時期が来れば落ち着くのか?
早く平和にみんなと遊べる日が来るといいな〜。
それまで、私はフットワーク軽く、
ケガをさせないように見守りたいと思います。


育児サークル「わはは」
投稿者:みずき

かわいい子には旅をさせたい

2012-06-03 17:10:35 | Weblog
投稿者:こうたろう


みなさんは沖縄に行ったことがありますか?

はじめて沖縄に行ったのは大学2年の時でした。
前期の授業も終わりに近づき、
夏休みをどう過ごそうかと考えあぐねていた時、
ふらりと入った学内の生協で一枚の
写真のビビッドな色彩が眼につきささりました。

ウソのように青い空と海、
白い砂浜と入道雲の強いコントラスト。
沖縄旅行のパンフレットでした。

「楽園」の二文字が胸に去来し、
その場で南方行きを決めました。

当時は空の便は学生には高嶺の花だったので、
船で行くことにしました。

片道3泊4日のヘビーな船旅で
たどり着いた那覇港は
海、空、雲のコントラストがほんとうにあの写真の通りでした。

そして、はじめての沖縄はカルチャーショックの連続でした。
なにもかもが自分の知っている「日本」と違う。
年配の人たちが話すまったく聞き取れない言葉、

違う音階を持つふしぎな音楽、味わった事のない料理。

さほど広い国土とは思えないのに、
文化というものの振幅の大きさに驚嘆しました。

シャイだけど、素朴で温かくて
底抜けにあかるい人たちに出会い、
濃密な自然の中で真っ黒になるまで遊びました。

無人島で潜った海の中はまるで天国でした。
夜になると空が落ちてきそうなほどの星空…。
まさに「楽園」でした。

これをきっかけに旅にはまり、
その後たくさんの場所を訪れました。

それから十数年、縁あって沖縄の女性と結婚し、
長男が沖縄で生まれました。

名前は妻の実家のちかくにある、
湖のようにしずかな内海にちなんでつけました。

息子にもたくさん旅をさせたいな、とほんとうに思います。

沖縄本島は内地資本のフランチャイズ競争と
リゾート開発などで景観がかなり
変わってしまったところもありますが、
まだまだ魅力的な場所がたくさんあります。

沖縄はまだ、という方は機会があればゼヒ訪れてみてください。

その際はカッコいいホテルよりも、
オジィやオバァがやっているような民宿がオススメです!


育児サークル「わはは」
投稿者:こうたろう

ありがとうございました

2012-04-21 23:52:32 | Weblog
投稿者:まゆみ


母から
「ゆりちゃんに発達の遅れの可能性があるみたい」
と聞いた時、
「つぐちゃんに相談してみるね」
と咄嗟に口に出た。
わたしも子どもの事でよくつぐちゃんに相談した。
おむつが取れない事、
おねしょがずっと続くこと、
いつも伏し目がちなこと、
夜驚症…
そのつど専門書を出してくれて解決する方法など相談に乗って頂いた。

特にいつも伏し目がちなことにはお昼ご飯の時などおかずを
長男に取り分けてくれる時などまっすぐ長男を見て
「はい、どうぞ。」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
と歌うように話しかけてくれた。
「…ありがとう」
がなかなか言えない事も気がかりなことだったので家でも実践してみた。
少しずつ顔をあげる時間が増え、
幼稚園にあがる頃には機嫌が悪くて下を向いているのか
伏し目がちなのか判断できるようになってきた。
一つのことに執着する所も見受けられ、
その彼の世界に誰かが入ることは気にならない様子だが、
自分から誰かの世界に入るのは苦手だった。
幼稚園に入る前の冬に思い切ってつぐちゃんに相談した。
つぐちゃんは一言
「心配なようなら早く手を打つのも方法、専門家に相談するのもいいかもしれない。」と。
そして
「3歳の誕生日にお祝いされて喜んでいないようなら…」
とも付け加えてくれた。
数週間で誕生日だからケーキをつぐちゃんちでみんなで食べようと決めた。
2歳の誕生日には見られなかったことがあった。みなで「お誕生日おめでとう」と言ってもらうと「ありがとう」と笑顔で答えた。そしていつになくはしゃぎ、
それから数日後には今までは恐くてできなかった木登りにチャレンジした。
一つ殻が剥けた3歳の誕生日だった。
長くなったが、
先の電話で
「つぐちゃんに相談してみるね」
と咄嗟に出たのはこの様な事情があったからだ。
また、
わははでならみながわかってゆりちゃんにも弟夫婦にも
安心できる場所ができるのではないかと思ったからだ。

早速、
電話を切るなりタイソン(犬)とつぐちゃんちに行き事情を話した。
「だったら一度いらっしゃいよ」
と快く受け入れてくれ、
すぐさま俊子さんに電話をした。
びっくりしたことだが、
とても冷静にゆりちゃんの状況を受け入れとても前向きだった。
その週のうちにつぐちゃんちに一緒に行き、
次の火曜日にはわははに参加していた。
つぐちゃんも
「どうして診断されたのでしょうね」
とまでおしゃってくれた。
また理恵さんからもアドバイスをいただき本当にありがたかった。

ゆりちゃんはおばあちゃんである母にもつぐちゃんちの話をしていたようだった。

それから火曜日、
たまにうちに寄ってもらったりするとゆりちゃんの表情が今までより
いっそう愛らしくなり言葉もはっきりとしてくるのがよくわかった。
タイソンの遊ぶボールもどこにあるかも覚えていて投げてくれるのだが、
その投げ方も来るたびに上手になっていく。
つぐちゃんからも
「もうゆりちゃんも俊子さんもすっかりわははにとけ込んでいるわよ」
と声を掛けて頂いた。
私も久しぶりのわははのバザーで張り切ってゆりちゃんの冬物を探したりと、
行事に参加させてもらい楽しんだ。

そしてゆりちゃんの卒会式。
みなで卒会証書をもらい、
にっこり笑う弟家族を見て本当にうれしかった。
あの時に咄嗟に
「つぐちゃん」にお願いしたいと思った事から、
こんなにも困っていた弟夫婦がみなさんと和気あいあいと卒会できるとは。
そしてゆりちゃんがみんなと一緒に並んでお母さんたちの出し物を見ているとは。
ゆりちゃんに大好きなお友だちができたとは。

…胸がいっぱいになった。

つぐちゃん、本当にありがとうございました。
そしてわははで仲間にいれてくれたみなさんありがとうございました。
みなさんがいなければ、
この日は来なかったかもしれません。
そしてこの診断がなければ弟家族がわははにくることもこれほど私たち家族と会う機会も
私が俊子さんと話す事もなかったかもしれない。
と思うとゆりちゃんは本当に宝物だ。
なによりこの2年間俊子さんは本当に頑張ったと思う。
療育にわははに殆どゆりちゃんの予定でいっぱいだった。
そしてその場その場でそこのお友だちを大切にして、
いろいろな係も編集長も引き受けフル活動だったと思う。
それを愚痴ひとつ言わないで立派にやり遂げて…
俊子さん、がんばったね。

先日、ゆりちゃんと電話で話した。
まだ幼稚園2日しか行っていないのにもう先生の名前を覚えて
めがねがピンクでかわいいという報告までしてくれた。
あらあら、

おばバカぶりがでてしまったところで。            
大事な2年間。
みなさん、
ありがとうございました。


育児サークル「わはは」
投稿者:まゆみ

2歳になりました

2012-04-21 23:50:59 | Weblog
投稿者:みずき

 今月8日で大雅は2歳になりました。
お誕生日ケーキにローソクを立てて、
みんなに歌を歌ってお祝いしてもらったのがとても嬉しかったようで、
今もブロックやおもちゃをケーキのように組み立てては、
歌を歌い、ローソクをフーッというのをワンセットで1日に何回もやって!
と催促されます。
ここ数週間で急にいろいろ言葉を発するようになってきて、
意外にもはっきりとモノの名前を突然言ったりするので、
そんな言葉まで知っているんだとビックリさせられます。

そして始まった、
“これなあに?攻撃!”
おおっ、いよいよ来たか〜!
と思っていたら、
たった2歳児の質問に答えられない私…。
知らないことが多すぎる〜。
と言っても2歳児目線なので、決して難しいことではなく、
ほとんどが身近な乗り物、食べ物、植物、動物、昆虫などですが、
正式名称を知らないものが多いなーと改めて思いました。

質問に私が答えても“へえ〜”と気のない返事のことも多く、
多分本人は何でも聞いてみたいだけで、
そんなに答えは期待していないのかもしれません。
でも私の中では、これなあに?なんだろうね?…
で終わってしまわぬよう、自分で調べられる時期が来るまでは、
興味や知りたいと思った気持ちを大切に一緒に勉強していきたいと思っています。

 振り返ってみるとこの10年くらいは、
ゆっくり散歩をしたり、
自転車で出かけたり、
公園で遊んだり、
外に出て季節を感じながら生活することをしていませんでした。
花壇に咲く花や街路樹の花をみて“キレイね”と言ったり、
道ばたに咲いている小さな花やありでも見つけると、
とても嬉しそうに教えてくれる大雅から、
いろいろ忘れてしまっていた感覚を思い出させてもらっています。
ありふれた日常の中にも小さな発見や感動があり、
刺激的なモノはあまりないけれど、
今は今でとても充実していて心が満たされている気がします。
時間のある今だからこそ、
子供と一緒に外に出て太陽の下でたくさん遊び、
からだを動かし、
季節を感じながら自然の中で5感を刺激し、
いろいろなものを吸収していきたいな〜と思います。


育児サークル「わはは」
投稿者:みずき

桜満開の入園式

2012-04-21 23:48:31 | Weblog
投稿者:としこ

わははウィークリィ900号!!
おめでとうございます。
900号という数字から長い歴史を感じます。
こんなに続いていることは本当に凄いことだと思います。
1000号までも楽しみです!

さて、皆さん新生活はいかがですか?
先月わははを卒会した鴨居ゆりの母俊子です。

4月10日桜満開の中、入園式を迎える事が出来ました。
娘の後ろ姿しか見えませんでしたが、
緊張していることがわかりました。
一時間半の間、先生の話を良く聞いて席にちゃんと座っていた姿に大きな成長を感じました。

年中年長の園児たちが歌う讃美歌がとても素敵で思わず涙が出てしまいました。
この日はパパも一緒でしたので
桜並木の道を穏やかな春の風に吹かれながら3人で手をつないで帰り、
とても幸せな気持ちになりました。

そして、翌日から二日間付き添い保育でしたので、
娘の園生活をじっくり見る事ができました。
みんな園庭で元気に遊んでいるのに娘だけ教室に残っていました。
先生が何度も誘ってくれたので園庭に出る気にやっとなってくれましたが、
一人でふらふらしてしまいお友達と遊ぶことができずにいました。
滑り台を滑った後に白い靴下が真っ黒になったことでもう帰りたいと言っていました。

それでも、教室の中では電車のレールを長くつなげる遊びを一生懸命にやった後、
達成感のある顔をしたり、
たくさんの良い絵本に喜びを感じていたので、
それはそれでいいのではないかと思いました。

確かにみんなと一緒に外で遊んでほしいけれど、
娘は確実に成長しているのですから。少しずつでいいよいいよ・・・・

このように余裕をもって考えられるのは
“わはは”のスピーチで予め幼稚園に入ってからの事を良く聞いていたおかげなのです。

ところが帰る間際、
教室にはお友達は一人もいませんでしたが急に癇癪を起こし始めました。
近くに担任の先生がいるのに全く対応してもらえず長い時間パニックになっていたところ、
もう一人の担任の先生がかけつけてくださいました。
“水を持ってきて~”ともう一人の先生に言っていましたが、
持ってこられてもはねのけてしまうだろうとわかっていましたが案の定でした。
コップはかなり空中に舞い床は水浸し。先生が“そんな声は出してはいけません”
と言って落ち着かせようとしても娘は暴れて先生の腕をたくさん叩いてしまいました。
一応、療育に通っていたことを話すと妙に納得されてしまいましたが、
心理のお医者さんがいるから相談するよう言われました。
私が思うのには新しい環境と疲れから、これくらいのことは普通だと思ったのですが。
娘は慎重派なだけにいろんなことを感じ期待と不安でいっぱいなのでしょう。

でも明日からは母子分離。
付き添い保育だとどうしても甘えてしまい親を頼りにしてしまいましたが、
もうそうはいきません。
娘もわかっているのです。
それに私も大きな器で迎えてあげないといけないです。
一人の時間をもらえるので少しは気持ちのゆとりができるでしょう。
ママ倶楽部に入ってテニスを楽しむのも良し、
絵本クラブに入るのも良し!ですが仕事もし始めたいとも思っています。

最後に、こうしてわははOBとしてエッセイを投稿するのはなんだか不思議です。
時はどんどん進んでいくのに追いついていくのが大変です。
その点、子どもは常に前を向いているのが凄いなと思います。
置いてきぼりにならないように決して後ろ向きにならないように前を向いて良い方向に歩んでいきたいと思います。


育児サークル「わはは」
投稿者:としこ

900号 おめでとうございます

2012-04-21 23:45:35 | Weblog
投稿者:みずき


 900号!!!おめでとうございます。

こんな記念すべき号で編集長をやらせていただき光栄です!

私は26代目なんですね。

歴代編集長の方をはじめ、
わはは現役&OBの方々の想いの詰まったweekly。
バックナンバーを読ませていただくと、
様々な歴史が感じられます。
今やステキなしっかり3児のママのHさんも昔は、
今の私と同じような悩みを抱えていた時代もあったのかと思うと、
ちょっと安心し私も頑張ってみようと思えました。
彼女のような素敵ママになれる自信はありませんが、
少しでも近づけるよう日々努力していこうと思います。

 私にとってつぐちゃんや、
わははでたくさんの方達に出会えたことで子育ての考え方が変わりました。
たぶんつぐちゃんちに出会えなければ、
子供が小さいうちから保育所に預け、
フルタイムで仕事復帰し、
子供の成長を見守る楽しみを味わえないまま過ごしていたかもしれません。

仕事は好きなので、
今でも以前のように働いて自分のスキルを磨きたい気持ちはありますが、
やっぱり今私がするべきことは我が子としっかり向き合い、
子育てを中心に考えることが自分の一番の役目かなと思っています。

もちろん、
フルタイムで働きながらしっかり子育てや家事もしているお母さんたちもたくさんいますが、
要領の悪い私には到底無理がきて、
子供にしわ寄せがいってしまうと思います。
仕事はいつでもできるので、
今しかない時間を息子と一緒に共有し、
楽しみたいと思います。
そう思えるようになったのもわははに出会えたおかげです。 

 いつでも帰れる温かい場所、
素敵な人たちに囲まれて子育てが出来ることに感謝しつつ、
この先もずーっと続くといいなあと思います。

きっとあっという間にweeklyも1000号を迎える日が来るのでしょうね。


育児サークル「わはは」
投稿者:みずき

直の絵

2012-04-21 23:42:59 | Weblog
投稿者:のりこ

最近の長女・直のブームは「お絵かき」。
12色のクレヨンやボールペン、鉛筆を使って、裏紙にいろいろ描いています。

 最初の頃は、ただ線をかきなぐっていただけ。
その後、気づくといびつながら円が描けるようになっていました。
「オオ!スゴイ!」と思っていると、
今度は円の中に目と口らしきものを描くようになりました。
人の顔です。
びっくりしました。
誰も教えていないのに、こんな絵を描けるようになってる!と
(もちろん、つぐちゃんちでお姉さんたちが上手に描く絵を横で見ていた、というのもあるとは思いますが)。

 人の顔を描く直に
「それだあれ?」と聞いてみると、
「おかあさん」
「おとうさん」
「さとちゃん(妹です)」
「つぐちゃん」
と、その時々で答えは違います。
「おかあさんを描いた!」
と持ってきてくれると、本当に嬉しくて、
それら全てを記念にとっておきたくなりますが、
膨大な量になるのでしぶしぶあきらめています。

 以前、父の知り合いの方が父宛にくださった年賀状に、
ぐしゃぐしゃな絵が描かれていて、
右下に小さく「アンパンマン」と書かれていました。
それを見た私は「なんじゃこりゃ?!」と思いました。
どうも2歳か3歳くらいの1人娘さんが描いた絵だったようで、
「こ、これを年賀状にしてしまうなんて、かなりの親バカ?!」
と思ったことをすごくよく覚えています。
が、我が子が絵を描き始めると、どんなに不思議な形であろうと、
どんなにひしゃげた顔であろうと、
「すばらしい!」と感動している自分がいました。
ああ、あの年賀状を出した方も、
こういう気持ちだったんだろうな、と、
自分が子どもをもってみて、初めてわかりました。

 さて、自分が絵を描き始めるようになると、
周りの大人たちにも「○○かいて」
と要求するようになった直。
子どもですから、誰だったらこれを描けるだろうなんて考えないので、
ジイジにも「アンパンマンかいて」
と容赦ない要求をつきつけます。
光の実家に行ったときには義父と直が遊んだ後に
「アンパンマン」と大きく書かれた紙が残されていて、
思わず笑ってしまいました。
「アンパンマンかいて」と言われたジイジは、
苦肉の策として、絵ではなく、
文字で書いて直に見せたのです。

直もなにがなんだかよくわからなかったのでは(笑)。

私の父にも「フクロウかいて」「クモかいて」と要求し、
私は自分の父が描く絵を初めて見ました。

 こうやって、周りを巻き込みながら、
どんどん自分の世界を広げていく子どもの様子が、
ライブで見られるのは本当に面白いです。
人の顔の次はどんな絵を描くのかな。


育児サークル「わはは」
投稿者:のりこ