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ドイツARD(公営第1テレビ)の世論調査「ドイチュランド・トレンド」での恒例の質問は、「次の日曜日が総選挙なら、あなたはどの政党に票を投じますか?」
8月31日のこの質問に対する回答は、1位がCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)で29%。2位はAfD(ドイツのための選択肢)で22%。どちらも野党だ。
一方、与党3党はというと、ショルツ首相の社民党が16%で過去最低。緑の党と自民党がそれぞれ14%、6%。つまり、ショルツ内閣の支持率は現在、3党合わせても36%で、常識でいえばすでにレームダック状態だ。
しかも、状況改善を目指して3党が心を合わせて頑張っているならまだしも、政権内は仲違いが甚だしい。彼らが合意してスムーズに進められたのは、自分で自分の性別を自由に変えられる「自己決定法」とか、大麻の合法化など、多くの国民が重要事項だと思っていないことばかりだ。ここまで国民の気持ちを無視すれば、支持率が転落するのも無理はない。
■企業のドイツ脱出が相次いでいる
ドイツの景気は悪い。国民は経済の先行きに不安を持っている。日本の景気は、政府や日銀が何もしなければ好転するだろうと言われているが、ドイツでは政府が左翼イデオロギーに執心し、余計な規制や実現不可能な目標ばかり掲げるため、エネルギー価格は上がるし、倒産は増えるしで、愛想を尽かした企業が国外へ脱出中だ。
しかも出て行くのは、これまでドイツ経済を支えてきた優良企業ばかり。例えば化学業界世界最大手のBASFは、100億ユーロ(1兆5800億円)を投じて中国広東省に巨大な生産拠点を建設した。自動車メーカーのフォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、BMWもEVシフトが進む中国市場への投資を強めている。
だから、今後のドイツの没落は織り込み済み。つまり端的に言えば、現政権はドイツを脱産業に導いている。
現在ドイツが抱えてしまっている数々の問題の根は、16年間のメルケル政権の悪政に負うところが多いが、ただ、その16年のうち、12年は社民党が連立で政権に加わっていたし、ショルツ氏は前政権では財務相だった。つまり、氏は責任を前政権になすりつけることもできない。
しかも、いくら前政権の置き土産が重荷であるといっても、エネルギー危機の真っ最中であった今年の4月15日、せっかく残っていた最後の3基の原発をわざわざ止めたのは現政権だ。以来まもなく5カ月になるが、案の定、ドイツは隣国より毎日、これまでにないほど多くの電気を、これまでにないほど高い価格で輸入せざるを得なくなっている。
■内需に力を入れてこなかったツケがきている
それどころか8月は、電気の輸入は6505ギガワット時(GWh)という最高記録を記録した。つまり、ドイツは安価で安定的なエネルギーの供給という産業の立地条件を完全に失ってしまったわけだ。ところが、ショルツ首相は何を勘違いしたのか、「ドイツ企業が国外で投資することは良いことだ」
また、やはり脱原発の急先鋒であったハーベック経済・気候保護相は、最近、自動車産業が外国に出ていく様子を見て、「自動車産業には、ドイツの産業立地を守る責任がある」。元々、経済音痴と言われていたハーベック氏だが、資本の流出は、政府が立地条件を壊したために起こっているという自覚がまったくないことが露呈した。
なお、8月29日には7つの州の首相が、これ以上の産業の崩壊を防ぐため、すでに世界一高くなってしまったドイツの産業用の電気代を数年にわたって抑えるよう、政府の介入を強く求めた。それに対して政府がどう対応しているかというと、イエスの緑の党と、ノーの自民党と、優柔不断な社民党で、いつものことながら党内抗争。このままではいかなる救済措置も手遅れになる可能性が高い。
ドイツは政府だけでなく、すでに全体としても機能不全だ。ドイツの一人勝ちと言われていた時代、産業界は輸出で大いに潤ったが、政府は内需に力をいれず、インフラ整備も無視した。そのため、今では道路も橋も鉄道もボロボロで、8月30日にDifu(都市計画のためのドイツ研究所)が発表したところによれば、それらの改修には2030年までに3720億ユーロが必要とのこと。
■家も人材も足りず、教育の質の低下が止まらない
住宅難も深刻で、多くの都市では、普通の収入の人が支払い可能な家賃の家を見つけるのは極めて難しくなっている。昨年は、40万戸を建設するというのが政府の目標だったが、今となってはそんなお金はどこにもない。
また、国土強靭化(きょうじんか)、特に治水が疎かにされたため、ちょっと雨が降ると毎年のように河川が溢(あふ)れ、あちこちで住宅地や畑が水に浸かる。政治家はそれを温暖化による異常気象のせいにして、「だから再エネを増やせ」というトンチンカンな主張にすり替えている。
なお、さらに著しいのが教育の崩壊だ。これまでも教師不足で小中高校の授業のコマが減ったり、突然の休講が増えたりしていたが、9月の新学期から状況はさらに悪化するという。ここ数年は、教員として養成されていない人を臨時教師として採用している州も多いが(教育は州の管轄)、人手不足の折、優秀な人材は民間企業にとられてしまっているため、教育の質の低下が止まらない。今のドイツでは、すでに教師は魅力ある職業ではなくなってしまったようだ。
教員不足と学力の低下に関しては、ドイツが移民や難民の子供たちを大量に抱えてしまったことも原因の一つだ。特に小学校では、3歳児程度のドイツ語の能力しかない多くの子供たちが入学してくるので、指導に困難が生じている。すでにOECDの「中」まで落ち込んでいるドイツの子供の学力だが、今後はさらに落ちるだろう。ビスマルク時代より続いた教育大国も、今や風化が激しい。
■「市民よりも難民を優先しているのか!」
さて、増え続ける難民は教育の場だけでなく、社会のあらゆる場所で困難を引き起こしている。昨年は24.4万人が難民申請をし、その他別途にウクライナからの避難民が105万人。庇護を押し付けられた自治体ではありとあらゆる場所を宿舎にして、衣食住、教育、医療、お小遣いまで、一切合切の面倒を見ており、受け入れ能力はとっくに限界を超えている。
腹に据えかねた州政府が中央政府に対して何度も抗議の声を上げているが、社民党の内相も緑の党の外相も、人道を謳(うた)うばかりで、自国の国境防衛には消極的だ。
しかし、難民にかかる費用の原資は市民が収めた税金であり、しかも、難民の受け取る額は、子沢山の場合など、ともすれば低賃金で働いている市民よりも多くなる。多くの難民がドイツを目指してくるのは、この潤沢な補助のためであることは、すでに広く知られており、当然、国民の不満は大きい。
ベルリンでは先月、128戸の集合住宅の棟上げ式が行われたが、これが難民専用と発表され、皆が唖然。ベルリンは、そうでなくても住居の確保が非常に難しい都市の一つなのに、「政治家は、市民よりも難民を優先しているのか!」と怒りの声が渦巻いている。
また、難民申請者は若い男性がほとんどなので、暴行や犯罪の急増という、経済以外の問題も山積みだ。多くの難民施設では、音を上げた職員が辞めていき、制御不能になりつつあるというから、住民としては不安材料が尽きない。
■首相は多弁でありながら何も答えない
では、ショルツ首相はこれらの事象をどう見ているのか?
毎年、国会が閉会し、政治家が夏のバカンスに出かけてしまう前後に、第1テレビと第2テレビが、各党首の独占インタビューを行う。8月13日には第2テレビがショルツ首相のインタビューを放映したが、氏は終始一貫、沼の中の軟体動物のようなヌルヌルと掴みどころのない態度で質問をかわし、多弁でありながら、結局、何にも答えなかった。
ショルツ氏には以前より、「ショルツ」と「アウトマート(自動の機械)」を合成させた「ショルツォマート」という新造語のニックネームが付いている。この日もショルツォマートは曖昧な笑みを浮かべたまま、穏やかに、ドイツの抱える問題のすべてを矮小(わいしょう)化した。抑揚を抑え、将来には一点の曇りもないかのように主張するその姿は、確かに機械のようだ。
例えば、「政府が信じられないほどのテンポで枠組みを整えた」ので、「再エネ増産の道筋がつき、良い未来が待っている」と太鼓判を押し、輸出の減少については、「輸出が振るわないのは、買ってくれていた国の景気が悪化したせい」なので、「われわれに必要なのは問題を解決すること」だそうだ。
■原発のことを「死んだ馬」呼ばわり
世論調査で回答者の72%が、「ショルツ首相は具体的な解答を避ける」と答えたが、それに関しては、「決断をする時にはよく考えなくてはならない。私はこれからもそうするということを、ここではっきり言いたいし、誰もそれをやめさせることはできない」と、穏やかな表情で、静かに、念仏を唱えるように答えた。
結局、氏はこの日も、「国民は自信を持って、落ち着いていれば良い」として、遠い将来の多くの輝かしい成功を約束してくれた。しかし、産業界は、今、助けを求めているのだ。ショルツ氏の話に、失望を通り越して、怒りを覚えた人は、特に産業界に多かったと思う。
9月初めには、経済、および政策研究を行う公的機関Ifo研究所の長官が、ショルツ首相に原発の再稼働を提案した。同じことは、野党のAfDだけでなく、与党である自民党も前々から主張している。ところがそれに対してショルツ氏は、原発のことを「死んだ馬」と切り捨てた。原発は、2年後には復活したくてももう手遅れなので、このまま行くと、ドイツは着々と脱産業に向かうことになる。現政権のもたらす被害は、ドイツの将来にとって限りなく大きい。
■産業大国の地位が危ぶまれているが…
9月5日には、ミュンヘンでIAA(国際モビリティ見本市)が始まったが、週末にジョギングで転んで顔をぶつけたというショルツ首相が、右目に、まさに海賊スタイルの黒い眼帯を付けて現れ、開会のスピーチをした。IAAは世界最大のモーターショーだ。
ただ、ここでもショルツ氏は、高性能で美しく、価格的にも手頃なEVで繁栄するドイツの輝かしい未来を、称賛とともに語った。自動車産業の立地としてのドイツの国際的競争力に対しても、氏は微塵の疑いも持っていないという。つまり、ここでも、「国民は自信を持って、落ち着いていれば良い」のであった。
話は少し飛ぶが、実はショルツ首相は、ハンブルクのヴァールブルク銀行が関与した史上最高ともいわれる大規模な脱税事件において、当時のハンブルク市長として関わっていた疑いが消えていない。2度の証人喚問は、「記憶にございません」と持ち前のヌルヌル答弁で逃げたが、しかし、この捜査はまだ終わっておらず、最後まで逃げ切れるかどうかはわからない。
■ドイツの危機はEUの崩落につながる
また、現在、ガスの調達に躍起になっているドイツだが、それに関しても、エネルギーなど手がけたことのないまったくの新興企業を、なぜかショルツ氏が十分なチェックもないまま重用しているために不信感が広がっている。これもいずれ問題になるような予感がしてならない。
要するに、ショルツ氏は叩けばかなり埃が出てきそうだが、決め手は、主要メディアが果たして埃を出したいかどうかだ。ショルツ氏を叩けば、次期政権が保守に変わる可能性が高くなるため、左翼が牛耳るドイツ主要メディアがそれを望んでいない可能性はある。
ただ、国民はちゃんと見ている。オンボロ与党の支持率は、この先さらに落ちると、私は見ている。そして、それはすなわちEUの崩落につながるから、情勢は予断を許さない。
環境政党のせいで「ヨーロッパの病人」に逆戻り
直接投資流入は歴史的な低水準に
ドイツの政権運営が揺れている。現在のドイツの政権は、オラフ・ショルツ首相を擁する中道左派の社会民主党(SPD)を首班とし、第1パートナー政党を環境左派の同盟90/緑の党(B90/Gr)、第2パートナー政党を自由主義の自由民主党(FDP)から成る連立政権である。その連立政権を混乱させているのが、B90/Grである。
直近では、投資政策をめぐって、SPDとB90/Grの間で軋轢が生じている。ドイツの直接投資は、現在、外国からの受け入れが急減していることで知られる。最新2023年4~6月期の直接投資流入は名目GDP(国内総生産)の0.3%と、前期(0.1%)からわずかに増えたものの、依然として歴史的な低水準にとどまっている(図表1)。
脱ロシア、中国排除で経済停滞は避けられない
ドイツ経済研究所(IW)によると、ドイツへの投資が減少している主な理由は、同国の電力事情が不安定化していることにある。2022年のドイツは、ロシア発のエネルギーショックが直撃し、歴史的な物価高騰を経験した。一方ショルツ政権は、B90/Grのイニシアチブの下、脱原発・脱炭素・脱ロシアの三兎を追う戦略に邁進した。
すでにドイツでは消費者物価の上昇は一服したが、ショルツ政権による急激な再エネ・LNGシフトで電力供給が不安定性を高めているため、エネルギー価格がエネルギーショック前の水準に戻る展望は描きにくくなっている。こうした状況から、外資系企業は、ドイツに対する投資に慎重にならざるを得なくなっているようだ。
ドイツ経済の復調には、外国からの投資流入が必要不可欠である。にもかかわらず、B90/Gr出身のロベルト・ハーベック副首相兼経済・気候相は、中国を念頭に、ドイツ向け投資に対する規制の強化を模索している。ショルツ首相や経済界は中国との関係を重視しているが、ハーベック副首相はそれとは真逆のスタンスを貫いている。
ショルツ政権の足並みを乱す環境政党
投資政策のみならず、財政政策の在り方に関しても、B90/Grは連立政権の足並みを乱している。ショルツ政権は8月16日、数十億ユーロ規模の法人税を減税することで経済成長を後押しする「成長機会法案」を審議した。自由主義の立場から「小さな政府」を良とするFDPの肝いりの法案だったが、B90/Grの反対で合意に達しなかった。
より正確には、B90/Grに属するリザ・パウス家族・高齢者・女性・青少年相が、この成長機会法案に基づく減税措置と同時に、児童手当の拡充を声高に求めたため、3党間の合意に達しなかったのである。FDPは小さな政府を良とする立場から減税は支持するが、歳出の拡大には反対の立場である。そのため、議論がまとまらなかったわけだ。
そもそもショルツ政権は、財政拡張志向の左派の2党(SPDとB90/Gr)と健全財政志向のFDPという「水と油」の関係を内包する連立政権であることから、発足の当初から早々に空中分裂するのでないかという懸念があった。実際にこれまでの政権運営で、FDPは、SPDとB90/Grが志向する政策に対して、たびたび疑義を呈してきた。
経済よりも「脱炭素」に固執
例えばSPDとB90/Grは、電気自動車(EV)シフトを重視する立場だが、FDPの主張を受けて、2035年以降も新車供給に合成燃料(e-fuel)を用いた内燃機関(ICE)車を容認する道が拓かれている。FDPは連立政権の足並みを乱すというよりも、左派勢力による理念先行の政策を、現実的な方向に修正してきたようにも見受けられる。
SPDは左派政党だが、責任政党としての経験が豊かであり、現実的な対応ができるしかし責任政党としての経験に乏しいB90/Grの場合、SPDとの違いを明確する必要があるとはいえ、理念先行の主張に終始している。これまでのところ、3党連立の足並みを乱しているのは、FDPではなく、むしろB90/Grといって差し支えない。
有権者の「支持離れ」が進んでいる
このようにドイツの政治をかき乱すB90/Grに対し、有権者の支持も離れている。政党支持率調査を確認すると、B90/Grの支持率はロシア発のエネルギーショックが生じた2022年半ばに、最大野党である中道右派のキリスト教民主同盟・同社会同盟(CDU/CSU)に次ぐ2位につけていたが、今は4位にまで低下している(図表2)。
また第2ドイツテレビが8月18日に発表した世論調査では、信頼できる政治家上位5傑を占めたのは、B90/Br以外の政治家だった。具体的には、首位がボリス・ピストリウス国防相、次点はショルツ首相(ともにSPD)、3位がバイエルン州のマルクス・ゼーダー首相(CDU/CSU)、4位がクリスティアン・リントナー財務相(FDP)だった。