先のSS「隣り合う景色(往復)」に上手く盛り込めなかった部分です
書きなぐりのメモ状態なのでさらっと流します
■本を借りる話(ミカ視点)
中庭でのちょっとしたティータイムを終えて、今一度、先ほどの部屋に戻る。
ミオに確認すれば、借りて帰りたい本がある、という事だったのでそれを取りに行くためだ。
何冊でも好きに持ち出せば良いと言えば、ミオは三冊選んで来きた。
刺繍の本と、パッチワークの本、機織り機の本である。
刺繍とパッチワークはともかく、機織り機の本に至っては言葉につまるミカである。
「おまえ、これ…機織り機の構造の図解書だぞ?」
けっして機織り機で可愛い布やら美しい図案やらを織るための指南書ではない。
一から構造を説明し、一台組み立てるまでの設計図のようなものである。
それを言えば、解ってます解ってます、と焦ったようにミオが頷く。
私じゃなくてヒロ君に、とミオは言った。
ヒロの村では機織り機を使えるのは有数の権力者に限られており、ヒロの家族は手織りで作業するのだという話を聞かされていたのをずっと気にかけていたらしい。
「この本があればヒロ君だったら、自分で作れるんじゃないかと思いまして」
「あいつに自作させる気かよ…」
どれだけヒロに対する期待値が高いんだか、と呆れて二の句が継げない。
「私の簡単な説明だとうまく伝わらなくて…」
という話で、少なくとも以前にそれなりの話はしたらしいことがわかる。
「でもこの本なら図解とか載ってるし…、これを見ながら説明した方が解りやすいかと」
まったく同じものは作れなくても、ヒロなら仕組みさえ理解すれば適当に簡易的な織り機を作れるのではないか、というミオの主張には唸るしかない。
「む、無理でしょうか」
「まあ、やってみれば良いんじゃねーか」
自分は、創作については苦手分野だ。
ミオがどんな構想を描き、それをヒロがどうやって形にするのか、ミカには想像もつかない。
自身の分とミオの三冊、持ち出す本の題名を書きつけ、それを司書へと手渡す。
かしこまりまして、とそれを受け取った司書は、一冊の本を差し出した。
先日、街でミオが買ってきた刺繍の本である。
「こちら、検めさせていただいた所、既存の書物と内容にさほど違いはございませんでしたので」
保管している幾つかの書物と比べ、足りない内容だけを書き写し終えたので、持ち帰って構わないという。
それを受け取ってミカはミオに渡した。
「という事だから、お前の物にすればいい」
「ええーっ」
「いらないなら廃棄に回す」
「いらなくないですっ欲しいですっ」
「ん」
世界の刺繍図案、と仰々しい題名ではあるが、ほんの50頁ほどの薄い本だ。
おそらく書庫にある専門書に比べれば大した情報量でもないだろうと思っていたから、これは予想通り。
はなからミオの物になるだろうと思っていた。
「あ、ありがとう、ございます」
なんだか複雑そうにしているミオに、司書が言葉を添える。
「こちらこそ、市井で流通する書物の提供を有難うございました。専門書以外の書籍までは中々手が回りませんので、大変、役立つものでありましたよ」
「あ、そう、だったんですか」
おそらく司書の仕事を理解していないミオには、その言葉で十分だったのだろう。
受け取って良いのかどうか迷っていたようなミオが、やっと笑顔になった。
■馬車の座席の話
馬車に乗り込んで、これから城下町の方へ戻る。
馬車が動き出す前に、ミカは離れて座ろうとするミオを隣に座らせた。
先ほどのティータイムで、執事に言われたことが頭をよぎったからだ。
こういった席に慣れない婦女子は対面ではなく、隣に。という彼の提案。
おそらく、今からそう遠くない先には数々の家との見合いを設けられる事が増えていくのだろう事は解りきっている。
その為に、作法の教師から教わった通りにふるまうばかりが正しいのではなく、女性に対する扱いを見直せ、と彼が良いたいのだろうと思う。
実際、ミオはいつになく良く喋った。
街では宿の食堂で、自分たちの船では船内で、二人きりになる事があっても大抵静かに、それぞれ自分の趣味に没頭して時間を過ごす事の方が自然だと思っていたから驚いた、というのもある。
ウイやヒロといる時の様に、よどみなく、自分の村の習慣やこだわり、父の様子、家族の時間、そういったミカの知りえない話を聞かせてくれ、それに軽く相槌を打つだけで、ミオの話はどんどん広がっていったほどだ。
だから、ミオは対面にいるより隣にいる方が気が楽なのかと思い、そうさせたのだが。
中庭にいる時と違い、がちがちに固まって馬車に揺られている。いや、揺られまいと踏ん張っているのか。
「座り心地悪いのか」
城下町から出てきたときは、なにやら夢中で窓の外ばかりを見ていたミオが、真正面を向いたまま硬直しているようで、思わず声をかければ。
いえ!そういうわけでは!と、力んだ言葉が返ってくる。
居心地悪いんだな、と理解した。
「向かいが良いなら、あっちに座ってろよ」
と、辻で行き交う他の馬車待ちのために停車した隙にそう言えば、大人しくミオは向かいの席に移動して。
来た時と同じように、斜め向かいへ座り、そしてそのまま横にずれて座った。すなわちミカの対面に。
何をしているのだろうか、ただ黙ってその行動を追っていると、ミカの対面からまた斜め向かいに移動して。
「やっぱりここが良いです」
と言う。
それでようやく全部の席の座り心地を確かめていたのか、と解ったが。
「隣だとすごく仲良し、って感じがします」
馬車がまた走り出し、その揺れに足を踏ん張って、そっちは、とミカの対面の席を指す。
「なんだか果し合いをするというか、向き合うっていうのが対戦する準備っていうか」
そんな感じで、と言って。
「ここだと、無関係、って感じです」
と、それぞれの席についての感想を言うミオに、思わず絶句する。
なんだそれは。
座る位置で、そんなに関係性を細やかに分析する意味はなんなんだ。
というか、そんなに感想を呼び起こされる事か?たかが、席の、位置ひとつで!
「……」
ミカとしては、ミオがどこに座ろうとどうでも良い。ミオがどこにいようと同じで、それに対していちいち何かを思う事など一切ない。
なのにミオのそれはどういうことだ。
なんという繊細な生き物か!!という感想に尽きる。
自分とはまるで違う世界にいる生き物に遭遇したような…、そんな驚きでしかなかったのだが、ミオは違うように受け取ったらしい。
「あ!違うんです!ミカさんと仲良しが嫌だとか、無関係が良いとか、そういう事ではなくてっ」
「え?あ、…うん」
「なんか、座席ってそういう意味があるのかなあ、って思って」
ねえよ!そんな意味なんか!!
と、言いたいところをぐっと我慢する。
「不思議ですよね」
「お前がな」
というのは我慢できなかった。
「ええ?」
「俺、別にどうでも良いし…」
「えっ、そうなんですか?どこでもいっしょですか」
「…うん」
そう返せば、ミオが困ったように目線を彷徨わせる。
うーむ、しまった。また微妙な空気に突入しようとしているのか、これは。と考え、なぜ微妙な空気になるのか気づいた。
ウイとヒロがいないからだ。あの二人の介入がないから、こうしてミオと二人の会話は度々、とん挫する。
それで思った事が、一つ。
ミカは口を開いた。
「これは、いつもの座席と同じ形だ」
「え」
いつもの。4人が揃って、テーブルに着くときの、決まった席の配置だ。
「ウイがそこで」
とミオの隣を指し、俺がここで、と最後に隣を指す。
「ヒロがそこだ」
その意味を少し考えていたようなミオが、あ!本当だ!と、声を上げる。
ミオの隣はいつもウイで、対面はヒロだ。そして、ミオと自分は斜め向かいにいるのが、当たり前の光景で。
「あ、そっか、だから私ここが」
落ち着く配置なのだろう。
生きの馬車でお互いに何も言わず当然のようにそう座ったのも、実はいつもの習慣なのではないか。
「解りました、中庭でお茶をいただいた時は二人席でした!二人席だとミカさんの隣が良いんですけど」
4人席だといつもの場所が良いみたいです、と言われて、ただ頷く。
ミカにとっては、二人席だろうと4人席だろうと、別にどこの席に対しても執着もなく何ら変わりはないので、まあミオはそうなんだろうな、と言う程度。
だがミオは、その答えにたどり着いて、すっきりしているようだったが。
「あっ、だからって、いつもミカさんと無関係がいいとか思ってるわけじゃなくてっ」
「うん、それは解ったから」
「あ、そうですか」
無関係が良いと思っているわけじゃない事くらいは解る。
ミカのために訪問着を用意し、ミカのために慣れない馬車に乗って、人見知り全開で挙動不審になりながらもミカの家で半日を過ごし、今こうして帰路についているのだ。
ただミオはそういう性分なだけだろうと思う。
人との距離に繊細すぎて、自分のことがおろそかになりがちな。
「だから、好きにすれば良い」
自分は何も構わない。ミオはミオらしく、自由でいてくれて構わないのだ。
「はい」
馬車は速度を落とし、他の馬車の流れに掴まったようだ。
帰路の軽い渋滞に合わせ、人の歩くよりは少し早い程度に、窓の景色が流れる。
何気なく二人、窓の外に目をやって、同時に気づいた。
「あ、ウイちゃんと」
ヒロと師匠の姿をミカも認めたが。
あろうことか、ミオが窓の外に向かって手を振り呼びかけようとする。
「ば、かっ!それは好きにするんじゃねえ!!」
「はいいぃっ?」
馬車の中から外の人間に声をかけるなどはしたない、という事を理解しないミオは、いきなりのミカの叱責に飛び上がった。
もったいないので作った小話はあますことなくうpする所存