Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

千の風になって(死に支度を考える⑥)

2008-01-04 12:23:27 | 民俗学
⑥千の風になって

 愛する人を失った者のこころの悲しみを癒す曲として葬送の際の定番になっているともいう「千の風になって」、葬送の定番というネーミングをわたしは知らなかった。そういえば、信濃毎日新聞の「新たな自分みーつけた」という記事で、安曇野市へ移り住んだ方のご主人が亡くなった際に、葬儀において孫が「涙そうそう」を歌い、返礼品は「千の風になって」を作曲者の新井満さんが歌うCDだったと紹介されていた。なるほどちまたでは「千の風になって」が葬送のイメージに合致しているようである。

 このところ墓の必要性を問うているなかで、この「千の風になって」の冒頭の歌詞「私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません」を大変興味深く聞いた。ようするに、お墓で祈ってもそこに祈りの対象者はいない、その代わりに風となって見守っていますよというのである。この歌が流行るとともに、その感覚が認められるとしたら、お墓の革命的な変化ではないだろうか、などと歌詞を聴きながら感じたのである。そして、その通りにこの歌が流行り、わたしの認識の上を行くような〝葬送の定番〟という事実である。自ら「お墓はいらない」などと思っていたが、まさかこれほど時代の変化を見せられると、こちらが引いてしまうほどの世の中の動きである。「お墓はいらない」などというのは辞めようか、などという気持ちにもなる。いったいこの意識はどこからやってきているのだろうか。それを推し進めるような信濃毎日新聞1/3朝刊の特集記事、新井満と俵万智の対談「千の風 万智の歌」である。俵は「もともと父も母もお墓はいらないという考えの持ち主なんです。だから「私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません」に、鬼の首をとったみたいに「ほらみろ」と言うんですよ。」という。これは見事に私のこの歌への第一印象と同一なのである。そこへさらに新井は「一般の人からの感想でも一番多いのは「以前から私も同じことを考えていました」というものですね。」という。あまりにわたしの意図を証明するようなやり取りに、躊躇したくなるわけである。

 ちょっともう一度冷静に「千の風になって」ブームを考えてみよう。実はわたしが墓がいらない、と言っているのと、この歌のブームの意図とは違うのである。それはこの対談の内容を読み続けてもはっきりしてくる。対談では「再生」という言葉が頻繁に登場してくる。ようは、死んでも身のまわりの身近な人、例えば赤ちゃんとなって生まれ変わるという考えである。もう一度繰り返すが、千の風になっての内容は、お墓にはいないけれど風となっていつもあなたのそばにいますよ、というものである。モノとして祈りの形はなくとも、気持ちとしては常時そばにいる、それは裏を返せば、祈る側が亡き人を思い出さないとそばにやってこないわけである。それを言葉として表現すると、墓という形のあるものより粘り気のある、意味深なものとなる。わたしの意図は違う。墓として形が残って、いつまでも祈られるよりは、早くに忘れ去られたほうが良いというものである。思い出しさえすれば、墓などなくとも祈りは通じる。この考えは〝先祖様〟という考えからまったく離れてしまっている。しかし、その部分だけをみれば、「千の風になって」と同じかもしれない。ただ、流行の源とは違うと思うのだが違うだろうか。最愛の人が亡くなって、気持ちとして「いつもあなたのそばにいます」といってくれると癒しになるだろうが、あくまでも歌は永遠にそこにいますよ、といっているわけではないだろう。それを「墓がいらない=それみたことか」という墓不要論に結び付けている雰囲気に違和感を覚えるのである。そして、葬送としての歌と言われると、ちょっとわたしはこの歌の本意を失ってしまうような気がするのだが、いったいこの歌をみんなどう捉えているのだろう。

 さて、そう考えているうちに、俵が言うように「墓がいらない」と思う人たちを助長するような印象があるとしたら、日本における墓の思想は急速に変化を遂げるかもしれない。一区画いくら、みたいな墓は必要とされなくなるだろう。初売りの広告の中に墓石店のものがあった。「ご先祖様のご供養を真心こめて支えます」などと記されているが、早く方針を変えたほうがよいのでは、などと余計なお節介をしたくなる。「面倒な雑草にサヨウナラ!メンテナンスフリーの透水性舗装が誕生!」とか、「お墓も地震対策を!」などといううたい文句を並べていると笑えてしまう。「わたしを雇っていただければ、これからのお墓をコーディネートしますよ!」。


寺の危機
子に託せない時代
問う、墓の必要性
いつまでも残る遺骨
両墓制
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