さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹 ⑤ 『 ラーム 』

2019-11-12 | インド放浪 本能の空腹




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30年近く前の、私のインド放浪、当時つけていた日記からお送りいたしております

夜のカルカッタへ到着

早速この街の洗礼、凄まじいポン引きと物乞いの攻勢をかわした先で現れた一人の清潔そうな身なりをしたインド人男…

続きです


インド放浪 本能の空腹 ⑤ 『 ラーム 』

※写真はほとんど撮りませんでしたので、画像はイメージです


*******************

 『サイタマ』

 という思いがけないローカルな地名を聞いておれは食い入るように睨んでいた地図から顔を上げた。
 この男が、もし、日本に行った時の街として、Tokyo、や、Osaka、と言っていたならば、おれは『 No thank you! 』を繰り返していただろう。Kyoto、Fukuokaでも同じだったかもしれない。だが、『サイタマ』という通常外国人の口からはあまり聞かれないような土地の名前に、何か妙にリアルなものを感じ、おれはこの男と話をする気になったのだ。つい今しがたの凄まじいポン引きと物乞いの攻勢に参ってしまっていたこともあったろうとは思う。

『ホテルを探しているのかい?』
『ああ…』
『今日カルカッタに着いたばかりかい?』
『ああ…』

 つい話を聞く気になっていたが、おれはまだこの男を信用したわけではなかった。早速ホテルがどうとか言っているのも怪しい気がしていた。男は、それを察したかのように言った。
『ボクのことが信用できない? 怪しいホテルへ連れて行こうとしてると思う?』
『い、いや…』
『そう!君の考えている通り、ボクは悪いインド人だ、だから簡単に信用してはいけないよ!』
『……、……、』

『ボクはね、日本のサイタマへ行ったとき、日本人にとても親切にしてもらったんだ、で、今、このインドで困っている日本人のキミを見て、ただ助けたいだけなんだよ…』

『うーーーん…』

『信用できないならボクはここを去るけど、キミは少し落ち着いた方がいいと思うよ、どうだい、チャイでも飲みながら少し話さないか』

『……、……、』

『さあ、行こう』

 黙ったまま突っ立っていたおれは、男に背中を押されながら、目の前にあったドアも壁もない開けっ広げの飲食店の中へと入った。
 店の奥の方にあった二人掛けのテーブルにおれたちは腰かけた。店内はとても騒がしかった。
『ボクはチャイを頼むけど、キミは?ビールがいいかい?もちろんごちそうするよ』

 ビール!?  ビール…、 ビール…、   ビール、 ビール、 ビール!?

 今日の朝からダッカの街を歩き、夕方に飛行機に乗りカルカッタへ、そしてタクシーで夜の市街へやって来た。つい先ほどまでその喧騒と混沌、ポン引きと物乞いの渦の中にいたおれは、今この街でビールを飲む、なんてことは考えてもみなかった。朝からの濃密な一日を思えば、今ビールを飲んだらさぞかし美味いことだろう。それでも、慣れないこの街で、今、目の前にいる男だってまだ信用できるかどうかわからない、そんな中で酔っぱらうなんてことがあってはならない、  はず、  だった、
  が、 『ビール』 と言われて一瞬、頭の中で思い描いてしまったグラスの中で泡立つ黄金色の液体、おれはその誘惑に抗うことはできなかった。

『そ、そう、だね、じゃあボクはビールをもらうよ』
『OK!』

 男は店員にチャイとビールを注文した。すぐにチャイとビール、グラスがテーブルに運ばれた。男はおれの目の前のグラスにビールを注ぎながら言った。

『ボクはラーム、と言うんだ、キミは?』

『ボクは…、コヘイジ…』

 ラームはどうぞ、というようにグラスの前に手の平を差し出した。あああ、ビール…、今日ビールを飲めることになるなんて思いもしなかった。おれはグラスのビールを一気に飲み干した。

『ウマイ!!』

ラームは2杯目のビールを注ぎながら続けた。

『ところで、キミは今日のホテルを決めているのかい?』
『……、』

 おれはK君とのいきさつをラームに話した。ダッカで知り合った友人と、別の便でこのカルカッタへ来たこと、Sホテルで待ち合わせをしていること、後から着いたおれがSホテルへ行かなくてはならないこと…。

『Sホテルだって!? あそこはダメだよ、ドラッグや売春の仲介をしている良くないホテルだ』

 え?

 おれは少々驚いた。Sホテルは地球の歩き方に出ていたホテルだ。口コミの評判も上々、値段も安宿の中では中堅、心配なさそうなホテルだと思って待ち合わせ場所をそこにしたのだ、なのに良くないホテル?

  
 『地球の歩き方』は、これまでにない画期的なガイドブックだった。特におれたちのような貧乏旅行をしよう、それも一人で、というような連中にとっては大変ありがたいものだった。普通のガイドブックには出ていない安宿、食堂、土産品、危ない体験談などなど、とても役に立つ情報が載っていた。だが反面、危険な場所を推奨しかねない、との批判もないではなかった。だからおれは、ラームがそう言うのもあり得ない話ではないのかもしれない、と思ったのだ。しかしそうであればなおさら、K君にそれを知らせなければ!

 『大丈夫だよ、今日来たばかりの日本人にいきなりそういうものを紹介したりはしないから、それより、こんな夜になってからキミがそこへ行くことは、ボクはあまり勧められない、どうだろう、せっかく知り合ったんだし、明日、昼間の明るいうち、ボクが市内を案内してあげるから、その前にSホテルへ連れて行ってあげるよ、だからキミには安全で清潔なホテルをボクが紹介するから、今日はそこに泊まるといい、一泊150ルピー、それ以上お金はかからない。』

 おれは少し考えた。まだこのラームという男を完全に信用しきれてはいない、かと言って、今ラームの提案を断れば、おれはまたあらためてあの喧騒と混沌、ポン引きと物乞いの渦の中に放り出されることになる、Sホテルを探そうと思えば、またあのスケートボードじいさんのいる暗い路地を引き返すことになる…、ただでさえビビりまくり、そのくせビールなんか飲んでしまったおれには少々荷の重いことに思えた…。


 
 『OKラーム、キミにお願いするよ、よろしく』
『そうか!よし、それなら早速ホテルへ向かおう!』

 おれはグラスに残ったビールを喉に流し込み、ラームに続いて店の外へと出たのであった。



****************つづく

※注Calcutta(カルカッタ) → 現Kolkata(コルカタ) 記事は30年近く前のできごとです。また、画像はイメージです

令和元年 今の自分自身の感想
なぐり書きのような日記を、一応の文章にしていくというのは、思いのほか、なかなかに楽しいことです。ただ、自分としては今回もう少し後のできごとまで書きたかったのですが、ここまでで結構な文字数になってしまいましたのでまた次回ということで。このままですと帰国まで結構長くかかりそうです。時折別な記事などを書きながらゆっくりやって行きたいと思います。最後までお付き合いいただければ幸いに存じます。





 
コメント (4)
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