こころの声に耳をすませて

あの結婚生活は何だったのだろう?不可解な夫の言動はモラル・ハラスメントだった…と知ったウメの回想エッセー。

別居直後の生活

2006-03-08 21:41:17 | 別居その後
 部屋の中にひとり。静かな夜。
 もう家の中に私を怒鳴ったり威圧したりする人はいない。私は、もう夫の声色に、足音に、表情に怯える必要はない。私はもうテレビの大音響に神経を逆撫でされることもない。お風呂に入っているとき、突然侵入される恐れもない。
 私は静寂の中、ゆったりと座っていた。

 荷物を片付けながら、どんな部屋にしようかと考えるのは楽しかった。電化製品一切は前の家に置いてきたので、まず大型電気店に行き、自分用の電化製品を購入した。それから家具屋さんをあちこち見て、テーブルと椅子、そして小さな食器棚を買った。実は、テーブルや食器棚を自分で選び、買うのは初めてだった。若かりし頃のひとり暮らしでは、実家にあった棚や、買い換えるからもっていきなさい、と言われたものを運び、それを使い続けた。結婚した時には、すでに夫の趣味の暗い重厚感のある家具がそろえられていた。今回、初めて自分の好みの色や形のものを買うことができたのだ。上等ではないが、自分の気に入ったものを買え、こんなことですら自分の生活を築くささやかな喜びを感じた。(それは、およそ夫が選びそうもないものだったので余計に!。)
 こうして少しずつ、時間をかけて部屋の中を整えていった。

 そして悩んだのが、この別居について職場の人に伝えるかどうかだった。職場には転居届けと、通勤路変更届を提出しなければならなかった。単に引越しをしました、と言いたかった。プライベートなことは職場の人たちにはあまり詮索されたくないし、触れられたくなかった。もともと夫の扶養にも入ってはいなかったので、扶養からはずれる等の手続きも必要なかった。
 しかし私は、引越し当初は何よりも夫の突発的な行動を恐れていた。夫も納得したかのように別居できたが、今までのことを考えると突然夫が職場に電話してくるかもしれない。訪ねてくるかもしれない。そんな時変な騒ぎになっても嫌だ。そして、もし私に何かがあったときの連絡はどうなるのか。もし私が家の中でぎっくり腰にでもなって、動けなくなったら(実際友人がそうだった)。もし通勤の途中で事故に遭い、職場に連絡がとれずにいたら上司は夫に連絡をとろうとするだろう。何かあったときの緊急連絡先も、夫の職場ではなく実家の電話番号に変更しないとややこしいことになる。
 私は同じ課の上司と同僚にだけは別居したことを話すことにした。そして、夫から何らかの働きかけがあったらすぐ知らせてもらうことと、私に何かあったら実家に連絡してくれるようお願いした。幸いにも皆神妙な顔をしてうなずいてくれた。これでだいぶほっとした。何せ、今の私がほぼ毎日会うのは職場の人だけである。親やそれぞれの友人とも連絡(電話やメールなど)するのは多くて一週間に一度くらいなものだ。その点では、緊急なときの対処として同じ課の数人に最低限の事情を説明し、理解を求めることが最善ではないかと思えたのだ。

 そう考えた背景には、やはり夫への恐れがあった。夫は一緒に暮らしていたときも、私のいうことに納得したかのような態度をとっても、だいぶ後になってから「あのときは…よくもあんなこと言ったな」と罵倒されたことがよくあったからだ。
 夫が怒りを募らせ、嫌がらせをするのではないか…家に押しかけてくるのではないか…電話でまた責められたらどうしよう…。そんな不安も強かったのだ。DV夫が自分から逃げていった妻や、妻をかくまっていた友人を殺害、といった事件も後を絶たない。私は仕事帰りの道すがらも、いきなり夫が出てきやしないかと不安だった。駅の改札周辺に夫が立っていないかと、辺りを見回した。自分の家に入ったら、鍵をしっかりかけた。

 幸いにも別居後、今まで夫がうちを訪ねてきたことはない。職場に連絡が来ることもなかった。モラ夫はええ格好しいで、世間体を守る気持ちが強いから、離れてもストーカーや嫌がらせなどはしないパターンも多いらしい。夫はこのタイプだったようだ。
 ただ、何回か事務連絡的に、電話や郵便物が届いた。一回だけ、物を取りに行くために会いもした。しかしやはり妙に事務的でよそよそしくもったいぶった、おかしなムカツク行動だった。


 嬉しかったことは、夫の大変さについて(モラハラの詳細は恥ずかしくて言えなかったが)、聴いてくれていた友人の何人かに「夫と別居したよ~」と報告したら、「やったじゃん!」と喜んでくれたり、「じゃあ引越祝いしよう!」と懐石料理をご馳走してくれたり、引越祝いのプレゼントをもらったことだった。親しい友人は誰も心配したり咎めたりしなかった。むしろ喜び祝ってくれたのだ。これがどんなに心強く励まされたことか。それにしてもなんだか不思議な感覚だった。結婚、そして別居。どちらも祝われる不思議。
 そして、やっぱり自分はモラ夫以外となら、信頼できる関係がたくさんあったんだ、と改めて思うことができたのだ。
 モラワールドの中にいたら、私はいつまでもバカでろくなことができない最低最悪人間でしか見られなかった。

 

 ひとり暮らしも落ち着いてきた頃、私はいろいろな感情の波を体験することになる。次回はイカリ編です。