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保守記事.29-17 宗教、そしてカースト

2022-08-22 10:13:56 | 記事保守

集団で強姦と殺人を犯した11人が釈放...英雄のような歓迎を受け、批判が殺到

配信

<イスラム教徒に対する暴動の中で妊婦が集団で暴行を受け、家族が殺害された事件の犯人に恩赦。ヒンドゥー民族主義とのかかわりも指摘される>

2002年に妊婦を集団でレイプし、3歳の娘を含む家族7人を殺害した罪で有罪判決を受けた11人の男に、インドの裁判所が恩赦を与えた。これによって11人の受刑者が釈放されたことで、この事件が再び世間を騒がせている。8月15日、刑務所から出てきた11人を待っていたのは、英雄を迎えるような歓迎だった。

11人は、2002年にインド西部のグジャラート州で起きた大規模な暴動において、当時21歳のイスラム教徒ビルキス・バノさんを集団レイプし、その家族を殺害した罪で、2008年に終身刑の有罪判決を受けていた。ロイターによれば、バノさんは当時、妊娠5カ月だった。

ソーシャルメディアで拡散された動画には、釈放された11人が、親族からお菓子を配られたり、敬意の印として足に触れられたりしている様子が映っている。

2002年2月、ヒンドゥー教の巡礼者59人を乗せた列車が炎上し、乗客全員が死亡するという事件が起きた後、イスラム教徒の迫害が始まった。事件の報復として、グジャラート州だけで2000人近くが刃物、銃、炎によって命を奪われた。犠牲者の大部分がイスラム教徒だった。

騒動のさなかにあった3月3日、畑に避難していたバノさんの家族が、鎌や剣、棒を振り回す20~30人の集団に襲われた。一連の恐ろしい暴動のなかでも、バノさんに対する集団レイプは、インドの少数派であるイスラム教徒たちの神経を逆なでする出来事だった。

■被害者は「正義への信頼を揺るがされている」

2022年8月15日の夜、レイプ犯たちが釈放されたという事実を受け入れることができず、バノさんは言葉を失った。

バノさんの夫であるヤクブ・ラスールさんはインディアン・エクスプレスの取材に対し、こう語った。「私たちの長年にわたる戦いが、一瞬にして終わりを迎えた。裁判所によって下された終身刑の判決が、このような形で短縮されるなんて......。私たちは、『恩赦』という言葉を聞いたことすらなかった。そのような制度が存在することすら知らなかった」

バノさんは、声明の中で次のように述べている。「女性のための正義がなぜ、このような終わりを迎えるのか? 私は、この国の最高裁判所を信頼していた。私は裁判制度を信頼し、トラウマとともに生きることをゆっくり学んでいた。これらの受刑者が釈放されたことで、私は心の安らぎを奪われ、正義に対する信頼を揺るがされている」

バノさんはさらに、「これほど重大で不当な決定を下す前に、誰も、私の安全や幸福について尋ねなかった......。恐れることなく平和に生きる権利を返してほしい。家族と私の安全を守ってほしい」と語り、グジャラート州政府に決定の撤回を求めた。

BJP政権になってからイスラム教徒への攻撃が激増

11人の受刑者が釈放されたことを受け、多くの活動家や政治家などが非難の声を上げている。インドの著名ジャーナリスト兼活動家ラナ・アイユーブは、「女性でなくても、イスラム教徒でなくても、政府に批判的な人でなくても、ビルキス・バノさんを集団レイプし、その家族を殺害した犯人たちの恩赦に激怒することはできる」とツイートした。

弁護士のプラシャント・ブーシャンは、「これは公式発表だ。少なくとも1つの州、1つの政党、1つの組織がレイプ犯たちを愛しているということだ!」とコメントしている。また、ジャーナリストのアリサン・ジャフリは、「正義に対する信頼を揺るがされた」と書いた。

あるツイッターユーザーは、「レイプ犯たちが釈放され、花飾りを首にかけてもらい、お菓子をもらった。これが正義だ」と書き込んだ。

地元のイスラム政党を率いるアサドゥディン・オワイシ議員は、11人の受刑者の釈放を非難したうえで、ナレンドラ・モディ首相と与党のインド人民党(BJP)を、「そのような人々に見返りを与えている」として批判した。2002年に暴動が発生したとき、モディはグジャラート州の首相だった。

インド人民党はヒンドゥー民族主義の政党であり、今回の決定については、野党、活動家、ジャーナリストから痛烈に批判されている。BBCによれば、2014年にインド人民党政権が成立してから、イスラム教徒に対する攻撃が激増しているという。
(翻訳:ガリレオ)

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保守記事.486 踊るのか、踊らされるのか

2022-08-22 10:08:10 | 記事保守

「問題はセクシーすぎることだけ」 マリン首相のパーティー問題、アメリカでも議論沸騰

Finland's 'Partying' PM Video Draws Comparisons to American Politicians

2022年08月19日(金)17時35分
ジェイミー・バートン
 

<パーティーで激しく踊る動画がリークされ、「首相にふさわしくない」との批判も上がるフィンランドのサンナ・マリン首相だが、アメリカからは反論が>

フィンランドのサンナ・マリン首相(36)が、知人らと歌ったり踊ったりしてパーティーに興じる姿を捉えた動画が流出し、批判が上がっている。一方、アメリカの政治家と比較して同首相を擁護したり、アレクサンドリア・オカシオ・コルテス米下院議員のダンスの動画が引き合いに出されたりと、動画をめぐってアメリカでも議論が生じている。

リンは若き女性首相として国際的に注目を集め、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の脅しに屈することなくNATO加盟を目指す強い姿勢も支持を集めている。そんな彼女だが、公開された動画は、ニュースチャンネル「Visegrád 24」が共有したもの。Twitter上だけで120万回以上再生され、コメントをしたり、シェアしたりする人は数千人に上ってる。

Visegrád 24は動画と共に「彼女はこれまで、あまりに多くの音楽イベントに参加し、政治ではなくパーティーにお金を費やしすぎていると批判されてきた」と投稿。「首相にふさわしくないとの批判が上がっている」とした。

動画は、元はインスタグラム上で「rayharautio」というアカウントが投稿したものとみられ、マリンが友人らと音楽に合わせて歌い、踊っている姿が映っている。ホームパーティーのような状況で、人々がカメラに向かって楽しんでいる場面もある。

この動画をめぐり、アメリカの政治家を引き合いに出して、フィンランドとアメリカを比較する意見も見られる。Twitterのユーザー「thatjenmonroe」は、アメリカは「夜9時に寝る年寄りの政治家ばかり」であるのに対し、フィンランドにはマリンがいると投稿した。

「トランプがゴルフに費やした時間よりは短い」

別のユーザー「VersaceCeaser」は、「フィンランドのリーダーは若く、真実を述べ、パーティー好き。アメリカのリーダーは死んでいるも同然で、優れた考えはなく、パーティーに呼ばれることもない」と書いている。

マリンとドナルド・トランプ前米大統領を比べる人もいる。「トランプがゴルフに費やした時間よりも、サンナ・マリンがクラブで過ごす時間の方が短いに違いない」とユーザー「MatthewDownhour」は投稿した。

「アメリカでは、国の3分の1が兵器で武装し、終身の独裁者を置いて後継者を殺害するために、クーデターの前後にテロを展開している。その一方で、制度は崩壊している」とユーザー「RealNeilC」は書き、「フィンランドの問題は、首相がセクシーすぎることだけだ」と付け加えた。

イギリスのユーザーも議論に参戦し、マリンの映像を、ライオネル・リッチーの「オール・ナイト・ロング」に合わせて踊るボリス・ジョンソン英首相の映像と比較した人もいた。

 

昨年末には「ナイトクラブ」めぐり謝罪

2019年に首相に就任したマリンは、以前にもパーティーに関する騒動を起こしたことがある。2021年12月に新型コロナウイウルスの感染者と接触した後、ナイトクラブに行き、その際、仕事用の電話を持っていなかったため、自主隔離を要請するメッセージを見逃していたことが明らかになった。マリンはその後、判断を誤ったとして謝罪している。

Twitterユーザーの「KatriBertram」は、以前にネット上に出回ったオカシオ・コルテスの大学時代のダンスの動画に言及し、マリンの動画を「ちょっとしたAOC(オカシオ・コルテスの略称)モーメント」と呼んだ。

Reddit(レディット)のユーザーの「djluminol」は、「共和党が、アレクサンドリア・オカシオ・コルテスが大学で踊っている動画を公開したときのようだ」と述べ、「彼らは、誰もが彼女を愚かだと思うと考えたに違いない。でも、愛らしかった。今回もきっと同じことになるだろう」と述べた。

 

AOCに批判的な人の一部は、マリンも非難している。「フィンランドはどうかしている。あの国のAOCを大統領にした」とTwitterのユーザー「RedPillOJCoin」は投稿した。

アメリカの政治評論家メラニヤ・ポドリャクは、Twitter上で「『国家元首にふさわしくない行動』というテーマについて、かなり豊富な経験を持つこのアメリカという国の人間として言わせてもらうと、『音楽に合わせて踊る』は、ビンゴカードにさえ含まれない」と、過去の米大統領たちに比べれば、はるかに些細な問題だと指摘した。

ナショナル・レビュー誌のライター、ダン・マクラフリンは、今回の動画に対する人々の反応を総括し、マリンの首相としての実績次第だと指摘している。「彼女の仕事ぶりがよければ、これは魅力的だ。そうでないなら、不快だ。民主主義国家では、有権者は奇抜さや軽薄さを許容するだろうが、それは成果を出しさえすればだ」

 

 


保守記事.485 沈みゆく町

2022-08-10 15:03:47 | 記事保守

海に沈みゆく巨大都市ジャカルタ、首都は移転を決定、残された人々はどうなるのか?

8/9(火) 17:32 配信

 スヘミさんは、インドネシアの首都ジャカルタで、小さな食堂を営んでいる。今、この食堂を海から隔てているのは、狭い未舗装道路と高さ2メートルの防波壁だけだ。スヘミさんの家族の運命は、この壁に委ねられている。

 ここ北ジャカルタのムアラバル地区で育ったスヘミさんは、昔は家の前の砂浜でよく遊んでいたという。しかし2000年代に入ると、砂浜は消え去り、海水が頻繁に街なかまで押し寄せるようになった。

 2002年、政府は海岸沿いに壁を建設した。沈下を続ける土地と、上昇を続ける海面に対する住民の不安をやわらげ、時間をかせぐためだ。しかしわずか5年後の2007年、近代ジャカルタ史上最悪の洪水が発生。暴風雨と集中豪雨が引き起こした洪水は、市内各地で80人の命を奪い、何億ドルもの被害をもたらした。ムアラバル地区でも暴風雨が壁を破壊し、海水がスヘミさんの家に流れ込んだ。

 現在、ジャカルタで暮らす多くの人々が、こうした脅威と隣り合わせで暮らしている。そこで政府は2019年、同国の首都を、国内最大の都市であるジャカルタから移転させる計画を発表した。移転先はボルネオ島の、現在は森林が広がっている場所に新たに作られる街であり、建設は今年の夏から開始される予定だ。

 しかし、政府は沈みゆく首都を離れるとしても、スヘミさんのように、今もそこに住んでいる1000万人の人々はどうなるのだろうか。

 海岸沿いの壁は延長工事が続けられており、またジャカルタ湾に巨大な人工島を建設するという壮大な計画もあるが、その財源は不透明なままだ。そして、地盤沈下の根本的な原因(地下水の過剰なくみ上げ)に対しては、ほとんど何の対策もなされていない。

ジャカルタの40%が海面より低く

 洪水は、何百年も前からジャカルタにとっての大問題だった。主要な港を抱えるこの街は三角州の上に位置しており、南部の山々から流れる13本の川が、ここを通ってジャカルタ湾へと注ぎ込んでいる。三角州はかつて深いマングローブの森に縁取られ、それが高潮の緩衝材として機能していたが、その大半はずいぶん前に刈り取られてしまった。

 1619年にインドネシアを植民地化したオランダは、ここを近代的な建物や運河がある典型的なオランダの街に作り変えようとした。運河を作ったのは、川の流れを調節して洪水をコントロールするためだったが、研究者らは、この行為こそが問題を悪化させたと考えている。三角州は、氾濫する川が新しい堆積物を継続的に補充することで維持される。運河はその働きを妨げる方向へ働いてきたというのだ。

「オランダ人が来る前、スンダクラパと呼ばれていたこの場所は、有機的で回復力のあるコミュニティーでした」と語るのは、アムステルダム大学の博士課程とIHEデルフト水教育研究所に在籍するボズマン・バトゥバラ氏だ。「運河の建設は事態を悪化させただけでした。運河は堆積物を閉じ込めてしまうからです」

 近年、州政府は、スラム街を撤去し、コンクリートの堤防を築き、頻繁に川底の泥を取り除くなど、川周辺の整備を行っている。それでも、川の氾濫は現在も街のあちらこちらで続いている。地面は大半が舗装されており、土地を盛り上げて高くする処置は行われていない。

 ジャカルタは現在、驚くべき速度で沈下を続けている。場所によってその程度は異なるが、北部では年に最大約28センチにもなる。今ではジャカルタの約40%が海面よりも低い位置にある。

「ジャカルタはあらゆるものが集まる都市です」と、インドネシア大学都市計画学部の講師ヘンドリクス・アンディ・シマルマタ氏は言う。「ここは行政の中心であり、経済、文化、エンタテインメントの中心でもあります。長い年月の間に、ジャカルタは制御不能のまま、環境支援システムを持たない巨大都市へと成長を遂げてきました」

 結局のところ、それこそが現在、この街が沈み続けている理由だ。

地下水に頼らざるを得ない暮らし

 2007年の洪水の後、州政府はジャカルタの総面積の少なくとも30%を、緑地や空き地に割り当てることを義務付ける規制を採択した。緑地は豪雨による洪水を吸収し、またこの街の枯渇した地下帯水層を再び水で満たす助けとなる。現在ジャカルタにある緑地は、市街地の10%に満たない。

 大量の地下水のくみ上げは、ジャカルタの地盤沈下の主な要因の一つとなっている。ジャカルタの水道は400万世帯足らずにしか行き渡っておらず、これは街全体の4分の1強に過ぎない。残りの世帯は、基本的に地下水のくみ上げに頼っている。

 そうした行為は違法ではないが、課税の対象ではある。しかし州政府は、市内に点在し、たいていは閉じた扉の向こうに隠されている無数の深井戸を監視、課税することができずにいる。

 ジャカルタの洪水の原因を研究しているバトゥバラ氏によると、深井戸の数は市の人口とともに膨れ上がり、1968年には400本だったものが、1998年には3600本以上になったという。2011年のある調査では、ジャカルタはすでに地下水の64%を消費したと推測している。

 ジャカルタ州のアニエス・バスウェダン知事は、2030年までに水道ネットワークを街全体に行き渡らせると表明している。そのためには既存インフラの大幅な拡張が必要となるが、今のところ必要な規模の工事が行われる気配はない。

 北ジャカルタのような海岸地帯には現在、水道水の供給がないため、住民たちは150メートルもの深さの井戸を掘っている。「50メートル以下では塩水しか出ません」と語るのは、ムアラアンケ地域のリーダーで、貝の養殖で生計を立てているアルティ・アスタティさんだ。深井戸がひとつあれば、50世帯をまかなうことができる。

 井戸がない場合は、40リットル入りの容器を使って水を買うことになる。1日の稼ぎが7ドル以下の典型的な4人家族であれば、あっという間にその5分の1が水の代金に消えていくと、アスタティさんは言う。

巨大防潮堤は街を守れるか

 近年、ジャカルタの知事選は激しさを増している。ジャカルタ知事の地位が、大統領を目指す足がかりになっているためだ。知事選の候補者たちは決まって、ジャカルタが抱える慢性的な交通渋滞や大気汚染、深刻な洪水などの諸問題を解決すると約束する。

 しかし、この街の問題はひとりの知事の在任期間中に解決できるようなものではない。長い年月の間に、何人もの知事たちが来ては去っていったが、問題はいまだに残ったままだ。

 2014年からは、国と州が連携して、ジャカルタの海岸を海の浸食から守る計画が進められてきた。現在、このメガプロジェクトは2つの段階から構成されている。

 第一段階は、全長47キロにおよぶ海岸沿いの壁の建設だ。すでに約13キロ分が作られており、本格的な建設は2023年から開始されることになっている。スヘミさんの家の外にある壁も同プロジェクトの初期に作られたものだが、彼女の経験から明らかなように、海岸沿いの壁はせいぜい一時的な解決策にしかならない。

 同プロジェクトの第二段階は、ジャカルタ湾沖に建設される「巨大防潮堤」だ。この防潮堤には、インドネシアを象徴する神話の鳥ガルーダの形をした、全長約32キロの人工島が含まれている。広さ約4000平方メートルのこの島は高潮を防ぐ役割を持ち、またここにはオフィスやアパート、貯水池、高速道路、線路、娯楽施設も建設される予定になっている。

 一方で、巨大防潮堤は13本の川の流れを妨げ、ジャカルタ湾を巨大な汚水のプールに変えると批判する人もいる。また、このメガプロジェクトは地盤沈下の原因には対処していないため、いずれジャカルタは沈んでしまうだろうと、インドネシア環境フォーラム(WALHI)のパリド・リドワヌディン氏は言う。政府は海岸地域の環境再生に力を注ぐべきだと、リドワヌディン氏は考えている。マングローブを植え直したり、家屋が立ち並ぶ川岸をより自然な状態に戻したりといった対策だ。

 巨大防潮堤は、今はまだ設計段階にある。その建設資金がどこから出されるのかは不明であり、政府は着工の時期も明らかにしていない。

 

首都移転、取り残される人たちは

 ボルネオ島の新首都建設の方は、今年着工し、2045年に完成することになっている。インドネシア政府はここを、産業、ビジネス、教育の拠点となる「万人のためのグローバルシティ」にしたいと考えている。

 しかし、地元の先住民の人々はこの計画を快く思っていない。彼らは、このプロジェクトによって自分たちの土地、森林、生活が破壊されることを恐れている。

 一方ジャカルタでは、首都をボルネオ島に移す決定を歓迎する声もある。そうすれば、過密状態や公害といった、ジャカルタが抱える負担が軽減されるからだ。都市計画を研究するシマルマタ氏は、「ジャカルタは厳しいダイエットを行い、都市機能の一部を放棄して、緑地を増やすべき」だと考えている。「政府の移転はいいきっかけになるでしょう」と氏は言う。

 リドワヌディン氏はしかし、首都移転計画は単に「生態系の危機を別の場所に移すだけ」にしかならないと見ている。「ジャカルタは再生のための明確な計画もないまま放置され、溺れるに任されているのです」

 ジャカルタ北部海岸の脆弱なコミュニティーには、新首都のことなどほとんど関係がない。スヘミさんやアスタティさんのような住民たちにとって、より安全な場所に引っ越すという選択肢はありえない。

 アスタティさんが暮らすムアラアンケ地区は、観光客がサウザンド諸島への船に乗り込むカリアデム港のすぐ近くにあり、海岸沿いの壁はまだここまで到達していない。

「洪水は月に1度でも週に1度でもなく、毎日起こっています」とアスタティさんは言う。ときには水が太ももの高さまで上がって来ることもある。

 今年前半、ムアラアンケの住民たちは、この問題に自分たちで対処することにした。瓦礫を使い、海岸沿いの道路を1メートルほど高くしたのだ。

 アスタティさんをはじめとする一部の住民たちはまた、大量の貝殻を使って自宅の庭や床も嵩上げした。貝殻ならお金をかけずに浸水を防ぐことができ、また海水を素早く排出することができるとアスタティさんは言う。

「わたしたちはとにかく、二度と洪水の心配をしなくて済むようになってほしいのです」