こころの声に耳をすませて

あの結婚生活は何だったのだろう?不可解な夫の言動はモラル・ハラスメントだった…と知ったウメの回想エッセー。

喪の作業

2006-03-26 16:55:33 | 別居その後
 私は別居する前の引越しのとき、あえて結婚式の写真や、夫と付き合っていた頃に作った写真のアルバムは、そのまま夫のいるマンションへ置いていった。あんな写真、この先持っていても何の意味もない、そう思っていた。そして、家以外の写真、友人と写ったものや、仕事仲間との写真は未整理のまま大きな箱の中に詰め込んで持ってきていた。
 
 別居して数ヶ月後、その写真の箱の中を整理しようとポケットアルバムを購入し、箱の中から乱雑に押し込まれた写真を取り出していった。箱の底の方に、分厚い紙袋があった。中を取りだしてみると、新婚旅行の時の写真が出てきた。そういえば後で整理しようなんて思って、いつの間にしまいこんでいたのだ。
 私は何枚か写真を見て、すぐ袋の中に入れた。笑っている夫と私。7年前のあの時が、切り取られ残されている写真。虚しかった。あの結婚生活は何だったんだろう。私はしばらくの間、失ったものへのやりきれない悲しみの沼に足をとられ、重く沈んでいった。

 温かい式にしたいと、お互いの親しい友人とごく近しい身内だけを招いて行った手作りの結婚式。それぞれの友人は一芸を披露してくれ、笑いと祝福につつまれた結婚披露パーティーだった。親も誰もが「いい結婚式だったね」と言ってくれた。
 夫と結婚し、名字も変え、新しい土地に住み、友人もいない、言葉遣いや文化も違う土地での生活で心細さや寂しさを感じながらも、夫との生活を拠り所に、馴染もうと努力した。新しい職場も見つけ、近所づきあいも増え、少しずつ自分の居場所を作っていった。夫の不機嫌や意味不明の行動に悩まされながらも、何とか2人の生活を、時間を積み重ねて、いろいろなことを乗り越えながらもいい夫婦になりたいと願い、自分なりにがんばったつもりだった。夫は酷い人間だったが、夫から得たことも多い。だから別れることになっても、それはある過程であって、この結婚生活を後悔することはない、そう思っていた。

 しかし、あの別居直前の夫のセリフがすべてを打ち砕いた。
「実は結婚の前からおまえのこと、おかしいと思っていた」「あのとき、おまえは俺の言葉を勘違いしていた」「結婚すべきじゃなかったんだ」「この結婚は間違っていた」

 この言葉は強力な毒矢となって私の心の奥深くまで突き刺さり、後々まで私を蝕み続けたのだ。写真によって蘇る、矛盾し錯綜する夫の姿、夫の言葉。私はひとり部屋の中で、苛立ちと何ともやりきれない悲しみに打ちひしがれた。
 夫は私が無理に結婚させたと思っていたの?あなたの結婚したいという意志はなかったの?この結婚は始めから間違っていたの?どうしてあの時あんなこと言ったの?では何で結婚する前に言ってくれなかったの?この時間はあなたにとって何だったの?私はあなたの望まない生活を強要していたの?
 夫にぶつけたい気持ちが次々に湧き起こる。答のない問いかけ。

 人生を共にしたいと願ったパートナーから否定された7年以上もの長い月日。私にとって苦しい生活でも、何とかその中に意味を見いだそうとしていた自分。

 私は自分を見失いそうだった。私は何をしていたの…?

 あの結婚式はなんだったのだろう。友人達の心温かいお祝いも無になってしまった。夫への私の想いも、あの時間も、すべてが無になるような深い深い喪失感。
 私はひとり涙を流していた。この悲しみも夫にはわからない。ぶつけたって、更に傷つけられるだけ。私が期待する言葉なんて夫から返ってくるはずがない。いつもそうだった。いつもまったく予想もしない言葉が返ってきて、更に私を深い淵に突き落としてきたではないか。しかも今更夫に言って何になろう。どうにもならない虚無感…。

 私はひとり泣きながらモラハラ被害者同盟の掲示板にこの悲しみの気持ちを投稿した。すると、更に涙がでるような温かいいたわりのコメントを何人かの方々がしてくださっていたのだ。どうにもならない苦しさと悲しさにそっと寄り添い、共感し、ハグしてくださったのだ。私はひとりじゃない。苛酷な体験を自らも知ってる方々が、こうしてどこかで私の想いに耳を傾け、そっと手を握ってくださる。巧妙なモラハラの特徴を指摘し、「あなたは悪くない」と言ってくださる。パソコンの文字から伝わる温かい心。
 私は自分の感情に圧倒されそうになると、モラハラ被害者同盟に投稿した。そして自分を取り戻していった。
 
 このブログで結婚生活、そしてモラハラ体験を綴ることで、私は喪の作業をしているのだと、最近ふと感じた。私の重要なライフイベントであった結婚生活がこのような経過をたどった意味を改めて思い起こし、再体験し、悲嘆する。そしてその時々に読んでくださっている方々からの温かいコメントによって、励まされ考えさせられながら、過去の結婚生活の意味を再編成し、自分の人生の一コマとなって自然に組み込まれて行くのだろう。失ってしまった結婚生活に別れを告げ、苛酷な体験をもちながらも自分を取り戻し、どこかで同じ時間を生きている力強い仲間の声に励まされ、きっと私は歩いていくのだろう。

さて、私の結婚生活にお線香をあげようか… (←!?)