Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

ある道の事実

2024-07-30 23:29:58 | 農村環境

 キスゲを残して草を刈ったを記したのは10日前のことだった。洞の上にあるため池のことで、今日はそのため池に続くようにある洞の下のため池の草を刈った。今週末に共同作業があるなか、いつも通り事前に我が家の作業分を刈っておくという恒例の草刈である。もちろん当日出られないから、というものだから、わたし一人で刈る。週末にはいろいろあるから、平日に夏休みをとっての草刈である。夏休みを何日か取得することができるが、わたしの場合、ほぼすべて夏休みには別の仕事がある。したがって純然たる「休み」ではない。

 ため池尻にある我が家の荒廃地の草も刈るから、今日の草刈面積もずいぶん広い。プラス今回はため池に通じる道の車の回転場の草もそれほど伸びてはいなかったが、一緒に刈った。こんな時に刈らないと、ふだん刈ることがないからだ。週末の共同作業では、参加者はほぼみんなこの道をやってくる。他人が見ても「ため池の管理道路」と思うかもしれないが、この道は周辺の水田耕作者のために造られた道。実は昭和60年代に、この道を拡げることにかかわった。農道である。それまでなかった道だから、水田を潰して造った。耕作者のための道だから、耕作者は土地を無償で提供し、さらに造成工事費の何割かを負担したはずだ。道はため池でどん詰まりとなっていて、当然それまでため池なに行く人たちも道はなく、ため池から導水される水路の管理道路、といっても歩く程度の幅だが、それを利用してため池の管理をしていた。結果的にこの水田内の現在の道が開削されることで、ため池利用者もこの道を利用することになったが、前述したようにため池の利用者はこの道を開けることに際して負担をしていない。ようはこの道を通る資格がないとも言えるが、こうした農道、完成すると村の所有となるから「村道」になる。したがって公の道だから誰でも通れる、というわけだ。こういう道は、農村にはたくさんある。開削時、あるいは拡幅時には、周囲の人が負担しているのに、その後は負担していない人が大手を振って通れる、というわけだ。とりわけ今回の道は、ため池で行き止まりだから、利用する人は水田の耕作者ぐらいで、あとはため池を管理する際に利用する。ため池の利用者も負担すべき道だったともいえる。あるいはこの道がなければ、水路沿いの管理道を拡げて自分たちで管理用の道を造成する必要があったのだろう。

 ということで、ふだんこの回転場は、隣接する水田を耕作する方が草を刈っている。にもかかわらず、大勢やってきてため池だけの草を刈って帰る、というのも身勝手な話だと思い、今回刈った次第だ。当時拡げた際はすべて耕作されていた田んぼだが、今は奥の数枚を耕作しているお一人のみ。そこまでの道沿いは耕作放棄されていて、ここ10年ほどでずいぶん変わった。それでも耕作していなくても草刈りなどはまだされていて、道の管理を奥の方一人でしているわけではないが、いずれはすべて耕作放棄地になってしまうのかもしれない。せっかく半世紀近く前に開削された道からの光景も、様代わりしたものである。もちろんここだけのことではないが…。それにしてもそうした経緯があった、ということもみんな知らなくなるのだろう。


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