井口博士のブログに登場している動画・・・。
まことにいかがわしい言論! 元々いかがわしかったんだ・・・?!
まるで、在日、似非右翼と共同戦線を誇示・・・。
これで正体はバレたも同然だ!!
どういう事かというと、日本の在日勢力を日本の『韓国伏兵』と自白しているという事である。自らも元在日であるから、その辺の事情を熟知していたのであろう。その共同戦線を張るために大統領候補になったのであろう!?
これはもう衆知のことで、驚くほどのことではないが、まさに李明博大統領の竹島入りを機に、日本で似非右翼が騒いでいる。見事な連動であるから、李明博大統領候補(当時)の言論を証明しているわけだ。面目躍如と言うか、マニフェストの一部実現であろう。
どこかの総理とは真逆であるが、あのゴロツキと同じ穴の狢と言うことを公言しているわけであるから、その品性は知れる。そういう品性の大統領を担ぐ韓国民が17%居るという事実だ。
そう17%である。
目くじら立てるまでもないだろう。まあ、その動画を改めて見直すことも大観するには重要だ。
爆弾発言!韓国大統領「北朝鮮の復興は日本に金を出させる」と YouTube
大観すると言うことは、小局に囚われないためには大切だ。
翻って、尖閣がある。これも見事に連動している。上陸した奴らの面構えを観ると、まさしく、中国の似非右翼だ。良く準備されて、歩調がそろっている。何もかも見越しての演技と思われる。
つまり、やらせであることが一目瞭然だ。
そのグループの本拠が米国にあると言うから、尚更である。
ワシントンは時期よろしく、ご丁寧な記者会見で、米国は尖閣問題に関与しないというサインを出した。関与している証拠である。
シナリオ通りの流れにあることが分かる。
これで領土問題に国民の意識を向けさせることに成功した。そう言う戦略だ。あんまり騒ぐと思うつぼになる。
これで消費税増税問題も、原発再稼働問題、特に電力不足詐欺事件も闇の葬ることが出来ると考えているだろうが、そうはいくまい。
大体からして、8月15日の終戦記念日は、内外、こういうきな臭い問題を惹起される。ずいぶん前から周到に準備されてのことだ。にわか騒動をするのは野暮で、メディアを使ったプロパガンダの手の内に嵌る。
ところで、
先の戦争は敗戦なのか、終戦なのか? 論議が盛んだ。公には終戦という呼称が採用されている。
8月15日、日本は停戦した。これは紛れもない事実。そのことは大いに結構なことである。無益な戦争は早く終結するの限る。停戦協定に調印したのは、9月2日であるから、実際の停戦発効はその日となる。
この日を境に、敗戦と観るかどうかはものの見方であるが、終戦と言い回しているから、意味深だ。停戦=終戦であることは間違いないが、敗戦とは観ていないのである。
これは一理ある。
局面の戦いには、勝利と敗北はつきものだが、国体が護持されたのであるから、敗戦とは観ないのであろう。事実、国体の一部変更はあったが、瓦解はしていないのであるから、護持されたとしているのであろう。天皇陛下も温存されたし、官僚組織もそのままである。一部の公職追放はあったが、暫時、解除された。
寧ろ、解除された戦前の高官が、意図的に政界に復帰したのであるから、ドイツやイラクとは訳が違う。そう言うわけであくまでも『終戦』に拘る理由が知れてくる。
やっぱり、日本は未だに停戦の継続状態にあるという認識が存在するのは、事実だろう。国際連合だって、未だに連合軍の組織のままで、日本は敵国条項の適用を排除されてはいない。あちら側でも停戦状態であることを認識しているのである。
講和条約が成立したときから、終戦という見方もある。平和条約が戦争状態を終結するというのである。まあ、これは定義であるから、どうでも良いことである。とにかく、無益な殺し合いは、何にしても止めることは必要だ。
敗戦かどうかと言うことは、矜持の問題で、日米戦争の局面は敗戦の連続で事実上、停戦に至った。最後まで行ったらどうなっていたかは知れない。ベトナムは終局アメリカを追い出した、アフガンは今だ戦争は継続しているし、米軍は撤退と言っているが見方を変えれば、追い出されたようなものだ。
日本でも米軍はやがて出て行くだろう。引き留めているのは、日本の勢力である。金を出しているのも日本だ。それは従米路線を選択しているからに他ならない。これを推進している勢力をアメポチ勢力と呼ばれている。
それを止めたら、一気に中国の支配下になると煽っているのである。
その中国であるが、
先の戦争で、局面ではほとんど勝ったままである。連合軍との停戦で、停戦に至ったのである。そして、ソ連参戦で武装解除された。そして、多くの日本兵がシベリア抑留されたのである。
毛沢東も言っているように、日本軍が居たから、中国は統一されたのである。国民党と共産党の合作はなったし、仮にも多民族集合体を結成して中華人民共和国が成立した。しかし、日本軍を撃破したという実績はない。
朝鮮に至っては、彼の国は独立記念と称しているが、勝ち取ったわけではないから、相当に鬱積するモノがあるであろう。それで、その感情が常に吹き出すのである。それが日韓関係にも微妙に表れている。
只、連合国の恩恵で一応、戦勝国民の一員に列せられたと言うか、利用されたために在日、似非右翼、ヤクザ、統一協会などのシンジケートに与されたので、陰の支配勢力の使い走りになっているから、現在、高慢な勢力として残存している。
その一人が、自白したように李明博と言うことなのだろう。それが大統領になったものだから、最初はおとなしくしていたが、支持率が低迷したから、本性を顕して余勢を駆ろうとしたと観ているが、当たらずとも遠からずだろう。
これはシナリオライターが存在するから出来る話である。このシナリオライターは言うまでもなく、ワシントンだ。ワシントンに巣くう支配勢力だ。尖閣も同じである。
中国は国家であって、国家ではない。中共は言うまでもなく、コミンテルンの後押しで中華人民共和国を成立したが、独自で為したわけではない。相当、CIAも荷担したとする情報があるがそれは正解であろう。日本との戦争に正真正銘勝利したのではない。
寧ろ、丸腰で撤退してくれたから、その武器や資産ごと分捕って、それに列強の思惑が加わり、仮に統一された国家である。その後、ソビエト連邦とは仲違いをして盗んだ核技術で核武装したので大国入りしたが、民族国家(nation state)と言うにはほど遠い存在だ。
多民族集合体に過ぎない。
統一国家であろうか? むしろ、統一に拘(こだわ)る国家であろう。年間何千件、何万件の暴動を内包する国家である。いつ何時分裂してもおかしくはない国家である。要するに、大国というのは名ばかりで、多民族集合体であるから、いつも分裂の危機を孕んでいる。だから、締め付けをしているというのが現状だ。愛国教育とはその表れであろう。
覇権主義と言っても程度の問題だ。
核は脅しには有効だが、実効性は乏しい。覇権の実行は、占領支配しか実効性はない。占領すると言うことは出ていくと言うことだ。軍艦で出る、航空機で脅かすことは出来ても、実際に兵力を投入すると言うことになれば、背後は相当に危なっかしくなる。そう観ている。
占領支配する前に、脆弱な多民族集合体は尻に火がつくだろう。分裂瓦解する可能性が高い。大きい国、多勢の人民というのは、それを纏めるのも並大抵の労力ではないのであるから、寧ろ、それを纏めるために外に向かってちょっかいを出していると見るべきだ。
日本を分裂させるために、努力を払っているのは寧ろアッチで、中国・韓国は纏めるために努力を払っている。これが竹島・尖閣の大局観点である。
確かに日本であろうと、どこであろうと外国を全面的に支配占領することは困難だ。昔、そんなことを意図したかどうかは知らないが、シナ事変においても教訓がある。イラクでもそうだし、アフガンでもそうである。又、戦争は常に空しいものであるから、外に出てまですることは愚かしい事である。
しかし、攻めてくれば別だ。
そろそろ、日本もその気概を取り戻さなくてはいけない。それがないから、従米になるのである。これは両輪の関係にあるだろう。
本当は、日本は敗戦したわけではない、とする考えもある。それはある意味で有益であると考える。その戦いの途上にあるとすれば、日本の分裂に躍起になる勢力の存在も意味を持ってくる。滅亡するまでは戦いだとすれば、日本を滅亡に追いやるには、軍事力では相当に困難を極めるからである。
今、あれやこれやで、最終的に日本攻めに入ったと考えれば、納得できる事象が見えてくる。そして、そうなると気概をもって対応すれば、阻止することが出来る。そのためには、内部の浄化である。国家国民の統一政府を樹立して、自衛権の確立は不可欠だ。
集団自衛権など不要だ。外に出る必要はない。
奇しくも憲法9条の戦争の放棄を宣言しているから、戦争に出かける必要はない。来たら迎え撃つまでだ。そのための気概を持つべきだ。そのための明記をはっきりすべきだ。それで足りる。
それをすれば、日米安保条約も生きてくる。どうせ死にかけた日本を身を張って守ってくれる安保条約でないことは知れている。自分の身は自分で守るとはっきり宣言すれば、それですむし、そのようにすれば、主導的に日米安保条約も生かせるというものである。
滅亡するまでは、戦いだと腹をくくれば、最後には勝つ。少なくとも、そこに攻め入るのは誰もいない。
それは,兵器や兵員の比較だけで言われていることですね。
しかし、そんなことは大した問題ではないと思います。
気概をもって腹をくくれば、これほど強いものはありません。
そのことをベトナム戦争が教えてくれたと思っています。
ベトナム戦争のことはよく知りませんが、
とにかく、アメリカが逃げ出したことだけは知っています。
きょうの「酔生夢人」様が、まったく別のことですが
「いざとなれば死ねばいいさ」と書いておられたことに
わたしは、即反応して、「そういうことですね」と
コメントしたのですが、だからといって、けっして、何もしない、
何も想定しないということではありません。
だれよりも、そういうことは怠りません。
当たり前のことですが、最後は死ねばいいということです。
日本人は、きっと目覚めますよね。
アイツらの挑発にはゼッタイに乗らず、
腹を括って、淡々と待ち構えていればいいのです。
長く、困難な戦後処理を疎かにせず、近年まで賠償に務めて来た故でしょうか。 ドイツ軍を海外に派遣するについても欧州諸国から反対の声が挙らない政治情勢です。 また、実際にイスラム諸国への派兵をしています。
ドイツ連邦軍の制服からして、戦前からの伝統を守り、勲章・徽章類も伝統を守っている姿には、日本とは隔絶した意識を感じます。 部隊編成も、例えば陸軍(HEER)では、機甲部隊の中核戦車が「レオパルドⅡ」(Leopard Ⅱ)で機甲師団と呼称し、装甲車に搭乗した兵による装甲騎兵師団と連携した作戦を想定しつつ首都ベルリンの周囲を中心に全国に駐屯しています。 有事の際には、電光石火の展開を予期しているのも「電撃作戦」の伝統なのでしょうか。
十数年前に亡くなりました父が、渡欧した際に、ドイツで帝国陸軍の歩兵でフィリピン攻略戦に実戦参加した経験を話したところ、周囲の観光客から通行人、観光バスの運転手からガイドまでが、握手を求めて来た、と聴いたことがあります。 彼らは、父を「勇者」であると評したそうです。
しかし、「勇者」を遇するに際して、ドイツと日本とでは、これまた開きがあります。 戦死した国防軍将兵を、国に殉じた兵士としてその栄誉を讃えて、葬るのがドイツなら、南海の僻地や、山地に人知れず果てたまま、打ち捨てられているのが日本です。 因みに、父が国から受けたのは、金鵄勲章の一個のみでした。
ベトナム戦争は「勝つつもりの無い戦争」でした。
なるべく長く続けるのが目的。
中東の戦争も同様です。 そもそも「勝つつもりは無い」のです。
では何が目的なのか? そこが重要です。
ソ連につくったフォードのトラック工場でつくられたトラックが北ベトナムで使われ、、、
ベトナムで死んだアメリカ兵の内蔵を取り出してそこに麻薬をつめてアメリカ本国に送るという麻薬ルート。
一般に知られている歴史は偽物。大嘘です。
過去を知らずに、現在を理解できません。
また、将来も予想できません。
これは、私達が、将来、対応できないことを意味します。
目を覚まし、過去を知りましょう。
現在を理解しましょう。
そして、将来のための準備をしましょう。
何か、できることをしましょう。一人一人が。
ご助言ありがとうございます。
そういうこと、以前チラっと耳にしたことがありますが忘れていました。
わたしとしては「歴史の真実」の問題に深入りしたくありません。
ただ、ベトナムがよく戦ったのは事実ですし、
その後の、中越戦争では、中国の大軍を1か月で撃退したそうですから
強いことに異論はないのではありませんか。
わたしは、その強さの秘密はどこにあるのか
今のところ、日本は専守防衛で、戦争になるとすれば敵を迎え撃つ形になりますから
ベトナムから学ぶことは多いのではないかと思った次第です。
北欧の一角にある人口僅か数百万のフィンランドで、第二次大戦前と大戦終結前に、祖国防衛のために民族の誇りを賭けた戦いがあったことを日本人は、殆ど知りません。 「冬戦争」と「継続戦争」です。
「冬戦争」後に、ナチスドイツが侵攻したソ連へ同戦争で割譲した領土を回復せんとして参戦したフィンランドは、1944年の夏に、自軍に数倍するソ連軍の総攻撃を受けます。 前線で獅子奮迅の激戦を重ねつつ戦線を立て直したフィンランド軍は全予備軍を集結し、敵ソ連軍の総攻撃の日時を優秀な諜報戦に依り知り、全火砲をソ連軍第一線に集中し、ソ連軍の総攻撃の意図を撃破します。 ドイツ軍の援軍も得たフィンランドは、こうしてソ連軍から自国の防衛を勝ち得たのですが、その後、連合国との和平とともに、友軍であったドイツ軍とも銃火を交えねばならない運命でした。
その「継続戦争」における北欧最大の激戦であったのが「Tali-ihantala の戦い」です。 この戦いを記念して製作された「Tali-Ihantala 1944」では、史実に忠実に激戦を描かれています。 また、この戦いに参加して生き残った兵士達のインタビューも同映画のDVD版には記録されています。 生き残った兵士達の逞しいこと。 でも、同映画の採集章では、当時の記録映像に残る夥しい墓標が涙を誘います。 墓標の上に乗った鉄兜がドイツ軍とソ連軍のものが混在しているのにも、小国の軍隊の哀しさが漂います。
ただ、フィンランドの国と国民の勇敢さと、自国を守り切る気概には敬意を払わねばなりません。 私は、この小国の将軍フォン・マンネルハイム元帥を尊敬します。 この将軍が指揮したからこそ北欧の小国が自国を防衛したのですから。
「Tali-ihantalaの戦い」は、日本で公開されたのでしょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=g9IEQYlpFlQ
Tali-Ihantala 1944 trailer
なつかしい名前を思い出させていただきました。
一時、あれほど感動しながら読んでいたのに、完全に忘れていました。
ほんとうに、なんでもかんでもモーレツな勢いで忘れていっています。
というのも、わたしは、気ままな人間で、興味の対象がバラバラで
あちこち飛んではちょっとつまみ食いするということを繰り返しているからです。
ところで、一昨年、「フィンランドという生き方」という本の広告が目に留まり
買い求めたのですが、なぜ、この表題に惹かれたのかが今分かりました。
忘れていても、潜在意識にはインプットされていたということですね。
いくら軍備を増強しても、肝心なのは国民の国を守ろうという気概だということを
小国ながらソ連を相手に戦ったフィンランドが示してくれました。
フィンランドの苦難の歴史と乾坤一擲の戦いは、大和心を揺さぶります。
二三百万の人口の小国が、よくも大国を相手に闘えたものですよね。
私は、別に好戦的な人間ではありませんが、戦史は、良くも悪くも、人間
の葛藤の場として、最高の教材を提供してくれている、と考えていまして、
この小国の例とか、第二次大戦時の「英国の戦い」(Battle of Britain)の
戦史を研究しています。 後者の例は、日本の開戦時に重大視されず、現
在も日本では、殆ど無視されていますが、実際には、第二次大戦の曲がり
角とも言うべき「航空決戦」だったと思います。 日本軍は、この戦例に学ぶ
こと無く真珠湾を攻撃してしまいました。
それにしても、瓢兵様は、良く軍事問題も勉強しておられますし、現在の日
本に対する「頂門の一針」と云うべき意見を述べておられます。 私は感心
しております。 また、私も、他のブログ等で、自分の意見をコメントする機会
がありますが、瓢兵様のように寛容なブログ主は希でして、意見の相違がそ
のまま縁の切れになることも多々御座います。 それに引き換え、このHPは
本当に気持ちが安らぎます。 今後とも宜しく御願します。