わだつみの華

あなたの心という大海原を
心地よい風が渡っていきますように

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(一)富士聖地野外特別統一会で 四次元の光を受けた意義について(4)

2014-10-18 08:08:41 | 癒し
       (前日からの続き)
 みんなは肉体を持っていますから、我(が)と
たたかいながら生きていますから、一歩一歩
抜け出して行ってね、進化をしてゆく。我々は
光なんだ、神様から流れて来ている生命なんだ、
死ぬも生きるもない、永遠の中に溶け込んで
ゆく生命なんだということをね、理屈、理論
ではなくて、感じてゆくというか、生命の喜びを
感じてゆく。そして、ありがとうございますと、
みんなに返して、もちろん神様にも、隣の人にも
近所の人にも家族にも返してゆく。そういう
ことが結局は、自分達を本当に守ってくれている
諸神善霊へ感謝の心を返してゆくことになるわけ
ですね。それは、自分がそこで自分の生命を
返してゆくことになってゆく。

 結局、人間というのは、毎日毎日生きて
ゆく中で、自分の生命を返しながら生きて
いるわけですね。一瞬一瞬死にながらみんな
生きているわけですよ。「地の上に新しきもの
なし」でね、「ゆく川の流れは絶えずして…」
ではないけれど、一瞬一瞬が絶対かえって
こない一瞬なんですよ。だから皆、毎瞬毎瞬
新しくされてる生命です。過去の自分は今
ここにいない。私がこうしてしゃべって
いますけれども、このしゃべってる一瞬も
もうかえって来ない。今日という日は絶対に
かえって来ない。その中でみんなが生きている。
 亀井勝一郎という人は、毎瞬毎瞬が臨終だと
思えばそれでいいんだ、そういう風に生きて
みろ!と書いていますけれど、恋愛論の中で
書いていますが、そういう風にして思えて
生きられる人はなかなかいないんですね。
            (翌日に続く)