ドラクエ9☆天使ツアーズ

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賢者の砦(守)

2014年04月01日 | ツアーズ SS

いつもの朝。

というか、昼近く。日もだいぶ昇りきってから目を覚ましたミカは、なんで誰も起こしに来ないんだ、と

身支度を整えてから、まず食堂へと足を向ける。

今日は波も穏やからしく、船内でもさほど揺れが気にならない。

ある孤島に停泊して、1日。窓の外は快晴。

と、寝起きの頭を働かせるように状況を確認して食堂へ入れば、そこには一人、ミオが席についていた。

 

 

 

「あ、おはようございます」

それまで作業していた刺繍物を置いて立ちあがる。そんな馬鹿丁寧に挨拶をしてくるのも彼女の常だ。

「うん」

まだすっきりしないまま生返事を返し、いつもの定位置にミカが座っても、ミオはその場に突っ立っている。

それに気を回すほどには覚醒していない。

しばらく何かを考えようとして、不意に気づく。

「…あいつらは?」

「あ、ウイちゃんとヒロくんは、外です」

と、即座に返ってきたミオの言葉で、どうやら船内には二人きりらしい、ということまでは解った。

特にそれに感じることもなかったが、脳はようやく起きはじめているらしい。

「外?」

「はい、あの、錬金の素材を集めてくるって…、あ、昼食には戻るって言ってました」

「ふうん」

そう言えばなんだか新しいレシピ本を見つけたとか何とか、ヒロが興奮していたか。

まあ、昨日見た限りでは小さな島で、特に脅威らしい脅威もなかったから、

二人放っておいても大丈夫か、などと考えていると。

「あの、ミカさん」

まだその場に立っていたミオが、遠慮がちに話しかけてくる。

それに気づいたミカが彼女に意識を向ければ、必死、という面持ちで続けた。

「朝ごはん、食べますか?」

「ああ?」

朝ごはん、という時間ではないようだが、とミカが思わず時計を確認していると、

大丈夫です!すぐ作れます!!と付け加える。

違う。別にそういう意味で時間を確認したわけではなく…。

「いや、いい」

「えっと」

「必要ない」

「そう、です、か」

大体、昨日の夜更かしからして体調を崩しているな、と、無駄な夜更かしの原因でもある、机の上、

そこに広げられたままの遊戯盤に目をやる。

 

 

 

それは、『賢者の砦』と呼ばれる対戦型の遊びで、砦を作り兵士の駒を動かし敵の陣地を攻略する、という

戦を模した盤上遊戯だ。

それをヒロと二人で興じていたのは良かったが、意地を張り合ってなかなか決着がつかず、

最後にはどこで手打ちにしたんだか、それさえも睡魔に襲われて不明だというのが度を越している。

(それなのにあいつはなんで朝っぱらから素材集めに走りまわってんだ?)

時々、ヒロの底なしの体力が解せない。

そんな苦いものを抱えつつ、なんとなく盤上の駒の配置から昨日の流れを思考していると。

「あ!じゃあ、お茶を淹れましょうか」

と、ミオの声に再び我に返る。

頬杖をついたまま視線だけを向ければ、やはり先ほどと変わらず、なにやら必死で提案している。

「あの、熱いお茶を、一杯、いかがですか」

どこの店員だ。と思ったが声には出さず、一考、…確かにその提案には惹かれるものがある。と、

ついつい盤上遊戯での思考状態のまま堅苦しく返答しそうになって、気分を切り替える。

「…うん、そうだな」

淹れてもらおうか、と返すよりも早く、「はい!お待ちください!」と、有無を言わせぬ迫力に、

ミカがやや気押されている間に、ミオは部屋を出て行った。

やたら張りきっているように感じるのは気のせいか?…気のせいか。

大体彼女はいつもあんな風であり、自分もいつも大体こんな風に対応しているだろう。

多分。

と、何か調子が狂うのは、やはり昨夜の夜更かしがたたっている。

いつもほどよく切り上げ就寝、というのが常なのに、昨日はなぜか互いに譲らなかった。

ヒロが珍しく執着したせいもある。

『賢者の砦』と言われるこの盤上遊戯を手ほどきしてやったのはミカだが、案の定、というか

何に対しても飲み込みのいいヒロは、回を重ねる度に腕を上げてミカと対戦できるまでになった。

それはいい。

だが、勝ち負けに執着しない性分のヒロは、この遊戯に関しても「過程が楽しければそれでいい」という、

対戦相手にしては手ごたえのない、ぬるい暇つぶし程度にしかならなかったものだが。

「あー!ひでえ!俺今すっげえ砦思いついてそれ作りかけてたんだけど!!」

と、ミカがヒロの陣地の守りの背後を突いて攻め落とした事を、怒られた。

なんでだ、そういう遊びだ。という理不尽さと、その「すっげえ砦」ってどんなんだ、という好奇心。

つい好奇心が勝って、もう一戦。

当然ヒロも真剣に砦を完成させるために熱が入っているために、再戦に次ぐ再戦。

そうなると今度は、そう簡単に作らせるかよ、という対抗心が勝ってきて、互いに一歩も引かぬ局面になった。

もう一回、もう一回、今度こそ、もう一回…

(で、結局あいつの作りたかった砦って何なんだ)、と盤上の配置を確認していると、

ミオがお茶の用意をして戻ってきた。

「熱いですから、気を付けてくださいね」

と、並べられる食器も、湯気も、葉の香りも、馴染みあるもので、それは確実に気分を向上させる。

「あ、あの、熱すぎないですか?大丈夫ですか?」

ミカの反応を気にするように、控えめに声をかけてくるミオの様子も変わりなく。

「うん、ちょうど良い」

ミカは体に心地よい熱を取り込んで、ようやく、昨日からの眠りが覚めた。

 

 

 

「もう一杯いかがでしょう?」

「今度はミルクを入れますか?」

「あ、ビスケットも出しましょうか」

「果物もありますよ」

と、ミオから繰り出される怒涛の攻撃。

すっきりと目が覚めたから解る。何だ、なんでそんなに 必死で食いついて来るんだ。

思えば、先に顔を合わせたときから普段のミオらしくなく、積極的ではなかったか。

やや戸惑いながら一つ一つ律儀に断っていたミカは、これによく似た状況を嫌というほど知っている、と

ようやく思い至った。

そうだ。対する相手が違うから勝手が違うような気がしていたが、いつも大体、この状況になる。

主に相手が、ウイかヒロの時。

(これはあれだ!)

と、ミオがさらなる攻撃の手を考えてい隙に、「お前、な」と、口をはさむ。

すると「はい!」と力いっぱい返事をして期待に満ちた目をするミオ。

うん、やっぱりな。あれだな。あいつらと反応がそっくりだ。と、脳内で再確認しておいてから、

ミオにも確認する。

「…暇なのか?」

ミカのその言葉にあっけにとられたようなミオだったが、ややあって、「はい暇です!」と返す。

「大丈夫、すごくすごく暇ですから」

その大丈夫、ってのはなんだ。とは思ったものの、ミオは興奮してる時には勘違いな言動になるのも、

まあ、慣れているので気にしないことにした。

「そうか」

(暇だから構え、ってことだよな)

そう納得したが、ウイとヒロの「構って!」攻撃には慣れているものの、ミオにどう絡めば良いかが

さっぱり解らない。

机の上には彼女の趣味らしいやりかけの刺繍の木枠とこまごましたものが乗っているが。

あれを俺がやるわけにもなあ…、と困惑する。

ミオは相変わらず期待に満ちた様子でミカの次の言葉を待っている。

万事休す。

 

 

 

「私、駒の動かし方くらいしか、わからないですよ」

そう困り果てたような声を出すミオ。

「動かし方が解れば十分だ、適当に付き合え」

二人で並んで席に着き、『賢者の砦』の盤上の駒を初期配置に戻しながら、答えるミカ。

万事休す、で‘盤’に思い至ったのは我ながら陳腐でしかたがない、と思いつつも他に手がない。

これなら互いに苦手な会話でひたすら気まずく不穏になる必要もない。

この『賢者の砦』は、古くは戦場で実際に軍師たちが戦略を立てるために使っていた軍議が元だ。

それを盤上仕立てにしたものが貴族たちの嗜みになり、市井にも遊戯として広まっている。

そういう事で、造詣が深いミカがヒロに手ほどきしたわけだが、その時からずっとそばでウイとミオも観ている。

いちから説明しなくてもできる、というのも良い。

つまり、極限まで会話をすることなくただ時間が過ぎるのを待つ、という逃げの戦法だ。

(そのうちあいつら戻ってくるだろ)

などと軽く考えていたのが甘かった。

そもそも<極限まで会話をすることなく>というのが、ミカの性格ではまず無理!と

ウイかヒロがいたなら突っ込むところである。

間違いは正さないと気が済まない、曖昧なことを見逃せない、適当な感じで流せない。

そのうえそれを絶対に口に出して指摘してしまう厄介な性分であるがために、

『賢者の砦』という盤上でミカが口を出さずにいられるはずがないのだ。

「ちょっと待て、それはどういう動きだ」

「なぜそこに配置する」

「役割がないとか有り得ない」

「とりあえず、とかいうのもやめろ」

などなど、いちいちミオの手順が気になって確認してしまうものだから、一向に進まない。

ミオもその度たどたどしく意図を説明しては呆れられ、やり直し、また指摘され、を繰り返す。

二人とも気付いていないが、泣きださないミオのおかげでなんとか状況を保っているようなものだ。

これが以前なら、一気にミカが窮地に陥るのは目に見えている。

「えーっと、じゃあココ、で、…正しいですか?」

「正しいか正しくないかで言えば、正しくない」

「あ、じゃあ、えーっと、…えっと、もちろん、…正しく置くのがいいんです、よね?」

「戦略があって、敢えて正しくないことを選ぶなら、それでも良いが」

「え?戦略?」

「戦略もなしに攻めてきてんのか、お前…」

「いえ、攻めてるわけじゃないです」

「なに?それ守りか?!」

「は、はい、守ってるんです、あのー、ここを」

「守ってねえよ!」

「ひゃー、すみませんすみません!」

こんな調子なので、ハッキリ言って普段の倍以上、会話がはずんでいると言っても良い。

楽しいかどうかは別として、会話が途切れて気まずい空気にはなりえないのが不幸中の幸いか。

「いいから攻めてこい、進まねえだろ」

「はあ」

自分が初めて祖父から手ほどきを受けた時も、まず攻めから教わった。だからヒロにもそうした。

ついでに言えばウイも同じだ。(彼女の場合は攻めしかできない、というのもある)

なのに、ミオはなぜか侵略が落ち着かずたびたび進んでは戻ってを繰り返す。

「難解すぎる…」

ミカが思わず口にしたことに、ミオが即座に委縮する風を見せる。

「ご、ごめんなさい、あの、私のやり方、おかしいですか」

「おかしいというか…、意図が全く読めねえ」

「えーと?それは、よくない、ですか」

「いや単に下手なんだろうな、とは思うが」

「は、はい、そうですよね」

普通は、とミカは戦局とは関係のない空間に駒を配置しながら、言葉を続ける。

「定石というものがあって、どの駒運びも大体、それに倣うように動く」

古くから多くの戦局を研究されつくしてきた中でも、これが最善の手順だ、と言われるものである。

勝つために駒を動かしていくと自ずとそうなる、と説明して、最小限配置した駒を指さす。

「この配置で、攻めるならどこに置く?」

「え、と、…ここです、よね」

「そうだな。これなら?」

と、自陣の駒を動かして配置し直すと、しばらく考えたミオが空いた升を指さす。

「こっち、です?」

「うん、そうだな。それが定石。絶対勝てる配置、あるいは絶対負けない配置、てことだ」

9マスの狭い範囲で、2対1の駒数でなら正解を出せるようなのにな、とミカは盤上に目を戻す。

今やったことと全く同じことが、盤上の2か所で展開されているわけだが、なぜそこでは出来ない?

(不可解だ)

それを責めるつもりはないが、一体どういう障害があってそうなるのかが非常に気になる。

とミカが内心で唸っていると、ミオが思い切ったように口を開く。

「そういう正しい手順がいっぱいあって、ミカさんとヒロくんはそうしてるんですよね」

「…そう、だな」

「じゃあ私も、その手順を覚えたら勝てるってことですよね?」

「……」

ミオにしてはらしくない、ずいぶん飛躍したような問いかけに、思わず絶句する。

そのミカの反応をみて、途端に恥じ入るように両手を突きだすミオ。

「す、すみません!そんな単純なことじゃないですよね!」

「…いや、…勝ちたいのか、お前」

「めっそうもないでございます!そんなオコガマシイと言いますか、ええ、本当に、はい!」

そのまま立ちあがって部屋から飛び出していきそうな勢いである。

「いい、いいから、待て」

これは、とても大事なことのような気がする、とミカは無意識の威圧でミオをその場にとどまらせる。

「違うなら最後まで話せ。中途半端に止められると俺も答えられない」

「は、はい」

「勝ちたいならそれもいいだろ。ヒロに勝てるくらいまで鍛えてやるぞ」

「いえ、あの、…勝ちたい、わけじゃ、ないような、んですけど」

「勝ちたくないってのもどうなんだよ…」

「あ、すみません、えっと、そうじゃなくて、あのうまく言えないんですけど…」

「うまく言わなくていい、普通にいえ」

思ったことを思った通りに、と促せば、ミオが両ひざの上に置いた手をにぎりしめた。

傍目には、説教の場面のようでもあるが、ミカは大まじめにミオの気持ちを汲んでるつもりである。

「よくわからなくて」

と、ミオが床を見たまま言葉をつなげた。

「さっきみたいに、ミカさんが一度だけ問題を出してくれるのは解ります」

でも、盤上を見る。

そこには大いなる戦場の縮図、両陣営と兵士と戦略の流れがある。

「ずっと駒が動いてて、その時はここが最善だって思って配置しても、すぐ後には崩れちゃうし」

先の先を読んで配置してもその通りに動けなければまた一からやり直す。

自分の一手が正しいのかどうか解らないまま、ずっと不安なのだと言う。

「だから、定石っていうのを覚えたら、それを目指せばいいと思って」

正しいことをしている、という確信が欲しいのだ。

駒の犠牲も、相手の誘導も、砦の囲いも、侵略も、最終的に向かう理想の形を目指している。

その為に必要な動きだ、と理解できていれば自信が持てる。

「と、思いまして」

これって勝ちたいっていうことでしょうか?とミオに問いかけられ、ミカは言葉に詰まった。

ミオの言うことは、ひどく当たり前のことだった。

だが、それをそうと言われなければ解らないほど、自分は失念していた。

なぜなら、先に遊戯のやり方を教えたのが、あのヒロとウイだからだ。

定石、と聞いて、ヒロはこう言った。

「え、そんなのつまんねえ。もっと凄い最善の手が出るかもしれねえじゃん」

(おまえはたった数カ月で何百年から続く先人の研究を凌駕する気満々か)

さらにウイはこう言った。

「最善の手があるなら別に勝負しなくても勝てるよね?」

(そういう問題じゃねえだろ!)

そうして何度も戦局を重ねれば、定石とかいうのウットオシイ!好きにやらせろ!だの

定石意識してたら余計わけわかんなくなっちゃうよ!だの、言いたい放題散々だ。

だから好きにやらせた。

それで当人たちが面白いならまあ良いか(定石の重要性も後々自己解決するだろう)と

今の今まで放っておいたのだ。

ウイは飽きっぽいこともあって子供の遊び程度で満足らしいが、ヒロなんかは昨夜のように

一進一退の攻防にまで発展するほどに腕を上げた。

そんなこともあって。

「あの、ミカさん?」

ミオも同じに考えていたのだ。

「いや、お前の言うことは正しい。俺が間違っていた」

「えっ?」

そうだ。

同じであるわけがなかった。それは、普段の行動や、戦闘状況においても解っていたはずなのに。

いや、自分は本当に解っていたか?

今気づいたことと同じ過ちを犯していないか?

不意にその可能性が頭をかすめる。

だとすれば、確かめる必要がある。何よりも、ミオのために。

その結論にたどり着いた自分の覚醒をさえぎるものがここには多すぎる。

ミカはあっけにとられているミオを真っ向から見据えた。

「表へ出ろ」

「えええ?!」

立ちあがる。

「すすすすみませんすみません!私なんかがヘンニ意見したりしまして申し訳ありませんでしたー!」

…違う。

別に制裁を加えるために外に出るわけじゃない。

 

 

 

 

 

ハイ、賢者の砦(攻)につづくよー

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