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◆セスナ172操縦訓練日記&GB350C

軽飛行機操縦訓練の記録と写真

いざ、テイクオフ!

2009年01月13日 | 軽飛行機

俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ わかっちゃいるんだ妹よ いつかお前のよろこぶような エライ兄貴になりたくて 奮闘努力のかいもなく 今日も涙の 今日も涙の日がおちる 日がおちる

ご存じ、フーテンの寅さんの主題歌です。

今日の記事内容とは全然関係ありませんが昔はこの映画、お正月映画として封切られていたような気がして、懐かしいんですよ・・・

 

大分県央空港、ランウェイ29より前方を見据える 

 

前方のハゲ山とくじゅう山がかなり迫って見えますがこれは望遠レンズ特有の引き寄せ効果によるものです。

肉眼ではもっと離れて見えます。

 

[飛行場施設の概要]
着陸帯:長さ920m、幅60m
滑走路:長さ800m、幅25m
方 位:真方N105゛53`10゜E、磁方N111゛53`10゜E
誘導路:総延長60m、幅9m

[航空保安施設の概要]
航空灯火:進入角指示灯4基
滑走路末端識別灯:電源設備1式

 

今年もご安全に!

 


39,000フィートと竹楽の紹介

2008年11月15日 | 軽飛行機

 

 

先日東京へ行ってきました。搭乗機はJALの飛行機でした。

 

 

ランウエイ19のセンターラインに基軸を合わせた機体は一気に加速

あっという間に雲の上へ。 

ジェットエンジンの推力、加速力、あらためてスゲーやなんて感じましたね 

途中、四国の佐多岬上空を通過、風力発電の風車がたくさん並んでいるのが上から良く見えました。

この風車、視程のいい日には大分空港の近くからでも見えます。

 

この写真はある日の夕方、夕日に照らされてくっきりと描かれていく飛行機雲を伴って飛ぶライン機を地上から撮影したものです。

どこの航空会社か、なんという飛行機かはもちろんわかりませんがエンジンが4発ですからジャンボジェット、ボーイング747かもしれません。

まぁしかし、こんなの見つけてわざわざ車止めて上空にカメラ向けるなんて加藤チャンじゃありませんが『あんたも好きねぇ』って言われそうですね。ハハハッ

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  

 

 

場面は変わりますがこれ、現在大分県竹田市で行われている『竹楽』 のようすです。

臼杵市でも行われるこの行事、すっかりおなじみになりました。

なんとも言えず心が落ち着くんですこの催しが

明日、11/16まで行われていますョ 

 


神様に出会った日・・・ 『高橋 淳さんの講演会』より

2008年11月06日 | 軽飛行機

 

 

このイケメン男性、誰だと思います?

 

最近テレビにも登場されたのでご覧になった方も多いでしょう。 

 

 

写真が小さいのでわかりづらいですが右端の写真はビートたけし氏とのツーショットです。

  

 

高橋 淳(たかはし じゅん) 

日本飛行連盟名誉会長

大正11年東京生まれ。86歳。昭和16年、18歳で予科練入隊。激戦の南方戦線を経て沖縄戦へ。

昭和28年日本飛行連盟発足に参加。小型飛行機のプロパイロット、赤十字飛行隊隊長として活躍。身長180センチ、体重63キロの現役最高齢のプロパイロット。

高橋 淳さんお気に入りの海軍標語

 

「スマートで 目先が利いて 几帳面 負けじ魂 これぞ飛行機乗り!」

 

「タマが飛んでこない平和な空はいいなぁー」ともおっしゃってました。

今の日本は平和ボケしてるなんて言う人もいたりしますが、この方の場合はほんとにそんな世界をくぐってきたわけです。

一言、一言が非常に説得力がありました。すごい人ですね

気合入ってました 


ドツボにはまった中年の星

2008年09月28日 | 軽飛行機

風の中のすばる~ 砂の中の銀河 みんな何処へ行った~ 見送られることもなく~

中島みゆきさんの曲『地上の星』です。

私にはその深い意味を理解することが難解な歌詞ですがみゆきさんの歌は好きです

 

実はかつてこのブログ、某テレビ局の深夜番組(司会バナナマン)で『中年の星』 として取り上げられたことがあるので今では自分の中で、そうかー自分は地上の星じゃないけど中年の星かーなんてたまに思ったりすることも 

まーそんなことはどうでもいいんですが、ここらでこのブログ本来の姿?である訓練日記のおさらいをしてみましょう。

ちょいと振り返って初々しい訓練15回目の記録より。なお、タイトルの

ドツボにはまった

とは、当地方にだけ通用する方言かもしれないので念のため標準語通訳しておくと

アリ地獄に落っこちた

みたいな意味に解釈していただくと良いでしょう。

 

                                    

 

パーキングブレーキを外し、いざ滑走路手前の位置へと移動開始。

しかしここでブレーキをいきなり踏んだもんだからたまらない。

よたよたっと発進した機体をいきなりのカックンブレーキが襲った

隣にいる教官の頭が前後に揺れている 

ス、スンマセン教官・・・

 

チェックリストの読み上げなんて途中でどこまでやったか見失いながらのチェック。

こりゃー今日はかなり怪しい・・・

と言うよりすでに自分自身舞い上がっているのがわかり、飛び上がる前から冷や汗が額を流れる

 

だいたい離陸前からモタモタし過ぎなんだよね

滑走路手前でマグネトーC/K。1700rpmでブイーンと回ってるプロペラ。

離陸前の最終点検でこの時イグニッションをLの位置で止めなければならないのに勢いあまってOFFまで回してしまった

バックファイヤーの『パッカーン』という音が後方に響いた。

バイクなどで走行中、イグニッションを切って再び入れ直すと排気管内を満たした生ガスに引火して大きな音を出す。

昔、族がやってたアレである。

わが地方でもそろそろ稲刈りの時期。稲穂をつっつきに来るスズメを追っ払う効果はあったかもしれないけど、やっちまった、やらかしてしまった・・・

 

上空に上がってからの第一旋回。上昇旋回ではあれほど、バンクを深くしてはいけないと肝に命じているはずなのに30度バンクに入れてしまった。

何やってんだろうなぁ』情けない

1,600フィートの高度に達したと思うまもなく、ダウンウインドへの旋回を。

ここ県央空港の周囲ははっきり言って広くない。

実に忙しい操縦を強いられる。

接地点確認』を機内で教官にアピールする。

一応、航空特殊無線技士の資格だけは持ってるってんで、いざマイクを取り、フライトサービスとの交信に挑んだものの、今日もまたトンチンカンなコンタクトをやらかしてしまった。 

私『県央フライトサービス 4190です

F.S『・・・  ・・・  ???  県央フライトサービスです どうぞ

うんっ?今、無線が返ってくるのに少々タイムラグがあったみたいだけど気のせいか??

 

教官が計器パネルに明記されている機番を無言で指し示している。

しまった!この機体は4020だった

 

あー 4020 リクエストタッチアンドゴー あー・・・

次のセリフを考えている間もなく、あっという間に地点目標の国道を超えてしまって、すでにベースレグへの旋回ポイントまで来てしまった。

もう、わるいけど無線どころではない。

どつぼにはまる』っていうのはこんな事を言うんかい?みたいな・・・ 

 

これは教官作、セスナのソリッドモデルで素晴らしい出来栄えです 

続く


編隊飛行

2008年09月13日 | 軽飛行機

                   

 KIKIと編隊飛行をしました

高度は3,000フィートくらい???  黒猫のジジも一緒です。

もちろん、夢の中での話ですが・・・

 

 

宮崎駿監督のアニメにはよく飛行機や、飛行シーンというのが出てきます。

監督も飛行機憧れ少年だったのでは?と想像しています 

 

 

 

誰かさんが 誰がさんが 誰かさんが見つけた

      ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋見つけた

 

いつのまにかクマゼミからつくつくぼうしへとバトンタッチされたわが地九州東部地方であります。

 

熱烈歓迎秋ご一行様

 

 

 

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おめでとうニッポン女子ソフトボール! &セスナ初体験記

2008年08月22日 | 軽飛行機

やりました日本ソフトボール女子!

アメリカを破って堂々の金メダル取りました

2点リードの後、雨で中断になってしまいましたから最悪のノーゲームにならないでほしいと思った方、多いのではないでしょうか。

でも少しばかりの中断の後、無事再開。試合運びはもちろん、ツキも完全に味方して・・・

我が家はたまたま親戚一同集合で酒盛りやってたんですけど、おかげでみんなで大盛り上がり! 

でもアメリカのピッチャーの顔、終始怒ったみたいな形相で怖かったなぁー

それにしてもいい試合でしたね!  

 

                                  

以下、セスナ初体験記 

私が初めて軽飛行機のセスナ172に乗ったのは今から15年以上前のことである。

搭乗した時、最初に聞こえてきたのは大分空港周辺の気象に関する情報を送信する無線の音声だった。 

ATIS(Automatic Terminal Information Service)

進入方式、使用滑走路、視程、風の詳細などの情報がエンドレスで流れる。

最初はさっぱり意味がわからなかったが、説明を受け繰り返し聞いているうちにだんだん内容がわかってくるとそのことが嬉しかった 

  

離陸後、地上の風景がどんどん小さくなっていく。

空港に駐機している旅客機、地上を走っている車、空港周辺の家々・・・そんな風景をコックピットから眺めているうち

=ついにセスナで空中に飛びあがったんだ= 

という実感が徐々にわいてきた。 

 

セスナの場合は前後左右、全ての方向に視界が開けている。

 

憧れの操縦席に乗っていること自体

夢にまで見た光景だった

今、考えると初々しいなぁ・・・ 

学校で周年行事や新校舎落成の時などに航空写真が撮られる。

実は子供達がグランドに人文字を作って撮影する航空写真撮影を実施するその日に乗せてもらったのだった。 

最初に到達したのは、あたり一面草原という場所に存在する大分県久住町のある小学校上空だった。 

 

上空へ行くと、子供達が学校名の人文字を形作ってきれいに並んでいた。 その時の感動のシーンはいまだに鮮明によみがえってくる。 

 

次の学校はお猿で有名な高崎山のすぐ近くの学校だった。

上空約1,000mの高度から広範囲の撮影を行った後、人文字アップの写真を撮るためにいざ、降下。 

バンク角は正確に覚えてないが45度以上のバンク角、おそらく60度バンクで進入し学校上空では機体を滑らせながら飛んだ。  

今、考えてみればパイロットの腕は素晴らしい

かつて見た、ロバートレッドフォード主演の映画『華麗なる飛行機野郎を思い出していた  

 

離陸した飛行機は宿命として、地上に着陸しなければならない。 

降下から滑走路に接地するまでの感じは、イメージ的には繰り返し想像の世界で見てきたが、実際の着陸はもちろん初めての経験だった。  

滑走路と平行に飛行するコースをダウンウインドレグと呼び、続いて90度旋回しベースレグ、最後さらに90度旋回して滑走路と正対し、いよいよファイナルアプローチ。

 

フライトシュミレターで見た仮想世界のそれではなく、目前に実際の滑走路が見えてきた。 

『けっこうゆっくりゆっくり』降りていくもんだなあ、という印象だった。  

パイロットは総飛行時間6,000時間越えのベテラン。 なんのショックもなく滑走路に接地。プロとしては当たり前、しかし私にとっては・・・

 

パイロットが神様に見えた瞬間だった・・・ 

 

わが飛行機人生の幕開けにふさわしいこの素晴らしいフライトは

青春の1ページ

 となった。青春と呼ぶには少々歳取り過ぎだけど

 

 

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2008年07月27日 | 軽飛行機

ひたすら暑い日が続きますね!

 

目を閉じて何も見えず暑すぎて目を開ければ 

目を閉じりゃ前が見えないのは当たり前。ランウエイから目を離すなどもってのほか。しっかり前見て操縦せんかい 

ランウエイに向かう道よりほかに見えるモノはなし~ 

ファイナルアプローチでは瞬きする間も惜しんでしっかりランウェイを見とかなきゃすぐに接地点まで到達する状況です

魔のクリティカルイレブン。しっかり操縦に専念しましょう  

※赤字部分は谷村新司=昴=のメロディーで 

 

 

ここ、大分県央空港の夏もまたしかり。半端な暑さではありません。

 

 

 

クマゼミがあちこちで大合唱を始め、この暑さをさらに助長しているかのような今日この頃 

どこへ行っても情け容赦のない連日のこの暑さ。ほんと毎日暑いですね。

そろそろ航空身体検査を受けて操縦練習許可書の更新と行きたいところですがなかなか人間の方のエンジンがかかりません

この殺人的な暑さが静まったらそろそろ行動開始しようとは思っている今日この頃です 

 

積乱雲。 cumulonimbus、略号Cb、キュムロニンバス。

写真は成長中の積乱雲。撮影時飛行高度3,500フィート

 

全国的に猛暑が続いているようです。

がんばりすぎ、仕事のし過ぎにはくれぐれも注意しましょう。

わたくしtomitoshiにはその心配はあlりませんが・・・ははっ

熱中症にはくれぐれもお気をつけくださいでわ

 


降りしきる雨の中で

2008年03月26日 | 軽飛行機

                             

 

夢と希望をご提供するこのページへ今夜もおいで下さいましてありがとうございます

本日のお題は先日行われたMr.hiropochiことH.A氏の訓練風景と今、旬の宇宙に関する話題ですが、先ほど撮れたばかりの写真を添えて掲載させて頂きました 

雨が降っても

 

 

視程が悪くなくて  

 

 

有視界飛行の

 

 

条件を 

 

満たしてさえいれば 

 

 

訓練飛行も可能です。関係者の皆様当日はお疲れ様でした。 

このフライトの時はほんとに土砂降りだったのでクラブルームから撮影を行っております。

 

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

 

ところでこのページをまとめているさなか、土井隆雄宇宙飛行士の搭乗するスペースシャトルエンデバーが大分市からも観測可能とのことでわくわくしながら待っていました。

 

すると・・・

 

南西方向から現れたエンデバーは明るい光を放ちながら北の方向へ一直線に飛んで行き、そして消えて行きました。

久々の感動でしたねーうーん素晴らしかった 

 

 

撮影年月日 2008.3.26(水) 午後7時47分頃

 


春の予感

2008年02月22日 | 軽飛行機

なんか最近少し暖かくなってきました

と、思っていたら突然寒波が戻ってきたりもして・・・

 

2月もすでに下旬。三寒四温ということで、こういうのを繰り返しながらも季節は確実に春に向かっているようです。

 

 

彼が一人空港の片隅でたたずんでいる・・・

彼の名はジュリエットアルファ フォーワンナイナーゼロ』 

駐機しているセスナを上から見下ろす機会はあまりないです。主翼の平面形がよくわかります。 

  

 

これから先暖かくなってくると滑走路も温められて陽炎があがるようになるでしょう。

 

 

 

ヒュイーン、ドワーっと目の前をジェットが離陸して行きました。

 

 


千の風になった人

2007年12月06日 | 軽飛行機

私たち大分県央フライングクラブの教官はお隣の熊本県に住んでいて、遠路はるばる2時間以上もの時間をかけて大分県中部に位置するわが大分県央空港へ足を運んで来て指導にあたってくれている。 

 

教官に最初に出会ったのは昨年の2月頃だったかと思う。風もなく穏やかな小春日和の日だったと記憶している。

時間が過ぎ去ってゆくのはほんとに早いと思う。あれからもう1年半もの月日が経過したのだろうか。

 

目まぐるしく変わっていく世の中の変化になかなか追いついていくことができないまま、どんどん年齢を重ねていく自分にふと気がついてみたりする。

 

 

 

でもいい大人になった今、操縦訓練生として飛行機に乗る時は気が引き締まり、学生に戻った気分になれる。

日々の仕事に追われる中、たまの休日に好きな飛行機に乗れる喜びをサポートしてくれ、指導してくれるのは他ならぬ教官のおかげである。  

 

教官は空をこよなく愛し、事業用・自家用を問わずパイロットを目指す訓練生に対して常に熱心に指導してくれる情熱を持った人。 いつも飛びながらご覧のような身振り手振りが必ず加わる。 

 

 

『滑走路のセンターラインに身体を持っていく!』 

こんな画像を見ていると今でも私の耳にはその声がはっきりと聞こえてくる。

雨の日も風の日も飛行に支障ない天候と判断すれば、上空へ上がって飛行訓練は続けられた。

 

                                        

 

しかし、その日は突然やってきた。クラブ員H.Aさんからの電話だった。

『教官が・・・』

『えっ教官が?? そんな・・・』そう、聞いた私は絶句した。その言葉がすぐには信じられなかった。

 

信じたくなかった

 

クラブルームで飛行機のことを語る時、少年のように輝く眼差しで熱く語られていた日々が昨日のことのように思い出される。 

 

『空を目指す人の手助けをしたい。それが私の使命』

 

という信念のもと、それこそ雨の日も風の日も熱心に、操縦ライセンスを目指す私たちのために指導してくれた恩師。

 

 

教官がこよなく愛した。そして好きだったグライダー。

 

 

 

数人のクラブ員がかけつけた当日。葬儀開始前その生涯を振り返る思い出のビデオが聖歌『アメイジング・グレース』の曲が流れる中、始まった。

教官と一緒に飛んだ日々のことが、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡っていく。涙が溢れて止まらなかった。

真剣にやればやるほどヘマをやってしまう私のヘタな操縦にも、終始冷静でしかも要所を押さえた飛行訓練を施してくれた日々。 

そして『千の風になって』が会場に流れた。

 

 

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る
 

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています 

 

この『千の風になって』は、まさに私たちが慕った三浦教官のために作られた歌であるような気がしてならない。  

 

 

教官の名は三浦大智(MIURA DAICHI)  長崎市出身  享年65才

元陸上自衛隊航空学校操縦教官、北部方面飛行隊長

総飛行時間     7000時間(飛行機3500,ヘリコプター3500)

主搭乗機種     飛行機:L-19、メンター、LM,MU-2 

          ヘリ:H-13OH-6,H-U1

          グライダー趣味で少々 

 

○自己紹介

子供たちが長崎の出島海岸で魚釣りをしていました。そこに突然米軍の飛行艇が港に舞い降りてきました。子供が目を白黒させる間もなく、飛行艇は岸壁に近づき、やがてドアを開けるとゴムボートを出して数人のアメリカ人が上陸してきました。腰を抜かさんばかりの驚きでした。飛行機との平和な出会いでした。飛行機を操縦してみたい。自家用の免許を取りたい。国際線の機長になりたい。空への道を求める人に手助けする事。私の使命です。熊本からの遠路もものとしません。ただ、加齢と共に仏の三浦になってきました。

 

セスナでご家族と世界一周するのが夢だったと聞いた。

家族を愛し、飛行機を愛し、いつも周りの人に対する気配りや思いやりを忘れなかった人。

私とhiropochiさんが書くブログの投稿記事をいつも楽しみにしてくれていた。

輝く夜空の星となったあなたに、万感の思いを込めてこのページを贈ります

あの大きな空を吹きわたる風を感じる時私たちはあなたのことを思い出すことでしょう。

ずっとずっとその大空の上から私たちを見守っていて下さい。

 

for ever teacher  夢をありがとう!