ととじブログ

書きたい時に書きたい事を書いている、あまり統一感の無いブログです。

しゃぼん玉 / 乃南アサ

2021-08-30 05:03:19 | 本/文学
ひったくりにコンビニ強盗でその日ぐらしを続ける伊豆見翔人。
ある日脅すつもりのナイフで女性を刺してしまう。
逃走するためにトラックをジャックするが、居眠りをしている間に運転手から車外に放り出される。
そこは宮崎県の山奥にある椎葉村で、偶然バイクの転倒事故で身動きがとれなくなっていた老婆スマと出合い、助ける。
一人暮らしをしているスマの家での居候生活が始まる。
隙あらば逃亡することを考えながらも、スマとの生活が続き、シゲ爺の山仕事、村の「平家まつり」の準備を手伝うようになる。
村人達からはスマの孫だと思われていて、頼りにされ、信頼を得ていく翔人。
そんな中、若く美しい女性、黒木美知と知り合う。
美知に好意を抱く翔人だったが、美知が椎葉村に戻って来た理由を村人から聞き、衝撃を受ける…

以上があらすじ。
へたくそなあらすじで、申し訳ない。
しかもさらにネタバレしてしまう。申し訳ない。
最終的に翔人は過去を償って更生し、椎葉村で新たな人生を歩むことになる。

ここまで書くと、都会で犯罪を繰り返し荒んだ若者の心が、大自然と心優しい田舎の人々との交流の中で少しずつ癒され、更生へと導かれていった…と、なんとなく、そんなありきたりなイメージを持たれるかもしれない。
が、本作はあんまりそういう感じじゃなくて、けっこう最後の方まで翔人の心は荒んでいるし、ちょっとしたきっかけで何をしでかすかわからないという危ういバランス…大げさに言うならば、翔人がスマを殺害し金品を奪って逃走するという、常にそんな危険を孕みながら物語は進行していく。

あらゆるストーリーは単純化されてしまうと、どこかで聞いたことのある、ありきたりな話になってしまう。
例えば、ハリウッドのアクション映画なんて、どれもこれも「ヒーローが幾多の苦難を乗り越えて悪いヤツを倒しました」という単純な話で、まぁありきたりなんだけど、じゃどれもこれも観る価値は無いかというとそんなことは無い。
一言で言えば同じようなストーリーでも、面白い作品もあれば、面白くない作品もある。

ちょっと話がくどくなった。
『しゃぼん玉』は面白い作品である。
荒んだ犯罪者、翔人はどのようにして更生に至ったのか?
それはこの作品にしかないストーリであり、面白さである。

スマ、シゲ爺、黒木美知という魅力的な人達が翔人と関りを持ち、言い換えれば翔人を更生へと導くことになるのだが、私が個人的に、もっとも強烈な印象を持っているのは、スマの息子、豊昭だ。

豊昭は、言ってみれば、クズ中のクズで、物語の終盤、どうしようもないクズなことをする男だ。
ところが、このクズ男によるクズ行為が、翔人を更生へと導く決定的なひき金になっているところが強烈に面白い。
何というか、私自身もけっこうクズなので、クズ男にも生きている価値があるものだなという、非常に勇気づけられる一シーンだった。
著者がそんな意図を持って書いたかどうかはわからないけれど。

『しゃぼん玉』は映画化もされていて、公開は2017年。
監督・脚本は東伸児。
伊豆見翔人を林遣都、スマを市原悦子、黒木美知を藤井美菜、豊昭を相島一之、シゲ爺を綿引勝彦が演じている。
原作に忠実に制作されている印象が強い。
作品中で映し出される「椎葉平家まつり」の準備、本祭風景は、本物の祭りから切り取って撮られた映像のように見える。
黒木美知を演じる藤井美菜がキレイ過ぎて、そりゃ翔人の心も動くよな、と思う。
本作は市原悦子の遺作、最後の出演作品だそうだ。
「椎葉平家まつり」は平家の落ち武者伝説にちなんだ祭りなのだが、椎葉村に限らず、平家の落ち武者伝説はこの地方に数多くあるらしい。


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しゃぼん玉
著者:乃南アサ(のなみあさ)
発行所:新潮社
新潮文庫
平成20年2月1日 発行