Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

視界に入らないのは・・・

2019-08-04 23:41:46 | ひとから学ぶ

 通勤時にかぎらず、仕事中にもたまに目にする中学時代の同級生がいる。同じ建物に勤めているために目にするのだが、しばらく前に、通勤時に道端で会って、同級生とわかって軽く挨拶をした。すぐにわたしだと気づかなかったが、じっと見ているとわたしだとわかって、少し驚いたような顔をした。「今はここにいる」とばかりに同じ建物で仕事をしていることを伝えたが、その後わたしは何度となく、同級生の姿を見届けているが、同級生は、なかなかわたしに気づかない。

 なぜ同級生と気がつくかといえば、歩き方が昔とちっとも変わらない。あのころの特徴そのままの歩き方をしていて、半世紀も前の姿のまま、わたしには映る。だからその背後から見てもすぐに同級生だとわかる。そして昔もそうだったが、あまり周囲の人を意識するタイプではない。マイペースと言ってしまえばそれまでだが、周囲の人が視界に入っていないのでは、と思うほど、自分に没頭する。でも、よく考えると昔はこれほどではなかった。何か悩みがあるのかどうなのか。優秀だった同級生が蘇るとともに、いつもいつも背後から見守っている自分がいる。

 以前にも何度も記しているが、ある職種の人たちに、わたしはいつも視界から除外されている(そう思い込んでいるだけだが…)。同級生も、そのある職種と同業である。けしてそのせいだとは思わないが、人はある程度環境に染まるもの。そして染まったから今がある、とは思いたくないのだが、変わらぬ後ろ姿と、半世紀も前の同級生の姿に、同じようで同じではない後ろ姿を垣間見る。そこに家庭の事情が絡んでいるのかどうか…。人は長年の経験を経て、もちろん年齢を重ねて様子が変わるのは当たり前。だが、同級生ほど昔とちっとも変わらない歩き方の知り合いを見たことがない。それほど年齢を重ねた変化は、そこにはないのだ。にもかかわらず、かつてわたしの横に座っていた同級生は、わたしに気がつかない、あるいは視界に留めて「この人は誰!?」と思わない。なぜなのかは、わたしに答えは見えない。

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同情する顔にはしわができる

2019-07-22 23:49:31 | ひとから学ぶ

 飯田ランプ屋創業者で泰阜村出身の井上秀範さんという方が、『南信州』新聞に「大嵐の仙人」を寄稿している。その第1回が20日の紙上に掲載された。その冒頭に書かれた文は「我が家では天竜川は右から左に流れている」というもの。とくにそのことについてこのあとに詳細を記しているわけではなく、大水によって流されてきた大石によって川の様子が変わったと続く。ようは冒頭に記されたこの文があってもなくても、文全体の中ではそれほど意味を持たせていないように思える。この項の小見出しに「家の前」とあるから、ふだん家から見ている光景である天竜川を表現する際に、川は「右から左に流れる」のが井上さんにしてみれば当たり前の光景だった、ということになるのだろう。

 実は、この書き出しの言葉に、わたしはとても親近感を覚えた。川が流れる方向が、ふだんの光景から頭の中で常態化するのは、わたしも同じだ。井上さんほどではないかもしれないが、わたしも河原で生まれ育ったから、川は左から右に流れるもの、ということが身にしみていた。ふだん目にしている光景で、頭の中に当たり前な図式が育まれる。もちろん対岸の人々には、わたしの見ている世界が正反対になるわけだが、わたしの見ていた世界は、わたしだけのものであり、そして当たり前の光景として大人になっても記憶に確実に残る。わたしは川の流れるのが見える場所に家がなかったが、井上さんは、おそらく眼下に天竜川の流れを見ていたはず。より一層「川」を描く際に、「右から左」が状態化していたはずだ。長野県民が山が見えないところに行くと方角がわからなくなるように、きっと川が見えない空間は方向音痴になるに違いない。

 井上さんは、もうひとつ興味深いことを記している。同様にふだん眺めている天竜川の対岸に川田の集落が見えていた。

川田は冬には朝早くから陽が当たり、夏は早くに陽が陰ることから、「川田の人は額にしわが有り、温田の人にはしわが無い」と言っていたとか。要するに同情する顔にはしわができ、羨む顔は面が伸びるということだ。確かに温田は山を背負っていて、冬は朝日が当たらず寒く、夏は西日を延々と受けていた。

井上さんは温田側の人。きっと朝陽が早くに当たる対岸の人々の暮らしを羨んでいたのだろう。羨むほど「面が伸びる」、面白い話である。

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同じようで等しくない社会

2019-07-19 23:58:14 | ひとから学ぶ

 もちろん地域、もっと言えば地方の農村、さらには山村において、数年前の光景と異なった姿が見えてきているのは言うまでもない。時代の趨勢から当たり前と言えばそれまでだが、この状況は、数年を経れば、さらに変貌するだろう。なにより、高齢化した山村は、管理しきれない空間が増え続ける。そんな空間に好んで住まおうという若者がいるかもしれないが、かつてのようなムラを維持しようとする流れは、新たに住み始めた人々に、それほど期待はできない。住処を変える人々は、安易にまた、住処を変えていく可能性が高い。やはり、先祖伝来の土地に、家という一本の筋に従って永続的に生きてきた人々とは、根本的な違いがある。

 先日、旧高遠町黒沢を訪れて感じたことは、もちろんかつての山村の光景、さらにはそこで暮らす人々の「何かしなければ」という思いが伝わった時代とは違う。それは山村に限ったことではないが、「今を維持しよう」という雰囲気と、さらに向上しようという意識との社会空間格差である。少し前なら後者の意識をどんな山村でも持っていたのだろうが、今は維持社会から脱し、終焉へのアプローチに足を踏み入れている。そして、もしそのような地域に向上心が芽生えたとしても、それを阻むのは、周辺社会のみならず、政治の流れなのかもしれない。したがって、農村の保守意識は薄れ、もはや政治への期待がなくなっても致し方ないわけだ。それを掬い取ってくれる政治家などいない。しかし、それでもそうした政治家に頼らざるを得ないのは、農村、それ以上に山村を知らない人々の認識のなさに呆れるからだ。だからこそ、山村の人々が何も期待しないだろうし、「終焉を待つ」姿勢をとらざるを得ないわけだ。おそらく、日本の流れは総体的にそんな傾向があり、そこに抵抗しているのが、首都圏を含めた大都市圏だけなのだ。これまでも何度も繰り返し述べてきたとおり、未知の世界など体感できない人々の蔓延なのだ。

 他人の住まう空間の地域意識、それは本当に集落ごと異なる。その背景に何があるのか、さまざまな要因が影響しているのだろう。とりわけ、ふだんは顔を合わせるわけでもない人々が、地域を形成するという段には、それぞれの思いが交錯しながら成り立つ。伝統と、伝承と、そして前例、まるで公務員社会のような世界を、公務員ではない人々が形成する。それぞれ思うところもあるのだろうが、その上で地域社会は均衡を保つ。どこの地域社会も同じような流れに翻弄されながらも、結果的に異なった地域社会、その地域ならではの地域社会を描く。だからこそ、その背景と、要因に、興味は尽きない。

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解っていても止められない

2019-07-14 23:37:38 | ひとから学ぶ

 先日「再び、電話の向こう」を記した。今日もまた、電話当番を4時間、午後の時間帯に担当した。先日は土曜日、今日は連休中日の日曜日。それだけでも様子は違う。土曜日の日中は、不在の家が多い。それにくらべれば、連休とはいえ、日曜日の平日は、けっこう電話がつながる。田舎だから連休という設定などあまり関係がないようだ。

 さて、だいぶ名簿一覧にチェックが入って、いよいよ2巡目、ようは1巡目では不在で電話の通じなかった方たちに電話をしている。当番制で行っているから、担った人によって、名簿一覧は多様な様相を見せる。「二度と電話をしない、怒られた」、あるいは要件を伝えている途中に「切られた」というメモが沢山ではないが、そこそこメモに残っている。

 そもそも名簿は、基本的には本人に書いてもらっている。だから書いた本人は解っているはずなのだが、本人ではない人が電話に出れば、選挙の電話は迷惑電話に近い。電話の仕方にもよるが、繰り返し経験してきた人たちにあらためて確認すると、電話に出た際に、フルネームで「〇〇さんのお宅ですか」と聞いていない人が多い。ようは姓のみ発しているから、相手が書いた本人ではないケースも多い。なるべく不審がられないためにも、本人かどうかの確認は必要なのだろう。もちろん選挙の電話だから、相手を確認した後に、「〇〇選挙事務所です」と自分を名乗る。そして、「〇〇から紹介いただき、電話をさせていただいております」を、わたしは必ず加える。これもまた、不審がられないための対策だ。わたしもそうだが、選挙の電話は取りたくない。でもかかってくる以上、電話を取ってしまった以上、話を聞くのは常識なのだろう。その気持ちを汲めば、不審がられないように気を使うのは、電話を掛けている側が落ち込まないための対策だ。なぜ、呼び出し音が鳴っている間にこころ揺れるかといえば、相手に「何か言われないだろうか」という不安である。たとえ自分で書いてもらった名簿でも、記憶にあるとは限らない。そして、前述したように、時には「怒られた」などという気分を害す例もなくはない。これほどでなくとも、明らかに「迷惑電話」という雰囲気で扱われることも多い。それでも言いたいことを最後まで言えることが目標。雰囲気で「迷惑」がわかったからといって、勝手に切るわけにもいかない。実は、この駆け引きの時間が、もっとも嫌な雰囲気で避けたい時間なのである。切られなくても、じっと無言で聞かれている、もちろん票にならない電話だと気づいている自分がそこにいる。どれほど無駄だと判明しても、続けないければならないほんのわずかな時間なのである。それでも「切られる」よりはましなのである。

 都合ここまで8時間電話をかけてきたが、わたしの掛けた電話に、話し中に途中で切られた例は、1件のみだった。人によっては度々「切られた」を記している例があるが、おそらく電話のかけ方に違いがあるのかも…。

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再び、電話の向こう

2019-07-08 23:55:22 | ひとから学ぶ

 7月6日信濃毎日新聞朝刊第一社会面の“「出てもらえない」悩める電話作戦”という記事が目を引いた。先日ポスター立てのことを記したが、3年前には「電話の向こう」という日記も記している。さらに遡ると2007年、やはり参議院選挙の年、「選挙が嫌われるわけ」を記した。電話作戦の効果について触れたものだが、この年、職域候補を支援していたが、惨憺たる票数で落選した。いわゆる民主党政権への足がかりとなった選挙である。近ごろ「選挙が嫌われるわけ」の閲覧数が増えているのは、選挙がらみといえる。その年の選挙を最後に、わたしのかかわる職域代表は、参議院選に立候補しなかった。組織の弱体化は否めず、「当選できない」という雰囲気があった。

 さて、記事は「立候補者の各陣営が有権者に電話で投票を呼び掛ける「電話作戦」が様変わりしつつある」と始まる。それは「固定電話を置く家庭が減っている上、特殊詐欺被害防止のために県警などが留守番電話の活用を呼び掛け、「電話に出てもらえない」ことが増えつつあるため」だという。

 同じ印象を同様に電話作戦を手がけるわたしたちも感じている。そもそも、3年前と大きな違いは、後援会名簿に記される電話番号だ。以前は固定電話がほとんどであったが、固定電話を置かない人が増えて、携帯電話の番号を書き込む人が多い。結果的に携帯電話にかけざるをえず、今までにない対応が求められる。記事では「特殊詐欺被害の増加を受け、県警は特に高齢者世帯向けに、電話がかかってきても留守番電話にして、知らない番号が表示されたら出ないよう呼び掛けている。市町村も、「通話を録音します」と自動的に相手に伝える機器を貸し出したり、設置費用を補助したりと対策を進める。」というように、固定電話でも通話を録音される機能を有す電話が多くなっている。もちろん不在であっても着信履歴が残る電話が多いから、かつてのように不在だからといって、それで「終わり」ではない。ようは、選挙事務所の電話に電話が掛かってくるケースが珍しくない。かつてはなかったケースだ。

 この土曜日、その電話作戦に4時間没頭した。当番表を作成して手分けでやっているのだが、よく働く我が社の社員は、文句も言わずにそのプレッシャーのある作戦に取り組んでいる。これもまた、ふつうの人たちには認知されない世界だ。「電話の向こう」に記したように、①呼び出し音が鳴り続け、相手側が電話を取るまでの間、②相手側に語りかけ始め、相手側の第1印象、③要件が分かってからの相手の反応、どれもこれも、その場面ごと、こちらのこころは段階を追って変化していく。そして受話器を下ろすたびに、ホッとしながら名簿はチェックされていく。心理的に、どれほど慣れたとしても、いつもとは違う疲労感を重ねる。「こんなもの効果あるのか」という言葉を、本音として吐くものの、無駄ではないことも少しはわかっている。1票でも2票でも、と、思うたびに、この時代の選挙離れとは別次元の世界に自分がいることを悟る。

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女性は変わったのか

2019-06-26 23:49:11 | ひとから学ぶ

 以前に記したことなのかどうか、記憶にはないが、近ごろの女の子の歩き方は気になるところだ。ようはО脚と言えばまだ聞こえは良いが、いわゆるがに股で歩く女の子の多いこと。女子高生なら半数とは言わないまでも、三分の一程度はО脚ぎみだ。それを指摘して「差別」などと言われるようなら、世も末なのだうが、おそらく、家庭を出れば、それを指摘する人は、この世にはいないのだろう。したがって、両親が指摘しない限り、それを意識することもなければ、その姿が醜いなどと指摘する声もないのだろうか。もちろん、いまもって歩く姿が美しい女の子もいるのだろうが、どう見ても「醜い」姿は、当たり前のように巷には見られるようになった。

 そのせいかどうかわからないが、電車内で座席している女の子の姿の悪いこと。ようは、足を投げ出すように座る女の子がとても多い。普段通学している際はともかくとして、休日の私服姿を見ていると、その姿の言ってみれば「おおらかさ」にこれが今どきの若者なのだと、諭される。ベンチシートのように、遠くまで見渡せる座席を見渡せば、投げ出した女の子の脚が目立つ。足を組んでいる男性や、男の子の姿は、昔とちっとも変わらないが、組まずに座る乗客の姿を概観すると、むしろ男の方が、整然として座っている姿が目立つ。そして、女性の方が足の置き方が奔放なのである。それは、しつけなのか、あるいは親の放任主義なのか判断しづらいが、なぜこうも女性は変わってしまったのか。それをもって男女平等などと言うのなら、それは間違いではないかと、わたしは思う。男が変わったのではなく、女が変わった、そうわたしは思う。

 あらためて電車に乗って、座席に座ったすべての乗客を見てみることだ。

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コンビニを横切る車

2019-06-25 23:47:51 | ひとから学ぶ

 十字路の一角にあるコンビニは珍しくない。夕方ということもあってか、駐車場は異様に混雑していた。例のごとく、店内に入ると意外に人は少ない。暗くなっていたので様子はうかがえなかったが、おそらく多くの車は、運転席に人影があったのだろう。混雑していたこともあり、奥まった駐車場に停めたわけだが、コンビニで用を足し、車に乗ろうとしていると、十字路の支線側の道路からコンビニの駐車場への誘導路に入ろうとしていた車が見えた。もちろんコンビニに用事があって入ってきたのだろう、その時はそう思っていた。この誘導路は、いわゆるまっ平らな駐車場ではなく、傾斜があるため、坂道となっている。まさに誘導路なのだ。わたしは車に乗って発車し、奥まったところから道際に車を進めて来ると、先ほどの車が私の前を横切った。いずれかの駐車スペースに停めるのだろう、そう思っていたら、駐車場内を道路と平行に走って行って、いくつかある道路への出口の、いちばん向こう側から、幹線道路に出て行った。

 ようは、コンビニ内を横切ったというやつだ。とはいえ、前述したように、ここのコンビニは傾斜地にあるため、十字路に沿ったどちらの道にも平らに設けられているわけではない。誘導路はその段差を解消するために、坂道となっている。その誘導路まで利用して、あえて横切ったということは、頻繁にやっている行為なのだろう。もちろん十字路には信号機かある。信号待ちをしないためにショートカットしたわけだ。暗くなっていて、駐車場は混雑していた。空きスペースはほとんどないくらいに。それほど広い駐車場ではなないので、スピードを出せるような空間ではない。信号待ちしていても、それほうど時間を要すわけではないだろうに、このリスクを負おうとする考え方に、唖然とする。何といっても混雑しているから、駐車場から出ようとする車にぶつかっても不思議ではないような環境だ。

 わたしも幹線道路をずっと走るタイプではない。早ければ別の道をすぐに選択する性格だ。しかし、この程度のために人の土地を通って信号待ちを抜けるようなリスクを望まない、というより常識外だ。今もってそういう行為を、ふつうのおばさんや、おじさんがするのだから、人には偉いことは言えない。

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見知らぬ人びと

2019-06-21 23:00:45 | ひとから学ぶ

 この年(還暦が近くなって)になっても、思わず頭を下げてしまう癖がありながら、頭を下げずに行き交う、顔見知りがいる。ここでいう「顔見知り」とは、度々顔を合わせることがあっても、お互い名前も知らない関係で、そもそも相手が「顔見知り」だと思っているかは微妙だ。

 以前にも記したことがあるが、ある組織の人たちは、わたしにとって「顔見知り」だと思うのだが、会釈もしなければ、あえて見知らぬ顔で通り過ぎる関係の人が多い。こちらとしては何度となく行き交っているし、遠くないところで働いているということは知っていてもおかしくないのだが、まったく見知らぬ顔をする。こうした人たちは、知っていてもあえてそういう顔をしているのかもしれない。そこで、こちらから挨拶をしたこともあるが、よほど大きな声をかけないと気づいたふりをしない。やはり、意図的に見知らぬ顔をしている、そうとしか思えない。もちろん「嫌われている」からかもしれない。しかし、一人や、二人ではないから、彼ら、彼女らにとって、他人と接する方法を、誰かから学んでいるのではないか、そう思ってしまう。

 そんな彼ら、彼女らが、あたかも笑みを浮かべ、例えば若い人たち会話をしたり、あるいは催しでの様子がネット上に流れていると、「本当に同じ人なのか」、そう思ってしまう。それほど業務上の活動と、世間での顔は違う。果たして、この人たちの本当の顔はどういうものなのか。

 わたしたちは、業務で頭を下げることが多い。もちろん本音で物言いをしたら、争いになってしまうから、常に負けを意識した答えを出してしまう。もちろん認めるわけにはいかない場面では、頭は下げても負けを認めはしないが…。常に間に挟まれて、「お前たちのせいだ」と責任逃れの対象にされる立場でもある。きっと若い人たちには、そのやるせなさに悩む者もいるだろう。理屈や、正論では通らないことも多い。だから本当の顔を「見せない」、そう捉える人がいても不思議ではない。この世を渡るための技ならば仕方ないと思うが、しかし、なぜ顔見知りなのに、無視をするのか、その技の奥底は、わたしの生業の世界にはないものだし、理解もできないものだ。

 おそらく、人々は偽りの顔、そして世界しか知らないのかもしれない。まさに、この世の終焉を思わせる、事象の一つだと、わたしは思う。

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「小さな世界」から

2019-06-20 23:13:41 | ひとから学ぶ

 先ごろ車の保険屋さんを訪れた際にも、国民こぞって注視している「小さな世界」の話になった。近ごろは高速を走っていて、追い抜きざまにその車の様子をうかがうと、新聞や本を開いている人のほかに、タブレットを操作している人も見かける。どれほど忙しい世の中なのだ、そう思うのだが、人々が会話をしなくなったのは当たり前かもしれない。「時代である」などという言葉をあえて当てはめる必要もなくなり、過去の世界を例にすることもなくなったが、それでも「昔は…」と発してしまう年老いた人々は多い。この世の流れに沿って、苦々しく思っても諦めているのが、年寄りの実情だろうか。妙な気苦労も、争いもしたくはない。にもかかわらず、自由な言葉は自由に発せられ、結果的に「言っても無駄」という結論に行き着く。年寄りの世界も、会話を必要としなくなった。それは年寄りも、すでに会話の下手くそな時代を生き抜いてきたに違いない。30年前の年寄りは、もはや周囲にいないのだ。

 車の保険屋さんは78歳。すでに後期高齢者の仲間入りをされているが、わたしからしてみれば、昔とちっとも変わらない。わたしとの年の差が変わらないのだから当たり前なのだが、人と人の関係は年老いても変わらないのだ。そんな保険屋さんが、この世のスマフォ現象に、末の世を心配している。AT車のブレーキを右足で踏むように、かつての慣れから、たとえスマフォを覗いていても、そこから目を話せばリセットできる過去の人間と違って、小さな世界が基本世界になる若者にとってのこの後は、わたしたちのように現実世界にリセットできる人間ではない。そんな人びとがこの世を席巻する時代になったとき、果たして人間は、人間としての機能を維持できるのだろうか。テレビに登場するこの世の仕組みを悟ったがごとく、過去の仕組みを嘲笑う若きコメンテーターを見ていると、言葉が思いつかないばかりか、多くの人間の存在が消されたような錯覚を覚える。

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記憶を奪う

2019-06-16 23:16:46 | ひとから学ぶ

 昨日、親戚の保険屋さんに車の保険の更新に関する打ち合わせで立ち寄った。今78歳という方は、わたしが車を持った二十歳前からお世話になっている。「ずっと元気でいてもらわないと困る」なんていう会話をするようになってしまったが、昨年車を買い換えたという。このところ盛んにニュースに登場する高齢者ドライバーの事故の話で盛り上がった。その方が昨年買い換えた車はマニュアル車だという。「安かったから」と言うが、わたしが考えているようにマニュアル車なら最近話題のような事故は起きない、そう言われる。そもそもこれまで2度の2日間に渡る高齢者講習を受けたが、この講習で免許が更新できないという例はないと、保険屋さんは言う。見るからに「危ない」と思われる高齢者も、免許更新されているといい、盛んに言われるような事故は、未然に防げるはずだとも。何のための高齢者講習なのか、まったくわからないとも。そして一斉年齢を定めて規制するのは納得できないという。人によってまったく違うというのだ。確かに90歳を超えてもふつうに運転する希な人もいれば、中年でも超高齢者とさほど変わりないような危なっかしい運転をするひとはいる。もちろん最近の若者は、経験不足が多い。危険察知能力は、そうした環境になければ、なかなか整わない能力だ。

 世論は何らかの規制に向かっているが、昨日87歳になった方も訪ねた。昨年、免許を返納したというが、本人に聞くと「返納していない」と答える。その意味が後でわかった。奥様が了解を得ずに返納したという。だから本人にとっては、いまもって「免許はある」と答える。医者の勧めで返納したと奥様は言うが、どうも返納したことで、だいぶ物覚えの低下はもちろんのこと、意欲がなくなってしまったようだ。運転できるということで、自由に身動きできていたのに、手足を奪われたような状況に陥り、急激な変化がやってきている感じだ。もちろん、だからといって危ない状態で運転するのは選択すべきではない。しかし、世の中の高齢者の手足を、一様に奪うような流れだけは、一考してもらいたい。さもなければ、この国の老人の将来はずいぶん暗いものとなるだろう。

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降りれなかった乗客

2019-05-26 23:55:08 | ひとから学ぶ

 一昨日の夜は松本から久しぶりに電車で帰ってきた。わたしにとっては最終電車。慣れない電車だから、何両で、どこに何両目が停車するかは放送があるまでわからない。ということで、松本から立ちんぼである。寝過ごさないためには、「これが一番」とは思うが、けっこう疲れている。とはいえ、一応岡谷での乗り換えを考えて最後尾に乗るものの、結局岡谷からの飯田線も立ちんぼである。伊那あたりまできて、ようやく空いてきて座ったが、いつも通り最終はワンマン。1両目の運転席後部のドアしか開かない。飲み会の際に乗る最終だから、ワンマンであることは百も承知。そして、いつも通り2両目に乗るのは、2両目の方がドアが開かない分、落ち着いて乗れる。

 ところがだ、今もってこのワンマンには不慣れな人がいる。たまにしか乗らない人には、ワンマンは分からないだろう。何といっても、放送では「前より車両の前側のドアからお降りください」と言う。これって酔っている人に限らず、よく聞いていても間違える。「前より車両」を車両の前側と聞いてしまう人がいないとも限らない。すると、2両目の(飯田線のワンマンは2両編成のみ)前側のドアと勘違いする。、何度押しても開くはずもない。

 今日もそんな戸惑う乗客がいた。その方、まず降車しようとした駅で2両目の後ろ側のドアの「開」ボタンを押している。騒いでいたので気がついた。結局降りれずに、電車は発車した。しばらくして後ろの方を見ると、降りそこねた客の姿はなく、席に座っているようだ。「間違えたわけではなかったのか」、と思っていたら、次の駅で2両目の前よりに乗っていたわたしの前で、盛んに「開」ボタンを押している。思わず「1両目に行かないと開かないです」と言うと、慌てて1両目へ。しばらく電車が発車しなかったのは、その方と運転手でもめていたのかどうか…。何といってもワンマンの場合、降車客が多いと、停車時間が長くなる。空いている時間帯でないと設定できない車両だ。だから最終にワンマンが設定されているのだろうが、意外と通勤時間帯を過ぎると、最終が最も混雑していることも珍しいことではない。ということで、この日の最終は10分くらいわたしが降りるころには遅れていた。

 「前より車両」という表現はわかりづらい。なぜ「1両目」と言わないのか、などと、今日の降りるのに苦労していた乗客を見ていて、そう思った。「1両目」と言っても間違える人はいるだろうが…。

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郷土史を語る

2019-05-24 23:11:19 | ひとから学ぶ

 会議後の懇親会で、郷土史研究会の現状についてある先生と話が盛り上がった。かつて1500人ほどいた会員が現在500人くらいという信濃史学会は、今では県外会員のウエイトが大きくなっているという。郷土史、地方史、それらの会員が減っているのはどこでも同じで、人口が減っている現状では当然の流れなんだろう。そんななか、長野県考古学会はこのごろ会員が増える傾向にあるという。いまだ発掘調査が盛んで、市町村職員の担当部署の方々が会員になっていて、そうした方たちが定年されたあとに入ってきた若い職員が入会することで、増加を生んでいるともいう。郷土史の盛んであった長野県が、いまもって全国的に郷土史が盛んであることに違いはない。今も月間で研究誌を発行している『信濃』や『伊那』『伊那路』の動向を見れば、それは容易に分かること。とはいえ、その発行部数が減っていることも事実。この春でわたしも事務局を降りたわけであるが、その直後に高井地方史研究会から「今後発行雑誌を寄贈しません」という連絡を受けた。事実、長野県民俗の会でも、交換団体が多く、そうした団体に送付している負担が大きかったのも事実だ。そして、わたしの在任中に「今後は毎回送付しません、年間まとめて送付します」という連絡をもらった会もあった(が、まとめて、ではなく1年1回だけのよう)。いずれの会も、他の会との交流は必要ないと考えている、そう思わせた。

 この春、事務局を降りたこともあって、ここ数年続けていた『信濃』の研究動向も引き継ぐ予定であったが、引き継いですぐでは昨年の動向を書くのはちょっと無理が…、という話もあって、最後の動向を引き受けた。そもそも動向を書くには、県内関係の発行物はもちろん、県外のものでも県内を扱った論文などは気にかけなくてはならない。もちろん引き受けた人の認識している範囲内に限られるのは致し方ない。したがってその関係の仕事をされている方なら網羅できるが、趣味でやっているわたしのような存在では、なかなかすべての情報は網羅できないし、そもそも情報が入ってこない。こちらから積極的に情報を取りに行かざるを得ない。そんななか、事務局をになっていると、交換団体からの雑誌が送付されてくるから、その内容から関連論文をチェックできる。しかしそれが送られてこないとなると、会員になっていない限り、情報は自然には入ってこない。高井地方史研究会も、「まとめて送る」と言った団体も、いずれも民俗関係の論文がたまに掲載されたり、民俗専門の団体だった。

 そこで冒頭の話に戻る。妻には「いい加減にして」と言われるほど、わたしはそこそこの団体の会員になっている。年老いていく毎に、少し整理していかなくてはならないとは思っているが、こうした会員になっている団体の雑誌によって情報を得ていたから動向を書けた部分も少なからずある。例えば『日本の石仏』、あるいは『民俗芸能研究』といった全国誌に県関係の論文が掲載されることは多い。今回も後者に掲載された三田村佳子氏の「北信濃の「灯籠揃え」 ― 多様化する灯籠風流 ―」は、研究動向に絶対取り上げなくてはならない論文だった。ある先生と話していてふと気がついたのは、「松本や安曇といった地域には郷土誌というものはないのですか」である。もちろんあればわたしの認識にあったはずだが、思えば他の地域にくらべると、中信ではそういう雑誌を知らない。なぜ、という問いに先生は、この地域を中心に現在の信濃史学会が活動しているため、一時そういうものも発行されたが、すぐに途絶えてしまったという。そういう意味では『伊那』や『伊那路』は特筆すべきもの。そして、「郷土意識」にまで話は進んだ。かつて『伊那路』626号(上伊那強度研究会2009年3月)に投稿した「伊那谷の南と北」は、まさにそのことについて書いたもの。そもそも地域に興味を抱いている者は、関係地域の研究会に複数入っているのが当たり前だと思っていたら、実はそうではなかったことがわかった、と当時の地域性について話をしたところ「面白い話だ」と先生は言われた。郷土意識と郷土研究、そしてそこから先の研究会という存在、そこに関わろうとする思い、それだけみても地域性、あるいは個人の考えた方が表れ、ひとつの研究対象にもなるというわけである。

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下伊那から上伊那へ

2019-05-21 23:20:05 | ひとから学ぶ

 以前にも同じことを書いた。近ごろますますかつてと光景が変わっている。

 それは飯田線のかつてよく利用した朝の電車内の光景だ。平成19年から6年、わたしは飯田線を利用して上下伊那郡境域から伊那まで通勤した。6年と長かったこともあり、その間でも光景の変化はあったが、2年前に久しぶりに同じ電車を利用して通勤しようと思ったとき、印象が違った。ようはほかの通勤方法を選択したくなったのだ。そして、結局自動車で通勤することにした。今も隣近所の人たちによく言われるのは、伊那へ今は通勤している、と言うと、電車で通っていると思われている。それほどわたしが朝駅に向かって歩いていたかつての光景が、周囲の方たちにも焼き付いていたわけだ。わたしを選択させようと違和感をもたらしたのは、電車内の空き具合なのだ。あきらかに、平成19年に通い始めた際の光景と違う。わたしが乗る駅に、人影はひとり、ふたり、だったし、わたしの乗る車両は、まるで始発列車のように、人影はなかった。その後少し人影が増えて、あるいはいつも指定席のように空いていた席を先客に奪われるようになって、乗る車両を変えた。もちろん最も空いている後部車両に変えたのだ。その後5年、同じ空間で様々な人々の描く、あるいは繰り広げる光景を少ないなりの車両空間で味わったわけだ。

 今日も会議後に懇親会があったため、電車に乗った。対面のポックスシート以外、かつて乗車した車両でも空いている席はひとつ、ふたつ〈「空いている」とは、2人掛けシートに誰も座っていない席のこと〉。10年以上前にこの空間に足を踏み入れた際と比較するまでもなく、まったく違う便の、あるいは地域の電車のよう。しばらく前にも同様のことを触れたが、下伊那エリアから、上伊那エリアに通勤、あるいは通学しようとする人が多くなったとしか、考えようがないのだ。なぜならば、郡境域の車内に人影が多くなったものの、では駒ヶ根から伊那市までの車内が、かつてより混雑しているかと言えば、変わっていない。

 この春の高校入試では、学区制がなくなって、下伊那から他の学区に入学希望の生徒がどっと増えたという。もちろん下伊那から上伊那というよりは、さらに遠隔地を求めた子どもたちが多かったのだろうが、明らかに異なるかつての光景とくらべ、この光景の変化の背景に、何があるのか、たかがひと列車だけの光景であるが、実は大きな心理変化をもたらしているのかもしれない。

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なるほど、とうなずかされて

2019-05-11 23:57:42 | ひとから学ぶ

 

 昨日和合で代掻きをされている方に田の神の話を聞いたわけであるが、よく見てみると、狭い谷間だけに、この方の家がある空間で、現在水田を耕作されているのは、この方だけのよう。とすると、この方の水田に導水されている水路は、この昭和6年生まれの方が一人で管理されているのだろう。実はこの方の水田までの導水は、阿南らしいといえばそれまでだか、すべてパイプで導水されている。隣にある沢から導水しているのだが、その距離は200メートル余とそれほど長くはないが、その半分は山の傾斜地にパイプを埋けてある。その取水口に行ってみると、2ヶ月ほど前と違って、沢の水を集めて取水しやすいように管理されていた。そして、よく見ると取水のパイプの口元に杉の枝が置かれている。「なるほど」と思ったのは、これはスクリーンの意図なのだ。ようはゴミが入っていって管が詰まらないようにという意図だ。取水口から数十メートル下ったところで管理のためか、一旦パイプが解放されて、再び管に取水しているのだが、その場所にも杉の枝が水面に浮かべられていた。とても原始的な工作なのだが、理にかなっているし、その上で全く安価だ、というかお金はかかっていない。もちろん規模が違うから、ほかの事例とくらべる方がいけないかもしれないが、やたら管理に手がかかるからと、お金をかけて工作物を設置することはあるが、この工夫に感服してしまう。ちょっとした工夫は、この空間のいたるところに見られるし、話を聞けばもっとたくさん聞くことができると思うのだが、仕事のついでだったからこれまでだ。「もっと話を聞きたい」そう思って空間をあとにすることが、なんと多いことか。

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ある、物語

2019-05-08 23:05:29 | ひとから学ぶ

 それにしても、おなじことの繰り返しだからそう何度も書きたくはないのだが…。飯田山本インターを降りて、信号待ちをしていて国道に出た。うしろにBMWがついていた。年のころ爺であることに間違いはない。信号が青くなったので国道に出たのだが、制限速度くらいで走っていると、爺のくせにわたしの後ろにぴったりとつく。少し速度をあけだが、あまりにぴったりと、後部から数メートルでついてくるので嫌がって左側に寄った。このあたりは道が広いので、抜こうとすればできないことはない。が、分離帯があるので、さすがに後続の爺は抜くことはなかったが、こんな調子で走るのが嫌だったから、その先のセブンイレブンに左折した。

 「ジジイのくせに」とは蔑視にほかならないから、適切ではないかもしれないが、正直「そう思った」。もちろんこんなことは「ジジイ」に限ったことではなく、「オンナ」でも同じようなことは多い。ルームミラーで後続車をよく観察するわたしにとってみれば、まずその雰囲気でどんな関係になるかは想像する。おおよそ想像通りだが、想像外の行動に出る人も多い。近ごろは「煽り」運転で、頭にきた人が窓から顔を出して「文句を言う」なんていう映像が頻繁に流れたが、こんなことは珍しいことでもなんでもない。何度そんな経験をしたことか。「頭おかしいんじゃないか」、独り言は数え切れない。だから、相手に意識させない運転に徹する、それしかないわけで、咄嗟に「短気」を見せびらかしては「いけない」と、重々わかっているが、若い頃は、自分も同じようなことをしていた、「かも」しれない。だから、経験値が高い。

 車間というものは、時速にしたがって広くとるのは当たり前。だから高速に頻繁に入るわたしは、高速で走る場合の相手に意識させない距離を、最近はとるようにしている。とくに追越車線の場合であるが、通行量の少ない時間帯は、追い越していった車に意識させないためには、100メートル以上の車間が必要だと、最近は考えている。このケースは、あくまでも追越車線を頻繁に走る場合のこと。そもそも速度超過で走る車は、「煽り」傾向のある人が多い。となると、追い越された車に「接近しない」、という場合の接近しないは、100メートル以内に入らない、ということだ。もちろん追い越していった車が、追い越した車をそう意識することはないが、追い越したあとにその車が接近してくると、「……」となることは少なからずある。

 繰り返すが、車に乗った「人」との対峙は、物語だ。

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