週初めにショッキングなニュースが職場を駆け抜けた。
会社を辞めたばかりの先輩社員が自宅で一人、誰にも気づかれず亡くなっていたそうだ。
本当に辞めたばっかりで休暇を利用して出社こそしてないが、今月いっぱいまで、籍はまだ会社にあったとのことだ。
同僚の一人が、いくら連絡しても全く応答が無いのを不審に思って、実姉に連絡して見に行ってもらった所、椅子に腰掛けたまま、亡くなっていたそうだ。
死因は心臓発作で死後3日ほど、経っていた。
私と同じ職場ではないので、顔を知ってる程度であったが、同じ会社の仲間だった人である。
一方、カミさんにとっては同じ職場でずっとお世話になっていた先輩社員だった。
したがって、それだけショックが大きく、電話で知らせを受けた時、彼女は号泣していた。
当然、孤独な突然死が会社内で大きな衝撃を広げたのは当然だし、さらに不本意な辞め方をした直後だけにより一層かわいそうとの声が上がったのも無理はない。
まだ60歳前で、65歳定年まで大分あるのに、辞めざるを得なかったというのが、今のウチの会社の現状を象徴してるといえるだろう。
器用にどんな仕事でもこなせなければ、会社で嫌がらせとも言える配置変えをされて、苦しい立場に追い込まれてしまう。
たとえ定年前でも安穏としていられない事情がここにある。
組合との関係で、さすがに表立って、リストラ・つまりクビには出来ないが、会社に睨まれるとその立場や待遇は一気に悪化する。
空前絶後の原油高騰のアオリを受けて、会社は青息吐息で相当にキツイようだ。
会社命令で現場を離れて、金庫番の仕事を引き受けて10年以上になるのに、今更現場の仕事へ戻れといっても、出来るはずもなかろう。
若い時なら何の問題もないが、60才目前のシニアに配置転換というのは、またゼロから始めろというのに等しい。
それを受けるとなると相当なストレスを覚悟しなくてはならなかったに違いない。
その結果、辞めるという結論を出したわけだが、どう考えてもその選択肢しかなかったように思える。
毎日浴びるほど酒を飲んでいたそうだが、会社・仕事以外に熱中できるものもなく、とりたてて趣味もなければ、39年働き続けた会社を辞めたら、無理もない。
生きる目標を失ったかのような脱力感と辞めたくないのに辞めたことへの行き場のない鬱憤や、やるせなさで悶々とした日々を酒無しには過ごせなかったのは想像に難くない。
しかし、それは10年ほど前に心臓を悪くしてる体には相当堪えたと思われる。
3年前に奥さんを失くし、子供もいない家庭では家族との語らいや接点もなく、その点でも救いがなかったようだ。
その隙間を埋めていたのは、亡くなった奥さんが拾ってきて、可愛がっていた猫(チビ太)だったらしく、専ら家での話し相手だったらしい。
お酒が好きだったので、夜飲みながらチビ太相手に色々と語っていたようだ。
恐らくそのチビ太の向こう側には奥さんの影も感じていたに違いない。
辞める時もチビ太に相談したら、奴が辞めたほうがいいって言うから辞めることにしたって同僚に漏らしていたらしい。
また、辞めた後に、彼宛に会社の制服が届いたというのは、皮肉以外の何物でもない。
持ち主のいない制服入りの箱がポツンとロッカーの棚の上に置き去りにされていたというから泣かせる。
制服の注文を出してから最低でも3ヶ月以上かかるから、注文した時点では全く辞める事は考えてなかったのだ。
その置きっぱなしになってた制服も棺の中に入れられ、一緒に荼毘にふされたそうだ。
私だって、子供が巣立って家を離れ、万が一カミさんに先立たれでもしたら、いつこんな風になるか知れない。
明日は我が身だと思うと、何か妙に身につまされた出来事だった。
心から故人の冥福を祈りたい - 「39年間ご苦労様でした」
仕事を辞めたばかりで年代も同じで、
ソファに座ったままテレビを見てお亡くなりになって
3日後に発見された方が同じマンションにいらっしゃいました。
いろいろ読むと切ないです。涙
大きな会社に勤めていれば安心という世の中では最早無いのですね。
某車メーカーでリストラ担当の人が知り合いでいたのですが、
毎日死にに行くような気持ちで会社へ行っていたそうです。
今日も誰かの首を切る死に神のような気持ちで辛いと…
最終的にはそういうあれこれを知る人を切る為か
その人も同じ運命となってしまいましたけれども…
どこまで人を信じて良いのか、
自分の未来像をどう描けば良いのか。
そういう事すら霞がかかって見えない世の中なのだと思います。
あああこんな厳しい世の中で、大丈夫か私!?
と思う事ばかりの日々でございまする。笑
ウワァー、全く同じ状況で亡くなった方が身近にいらっしゃったとは・・・。
本当に切ないものです。←しんみり
とにかく生きていくのは何にせよ大変です。
社会のシステムにその都度適応できないと、置いてきぼりを食らっちゃうようです。
私も何を信じていいやらよく分りません。
ただ、ボーっと無為に過ごす事だけは避けていくつもりです。
失われた時は二度と取り戻すことが出来ないので後悔の無い日々を過ごすしかないですね。
先が見えないのは誰にとっても同じですよ。
でも、先に進むしかないですね。
お互い頑張りましょう!
今の時代のんびり緩やかには過ごせない時代なのでしょうか?
ボヤボヤしてたら取り残される。最後には無用の者の取り扱いですか・・・まるで戦場ですね。
でも、何時かは来る定年ですが、私は矢張り其の時の事を考えておくべきだと思います。
石原都知事いってたけど、60歳に成ってからこそ趣味が必要だって・・若い時はそんなもの無くても良いんだ・・って云ってましたがその通りだな、と 今思ってます。
孤独死は何れ私にも起こりうる事だと思っています。
離れて住んでいれば一人息子も頼りには成らないです。
でも、考えてみればこの方は楽な死に方だったかも・・・今頃奥さまに出会ってるかも知れないですね。御冥福をお祈りします。
処で猫ちゃん?はどうなったのかしら?
若い時は結構色んなことを楽しんだ方でも、シニアになられたら急に何もしなくなる人っているようです。
特に男に多いようです。
この亡くなられた社員も同様で若い時は色々遊びまわっていたようです。
仕事以外で生涯楽しめる何かは絶対に必要でしょうね、ホントに痛感します。
寂しい孤独死でしたが、確かに死に方は楽だったでしょうね。
死の恐怖に怯える事も無く、苦痛も無い。
でも、突然死はイヤですねぇ。
最後を覚悟する時間が欲しいです。
そういえば、猫(チビ太)は喪主であるお姉さんが引き取られたそうです。
ピンピンコロリ、、、止まずに死ぬ寸前まで元気でころりと死ぬ事だそうです。
巣鴨に行くとPPKを願う女性が沢山祈願に来ています。 私もPPKを切望していましたが、
記事を拝見して考え込んじゃいました。
難しい問題ですね。
何を心がけて余生をおくればいいのでしょうね。
PPKですか、知りませんでした。
が、確かに誰にも迷惑を掛けず、楽な死に方かもしれませんね。
願ってもその通りになるかどうかは疑問ですけど、祈願したくなる気持ちはよく分ります。
どっちにしても自分の末路がどうなるのか、全く予想がつかないので、日々充実した生活を送るよう心がけたいものです。
死んで3日も経って発見されるというのは、避けたいなぁ・・・・。
そうやって考えていると、死を考えるということは性を考えるということに他ならないと気がつきますね。今をちゃんと生きているか。
こういう話を聞くと、改めて思います。
故人のご冥福をお祈りいたします。
んー、たしかにいつも「性」については考えてるかも(笑)
いやー「性」も大事でしょう、「生」を考える上で。笑
身近なところで人が死ぬと改めて人は死ぬんだなぁーって思い知らされます。
勿論、死ぬのは分っているんですが、死んで当たり前って位トシとって老衰で死ぬようなイメージを勝手に抱いてる自分がいるんですよね。
それは甘いですよ。
事故死も含めて突然死も十分あり得るし、「死」を意識して「性」もとい「生」をもっと考えるべきなんですよね。
本当に考えさせられた出来事でした。
50代半ばで独身一人住まいの男性でした。
事件性はない突然死とのこと。
その寂しい最期にはショックでしたし、くだらない事で意地を張っていた自分が恥しくもなりました。
納得いく死に方って難しいですね・・・。