Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

山の中で・・・

2018-11-01 23:46:15 | 農村環境

 

 下伊那のある山の中の現場に足を運んだ。川沿いのすっかり荒れ果てたかつて水田であっただろう空間に、人影が見えた。獣避けのネットがぐるっと囲ってある空間には、雑草も多いが、何やら芽が出ているようにも見えた。奥まった日陰になりそうな場所で、お婆さんは草を除去しているのか、あるいは収穫しているのか、遠くからはよく見えなかった。見える範囲には家はない。そんな山の中の農地に、お婆さんは日々通っているのかどうか…。たった1枚だけ、この空間では手入れがされているが、周囲はもはや数年来耕作された雰囲気はない。

 胡散臭く見られたが、休んでいるところを少し話しかけてみた。ちょっと耳が遠そう…。周囲の水田は、「家の者が亡くなってしまって、もう耕作する人がいない」という。そんな農地が重なって、こんな光景になってしまっているようだ。亡くなってすっかり人がいなくなったのか、あと取りがいても、遠くに行っていてもはや荒廃地になっているのか、そこまで聞くことができる雰囲気ではなかったので、その場をあとにした。

 川沿いの山間地では、まず川に対して南側の日陰になるような農地が荒れ果てる。日陰地だから条件が悪いのは言うまでもない。そしていずれはこうした川の北側の陽のあたる農地も消滅していく。「…いく」ではなく、既に消滅している。周囲がススキだらけなのに、その中の一空間に手間隙かけても、思うようにいかないのは、素人でもわかる。何といっても獣だろう。眼下に黄金色の絨毯が敷かれた時代は、何時だったのだろう。

 

近くに、とても急な階段のお宮があった。中高年にはちょっと危険なほど・・・

 

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井筋とは

2018-10-14 23:31:25 | 農村環境

 「井筋」と検索すると、トップに登場するのは、Yahooでは“井筋とは - Weblio辞書”、次いで“太田切川の井筋”、“今に伝わる水資源「伝兵衛井筋”と続く。用水路のことを「井筋」と呼んでいるわけであるが、検索結果からわかるのは、上伊那における独特な呼称であることは、そのヒット数でもわかる。しかし、それは上伊那だけで言われているものではなく、“高知の長閑な田園風景\(^o^)/ 今尚、受け継がれる鎌田井筋”や、“【愛知】尾張農林 大塚井筋の活用 新規採択へ検討”と言ったものもある。検索を続けていってわかることは、圧倒的に記事がヒットするのは、やはり上伊那、次いで高知県であって、「山田井筋」という名称も多出する。そもそも「山田井筋」は、そのまま「山田井筋土地改良区」という土地改良区の名称にもなっている。

 先日の学習会で知ったことであるが、伊那市立富県小学校の校歌には、この「井筋」という単語が登場する。校歌2番の冒頭からである。


井筋に水は 満ちみちて
稔りゆたかな 富県の
田の面そよ吹く 涼風は
思いたのしい 歌はこぶ

 1番では背後の山である「高烏谷」(たかずや)、そして眼下に流れる「三峰川」といった親しみのある地名が登場すると、2番で「井筋」を取り上げている。いかに「井筋」の存在が、この地域で大きいかを知らしめる材料と言える。もちろん水田地帯が、主たるこの地域の景観であり、それを作り上げた原点に用水路があったことは、歴史が伝えるもので、この地の生業を支えてきた存在は、この地で大きな意味を持っていることは確かなこと。とはいえ、かつてなら分かるが、現代において「井筋」という呼称はわかりづらい。そこで子どもたちに教える際にも、「井筋」とはいったい「何か」というところから始まるわけである。

 伊藤伝兵衛が開削した富県への恵みの水。かつてヤマであった地を開拓させたのも、水のおかげなのである。とりわけ富県の段丘下にある東春近にとって、カリシキを求めた段丘上のヤマは、後に井筋の開削によって水田地帯となった。富県へ導水された水は、勢い東春近にも導水された。

 さて、地域でもこの段丘上のかつての平地林のことを「ヤマ」と呼ぶ。伊那谷では、段丘上の地は平地林であったところは多い。井筋開削に伴って平地林は水田に変わっていった。用水が引かれれば、引くことのできるところすべてを開田するというのは共通していたのが上伊那だったのかもしれない。したがって以前にも記したように、上伊那には水田が多い。先日訪れた群馬県赤城山麓の裾野には、水田もあるが、必ずしもすべてを水田化していない。したがって水田と畑が混在している光景が当たり前のように見られた。ところが上伊那では、あるいは上伊那だけにあらず、長野県内では、水が引けさえすれば水田化する地域がほとんどだった。「よくも引いたもの」、そう思わせる水路は珍しくない。景観上の大きな特色と言える。

 わたしも平地林のことも、高山も、同じように「ヤマ」と呼ぶ。市街エリアの人たちにはこの感覚がわからないようで、山でもないところを「ヤマ」と連呼すると、かなり違和感を与えるようだ。しかし、かつてこの地で農を営んだ人々にとって、「ヤマ」は山でもあり、「ヤマ」でもあったのである。

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復旧への道のり

2018-10-05 23:32:21 | 農村環境

 我が家の崩れた農地は、畦の長さにして30メートル以上という大きなものとなった。脇から湧水があって、雨しだいによってはさらに崩れそうな勢いだ。畦の高さが5メートルを超えることもあって、その復旧費用は、かなり大きくなりそうだ。農地に限らず、農業用施設の災害復旧には地元負担が伴う。近年わたしの働いているエリアでも、少なからず災害は発生するが、結果的に復旧を断念する人は多い。もちろん負担ができないという観点でそうなる。昔に比べたら、農地に対する気持ちが薄らいでいるのは仕方ない。我が家の水田もそれほど大きくはなく、どのくらい負担しなければならないかというところは、不安材料だ。なにより、農地はいくらお金をかけても良いというわけではない。被災面積に応じて復旧限度額というものがある。限度額以上になったら、オーバー分には補助がない。したがって些少な農地になればなるほど、そうした負担との葛藤が生じる。

 我が家では以前から崩れていた箇所があり、水張りまで崩落が達していなかったこともあって、申請はこれまでできなかった。しかし、今回大きく崩れたこともあって、以前崩れたところとともに、今回は申請できそうだ。とはいえ、それだけ復旧すべき範囲が広くなって、復旧額も大きくなる。少し崩れた時、ようは初期対応をしておけば、それほど復旧費がかからなかったのに、大きく崩れてしまったがため、復旧費も大きくなるという、言ってみれば制度のために復旧費が大きくなるという現象を起こす。実は復旧限度額の算定基準は、この2年ほどの間に変わった。以前は農地の傾斜度によって限度額が異なった。ようは、地形勾配が急なほど、限度額は大きくなるような基準だった。しかし、その傾斜度による算定がなくなったため、傾斜にかかわらず限度額は単純に面積の大きさによる算定に変わった。そのため、小さな水田ほど限度額が大きくなる傾向があり、以前より、小さな農地には有利になった。そのおかげで我が家の農地の復旧限度額は、以前の算定基準で算出したものより、現在の算定基準で算出したものの方が大きくなる。

 30メートルほどの畦も、これによって限度額内収まるのではないかと見ている。我が家では、崩れた先の農地は他人の土地のため、復旧を避けられない。したがってどんなにお金がかかっても、復旧する気持ちは変わらない。限度額の算定基準が緩和されたにもかかわらず、補助残を負担できないと、復旧を諦める、そんな農家の意志低下の時代。

 今日もある農業用水の取水施設の現場に行ったが、かつては4,5人で共有していた取水施設だが、耕作放棄した土地が増えて、現在は2人しか利用していない。その施設が災害を受けたのだが、負担ができるかどうかで保留となっている。いずれ、耕作者が1人になってしまうと、1人で負担するのかどうか…。この先、農地に限らず、施設においても復旧を諦めるという現象が続出するのかもしれない。

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ヘボイ住民

2018-09-24 23:29:52 | 農村環境

 “三度目の「崩れた畦畔」”で触れた箇所は、結局災害復旧の申請にあげてくれると、役場から連絡があったと妻は言う。一安心ではあるが、災害査定まで、やっておかなくてはならないことが多い。連絡をいただいた際に、「草を刈っておいていただき、ありがとうございました」という一言があったと言う。わたしたちがこうした現場を訪れて、草が刈ってある例は、近ごろすっかり減った。もちろん災害発生間もない間に、地主が草を刈って調査しやすくしておいてくれる時間がない、ということも言えるだろうが、そもそも調査がある認識を地主がされていなかったり、認識していたとしても「草を刈っておかなければ」という意識が今はないとも言える。

 こうした仕事(農業空間)に関わっていて、つくづく思うのは、日ごろもよく記しているように、日常管理さえ昔とはだいぶ違う。いつごろからだろうか、記憶を呼び起こすと、平成5年ころ、ある現場に入ったところ、背丈を超える草、というよりは木々に覆われていて、とても見通しの悪い状況にでくわした。それまでの通常の流れから「地元の方たちで刈払いをしていただけないか」と頼むと了解いただいた。ところがその作業を終えたあと、刈り払いにたまたま参加された役場の方から「これは測量の経費に入っていないのか」と苦情があった。もちろんそのような経費は計上していないはずなのだが、あまりにひどい現場だったから、苦情のひとつでも言いたかったのだと思う。恩恵を受ける人たちであっても、「なぜしなければならないのか」と考えるのは、その後当たり前のようになったのは言うまでもない。今では「草を刈ってもらえないですか」などと安易にお願いはできないほど、いわゆる「甲乙」、あるいは「請負」の立場は、わたしたちの世界ではむしろ厳しくなっている(改善された業界も多いだろうが)。以前にも触れたことがあるが、金を出している側が感謝の言葉をあまり発しなくなっている。「当たり前だ」という意識もあるが、過去の経験がほとんど伝承されていない。金銭だけ、契約だけで立場が存在し、そもそもなぜ発注するのか、という根本的な主旨を理解していない発注側も多い。それでも「仕事が欲しい」という弱い立場が、負担を重くする。

 当然のことだとわたしは思うが、崩れた畦を直してもらうのだから、草を刈ることなど当たり前のことだと思うのだが、今は地主に「依頼」するという行動を、自治体の職員がしようとしない。なぜかといえば、余計な苦情を聞かなくてはならなくなる可能性があるからだ。ただでさえ少ない職員で地元対応からお上の対応までしなくてはならず、忙しいのだから極力余計なことはしたくないのは分かるが、結果的にヘボイ住民を生んでしまうことに繋がるもというわけだ。

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ハザ掛け2018

2018-09-19 23:12:54 | 農村環境

 

 今年もハザ掛けについて触れる。

 先日我が家の稲刈りが、田んぼがぬかっていてなかなかできないことについて触れた。その際、水浸しの水田の中にハザを突くよりも、畦上の方が稲の乾きが良いだろうと、畦上にハザを突いたことについて触れた。いつもなら水田の面から突いていたハザを、畦上となると、水田の面から見ると20センチほど高い位置に竿がくるように高く突いた。畦の高さが20センチほどあるから、自ずとその分高い位置に据えないと、穂が地面に着いてしまうからだ。

 写真の稲ハザは、西天竜は塩ノ井で作られていたハザだ。どちらも隣接地に突かれていたハザであるが、前者は専用の鉄でできた三脚に据えられたもの、後者は従来の杭棒を使ったもの。しかし、どちらもまだ掛けてそう日を要していないにもかかわらず、穂先が地面につきそうな高さにある。竿の高さを測ってみると、どちらも1.1メートルの高さに竿がある。わたしは水田面にハザを突く場合、目安として胸高に竿がくるようにしている。約1.3メートル、この西天竜の事例よりも20センチほど高い位置に竿を据えていることになる。したがって乾いても穂先が地面に着くようなことはない。西天竜エリアのハザは、以前よりだいぶ少なくなったものの、今もってハザを突く農家は多い。そして、穂先が地面に着きそうなハザをよく目にする。西天竜の水田は、乾きが良いから地面に着いたとしても、乾きが良いかもしれないが、我が家の水田ではそうはいかない。これより20センチ高く据えても、稲わらにカビが付くことはいつものこと。 

 畦上にハザを突いた今年は、さらに高く肩高、ようは1.5メートルほどの位置に竿がくるように据えた。背の低い人だと稲を掛けるのはちょっと大変だと思う。高く据えると強い風には弱いわけだが、それを前提にしっかり突いたつもりだ。乾きが良いと期待しているが、ところが、会社の先輩が言うには、今年は雨が多くて水田に水がついているので、乾燥機によけいに掛けないといけないと思って灯油を例年以上に用意したという。ところが、乾かそうと乾燥度を測ってみると例年以上に乾いていて、乾燥機に少しかけるだけでよかったという。今夏の暑さで、かなり乾ききっているようで、このところの長雨でも、よく乾燥しているという。もしかしたら、今年はハザ掛けなど少しすれば良いだけかもしれない。もちろん先輩の水田と我が家の水田では環境が月とスッポンくらい違うから、同じとは言えないだろうが、例年以上にコメが乾いていることだけは事実のよう。

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三度目の「崩れた畦畔」

2018-09-07 23:33:53 | 農村環境

 「崩れた畦畔」、実は同じタイトルで2度記している。もちろんどちらも同じ崩れた場所を指したもので、2010年10月に1度目を記していて、その記事の中では同じ年の梅雨どきに初めて崩れたと記している。平成22年のことだから、もう8年も前のことだ。もちろん当時は毎年耕作していた水田だ。「崩れた畦畔」でも記しているように、水張りまで達していなかったこともあり、災害への申請は無理と判断した。ところがその畦畔は、その年の別の台風時の雨で、さらに崩落。そして「崩れた畦畔」を記したわけだ。そして「平坦地の水田であれば水張りまで崩落していなくとも支障はないだろうが、我が家のように5メートル以上もある土手では、水張りまで崩落してなくても、水田の畔としてはすでに機能を有していないことは明らか」と思いを綴った。いつでも災害に申請できるようにと、それからは崩落した畦は気にかけて草刈をしていたのだが、何年たっても水張りまで達するほど崩落は大きくならなかった。崩れかけた畦畔も、そう簡単には拡がらない、そう実感させてくれたこの8年間だった。

 近年、崩落は隣の水田にまで発生し、亀裂もずいぶんあちこちに入っていたが、やはりなかなか崩れることはなかった。もちろん隣の水田も水張りまでは達していなくて、災害申請まで至らなかった。そうこうしているうちに、妻は二人の親の介護に追われて、近年はここの水田を休耕したり、耕作したりを繰り返した。

 そんな8年の間に、我が家の水田に隣接する同じ隣組内の水田の畦が崩落した。激甚災害にも指定された平成25年秋のことだった。しっかり水張りまで至っていたので、災害に当然上げるだろうと思っていたら、地権者の方から「区に話をしたら、区長が見に来て“耕作していないから”ダメだ」と言われたという。確かに何年も休耕しているが、草刈をしているし、その頃ある法人に貸し出す話もあって、このままではますます荒地と化してしまうと思い、自治体の担当の方に「災害にあげないのか」と問うと、やはり「耕作していないから」といって申請しない向きの話。結果的には災害復旧事業で復旧してもらったか、周囲のスタンスは「耕作していないと災害にはあげない」という雰囲気があった。きっとこんな考えでは、この村の農地は、農業はますますダメになる一方だろう、そう思った。

 先日の台風21号、久しぶりに少し多い雨が降った。我が家の水田のある地域でも4日の夜遅くに、時間雨量41mmを記録した。翌朝、実家に泊った妻から電話が入った。少しずつ崩落が大きくなっていた畦が崩れたのかと思ったら、同じ水田の隣の部分が大きく崩れたという。崩れた土砂が下の土地を越えて農道まで流れ出して、農道に沿ってある用水路を埋めてしまっているという。埋まった水路を掘らなくては、と言うが、人力ではとてもできそうもないということで、業者に依頼する旨の話。もちろん了解したわけだが、現場を見ていないので実際の崩落箇所がイメージできない。写真を送ってもらってようやくその場所がわかったわけだが、今まで亀裂が入っていた場所の隣が大きく崩れた。予想外だった。以前から崩れていた場所を含めると、復旧するにも多額のお金がかかりそうだ。そもそも、この一帯で、5メートル以上も段差のある水田の畦畔は、我が家のみ。毎度、草刈で苦労している場所。

 ところがこの水田、休耕している。またしても区や自治体の担当者に「ダメ」と言われるのではないかと予想していたら、見事にそうした対応がすでにされていると聞く。そうだろう、これだけ大きく崩れていると、ほかの人の目にも留まるから、我が家で連絡しなくても、すでに被災箇所として認識されていた。

 そもそも農地災害の定義の中に(農地・農業用施設等 災害復旧技術向上講習資料より)、

農地とは耕作の目的に供される次に掲げる土地をいい、台帳地目ではなく現況で判断
・現に耕作(肥培管理)している土地で、水田及び畑地の他、果樹園、飼料畑、ハス田、桑畑、石垣イチゴ等の特殊田畑を含む。
・水田及び畑地(特殊田畑を除く。)にあっては、耕作しようとすればいつでも耕作し得る状態にある土地で土地改良事業等により新規造成された農地及び輪作地帯における休耕地は農地とみなす。

とある。我が家では毎年、「今年はどうする」という具合に相談に遡上する水田で、いつでも耕作できるように、草刈はもちろんだが、耕起も行っている。確かに現状を見ると草がボウボウかもしれないが、農地の場合栄養が高いから草の伸びが早い。管理している側の思いなどまったく認識せずに「耕作していない」といってそのままにされるのは、自治体の、あるいは自治の低さを表すと思う。もちろん今回こそは災害復旧してもらうよう、なんとしてもお願いするだけだ。おそらく多額の負担が掛かることも承知の上。それでも今直さないと、もう水田として復活することはなくなってしまう。

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排水の季節

2018-09-05 23:49:25 | 農村環境

 

 我が家の田んぼには、よその田んぼの排水が落ちている。ようは、他人の土地の排水が、我が家の土地に流れ落ちているということ。そもそもかつての農村には、水路に限らず、道路もなくて、よそのひとの土地を「通る」のは当たり前のように許されていた。しかし、田んぼのままずっと継続されていればともかく、農地が宅地に当たり前のように転用されて、他人のものになっていけば、当たり前のことだが、かつての慣例など泡と消える。そのままだったら、道のなかった土地には、公道から入ることができなくなる。そうしたトラブルもかつてはあっただろう。以前から何度も記しているように、我が家にも道のない田んぼが今もってあり、そうした田んぼは見捨てている。とはいえ、土地の流動化がないから良いが、流動化するような都市近郊だったら、そのままにはしておけなかっただろう。

 土地に連絡道路は必ず必要だが、田んぼの排水はなくてもそれほど気にはならなかったのだろう、排水先が水路につながっていない田んぼは、道路のない田んぼに比べるまでもなく、たくさん世の中には存在する。ふつうに考えれば貯めた水を、秋には水を切らなくてはならず、田んぼにだって排水先は必要だ。それでも排水先がない田んぼが多いということは、排水先は重要視されなかったということ。たとえば伊那市内のあちこちを見渡すと、そうした排水先のない田んぼがあちこちにある。そのほとんどは開田時のままに現在も水田耕作が継続されている地域。たとえば東春近とか西天竜の水田エリアにはそうした環境が今もって当たり前のように存在する。

 さて、我が家の田んぼに落ちてくる排水。もともと排水性の悪い田んぼが、湿気って仕方ない。伊那市のある地域に行くと、水路の左右にある水田は、「同じ高さにして欲しい」という。どちらかが少しでも低いと、低い方の田んぼは「湿気る」というのだ。たった数センチでも低い方は「湿気る」ということを経験値から知っている。とはいえ長野県は傾斜地だらけ。なかなかそう思うようにいかないのは、言うまでもないのだが…。ということで、我が家の田んぼに落ちてくる排水のせいで、我が家の田んぼはなかなか乾かない。そういう環境もあって、ここ2年休耕している(それだけの理由ではないが…)。

 排水は必要なのに、排水先がない地域では、では「排水」はどうしているのか、当然の疑問だ。そうした地域は、排水先の水路がないので、田んぼより低いところへ排水する。そのほとんどは、「道」である。なぜならば、こうした地域のほとんどは、未舗装の道路となっている。たとえそれが公道でも、かまぼこのてっぺんが「草ホウボウ」の道へ、一般車が入ろうとするはずもない。

 

経ヶ岳の麓では、稲刈りが始まった

 

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太陽光発電のこと

2018-09-01 23:23:33 | 農村環境

 「気付いたら家が太陽光発電所に囲まれていた… 突然の計画に戸惑う住民」は、産経ニュースの「太陽光発電は人を幸せにするか」シリーズの3回目だ。北杜市には太陽光発電が勢い増加しているという。日照時間が゜長いというともあって、太陽光発電の適地らしい。1回目の記事では、アルピニスト野口健さんの「美しい景観を壊してまでメガソーラーは本当に必要なのだろうか」という言葉を紹介している。市内に1500カ所を超す太陽光発電所が設置されているという、「太陽光発電」の華々しい先進地だという。とはいえ当然予想されたと思うのだが、「そこかしこに太陽光パネルがキラキラ光っている」状況になって、冒頭のタイトルのようなことになっている。

 「この土地はもとはモモやブドウ畑だったらしい。だが、ここで耕作をしていた地権者に農業を継ぐ人がなく」なって太陽光パネルの設置場所になっている。Googlemapで外観してみて、太陽発電のパネルがとても目立つというほどではないが、確かに北杜市には多い。冒頭の記事にある北杜市小淵沢町下笹尾あたりの上空からみたものがこれだ。北杜市はけして水田が少ないというわけではないが、畑作地も多い。水田<畑地帯にこうした問題が起きやすい、良い例だろう。

 同じことが我が家の周囲でも問題になった。何といっても太陽光発電施設を造っても、固定資産税が元の土地と変わらないという自治体の太陽光発電に誘導しようという流れに乗ったもの。結果的に北杜市同様に地域住民から問題ではないか、という声が上がって固定資産税は見直されたが、住宅地に隣接して並んでいる太陽光発電パネルを見ていると「暑いだろうなー」とつくづく思うもの。2016年の記事であるが、以前にも「わが家は地獄に変わった…「太陽光パネルで熱中症」”室温52度”」を読んだ。パネルの向きによっては住民にとっては大変なことになることは、設置前にも十分予測できること。

 北杜市長坂町下黒沢の新興住宅地は、各地から移住してきた人たちが住んでいるという。昨年10月に太陽光発電所から流れた土砂が未舗装の道を挟んだ民家2棟の浄化槽に流れ込んだという。太陽光発電パネルに落ちた雨は、そのまま浸透することなく流れ出す。降雨時の問題も、ふつうに予測できること。ようは、太陽光発電施設の影響を受ける宅地は、太陽の反射光、熱、降雨時といった、さまざまな点でリスクが高くなるということ。「大阪から引っ越してきて、ついの住みかと定めた家が、太陽光発電所ができてから、こんな感じです。太陽光発電所のオーナーは地元でコンビニエンスストアを経営する名士。私のようなよそ者が何を言ったってだめですよ」という言葉を紹介している。どこにでも発生しそうな地域内の軋轢である。

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畦草が水路をせき止める

2018-08-29 23:31:50 | 農村環境

 我が家の庭が草だらけなので、ひとのことは言えない。が、地域によって雑草の管理は大きく異なる。駒ヶ根市から飯島町といった伊南といわれる地域は、比較的よく草刈が行われている地域で、それもほぼトータルによく管理されているという印象がある。この時代であるから、なかなか草刈をできない人もいるものなのだが、そうした管理されていない畦はほとんど目に止まらない。耕作放棄地が多いと草が目立つものだが、そうした地域には耕作放棄地も少ないと言える。

 先日も伊那市郊外のある地域に行くと、水路に草が引っかかって水路から溢れた用水が、大豆畑に勢い流れ込んでいた。すでに水田のように水がついていたから、半日くらいはたっていただろうか。もちろん草を取り除いて溢水を解消したわけであるが、この地域を歩いていると、同じような光景によく出くわすわけだ。前述の場所では、近年水路が整備されたようで、まだ新しいコンクリートの肌を見せた水路の両脇は、溢れた水が水路との間に浸透して、水路方が脆弱化していたわけである。溢水が頻繁に発生すれば、水路そのものの寿命も短期化することになる。とはいえ、この地域を見渡すと、伊南のような畦を見ることはほとんどない。ほぼトータルに畦草管理が良くないといってもよい。加えて、たとえ草刈がされたとしても、刈った草はその場に横倒しされ、いわゆる草寄せなどという作業は、ほとんどの畦で行われていない。そもそも伸びた草を刈るから、横倒しになった草の量も多い。以南のように頻繁に草を刈っていると、たとえ横倒しされていても、気になるほどではないのである。

 たまたま刈られた畦があっても、水路伝いに下っていくと、水路を覆い隠すように草が伸び、伸びた草が水路の中にまで垂れ、たとえば上流から草が少しでも流れ下れば、草むらが支障となって結果的に水路をせき止めてしまう。ようは、畦草管理が悪いおかげで、こんな光景が当たり前のように起きてしまうのである。たまたま出会った水路の管理人は、遠くで草刈をしている人がいると注意して見ているという。そうでもしないとわたしが見たよううな光景があちこちで発生してしまう。そもそもこうした地域では、草を流しても気に留めない人が多いようだ。

 さて、いよいよ水田に赤とんぼが帰ってきている。まさに「秋」である。最近は水田地帯を歩く農業とは無縁の人はいるだろうが、水田の様子に気に留める人は少ないだろう。今年、こうした水田地帯を歩いていて気がついたのは、ヘビがいない。よく仕事で案内していただく方は、盛んにヘビを気にされるが、もちろんヘビが苦手だからのこと。わたしも得意ではないが、絶対出くわしたくないモノというほどではない。今年は、記憶にある限り、一度もヘビに出会ったことがなかった。仕事がら水田地帯を頻繁に歩くが、仕事でも、また我が家の農作業でも、今年のようにヘビに会わなかった年は、今までに一度もなかった。どこへ行ってしまったものか。

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同じ都市周辺の農業、でも・・・

2018-08-18 23:55:33 | 農村環境

 今、都市計画区域内にある農地について、その相続税で悩んでいる人々がいる。都市計画区域内に限らず、農振農用地内の白地と言われる地域の農地も、同様に悩みは膨らんでいる。農地であっても相続税において農地並課税対象とならない。したがって多額の相続税を支払わなければ、農業を継続できないのだ。認識不足であったが、都市部ではこれを回避するべく法律が定められているという。生産緑地法というもの。法律上は大都市圏に限ったものではないようだが、該当する自治体は東京23区、首都圏・近畿圏・中部圏内の政令指定都市、首都圏整備法・近畿圏整備法・中部圏開発整備法に規定する一定の区域内(中部圏の場合は都市整備区域内)にある市のみのようだ。ようは地方都市ではこれが該当しないというわけだ。そもそも市の都市計画とも絡んでくること。農地を守ろうというのなら、都市計画区域内にせず、枠から外せば良いことだが、そうは簡単にはいかない。とはいえすでに飽和状態になっている地方都市において、今後も都市が肥大化するとはとうてい考えられない。とすれば、都市計画区域と農振区域について、あらためて検討する必要はあるのだろうが、相変わらず成長を目指す人々も少なくなく、それが地方のアイデンティティーと言っても過言ではない。いかに両者をあげ奉らなくてはならないか、これが地方の矛盾をも招き寄せる。地方では当たり前のように農地を宅地化したり、工場化したりした。それを否定する人は、少数だったかもしれない。大都市圏で農業を営んでいる人たちより、より地方の農業を営んでいる人たちの意志は弱かったかもしれない。もちろん今さらそんなことをとやかくいう時代でもない。すべてが世間に、国に、そして発言力で勝る都市圏域に翻弄された農業、農村だったと言える。

 そもそも生産緑地法は、戦後、開発推進地域とされた都心において、農地に宅地並課税がされた際に都市農地の存続をを訴えたことによって1974年に制定された法律だという。都内での生産緑地は2687ヘクタールある(今年3月末)という(『生活と自治』8月号 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会)。同誌によると、小規模経営にもかかわらず継続されている。そしてある経営者の「続けるのは、先祖伝来の土地を守りたいし、地域に愛されているからです」という言葉を紹介している。なんら地方と変わらない農業者の言葉だが、とりわけ同じような環境にある都市周辺農業者にもかかわらず、両者の間には大きな格差があるようにもうかがえる。土地改良法は2年続きで改正された。主旨のひとつに、都市化する地方農村の将来を考慮した視線がうかがえるが、こと地方都市周辺農業に対しては依然として厳しい。農振白地なら、農業などしなくてもよい、という声が聞こえてきそうだが、ではなぜ都市圏の農業は保護されるのか。もちろん都市住民にとって必要不可欠な存在になっているからだろう。

 さて、同誌において、生産調整がなくなった今、生活クラブとしての米作りの将来を考えている。生活クラブ内の消費量を見ても、米の消費は減少しつつあるという。2010年に15万1千俵食べていたが、2016年には13万3千俵に減ったという。こうしたなかアンケート調査を行ったというが、以前にくらべると子育て世代の米消費量が大幅に減っているという。そして全世代にわたって米飯よりも食事の準備に時間がかからないパンの消費が増えているという。提携する米生産者をどう守っていくか、検討をしているようだ。

 今日も甥たち(中学生)の話を聞いていると、友だちたちは朝パンを食べる、あるいは好む人が多いと言う。「僕は嫌だ」と思っても多数決では負けてしまう時代。同誌では米の今後についてこう記している。「米価が趨勢的に下がる傾向は強まり、生産原価を下回る構造が固定化するはずです。そのとき、農家の赤字補てんする公的な「セーフティーネット」がなければ、コメの市場出荷を断念する農家が相次いでも不思議ではありません」と。そうなると大規模農家がまず破綻するという。大規模農家を育てる意味合いが強い政策をたくさん打ち出してきたのに、もしそうなれば、農政の破綻を宣告されることになる。様子見の現状の中、果たしていかなる答えが待っているか…。

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掛け流し

2018-08-16 23:33:21 | 農村環境

 7月下旬のある日、ある改良区を訪れるとJAの指導を聞いてびっくりし、指導に従わないようにと対応を急いでいた。その指導とは、水量が豊富な地域では水の「かけ流し」で水田内の水温を低くする対応や、水深を深くする対策を呼び掛けたというもの。これは訪れたエリアのJA上伊那に限らず、JA南信州でも指導していることで、この夏の暑さによって実を包むモミが厚みを増すことで米粒が小さくなったり、玄米の内部に亀裂が生じる「胴割れ」など品質低下が見込まれるからのもの。なぜ改良区が慌てたかというと、その改良区は、河川沿いをエリアとしていて、比較的平らな地域。したがって用水と排水が分離しており、掛け流しをすると、水田の水は排水路に落ちてしまうのだ。掛け流しをした場合、溢れた水が元の用水路に戻れば再び用水として利用されるが、排水路に落ちてしまったら、もう用水として利用できない。JAは「水量が豊富な地域では…」と前置きしているが、用排兼用水路地域と限定しているわけではない。用排兼用水路であれば、掛け流ししても問題はないが、そうでないと無駄に水を使ってしまうため、この時代であっても水不足を生じてしまう。とくに用水と排水がほとんどのエリアで分離している地域では、掛け流しなど御法度なのだ。

 今年は、猛暑で水稲の生育が例年以上の早さで進んでいる。我が家でも、早くに田植えをした家では、8月中に稲刈りじゃないか、と頻繁に話題となる。コシヒカリは出穂後、1日の最高気温の積算が1000~1050度で刈り取りの適期を迎えるという。1日の最高気温が30度でも1カ月で900度に達する。したがって35゜が続けば、たとえば10日猛暑日があれば50度上乗せ、20日あれば100度上乗せとなる。7月下旬に既に穂が出始めていたようだから、8月中の稲刈りは計算上も妥当となる。

 もちろん我が家の水源はため池だから、「水量が豊富」のはずがない。したがって掛け流しなんてできるはずもない。とはいえ、漏水が多いから、掛け流しほどではないが、そこそこ用水を掛けないと干上がってしまう。今年は山の雪の様子から、水不足になるのじゃないかと心配していたが、この猛暑日の連続でも、意外と水不足には至っていない。既に秋風が吹き、雨もあって、心配だけで終わりそうだ。

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ホカホカの、フワフワ

2018-07-30 23:24:33 | 農村環境

 先日ある田んぼの光景を撮った日、同じエリアの水田で畦の草刈をされている方と立ち話となった。我が家でも草を刈る目安というものがあるが、それは人によって異なる。上伊那では駒ヶ根市や飯島町にとても綺麗な畦畔を見、このことは昨年見事な〝畔〟で飯島町の例について触れた。こんなに美しい畦は、ちょっとよそでは見ない。おそらく1週間に1度刈払いをするくらいでないと、こんな綺麗な畦にはならないだろう。いっぽうで、伊那市近郊、西天竜のエリアでは、比較的畦草は長く、必ず流れているであろう用水路が、畦草に覆われて「見えない」ことも珍しいことではない。我が家では、「伸びたら刈る」というほかの人達と同じスタンスではあるが、刈る範囲が広すぎて、順番に刈っていって、そのサイクルで「刈る」というのが現実で、「伸びたら刈る」ではないのである。

 この日出会った草刈をされている方は、周囲の方たちが草を刈らないことをボヤかれていた。とはいえ、刈られていた方、一通り草を刈倒すと、すぐに姿は見えなくなった。水田と水田の段差はせいぜい50センチあるかないか。したがって、畦畔部分を足しても、畦の高さは1メートルはとてもない。したがって1反歩ほどの水田の畦草を刈るとしても、1時間もかからない。我が家のそれとは大きな違いだ。それでいて刈り倒しても、草はそのまま。ずいぶん以前、会社の先輩との刈り倒したあとの草の処理について触れたことがあったが、先輩も刈った草はそのままだと言った。最近は当たり前となったスパイダーモア、我が家のあたりではまだされほど使っている人はいないが、この機械で刈ると、草は粉々になって、それほど刈り倒した草が目立たない。それでも見事な〝畔〟”で示したような畦は、同様にスパイダーモアで刈っているが、当然のこと刈った草を片付けている。綺麗に見える畦は、草を処理している。ところが、この日出会った方もそうだが、刈払い機で刈り倒すと、草の量が多い。畦を覆うほどに草が倒れていて、それでいて倒された草は片付けられない。見れば、周囲の水田でも、刈られている畦には草がそのままになって茶色く枯れている。結果的に畦は蒸れて、モグラがやってくればホカホカになって畦は脆弱化する。このエリアの畦は、歩くと足元が不安定なほど、どこもかしこもフワフワなのである。

 草刈をされていた方は、年のころ70歳くらいだった。このあたりではこういう草刈を長年続けてきたのだろう、これが当たり前なのだ。草を刈ったら、乾いてからでも良いから草を片付けるものなのだが、この地域ではそういう伝承はもはや過去のもの。

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ある田んぼの光景

2018-07-26 23:42:01 | 農村環境

 

 何の変哲もない、田んぼの光景である。畔際のあたりは植えずに水を浸けてあるが、珍しいことではない。この写真のどこに問題があるかといえば、見ての通り、水路は真新しい。最近新しいコンクリート製品に更新されたばかりといったところ。したがって周囲の地盤も、工事によってしっかり締め固められたので、安定した状態にあるのだが、田んぼから溢れ出た水が、水路天端のあちらこちらから水路へと落ちている。何といっても、水路に誘導されているパイプ。田んぼの排水を意図的に、田んぼから水路へ誘導されるために設けられているのだが、そのパイプを無視して、周囲からどんどん水が落ちているのである。よく見ると、パイプからはほとんど水が流れ出していない。

 この田んぼに限らず、周囲には掛け流し状態の田んぼがいつくか見られる。この一帯の田んぼでは時おり見られる光景だが、せっかく直した水路なのに、脇から水が流れているため、水路脇の締め固められた土が飽和状態になって、踏んでみると脆弱化している。そもそも何のためのパイプなのか、わざとパイプを塞いで、田んぼの畔を堰と見立てて越流させているのか、水路を管理している側から見れば迷惑な話だ。これだけ脇に流れ出していると、水路内に落ちなかった水が、水路周囲に浸透していき、まったく乾ききった水路の反対側にまでたどり着いて、この下流で哀れな姿を見せている。

 今年は暑すぎるから、掛け流しの方が水が冷えて良い、とでも考えているのだろうか。そもそもパイプは、田んぼの水を払って、乾かすときに使うもの。したがって床面の水も排水できるように、深い位置に設置してあるのかもしれない。したがって堰とみなして越流させてパイプに導水するには、頭にそれようの枡を設けないと思うような排水はできない。そこで、手っ取り早い方法として、パイプを無視して、畔をもって堰とみなした、というわけだろうか。

 いまどきの田んぼの管理は、忙しさにまぎれて百人百様。つい最近直された水路も、何年もつことか…。

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承前・耐用年数

2018-07-01 23:16:15 | 農村環境

耐用年数より

 

 支障があるから「直したい」、裏を返せば支障がなければ「直したい」という発想にはならないものだが、この感覚は、地域や人によってそれぞれ。外部から見れば、とんでもなく支障がありそうな水路でも、なんとかして使っている地域、人も多く、そのいっぽうでそれほど支障があるとは思えない状況でも、「全部更新したい」と思う人たちもいる。自分のところしか見ていなければ、当然その意識に差が出るのは当たり前のことだが、「お金がないから」といってとんでもない状態でも使い続ける人々は少なくない。周囲の状況、環境によっても劣化の違いは歴然としてきていて、「これじゃ、痛むのも無理はない」という使い方をしている人たちもいる。何にしてもそうだが、モノは大事にしなければ痛むもの。

 さて、先ごろある地域の方が「水路を直したい」と言うので見に行くと、意外にもまったく支障があるとは見えない。さすがにお誘いしていただいた方も、事前に見ていたわけではなく、「面目ない」とばかりに平謝り。とはいえ、地元では古くなったから「直してくれ」と要望が絶えないとも。以前触れたことがあったが、ある村で国の補助事業を利用して舗装を直したいという。しかし、見たところそれほど傷んでいるわけではなく、それでも地元要望だから、あるいは村の方針で、という具合に事業に取り込まれた。その地域の人たちしかほとんど使わない道でのこと。いっぽうこれも頻繁にここで記していることだが、我が家の近くの主要地方道では、軽トラックのジャンプが止まらないほど舗装がデコボコの道がある。わたしも含め、そのデコボコを避けるために、対向車がなければ右側通行するほど「ヒドイ道」である。しかし、一向に直されることはない。そこに限らず国県道でも舗装の痛みが激しい道は少なくない。いっぽうで前例のようなことが…。同じ視線で見れば矛盾は限りなくたくさんあるということである。

 それにしても、前例の水路を見たのち、ほかにもいくつかの水路を見て回ったが、整備されている二次製品から前時代のものであることがはっきりわかるものもある。ところが昭和40年代の整備されたものなのに、意外にもまったく支障のないものが多い。その地域は県営ほ場整備事業によって、中央高速道路の用地に絡んで整備されたエリア。50年近い年月を経ていても、環境が良ければ耐用年数は延びるというわけだ。その環境とは何か。わたしの生まれた飯島町もそうであるが、同様に昭和50年前後にほ場整備が行われた。やはりコンクリート二次製品の水路がほとんどであるが、痛みは局所的。ようはほ場整備によって一体的に整備された地域の二次製品水路は、寿命が長いと言えそうだ。何といっても目地からの漏水を起こすようなズレが少ない、というよりほとんど発生していない。あまり世の中では言われていないことだが、ほ場整備の利点は、こういうところにもあると言えそうだ。

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耐用年数

2018-06-29 23:59:34 | 農村環境

 道路側溝も含め、農業用用水路などに使われているコンクリート二次製品の水路は、現場で直接型枠を組んでコンクリートで打設された水路に比較すると、脆弱だということは素人でもなんとなくわかること。部材厚が厚いのだから当たり前のことだが、二次製品の場合1個体が小さいということも脆弱さを促す。たとえば側溝などの製品は、短いものでは60センチ、長くても2メートル程度と、短い。工場製作されたものを「運ぶ」、そして「設置する」という行為の中では、ある程度短いものでないと、扱えないわけである。もちろん軽量化することも必要で、二次製品のメリットは、いっぽうで欠点にもなる。

 これら農業用のコンクリート二次製品について、その耐用年数について農林水産省では、「土地改良事業における経済効果の測定に必要な諸係数について」の中で、「20~40年」としている。あくまでも経済効果算定上の耐用年数であるが、現実的にも指標になるべく数値である。また、平成27年4月に宮城県農林水産部が作成した「業用コンクリート二次製品水路の簡易機能診断参考資料」によると、排水フリュームを例に、実際の劣化度から二次製品水路の耐用年数を推し量っている。それによると、「排水フリューム側壁天端は経過年数が概ね29 年で劣化度が中度となり,概ね42年で補修(補強)の対象となる劣化度が重度と推定される。同様に,ベンチ(U字)フリューム底版部は,経過年数が概ね18年で劣化度が中度となり,概ね40年で劣化度が重度と推定される。」と述べている。ここでいう「重度」とはS-3レベルとされ、補修補強が必要とされる状態とされている。ようは表面化している天端、あるいは磨耗による劣化とされる底部においては、40年ほど経過することによって対策が必要だというのだ。これはあくまでも宮城県の例であり、長野県内でも同様とは明確に言えない。長野県内では凍上による劣化が二次製品に多く見られ、それを要因として更新される例が多い。たとえばここでよく触れる西天竜の支線用水路は、現在更新される水路の多くは、前時代の二次製品水路。何をもって前時代と言う明確なものはないが、農業用用水路の多くは、日本工業規格の製品が使われている。その規格以前の製品を、ここでは前時代の製品とわたしは定めている。それら製品は昭和40年代まで生産されていたもので、結果的に40年以上経ていることになる。ただしされらの現状を見た場合、天端など端部が劣化して破損したり、底部が摩耗によって支障をきたしている、と言うよりは、目地の劣化による目地部よりの漏水が著しいため、というのが現実である。ようは、目地に問題がなければ、40年ほ経過したとしても、現実的に支障があるような水路は少ないということである。問題は「目地」にあり、ということなのだが、二次製品水路半世紀の歴史の中で、では、目地をなんとかしようという動きは極めて少なかったと言える。いわゆる継手をジョンイント式にしてズレをなくすという製品は開発されたが、決定的対策にはまだ足りないという印象を拭えない。

 とはいえ、前述の「土地改良事業における経済効果の測定に必要な諸係数について」では20~40年としているものの、現実的に20年は短すぎ、40年程度は利用されているのが実態。ようは経済効果上、厳しい数値であるとは断言できそうだ。

続く

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