フェイスブックの炎上と映画が発端でノルウェー政権解体の危機
Facebook投稿が原因で、政権が解体するかもしれない。SNS時代ならではのありえない話が、ノルウェー国会で現実味を増している。
ノルウェーには、過激な発言で計算された炎上戦略をする政治家がいる。
右翼ポピュリスト政党「進歩党」のシルヴィ・リストハウグ法務・危機管理・移民大臣だ。
ノルウェーの「また炎上してる」人
進歩党の「プリンセス」と称えられる、次期党首候補だ。
過激な言動、卓越されたメディア操作、ナショナリズムファンが集うFacebook個人ページを使い、ノルウェーの世論を二分させている。ワシントン・ポスト紙には「ノルウェー版ドナルド・トランプ」とも名指しされたことがある。
昨年、総選挙で中道右派政権が継続することになったばかり......のはずが
ノルウェーは、2013年から保守派陣営が政権を担っている。現在は、アーナ・ソールバルグ首相率いる保守党、進歩党、自由党による連立政権で、キリスト教民主党が閣外協力をしている。
4年毎におこなわれる国政選挙で昨年あらためて勝利したばかりのソールバルグ政権。今年の1月には、内閣改造を発表し、新しい船出となる「はず」だった。
政権の中で、最も物議を醸すリストハウグ大臣。
進歩党は、移民や難民の受け入れに懐疑的な政党として知られている。だが、政策においては、実は右派左派では、大きな変わりはないともされる。違いは、「話し方」だ。
3月9日に何が起きたのか
問題のFacebook投稿が起きたのは、3月9日。
労働党は、国家の安全よりも、テロリストの権利が大事だと主張している。『いいね!』ボタンを押して、この投稿をシェアしよう
この文章には、1枚の画像がついていた。2012年に撮影されたソマリアを拠点とするイスラム過激派アルシャバブの戦闘員の写真だ(以下)。
この投稿が、「この日」にされたことには、大きな問題があった。
ノルウェーのテロ事件をテーマにした映画『U-July 22』が公開初日を迎えていたのだ。筆者も、この日はこの映画を見ていたので、大臣の投稿を見て、唖然としたのを覚えている。
77人が殺されたテロが映画化
2011年7月22日。アンネシュ・ベーリング・ブレイビクによって、77人の命が奪われた。政府庁舎の爆破で8人、オスロ郊外のウトヤ島での銃乱射事件で69人が死亡した。
ウトヤ島では、当時、左派最大政党「労働党」の青年部による夏合宿がおこなわれていた。移民や難民の受け入れに寛容的なイメージが強い労働党。その未来の政治家の卵を狙ったのが、極右思想のブレイビクだった。
「もう、2度と7月22日を繰り返さない」
「2人目のブレイビクをうまない」
「憎悪に憎悪で答えず、ノルウェーの民主主義を守ろう」
ノルウェーは、そう誓ったはずだった。
「ヘイトスピーチを放置してはいけない。過激思想は、いつか行動となる」
ノルウェーは、そう学んだはずだった。
しかし、リストハウグ大臣の今回の炎上投稿で、右派左派問わず、国民が恐怖を感じ始めている。
ヘイトスピーチと陰謀説にエネルギーを与えてしまっているリストハウグ
政権に座る大臣が、ヘイトスピーチの温床ともなりつつあるFacebookページを運営している。「労働党による移民政策のせいで、国家の安全が危機に」というネットでの陰謀説が、大きく息を吹き返し始めている。
リストハウグ氏の炎上投稿は、初めてではない。
これまでにも、数えきれないほどに彼女は炎上発言を繰り返してきた。「みんなに好かれること」を気にしない同氏には、敵も多いが、熱狂的な支持者も多い。
リストハウグ氏は距離を置こうとするが、彼女のファンのなかには、過激な思想を持つ人物やグループがいることも以前から指摘されている。
常に誰かを怒らせ、紙面の見出しを飾る政治家
彼女は、常にどこかの世論を怒らせていた。
農業・食糧大臣だった頃は、農家の人々を。移民・社会統合大臣だった頃は、外国人・移民・難民を。法務大臣となった今、彼女の矢は、国籍や階級を問わず、「ノルウェー国民」に対して向けられてしまった。
労働党をテロリストのための党と名指しすることで憤るのは、労働党だけではない。
今でも精神的な苦痛を抱えるテロの遺族、生存者。テロに悲しみと怒りを覚えた国民のタブーな部分を、彼女は突き刺してしまったのだ。
頭の中の憎悪は、いつしか行動となる
当時の議論を追っていた人は、知っている。
ブレイビクを生んだものは、なんだったのか。
暗黒のインターネットにずっと棲みついていた、人々の心に伝染する憎悪、他者の排除、陰謀説。
移民や難民は、北欧の福祉制度を脅かすという、目に見えない不安。
「ブレイビクという人間は一人だったが、彼と思想を共有する人々がいることを我々は知っている。ブレイビクは、その群れの中から外れて、頭の中の考えを行動にうつしただけだ」
そう指摘する政治家や報道機関などは、後を絶たなかった。
ネットのヘイトスピーチを放置することの恐ろしさを、ノルウェーという国は身に染みて知っている「はず」だった。
それなのに、今、何が起きているのだろう。
政権に座る、国家の安全を守るはずのリストハウグ法務相のFacebookのコメント欄にあふれているものは、何なのだろう。テロの生存者が「恐怖を感じる」という憎悪の言葉が、そこには混ざっている。
世論を分裂させなければ、議論ができないのか
今、与野党や現地の大手伝統メディアからは、法務大臣の責任感と能力の欠如を指摘する声が相次いでいる(右翼ニュースサイトや支持者はリストハウグ氏を応援をしている)。
今回の議論で、大臣を批判した労働党青年部の生存者の一部には、「お前がウトヤ島で死ねば良かったんだ」という脅迫のメールや電話が届いている。
法務大臣のFacebook投稿が発端で、テロの生存者が殺害予告を受けているのだ。
警察には通報されているが、一部の生存者は、脅迫が原因で公の発言を控えている。
投稿を削除、政府と共に全面謝罪へ
Facebook投稿後、リストハウグ氏は5日後にやっと投稿を削除した。
後悔して削除したのではない、仕方なく削除したのだ。「政治的な目的で使用してはならない」として、権利元から削除を要請された。
ノルウェー首相も投稿を削除し謝罪するように指示していたが、リストハウグは首相の言うことを断固として拒否していたという。
「人々を傷つけた」。政権を代表して、首相も謝罪するという異例の展開となった。
誠意のない謝罪だとして、野党から受け入れられず
だが6日後、事態は悪化した。国会審議では、与野党から批判の嵐を受けたリストハウグ法務大臣。初めて、彼女は何度も謝罪した。しかし、誠意ある謝罪ではないとして、野党を納得させることはできなかった。
この日、不信任案の前段階とされる「批判案」が、国会の大多数をもって法務大臣に対して可決された。
それでも騒ぎは収まらず、野党からは不信任案が提出される。
当初、現地メディアは、「不信任案が可決されることはないだろう」と想像していた。筆者もその一人。
なぜなら、政権と閣外協力するキリスト教民主党が、政権解体へとつながる恐れのある不信任案を支持するなど、「ありえない」ことだったから。
でも、この「ありえない」ことが、20日に国会で現実となりそうだ。19日、キリスト教民主党は、「リストハウグを信頼できない」と公に発言した。
内閣総辞職か、リストハウグ炎上大臣とこれからも共に歩むか
法務大臣に対する不信任案が、大多数で可決されるとどうなるか。
野党の思い通りに、リストハウグ大臣が退陣という流れを、与党は受け入れがたい。「それならば、リストハウグと一緒に、全員で解散だ」と首相は賭けにではじめた。
政府に対する不信任案決議となると、キリスト教民主党も渋るかもしれない。内閣相違辞職に追い込まれた場合は、首相率いる保守党が新たな形で政権の基盤を模索するか、野党の労働党が新政権を樹立することとなる(解散選挙はない)。
たった1週間で、大臣のFacebookの投稿が発端で、内閣総辞職になるかもしれないという、信じられないことが起きているノルウェー。
謝罪しても許されない理由
首相も法務大臣も「珍しく」謝罪したのだから、不信任案は行き過ぎだろうか。
これは、今回の件だけが原因ではない。リストハウグ氏がこの約5年間、何度もしてきた炎上発言とFacebook投稿の代償ともいえる。
この騒動が沈静化しても、彼女がまた計画的に炎上を起こすのは明白だ。それでも、ノルウェー国民は昨年の選挙で、リストハウグ氏がいる保守派政権を選んだ。
その「投稿」ボタンは、本当に押す必要があるのか
SNSの投稿ボタンを押す瞬間に、他者への思いやりが、法務大臣にもう少しでもあったら。事態は、変わっていたのかもしれない。
外国人として事態をみている筆者が、何より思うことがある。テロを経験した生存者に、「お前が死ねば良かった」という脅迫が届いていることが、悲しくてならない。
Photo&Text: Asaki Abumi