「もうこれで最後か」と言われていたヒラリー・クリントン米上院議員が、見事に盛り返した。それはどうしてか。あちこちで原因の分析がさかんに飛び交っている。「午前3時の電話」CMが効いたのではないか、とか(あるいは、午前3時にまでパンツスーツを着てるのはスゴイ、とか)。「NAFTA密約」 の影響ではないか、とか。この2つの影響ももちろん大きいが、私が思うに、「クリントン地盤」の州ですら「オバマが勝てる」とオバマ陣営が(マスコミと一 緒になって)期待感を盛り上げてしまったのが、大きな要因だったのではないかと。そしてそもそも、「内輪もめ好き」と定評のある民主党レースをこんな時期 に終えられるという期待も、そもそもが非現実的だったのではないかと。(gooニュース 加藤祐子)
○またしても外した米メディア
今年の米大統領選で米メディアは毎度毎度「ヒラリーが大変だ!」を言っては、結果的に間違っている(そしてそれを見ながらこのコラムを書いている私も、毎度「えっっ!」となる)。ニューハンプシャー予備選しかり、スーパーチューズデーしかり、そして昨日のテキサスとオハイオし かり。特に今回、スーパーチューズデー後に連勝したオバマ氏が代議員数で逆転したのを機に、「クリントン撤退論」が出た。それに加えて、「勢いはわれわれ にある」とコメントし続けたオバマ陣営が自分たちの言説を自分たちで信じてしまったのか、おごりとか油断につながったのではないか、という気さえする。
過去2回も大統領選に勝った経験をもつクリントン陣営をそう侮るな、ということか。クリントン陣営の選挙戦略は、クリントン議員本人が繰り返しているよう に、「本選で民主党候補には必須の拠点州を確実に勝つ」こと。そしてクリントン陣営は今回もそれを達成した(ただ、前にも書いたが、いざ本選になって都市 部に強いオバマ議員がニューヨークやカリフォルニアやニュージャージー、オハイオで、共和党のマケイン議員にそんなに不利かと言うと、決してそうとは思え ないのだが)。
クリントン夫妻は1972年の大統領選で民主党候補のためにテキサスで精力的に活動。 実に36年前からの深いつながりと地盤が、テキサスにはある。オハイオでも、労組やブルーカラー労働者からの強力な支持があった。その磐石ぶりを突き崩 し、「クリントン・マシーン」に挑戦しなくてはならないオバマ候補は、あくまでも挑戦者だった。なのに、そういう挑戦者の陣営から「本選に向けて党のことを考えるべき」 「党のためにクリントン議員は撤退すべき」という発言が相次いで出たのが、少なくとも私はいただけないと思った。挑戦者としてあるまじきだと思った。マケ イン議員が最後まで(少なくとも表向きは)、撤退しようとしないハッカビー前知事について「選挙戦に残る意思を尊重する」と言い続けたのと対照的だった。
あちこちで指摘されているが、CNNの出口調査によるとテ キサスとオハイオで投票3日前まで誰に入れるか決めていなかった民主党支持者の約6割が、クリントン議員に入れた。最終的なクリントン候補の得票率がオハ イオで54%(オバマ氏44%)、テキサス予備選で51%(オバマ氏47%)だったことを考えると、この「直前に決めた人たち」の存在は大きかった。
○「午前3時の電話」と「NAFTA密約」
なので、やはりあちこちで指摘されているが、(1)「午前3時の電話」CMと(2)「NAFTA密約」が、大きく影響したのではないか。特にオハイオで得 票率が開いたことを見ると、(2)の「NAFTA密約」は大きかったのではないか。これまでクリントン陣営が繰り出していた、「オバマは演説と約束だけで中身がない」とか、「私についてあることないこと言っている、恥を知れ」などの攻撃と違って、「NAFTA密約」はオハイオの有権者にダイレクトに影響するからだ。
「午前3時の電話」とは、クリントン陣営がテキサスでガンガンに流した、「午前3時にホワイトハウスで緊急電話が鳴ったとき、誰にとってほしいですか? ヒラリー・クリントンです」という攻撃CM。マスコミが何度も何度も取り上げて大いに話題に(ただし一部では「呼び鈴が6回鳴るまで誰もとらないのは遅すぎないか?」というのも話題に)。
「NAFTA密約」とは私が勝手にそう呼んでいるだけで、アメリカの一部メディアは「NAFTA-ゲート」と呼んでいる(ウォーターゲート事件にちなんで、米メディアは政治スキャンダルをなにかと「ゲート」呼ばわりするのが好きだ)。
これはつまり、カナダ、メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)について(それは雇用流出=失業につながり、「NAFTAのせいで失業した」という認 識が、オハイオなど労働者の多い地区では強い)、オバマ陣営が何を言ったかについての騒ぎ。オバマ氏の経済顧問がカナダ公使に「オバマがNAFTA修正の 必要性を主張しているのは、あれはあくまでも選挙用のレトリックで、真面目にとらなくてもいい」と耳打ちした――という報道(2月末のカナダ国内報道を機に、AP通信が覚書を入手し3月3日に報道)が発端となって、「オバマの二枚舌」疑惑が一気に広まったのだ。その後、カナダ政府もオバマ陣営もこれを否定し たが、結局のところ、オバマ氏の経済顧問がカナダ公使とNAFTAについて話し合いをしたことは事実だったというのが、全面否定の後になって判明。オバマ 陣営がいろいろな否定を繰り返し、この事実にたどりつくまでに何日もたってしまったというのが、「従来のワシントンとは違う、透明な政治」をうたい文句に してきたオバマ氏のイメージを、かなり傷つけたと私は思う。
さらに良くないことに、ワシントン・ポストに よると、この問題についてガンガン質問された記者会見を、オバマ氏が答え半ばで退席したのだそうだ。それは良くないでしょう。一連の著書や演説やビデオを 通じて彼がここ日本にさえ広めることに成功した「バラク・オバマ」のイメージに、全くそぐわない。キング牧師と並び称されるほどの人物ならば、自分に「不 都合な真実」を聞かれた場面で、退席したりしてはならない、と思う。
そして同時にこれはオバマ陣営の危機管理能力不足でもあった。自分にとって不都合な真実が露呈されたときに、どう対応するかという、ある意味できわめて基 本的な危機管理能力の問題だ。となると、「午前3時の緊急電話」に本当に対応できるのか?というもうひとつの疑念に、ぐるりとつながってしまうのだ。
(ただしあえて言うなら、「私にこそ緊急事態への危機対応能力がある」とクリントン候補が言い募るのは、実はかなり危険だ。だって「すわ、戦争か!?」的 な危機への対応能力はおそらく、元海軍大佐で上院軍事委員会幹部のマケイン議員の方が、上だろうから。ファーストレディは、ホワイトハウスの Situation Room(戦況司令室)に入れないし。クリントン議員が、あるいはオバマ議員が、ジョン・マケイン議員よりも「危機」に強いと主張したら、それはあまりに も説得力がないと思うから。「午前3時の電話」への対応力をクリントン陣営が言い過ぎると、「だったらマケインでいいじゃん」になりかねないのでは)
だからまとめると、4日のオハイオとテキサスの予備選は、そもそもクリントン氏が勝って当然のところに、オバマ陣営が大ミスを犯したため、ああいう結果になったのだと思う。
○内輪もめ好きな民主党
そして今後は? 8日がワイオミング(代議員18人)、11日がミシシッピ(同40人)と予備選が続き、4月22日に代議員188人のペンシルベニア予備 選がある。でもそれでも共和党のマケイン議員が必要な1191人を有無を言わせずに獲得したような、そういう明々白々な展開にはならない。色々な計算の仕 方があるが、民主党指名に必要な2025人を獲得するには、オバマ議員はあと700人強、クリントン議員はあと800人強を獲得する必要がある。しかし得 票率に応じて代議員数が比例配分されるという民主党ならではの仕組みのおかげもあって、どちらかが「降りる」と言わない限り、このまま8月末の党大会まで レースは延々と続く可能性はとても高い。
得票率に応じて比例配分するとはつまり、民意をそれだけ結果に反映させることになり、とても民主主義に忠実だ……とも言える。とても民主党的だと。しかし その一方で、今回のようにいつまでも内輪もめが延々と続く展開を助長することにもなる。本選を勝つことに向けて、共和党がテキパキときわめて共和党的に、 実務的に整然と臨戦態勢を整えているのに対して……というこの対比が、やはりいかにも民主党的ではある。
そして実は、予備選が夏まで延々と続くというのは、何も今回に限ったことではないの だ。クリントン議員がさかんに言い始めたように、夫ビル・クリントン大統領が初当選した2000年予備選は、6月まで決着しなかった。歴史をさかのぼれ ば、今の予備選システムが開始された1972年にも、民主党は6月まで決まらなかった(そして本選は共和党が勝った)。民主党からカーター大統領が生まれ た1976年も、予備選は6月まで終らなかった。現職が再選を目指した1980年でさえ、民主党はエドワード・ケネディ上院議員が党大会まで諦めなかった (そして共和党が勝った)。次の1984年も6月までかかり(共和党が勝ち)、1988年はちょっと早かったがそれでも4月まで候補は決まらなかった(や はり共和党が勝った)。1992年は前述の通り(そして民主党が勝った)。さすがにクリントン再選の1996年は対抗馬がいなかったが(民主党が勝っ た)、2000年のアル・ゴア氏も2004年のジョン・ケリー氏も実は3月初めまで戦い続けたのだ(どちらも共和党が勝った)。
なので、まだまだ終らない民主党レース。一方で着々と準備を進める共和党。そして指名獲得が決まって、(演説が上手とはいえない人にしては)とても内容豊かで具体的で、保守層にアピールする良い演説をしたマケイン議員(同じことをほかの共和党政治家が言ったなら、私は「……まったく」と思ったかもしれないが、マケイン議員なので人間性の裏打ちがあると、少なくとも私は思っている。なので「良い演説だった」と思ったわけです)。
一方で、「自分なら危機に対応できると言う裏づけになる、具体的な経験を挙げるとしたら何かありますか?」とCNNのアンカーに質問されて、 「……そういう経験は誰にもないわけです。大統領になったことがない限り。なので私は、問題は経験ではなく、判断力だと言っている。私はイラク戦争に最初 から反対した。一方でマケイン議員もクリントン議員も、イラク戦争に賛成した。そういうことです」と、去年の夏ごろから言い続けていることをまたもや答え たオバマ議員。
はてさて。午前3時の電話を、誰がとるべきなのか。前にも書いたように本当にいっそのこと、3人のうち誰かが大統領になって、ほかの2人が閣僚になってくれないか。それでいいじゃん(とか言ってる場合ではないのだろうけど)。
保守記事.286 米国も、盛り上がってきました!!
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